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はじめに

〜このWeblogの生い立ち〜

2000年1月〜2001年の暮れまで、
私は目覚めてから眠るまでを病室のベッドの上で過ごしました。
入院生活が1年と4ヶ月が過ぎようとしていた頃、
友人が「無料のHPがあるけど、気晴らしに書いてみたら?」と、
提案をしてくれたことがきっかけとなって、
ポケットボードという物を入手し、日々思うことを綴り、
それを友人の携帯に送ってUPしてもらうという形で日記はスタートしました。

住む場所、職業、性別、何も明かさずに始めた日記でした。

「wasa-b」は、当時お気に入りだったわさびふりかけから命名。

 ・病院生活気まぐれ日記(2001.5〜)
 ・自宅療養気まぐれ日記(2002.1〜)


※2002年11月〜2006年5月までの日記は移行作業中です。
 お読みになるには「旧wasa-b's Diary」へ!

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2008年08月18日(月)

オイル交換と定期点検でチョイノリを持って行った。現在走行距離2700km。オイル交換のことを知らずにずっと乗っていたので、HPの掲示板を通じてオイル交換のことを教えてくれたTさんに大感謝なのである。

チョイノリって500kmでオイル交換なの。

お叱りを受けそうだが、オイルを交換しなくちゃいけないだなんてことを私は全く知らなかった。

昔、原付に乗っていた時もしたことがなかったんじゃなかろうか。もう忘れてしまった。しかし人のせいにしちゃいけないが、お店の人はオイルのことなんて一言も言っていなかった。必要最低限のことは教えてもらえると思っていたのだ。

Tさんに教えてもらってあわててガソリンスタンドに行ってオイルの交換をしてもらい、これで安心・・・と思っていたら、今度はガソリンスタンドでのオイル交換は車用のオイルが入っているかもしれないと教えてもらった。それで買ったお店に電話をして、オイル交換の予約を取ってようやく今日となったのだった。

オイルの交換と定期点検で30分程度。

係の男性が私に尋ねた。

「本当に、一度もオイル交換しなかったんですか」

「はい」

「一度も、ですか」

「はい」

男性はふぅううううむと腕を組んで信じられないという顔でチョイノリを見つめていた。

男性が言った。

「若い子が乗っていたらつぶれてましたね」

「はぁ・・・」

「よほどゆっくり走っていたんでしょうね」

「そうなんですか」

「ま、でもこれからは300〜500kmでオイルは交換して下さいね」

「はい」

”飛ばす人が乗っていたらつぶれていた”をわざわざ”若い子が乗っていたら”と言ったところに耳が立ったが、まぁよい。

確かに今までバイクを追い抜いたことは一度もない。自転車と同じ位のスピードで乗っている。

つぶれなくて本当によかった。

係の男性は、バイクがつぶれていなかったことに何度も首をかしげていたが・・・。

んもう、お宅んとこで買ったんですよ。

まぁ、よき。

安全運転って大事だなと今日はつくづく思ったのだ。

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2008年08月17日(日)

浜田山の商店街の井の頭通り交差点手前で信号待ちをしていた時に、ふと横の婦人洋品店に目をやった。

窓には「SALE」の赤い文字が並び、「セールなんだ」とぼんやり見ていたがその下の張り紙の文字を発見して「ええっ!」とギョっと驚いたのだった。

首を前にして再度見直してみる。

「うんこが
腐る。」

すごい一文。

道に停まった状態で張り紙を見ているので、正確にはわからないが、スリム@@@といったお通じの通りを良くしてダイエット効果を得る商品をどうもこの洋品店が扱っているようで、そのポップを店頭に置いているみたいなのだった。

うんこが
腐る。

その下にも一文あるのだが、物が置いてあって読めなかった。

ピンクの文字で書いてあるが、浜田山のレンガ敷きの品のいい商店街にはどうしても違和感があって、繰り返しそのポップに顔を向けていたのだった。

ブブー!!

あっ、すみません。

信号が変わったのにも気付かず衝撃にとらわれていたら、後ろの車にクラクションを鳴らされていた。

後ろの車の人にも教えたかった。

言葉は剣より強し。

たったの6文字で。

金槌より強い衝撃で頭を打たれた一文であった。

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2008年08月16日(土)

私の家は少しわかりにくく、区の職員さんでも「ちょっと場所がわからなくなったんですが・・・」と迷われることがあるのだ。

目印になるものもない。

建物名が建物のどこにもないので、住所だけで家に辿りつけた人はそうそう居ないのだ。

「住所だけで家に辿りついた数少ない人」に友人の近藤ナツコちゃんが居る。同じ住所の家が数軒あるというのに、3ヶ月程前に自転車で家から迷わずに来れて、あれまーと驚いたのだった。

今日はまた自転車で家に来てもらうことになった。

本日、猛暑。

日中の一番日差しが強い時間に自転車で2〜30分走るのはちょっと可哀想。クーラーをガンガンつけておくから早く到着して涼んでもらおう。

と、思ったのだが、20分後に着くという連絡があってから一向に来る様子もない。

用事が急に出来たのかなぁ。

何かあったのかなぁ。

いろいろちょっと心配になってきたが、

まぁ、待っていればいいか。

と、ベッドにゴロンと転がって待つことにしたのだった。

しばらくすると電話が鳴った。

「もしもし」

前にすんなり来れたので安心していたが、なっちゃんはちょいと迷ってしまったらしく、すぐ近くまでは来ているけれどどうしてもわからないからと電話を掛けてきたのだった。

「近くに何がある?」

「えっと・・・小さい公園があって」

「うんうん、そっちね。わかった」

「それから@@っていうのがある」

「は?」

よく聞き取れなかったがそれはどうも学校らしい。

でも、私も初めて聞く名前なのだ。

今度は私が尋ねる。

「それってどこ」

「@@ってとこの近く」

「@@って、私も知らない」

「ここ、どこ」

なっちゃんもわからないだろうが、私もわからない。その後今どこに居るのかを一つ一つ検証していくと随分離れた位置に居ることが発覚。住所の番地をちょこっと覚え違いをしていたことから全然違う所をウロウロすることになったようだった。

心なしか、なっちゃんは焼けていたみたいだった。

「もう溶けてると思う・・・」

アイスをもらい・・・・。

やっぱり顔が赤く焼けていた。

世界の中心で、愛を叫ぶ。ならぬ・・・
杉並のはじっこで、道に迷う。

それが夏の日中だったら、ハワイにでも行ってきたのかと思うぐらい日に焼けるのである。

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2008年08月15日(金)

子供の頃、新聞広告に宝塚ファミリーランドのおばけやしきの案内を見つけてワクワクしたものだ。もう今はなき遊園地宝塚ファミリーランド。幼稚園の遠足や家族で出掛けたりした場所だったのだ。

ファミリーランドのおばけやしきは、私には一番怖いおばけやしきだというイメージがあった。確かあれが初めて入ったおばけやしきだったと思う。母と一緒に入ったのだが、入り口すぐのところで落し穴のようなものに落ち、母がびびってしまいそのまま入り口に引き返して「やっぱりやめます」と言っておわりになった。

母が怖がっていた。

あの怖い母が。

それで私には”すごく怖い”イメージだけが残ったのだった。

ある頃からファミリーランドでは、水木しげるの妖怪達が潜んでいる屋外特設おばけやしきが夏になると設置されるようになった。その地図や宣伝が新聞の広告に大きく出るようになって、それには「このエリアではおばけの魂達が体を通って行く」などといったことが書いてある。

そんな体験、したことがない!

行ってみたい!

当時、おばけやしき概念を越えた画期的なおばけやしきだったのだ。

「おかあさんはいやよ」

おばけやしき嫌いの母をなんとかおとして、ある年によやく念願の「水木しげる妖怪の世界」に連れて行ってもらったのだった。

”どうしよう、すっごく怖かったら”

かなり覚悟をして行ったが・・・・、

”もうすぐ、怖くなるんだわ”

”もうすぐに違いない”

”最後に怖いことが待っているんだ”


<出口はこちら>

屋外のおばけやしきは温泉街のレトロな路地を歩くぐらいの普通な感じで終始「恐怖」「びっくり」とは無縁のものだった。

「魂や霊気が体を通り抜けて行く」のはいつあったんだろう。それってあそこで回っていた扇風機のこと?

今は宝塚ファミリーランドはなくなった。

ポートピアランドもびわこタワーも、私の思い出の遊園地は閉館した。

ちょうど今頃だったなぁ。
夜遅くまで開園時間が延びたのは。

大人になってからはデートで行った。

懐かしい場所もそれを語れる相手も今はなし。

遊園地も私にとって夏の思い出が出来た場所だった。

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2008年08月14日(木)

夕方、ダンボと散歩に出掛けたら、時々挨拶をする白い犬を連れたおじいさんと公園で会った。

「こんにちは」

おじいさんは明るい人だが、私のことは覚えていない。いつも初めて会う人のようにされるのだが、前回会った時は挨拶をした直後に、蝉の脱皮直前のあの気味の悪いキャラメルコーンみたいなものを、いきなり「ほれ!」と目の前に差し出されてビックリしたのだ。

今まで抜けがらしか見たことがなかったが、「ソレ」にはちゃんと目がついていて手足もモゾモゾと動いていた。もうすぐ蝉になるよとおじいさんは言っていたのだ。

多分その時の会話を忘れているだろうが、あの後あのキャラメルコーンがどうなったのか尋ねてみよう。

「前に見せてもらった蝉の幼虫は、蝉になったんですか」

そう尋ねた瞬間、おじいさんはその質問には答えずにまたもや・・・・・、

「ほれ!」

と左手に持っているものを目の前に出したのだった。

「ギャーーーーーーーーーッ!」

いきなり数匹の蝉。

手の中にはおじいさんは蝉を3匹持っていた。散歩中におじいさんが素手で捕まえたらしく、「これはメス。鳴かないからな」「これもメス」「これはオスだ」と見せてくれるのだが、その最中にも蝉がバタバタと暴れていて私は恐怖心でいっぱいだったのだ。

おじいさんは怖がっている私が可笑しいらしい。

「ほれ!」

ダンボにも見せる。

<ダンボ、食べちゃだめ>

ダンボが蝉をおやつだと思って食べるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたのだ。

「さっきも子供にやろうと思って見せたけど、逃げて行ったよ。」

おじいさんはこの辺りで育った人らしく、自分の子供の頃を重ねて残念そうに言うのだった。

いや・・・見せ方が、いきなり過ぎるからだと私は思うのですが・・・・。

「じゃ、帰るか」

おじいさんと私は公園をあとにして歩きはじめた。

「だんだん暗くなってきましたねぇ」

おじいさんの方を振り返ると

「ほれ!」
「お前達、飛んでけ!」

と言っていきなり3匹一斉に蝉を放ち・・・

蝉達も驚いてバタバタとやみくもに飛び出した。

「ギャーーーーーーーーッ!」

こっちに来ないで。

私も4匹目の蝉となり、逃げまどう。

フラフラと蝉達は空に舞い上がって、やがて公園の方に飛んで行った。

ゆうやけこやけで日が暮れて〜。

空を見上げて日が短くなって来たなぁと思った。

いつからかつくつくぼうしが鳴くようになった。

蝉達にも私達にも、夏はもう残り少ないよとどこからともなく残暑の声が聞こえてきたのだった。

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2008年08月13日(水)

プールに行くと、「あ、この人は今日も来ているなぁ」とか「久しぶりにこの人が来たなぁ」と、常連さんの顔がわかるようになった。

よく来ている人にはその人の決まった場所があるみたいで、ほとんどの人が自分の決まっている場所で同じようにするから面白い。

私もそうだ、定位置がだいたい決まっている。

最近はプールに入るとすぐにビート板を二枚を取って、壁側のレーン中央に真っ直ぐに行く。足がつかない場所に行ったらそこでプカプカと浮きながら腰から下のストレッチをするのが、私のメニューになっているのだ。

泳ぎのクセでわかる人も居る。

バタ足や手の運びによって水しぶきが激しい人が居て、本人は泳いでいるからわからないのだが、その人が行く時には周辺の人は水を浴びる。

<もうすぐこっちに来るぞ〜>

<わーーー、逃げろ〜>

みんながちょこっとずつ顔を背ける。

誰かが教えたら、ちょっとしたことでフォームが改善されたりするのだろうが、誰も言わないので水しぶき系の人は一向にフォームが良くならないまま・・・。急流すべりで被る水しぶきは嬉しいのに、人の水しぶきを被るのは嬉しくないのが、私の心理なのだ。

お盆休みのせいか、プールに来る人が多くなった。

クジラが居たり、イルカが居たり、トビウオが居たり・・・。プカプカやっているそういう私はイカかタコに似ている。

ちょっと違う視点で眺めたら、なんだか水族館みたい。

人間水族館。

はじっこの方では、小魚がアップアップしながら親魚に泳ぎ方を教えてもらっていた。

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2008年08月12日(火)

近所の家に2匹の子猫の兄妹がやってきて数ヶ月が経った。

お兄ちゃんは黒と灰色と白い毛の縞模様。両手のひじから下が手袋をはめたように白い毛で、可愛い顔をした猫で好奇心旺盛な性格だ。妹は痩せた小さい猫で色は黒と濃い茶、この仔はちょっと怖がりでお兄ちゃんのひっつき虫。いつもお兄ちゃんが何かをするのをソっと見ている。

まだ2匹共子猫だが、少しずつ大きくなってきて行動範囲も広くなってきた。

最初は道端をウロウロしたり、草の匂いを嗅いだりして過ごしていたのが、ある日から塀の上に上がることを覚えた。さすが猫だ。犬なら「塀の上に上がってみたい」とは考えないが、お兄ちゃん猫が塀のそばに置いてあるものを上手く足場にして登っていた。

だが登れたのはお兄ちゃんだけ、妹のチビちゃんはしばらくはそれを見上げているだけだった。

そのうちにチビちゃんも塀に登れるようになった。

人に対しても怖がる様子がなくなってきた。

逃げもしないし、気分がいいと自分から寄って来る。多分ここら辺は猫にとって住みやすい環境だ。車も通らないし人も限られた住人だけ、動物にいたずらをする子供も居ないので安心して動物が遊べるエリアになっているので、猫達も素直に育っているみたいな気がする。

夕方ベッドの近くの窓に、何か影が映ったのでふと目をやるとお兄ちゃんの猫が東の窓の塀までやって来てくつろいでいるのを見つけたのだった。

あらま、こんな所まで遊び場を広げたのかい。

自由はいいが、ちょっぴり心配になる。

もっと遠くまで行くと、車が走っているし危ないよ。

言ったって聞かないだろうが。

なるべく自由に。だけどなるべく嫌なことには出会わないで過ごさせてあげたいなと思う。

人間じゃないのだから試練なんていらない。

心を鍛えなくても彼等は幸せを感じられるのだから。

大きくおなり。

毎日が冒険と探検に満ちあふれている。

この夏、子猫達もすっかりたのもしく成長をした。

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2008年08月11日(月)

救急車のお世話になってから今日で丁度一週間。

最初の数日間はショックでやや尾を引いていたが、昨日、一昨日の外出が問題なく出来たらだいぶ自信がつくなと思っていたので、この2日で気持ち的にも一山越えたかなという感じがある。

あの日は夏バテ気味だったということしかやっぱり思い当たらなかったので、今でも何に気をつけて過ごせばいいのかがわからない状態だが、暑さが少しピークを過ぎたのを機に夏バテはほぼ解消したような気がする。

ダルさが消えたら、また生活リズムが戻ってきた。

よ〜し。

しばらく休んでいたプール。

また明日から行こう。

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2008年08月10日(日)

日本橋にあるお江戸日本橋亭で笑福亭銀瓶さんの寄席があるので、友人のYちゃんと行った。

「寄席」「日本橋」は私の普段の暮らしからは遠い存在だ。寄席は興味があっても行く機会がなんとなくなかったが、今回はYちゃんが銀瓶さんの知人で、私は服部祐民子ちゃんが今日の寄席でゲストで歌うというきっかけから、「じゃぁ一緒に行こう!」と約束をしたのだった。

待ち合わせは、4時半に三越の正面玄関。

私の行動範囲は山手線の西エリア、丸の内や銀座などの東エリアはあまり行くことがない。正面玄関がどこかはわからないが、足手まといにならないように三越の場所とお江戸日本橋亭の場所だけは、把握して行こう。と、それぞれのサイトに行ってアクセスマップを頭に入れて出掛けたのだった。

銀座ってどれぐらいで行けるんだったっけ。

あまり行かない場所は所要時間の想定が出来ない。少し余裕を見て家を出たら30分早く銀座に到着、10分前に三越のデパ地下から1階に上がってエスカレーターの所の地図で「正面玄関」を探していたら、そこに丁度Yちゃんがエスカレーターで下から上がって来た。

10分前にこんなにすんなり会えるだなんてすごい!

正面玄関がわからないのでドキドキしていたが・・・、銀座の待ち合わせが上手に出来た。素晴らしい。

これでもう会場にも着いたも同然。それから1時間程、デパートの中の喫茶店でお茶をして、すっかり休日のデパートに買い物に来た女性客となっていたのだった。

5時半を回った頃、

「そろそろ、行こうか」

開演は6時。少し前には席に着いておいた方がいいよねと喫茶店を出た。三越からは徒歩数分、遅くても15分前には着くなという計算だった。お互い余裕だったのだ。

ところが・・・。

「多分、あっちだと思う〜」

そう言って先導をして交差点を渡ったら、家で見てきたはずの地図と若干景色が合わないことに気がついた。

しまった。私はどうやら地図の覚え方を間違えちゃったらしい。

どうしよう。

ごめんYちゃん。私わからなくなった。
ここでいきなりのリタイア。

あとはYちゃんが覚えている地図に頼るしかない。

のだが・・・・。

「あれ?どっちだったっけ・・・」

早くも三越前で既に二人して方角を見失ってしまったのだった。

気を取り直して今度は地図にあった目印の「千疋屋」「すずや」、「三越前駅」をキーワードに今度は街の人達に尋ねることにした。

「千疋屋ならねぇ、あっちですよ」

ところが教えてもらって行く方向に目的の場所なし。そこでまた誰かに尋ねると、「その住所だとあっちですよ」と全く違う方向を教えられる。「会場まで駅から数分」のはずが三越を中心にあっちこっち歩き回り、その間ポリボックスや買い物客、パトカーや宝くじ売り場のご婦人と一体何人に尋ねたことやら。

「ここに千疋屋があるのにねぇ」

「すずやってなくなっちゃったのかしら」

開演時刻が過ぎ、近いけれどもうタクシーに乗って行こうとあきらめてタクシーに乗ると・・・。

「ねぇ、すごく駅から離れて行くよ」

「三越がどんどん遠くなっていっちゃう」

「どこに行くの、この車」

後ろの席でものすごく心細くなって居たら・・・・

「あれ!三越!」

三越を背にして車で5分程行った所で前方に三越の看板を発見。とっても驚いたのだが私達は二人して本当の待ち合わせ場所の「日本橋三越」ではなくまた別の場所にある「銀座三越」で、会っていたことにようやく気付いたのだった。

銀座と日本橋って同じ場所のことじゃなかったの。

だって、じゃさっきあった千疋屋は?

「あぁ、あれは銀座店ですよ」とタクシーの運転手さんが教えてくれた。

Yちゃんも2年前にこっちに引っ越してきた関西組。

バッタリ会えてすごいね!と喜び合っていたのに。

お互い田舎者だったか・・・・。

寄席に遅刻をして一つ目のお噺に間に合わなかった。

粋な江戸での落語を楽しむ体験が、東京で迷子になるという体験をしたのであった。

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2008年08月09日(土)

池袋の鈴ん小屋というライブハウスに、reunionに参加してもらったオーボエのtomocaちゃんが出演するので観に行った。

ポップスやジャズなどのクラシック以外の場所でも幅広い活動をしているオーボエ奏者といえば彼女で、今日はピアニストの富樫春生さんのライブにゲストで演奏をするのだそうだ。

今日は出演時間が少し遅めだったので、電車で行くのはやめにしてバイクで家を出て夜風に当たりながらブラブラ行くことにする。

早い夜の時間帯はバイクでブラっと出掛けると気持ちがいい。中野に住んでいた時には池袋行きのバスに乗ってたまに池袋に行ったなぁということをふと思い出したので、その道を今日は久しぶりに行ってみようかと、中野に住んでいた頃に自転車で行った新井薬師の商店街を通ってみたのだ。

ここに美味しいパスタ屋さんがあった。一緒によく行った友だちは今は遠くニュージーランドで暮らしている。

パスタ屋さん、あったあった。

角を右に曲がると電気屋さんがあって、信号の所にスーパーがある。

電気屋さんもまだある。

小さな個人商店でいつも前を通る度に、「やっていけてるのかなぁ」と一人余計な心配をしていたのだ。

あったあった。

ここがバス通りになっていて、一時間に数本池袋行きのバスが出ていた。記憶を辿り、途中迷いながらも無事会場に到着。

初めての場所だったが、「晴れたら空に豆まいて」でお世話になっているKさんがここもブッキングをされているようでバッタリ会えたので、一気に緊張がほぐれたのだ。

「こんばんは、ようこそ」

富樫さんのおおらかなMCでゆったりライブは始まり、tomocaちゃんはセンターに立って吹き出した。小柄なのにステージに立つと大きく見えたのだ。

私は彼女のメロディのセンスと、それから相反するアグレッシブな部分がとても好きだ。近い将来、一緒にライブがやれたらいいなと思っていたので、今度の私のライブに一緒に出て欲しいと早速お願いをしたら快く受けてもらえた。

なんか楽しい夜だった。

ご本人達は「ちょっと飲み過ぎた!」と言っておられたが、そうかな・・・・。客席に座った私にはお酒を少し飲んでステージに立つというのも、いいなと思えたステージだった。

2008年08月09日(土) | コメント (2) | トラックバック (0)

 
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