2008年04月01日 |
エイプリルフール。
この日が楽しみで仕方がない時があった。対象は主に気心の知れた友人で、「え!ほんとぉ?」と驚いた顔をされると、もうそれが楽しくて仕方がなかったのだ。
しかし、こういう嘘にしても頭を使う。
やはり若干は企画力というのが必要になるので、自分に余力が残っていないと出来ないのだ。
エイプリルフールでわかることがある。
「アイツに嘘をついてやろう」
「あの子だったら楽しいかも」
思い浮かべる相手がいれば、それは自分にとって気やすい存在なのだ。その人は自分にとっての安心出来る人で、いい友人を持っているのだと思えばいい。
私は今日隣りの家のご婦人に会ったが、いつものように「こんにちは」とだけ挨拶をした。
夜は個人練習でピアノをスタジオに弾きに行ったが、いくら顔見知りになって会話をするようになったとはいえ、嘘話で引っかけることは出来ず・・・。
帰りのコンビニで店員さんを騙すというのもちょっと考えもの。
じゃぁ、誰かに電話をしてみる?
誰にも嘘をつかれず、誰にも嘘をつかなかった一日。
ちょっとだけ寂しいようなもったいなかったような気がしたのだ。
エイプリルフールの繰り越しってないのかな。
「だましてやったぞーー」
「だまされちゃったわ〜」
エイプリルフールは嘘吐きの日。
気心の知れた仲間が身近に居るんだよと確認が出来る、愛ある日なのである。
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2008年04月02日 |
風邪から来る鼻水なのか、花粉症から来る鼻水なのかわからないが、鼻がグズグズしているのだ。
時々、真面目な話をしている最中に「鼻水が・・・出てるよ」と指摘を受けてかつ笑われるのだが、そんな時は鼻が出ていることはこっちは承知の上なのだ。それよりも今この話をする方が優先だと思って熱く語っているというのに、相手が話よりも鼻が出ていることの方に気を取られてしまう。鼻水はいろんなものを間抜けモードにしてしまう困った存在なのだ。
目から涙。
同じ塩味の体液なのに、涙だったら少なくとも人の顔は「間抜け」な印象にはならない。
それが「鼻から」となると、鼻水、鼻毛、鼻くそ・・・・、何か出ていると一気に間抜けになってしまい、場合によっては鼻血でさえ心配よりも笑いを買うことがある。
鼻は常にだから完璧を求められているのだ。
風潮として、空気以外は何か出してはいけないことになっている。
「鼻」は結構大変なのだ。
常に気を張ってそこに居なきゃなんない。
鼻さん、いつもご苦労さま。
そう言えば・・・・
友だちが前に笑った拍子に、鼻からうどんを出したことがあった。
こっちも驚いたが、友人の鼻もさぞかし驚いたのだ。
そうしてやはり、鼻からうどんも間抜けなのであった。
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2008年04月03日 |
父方の祖母の誕生日は4月3日”だった”。
「オラの誕生日は4月3日だわ」と、言っていたので誰も疑わなかったのだが、ある日何かの書類からだったか、祖母の誕生日は4月3日ではなく3月4日だったことがわかったのだ。
その時、既に私は成人していたかそれぐらいの年だった。祖母はもう80歳代だったのではなかっただろうか。家族みんなで驚いたが、自分の誕生日が一月も違っていたことに本人が一番驚いていたのだ。
しかし長年、そうだと信じて老人にまでなってしまったので、またしばらくすると祖母は自分の誕生日を4月3日だと言うようになっていた。
80代になって、本当の誕生日を言えることが大事かと考えたらもうどっちでもいいなという気がしたので、最初は家族も訂正していたがそのうちにしなくなり、結局祖母の誕生日は4月3日に戻っていった。
父も本当は5月の末が誕生日らしいが、6月1日に届けを出したので戸籍上では6月1日になっている。祖母や父の世代は、戦争などの混乱もあって誕生日はそれぐらいの”だいたいの感じ”でいいものだったのだと思う。
今は自分の誕生日を間違える人は、ほぼ居ないのだろう。
生きていたら何歳だったかなぁ。
明治何年の生まれだったか・・・、私ももう計算が出来ない。
物心ついた時から、祖母は私の目には「シワシワのおばーちゃん」だった。別にまだシワシワのおばーちゃんでもなかったんだろうが、私には初めからおしまいまでずっと”おばーちゃん”のままだった。
天国で知り合ったシワシワの友達に言っているんだろう。
「あれまー。今日はワシの誕生日だわ。」
いや、天国では18歳ぐらいの乙女の姿になれるのかもしれない。
雲の下からハッピーバースデー。
雲の上はいつも快晴なんでしょう。
元気でいてね。
海外より、もうちょっと遠いところにいるおばーちゃん。
会いには行けないけれど。
新しい年がいい一年になりますように。
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2008年04月04日 |
渋谷駅には銀座線、半蔵門線、田園都市線、東横線、山手線、井の頭線と確かこれだけの電車が走っている。渋谷という街は、買い物に来るだけでなく乗換えで通る人も沢山いるのだ。
私もここを乗換えで通ることが多い。案内の看板は未だに必要で、「銀座線、銀座線」とつぶやきながら、都会人の顔をしながら看板に頼って歩いているのだが、階段をかなりのぼらないといけないルートとエスカレーターで行けるルートの体力消耗差が激しいので、渋谷乗換えはエスカレータールートに迂回することにしているのだ。
しかし、エスカレータールートにこだわっていると、駅すぐのところにある東急百貨店の中に、よく私は知らないうちに入っていることがある。乗換えの看板を見ていたつもりなのにいつの間にか店内に居て、そこで気付けばいいものを、まだこれがショートカットの道なのかなと思って進んでいる。そしてついに道を見失い、そのうちに「あら、これ可愛いわね」と商品に吸い寄せられて立ち止まっているのだった。
そして、しばらくして「あ!何してるんだろう。私は」と我に返るのだが、この百貨店はこれでかなり方向音痴気味の女性を店内に引き入れて、売り上げの一割ぐらいを道に迷ったご婦人で挙げているに違いないのだ。
今日は東横線に乗換えで、またもや迷った。
何回来れば覚えられるのか。
「すみません、東横線に乗りたいんですが・・・」
今日は母娘さんらしき二人組の女性達が道を教えてくれた。
いつまで経っても田舎者。私は<渋谷にほとんど来たことがない人間>のおどおどとした顔をしている。
今日もとても親切に道を教えてもらったのだった。
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2008年04月05日 |
4月5日はヘアカットの日。
なのだそうだ。
昔は前髪の長さがちょこっとでも短くなると、学校に行くのがイヤになったものだ。自意識過剰の塊となって「私の前髪を見てる!」と気になってしょうがなかった。しかし、一度だけ本当に不本意な髪の切り方をしたことがある。あれは小学校6年生ぐらいのこと・・・。
近くに公園があって、そこは当時学校から帰ったら日暮れまでキックボールやドッジボールをしに同じクラスの子や同じ学年の子が集まる場所だった。
その日は何も遊ぶようなことはなかったのだが、女子数名と男子数名が何故か公園に集まっていて、その中のN西君が突然調子に乗って、噛んでいたガムを「ひっつけてやるー」と女の子を自転車で追い掛け出したのだった。
きゃー。
こんな時、逃げると余計にガキンチョは燃えるものだが、その頃は私達もガキンチョだったので、ガキンチョのあしらい方を知らず一斉に女子は逃げたのだが・・・。
バシッ。
哀れ私はしばらく逃げた後に丁度鉢合わせとなったN西くんの標的となり、頭を叩かれたと思ったら、頭のてっぺんにガムがベッタリとついていたのだった。
きゃー。
ガムをつけたら男子達は公園から消えた。
きゃー。
ガムがくっついてる!
女子達で大騒ぎとなり、私も半泣きになっていたが・・・・。
頭髪にガムがついた時ってどうすればいいのだ。家庭科の授業で何かのシミは米つぶを叩くようにすれば、取れるとか何とかだったような気がする。
で、ガムは?
一番近所の裕子ちゃん家に女子全員で行き、裕子ちゃんのおばあちゃんに何とかしてもらおうとしたが、氷で冷やしてもガムは取れず、その場で断髪式となり、私の髪はてっぺん部分の一部5分刈りという何とも言えない髪型になったのだった。
伸びるまでチクチク頭で数ヵ月を送ったのだ。
ヘアカットの日。
あれからいろんな髪型が流行したが、てっぺんだけ5分刈りという流行りは一度もブームにならなかったのであった。
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2008年04月06日 |
大学のサークルの同期だった”しんえいちゃん”が、仕事でこっちに来ているということなので、夜ご飯を一緒に食べることになった。
しんえいちゃんは、実家のある仙台で住職さんをしている。東京にはちょくちょく仕事で来ているそうなのだ。
しんえいちゃんとは学生の頃に一緒にバンドをやっていて、私はその時はバンドのキーボードだった。しんえいちゃんはボーカルで作詞作曲、当時の私は歌など歌う気配もなく完全洋楽志向だったのが、一緒にバンドをやったことで”ポップスのオリジナル曲”の面白さに目覚めたのだった。タイプとしては元米米クラブの石井さんっぽい感じで、しんえいちゃんの場合は歌が下手だったが、とにかくアイデアマンで面白い企画を次々に立てる。バンドもソニーやヤマハのオーディションの関西四国地区まではいつも残っていた。
大学を出たらしんえいちゃんは実家に戻って家業を継がなくてはならなくなった。キーボードという位置だと、ボーカルが居なくなればバンドはなくなるんだと、私はあの時に自分で歌い自分が中心となるバンドを作る決心をしたと思う。そこから私は一年考えてB#を作ったのだった。
しんえいちゃんとは卒業をしてからも親交は続いている。今でもちょくちょく会っていて、毎回話の中心は「音楽」のことになる。関係としては「今の日本の音楽」についてしんえいちゃんが語り、それを私が聞くという図でそれは学生の頃から何も変わらず、現在は多少なりとも私の方が詳しいと思うのだが、今日もしんえいちゃんの「音楽を語る」タイムに突入をしたのだった。
「早くて3年。遅くて10年。」
しんえいちゃんはこれから本格的に住職さんの仕事と音楽を両立させるらしく、遅くても10年後には成功させると言うのだ。
そして私を成功させてやると言っている。
たまにあるのだ。
こういう話をされることが。
私も卒業をしてから今日まで音楽を仕事として来ている。至って本人は現在も夢に向かって明るく進んでいるつもりなのだが、こういう時に「一体何をして毎日過ごしているんだろう」「どうやって生活してんだろう」と、自分が謎に思われていることをあらためて感じるのである。
六本木ヒルズの桜ももう葉桜になっていた。
私はいつかこの六本木ヒルズに、成功して家を買ってもらえるらしい。
今日は待ち合わせの場所がわからず、六本木ヒルズの中の地図をさんざん見たが、10年後の私は恐らくダンボを連れサンダル履きで鼻歌を歌いながらお買物をしている・・・のである。
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2008年04月07日 |
バスに乗って駅まで行った。
バイクに乗るようになってからは、駅までバイクで行くことの方が多くなったので、出掛けに計算に入れていた「バスロスタイム」をプラスすることが減ったのだ。
でも、今日はバス。
雨が降りそうだからだ。
バスで出る時はバイクより15分程余裕を持って出る。比較的遅れないバスだが、それでも10分程遅れることがある。それぐらいのロスタイムを考えておけば、移動中にあせらずに済む。
しかし・・・・。
今日私が乗ったバスは、”板東さん”のバスだった。
<まだ、この人クビになっていないんだわ>
板東さんは「板東英二」によく似ているので私は板東さんと呼んでいる。そしてこの人が運転をする時には落ち着いて乗っていられない回が大変多いのだ。
「えぇーーっ」
「あぁーーっ」
「なんでーーー」
少しでも対向車がセンター寄りに走って来ると、「あぁーーーっ!」と言いながらバスを停めて、向こうが譲るまで動かなくなってしまう。まぁ、確かに対向車がこっち寄りにちょこっとはみ出たかな?と思わないでもないが、板東さんはヤケに他人に厳しい。時にはエンジンまで止めて待つ始末なのだった。
相手が同じバス会社のバスでも、いじけてバスを停めちゃうので、”この区間の遅延の原因は板東さんに有り”だと私は思っている。
<あ!板東さん>
「こんにちは〜」
板東さんは、乗客に対して挨拶をする運転手さんなのだが、私の顔は思わず曇る。
<板東さん、今日は私普通に駅に着きたいんです>
<頼みますよ>
座席に着くと今日は板東さんをいじけさせる出来事が起きませんようにと祈る。
しばらくすると・・・・。
今日も板東さんに事件は起こる。
「あ!今当たった!」
駅まで半分の所で板東さんは突然また大袈裟に叫んだのだった。
当たったって・・・・。
ゴンともバンともコツンとも言っていない。だいたい対向車はなかったし、当たったって一体何がどこに当たったのかわからないのだ。
「当たったよ。今のは」
「んもう〜〜っ」
「当たったよね」
乗客に話し掛けるが誰も返事をしない。
「降りて見に行った方がいいかな」
「当たった」
乗客で頷く人は一人もおらず、仮に当たったとしても木の枝か何かなのだ。そのヒステリックな大声の方が「当たった」感があって、バスの中はシンとしたままだった。
<板東さん、バスから降りないで>
<遅れちゃう!>
バス通りにある小学校は、今日が入学式。門のところに「入学式」の看板が出ていて、お母さんと男の子が看板の所で写真を撮っていた。
「当たったよ」
「絶対に」
板東さんはブツブツ言いながらだったが、”今日の大袈裟”はここでやめた方がいいと判断したのか、またバスを走らせてくれた。
大人もまだまだ勉強。
いじけている時間は、自分にとってロスタイムでしかない。
<お天気、もつかなぁ>
また私は窓の外の景色に目をやる。
バスは青信号を曲がり、花曇りの住宅街を後にしたのだった。
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2008年04月08日 |
ガタガタガタ・・・。
今朝は雨風が強いようで、雨戸が風に叩かれる音で目が覚めた。
ダンボは車の音、インターフォン、携帯の着信音、遠くから聞こえてくる子供の声に猫の鳴き声、それに私が発する「ねこちゃん」という単語にまで反応をして威嚇吠えをするのだが、雷や雨や風には無反応でかなり大きな雷がゴロゴロやっていてもジっと座って聞いていたりする。
ガタガタガタ・・・・。
ヒュゥウウウウ。
私の方がハっとして耳を立てていたが、ダンボは布団の中で丸くなって無防備に眠っている。
雨と風は、動物からすれば悪者ではないらしい。
外で生活をしている生き物達は、どこでどうしているのかな。
鳥は晴れた日とは違う一日を過ごすのだろう。
ノラ猫も晴れた日とは違う一日を過ごす。
公園の池の鯉はあまり変わらないかな。
人間だけが、傘をさして予定通りの一日にしようと頑張っている。
枝に止まって羽を休めている鳥達が、傘をさして人間達が出掛ける所を見ている。
「おかあさん、あれはなぁに?」
「あれは傘と言ってね、雨の中でも飛べる羽なのよ」
「いいな。あたしも欲しい」
雨の日に、人間達は羽を持って出掛ける。
羨ましがった誰かが風を使って、時々それを盗ろうとする。
油断したら盗られちゃう。
雨の日の羽なのだ。
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2008年04月09日 |
外来の帰りに新宿のファッションビルに立ち寄った。
昨日の渋谷もそうだったが、どの店も今置いてある洋服は、チロリアンかボヘミアンそのどちらかと言っていい程なのだ。
さっきの店もチロリアンかボヘミアン、その前の店でもチロリアンかボヘミアン。そして今入った店にもチロリアンかボヘミアンの店員さんが居て、チロリアンかボヘミアンの服を勧めるのである。
しかし、
私ぐらいの年齢になると、襟元が大きく開いていてハイウエスト切り替えのワンピースやチュニックの、いわゆるAラインの洋服というのは大屋政子になってしまう。だからいくら彼女達が着て可愛くても、もう私は手を出さないのである。
チロリアンかボヘミアン以外はないんですかい。
これがまた難しい。どの店も微妙にカブらない状態で同じテイストの洋服を置いているのだった。
私はキュートな皆さん達と揃いの服を着たいわけではないのです。今は身の丈に合った胸元が開いていなくて、ウエストが普通の位置にある服を探しています。
そういうリクエストなのでございます。
ドゥー、ユー、アンダースタンド?
お!
違うテイストの店を見つけたと思ったら、ヒョウ柄やゼブラ柄などのワイルド系セクシーファッションの店だった。
に、似合うかしらん。私。
傾斜45度の高いラメヒールを履き、アイラインを上下に入れネイルアートでキメてヒョウ柄を着た自分を想像してみる。
その前に谷間スッキリ寄せ上げブラを買わないとダメだろう。
もう、他にはないのかしらん。
あっ、なんかテイストが違うお店発見。
と、思って入ってみたら、今度は姫系ファッションの店だった。
ま、眩しい。
ピンクのヒラヒラやフリフリだったりネグリジェかと思うような服が並んでいて、お人形さんのような店員さんが居るのだった。
ちょっぴり着てみたい気もしないではないが、店内に居るとなぜかしら自分がオヤジに思えてきた。なんか浮いている。あきらかにお客ではないタイプの自分がここに居ることが変に思えてきて、いたたまれなくなって外に出ていたのだった。
私は、普通の服を探しています。
チロリアンにボヘミアンにヒョウに巻き毛のお姫様に・・・・。
ここはどこデスカー。
洋服屋さんというよりも、もはや「イッツアスモールワールド」のアトラクションの中に居るようであった。
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2008年04月10日 |
「母の日のプレゼント特集」の見出しをよく見るようになった。
母が居た頃は毎年、「もうすぐ母の日だなぁ」と思っていて、大人になってからは花を贈ることが多かったと思う。
何を渡しても、母は「ありがとう。お母さん嬉しいわ」と笑った。
”照れる気持ち”の後ろに決して隠れない。相手の気持ちを考えて「ありがとう」が言える。「お母さん」はみんなそういうところがある。すごいなと思う。
今はネットで注文をして贈り物をする人も多くなったが、飛行機のチケットみたいに早割を歌い文句にしている店があったり、あとは一回の注文で母の日と父の日の分をまとめて承りますよというところもある。
が、結局毎年同じ物になったとしても、私はギリギリまで「あれでもない、これでもない。これがいいかしら、あれもいいわね」と考える方なので、時間に余裕を持って物を選ぶということは出来ないだろうなぁと思う。
生きていたら母は70代。母がどれだけおばあちゃんになっても、私には敬老の日より母の日の方がしっくりきていただろう。
「お母さんの居ない人は白いカーネーション」という少し残酷な文化はいつの間にかなくなった。
沢山のプレゼントがある。
「白いカーネーション」だけが、母の日の贈り物リストに見なくなった。
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2008年04月11日 |
代官山「晴れたら空に豆まいて」でライブ。
先月のライブが終わって、ふと”どうして思うように声が出せないんだろう”と弱気になる自分について、もう一度いろいろと前向きに考えてみた。
もっと迷いなくやれるようになりたい。
他のこともそうだし、ライブもそうだ。
足りないところに目を向けるのでなく、自分が持っているものをどれだけ大事に出来るかどうかを、私自身がもう一度考え直す1ヶ月間だったと思う。
具体的にはピアノの伴奏を今までの20%、全体レベルを小さくする練習をした。もっと私は今の私の声を理解して演奏を心掛けた方がいい。
外はいい天気だった。確か少し前の天気予報では、あまりいい天気ではないということだったが、今日は晴れ。
自分のいい所を大事に出来た方がきっといい。
頭では何かしらわかっているつもりでいたことが、全身で納得出来た時に、「迷い」ってふと一瞬消えるんじゃないだろうか。
今日の出番は3番手。
目の前に座って、自分の歌に一緒に時間を過ごしてくれる人達に感謝を込めて。
何が届けられるかはわからないけれど。
今日は、一点の曇りもなく。
迷いなくやれたらいいなと思った。
Posted by 吉川みき 2008年04月11日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年04月12日 |
電車待ちをしている時、一番前に立っている人がのんびり屋さんの場合、後ろに並んでいる人たちはイライラする。
基本的に、乗っていた人が降りるのを待ってから乗るというエチケットは守った方がいい。が、先頭さんの中には、本当に誰ももう降りて来ないのを確認して更に一呼吸おいてからやっと乗り込む人が居るのだ。
<はよ、乗って下さいよ>
<あ!>
その間に、同じ扉から乗った反対側に並んだ人達がタイミングよく乗り込んで、席を得ていたりする。
で、のんびり先頭さんはと言うと、運良く自分一人だけは席にありつき、後ろの人達のイライラに最後まで気づかないまま善良そうな顔で腰を下ろし、その列で一番後ろだった人は「まもなく扉、閉まりまぁーす」と言われる中無理矢理乗っていたりするのだ。
先頭さんの采配は大きい。私はスーパーのレジの人と、電車を列の先頭で待つ人には、動物的能力に長けた人にやって欲しいのである。空気や気配が読めない人がやれば、後続の人達が不幸になる。
そんな私が今日は夜の渋谷駅で「先頭」の人となった。
座りたいから一台見送っての余裕の「先頭」だったのだが、先頭に立つとつい”今度は座れるんだわ。ふぅ、よかった”と気が緩みがちになって、後ろに立つ人のことを忘れてしまう傾向にあるのだ。
最初、ポツリポツリとしか人が居なかったホームも、各列人が並び、いつの間にか長い列になっていた。
<そうだわ、今日は私が先頭さん>
隣にはゴリラみたいな男性が立っていた。
<あなたとの対決になるんですね>
チラっと後ろを見たら、私の後ろにも人が結構並んでいた。そうか、ゴリラさんチームに負けてはいられないぞと妙に責任感がわいてきた。
電車がやって来ると、心なしか後ろの人達の「頼みますよ」という無言のオーラが背中にピシピシと来たような感じがする。
了解!
全員で席に座ろう、エイエイオー。
気合いを入れて勝負に挑んだが、ゴリラさんは酔っ払っていたせいか思ったよりドン臭かった。
後ろの人はちょっぴし恨んでいたと思う。
今日は先頭として私は頑張った。
オッズは低かったと思うが、私に賭けた人達は今レースでまさかの勝利を手にしたのであった。
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2008年04月13日 |
夜、プールに行った。
去年はウォーキングレーンのはじっこから7メートル位の所を行ったり来たりするだけだったのが、この春からウォーキング&スイミングレーンでの往復という、私にとっては別レーンへの移動という大躍進のプール時間となった。
前も泳げないことはなかっただろうが、私の喉には器管切開をした痕がある。普通はこれが塞がるのだが私の場合小さなピアス穴ぐらいの穴がまだ開いていて、そこから水が入って来るという変な体になっているのだ。
だから、背の届く場所でウォーキングをするだけで終わっていたが、この春からは傷口に貼ればプールにもお風呂にも入れますよという防水シールを貼って、傷を気にせず泳げるようになった。
7メートルぐらい歩いて、足がつかなくなった所から泳いで進む。また足がつく場所に来たらそこからは歩いて進むので、実質は25メートルのうち10メートル位しか泳いではいないのだが、ゴーグルをつけて水面に顔をつけると、ウォーキングでは目にしなかった景色を新鮮に感じたのだった。
しかし、ビックリしたこともある。
水中ってこんなにクリアに人の姿が見えると思わなかった。今、向こうから泳いで来るもうすぐこっちに辿り着くあの男性の、真正面の水中にある景色って、私の腰から下の水着姿なんじゃないの。
水に潜れば、私とは目を合わさずに足腰、見放題ですよね。
真相はつかめないが、全く見ないで泳ぐことは不可能。水の中でもお行儀よくしていないと行けないなと思ったのであった。
私の泳ぎはゆっくりペース。
でも泳ぐって気持ちがいい。
水をかけば、必ず前に進んでくれる。
ここに来ている人達には、どんな目標があるのかな。
”1キロ泳げるようになりたいな。”
その先にある夢は別の物になったけど、今私は小学校5年生の頃と同じ夢をまた抱いている。
Posted by 吉川みき 2008年04月13日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年04月14日 |
吉祥寺のユザワヤに買い物に行った。
吉祥寺は好きな街なのだが、不服な点としてはバイクをとめる場所が少ないということなのだ。バイクでももっと気軽に行きたいというのが、吉祥寺に対する最近私の思うことなのだ。
今日行くユザワヤも駐車場と駐輪場はあるが、ワゴン車とバイクで行った場合はとめるところを別に探さないといけない。
しかし今日は平日、しかも時間的には夜の7時半なので前に見つけていたあのバイク置き場に行けば、もうこの時間だったら空いているだろう。そう思って、そこのバイク置き場にブーンと行ったのだった。
ここはシルバーセンターとの繋がりがあるのか、70代ぐらいのおじいさん数人でシフトを組んで管理をしている。駐輪場とバイク置き場が併設されている屋根付きの施設だ。行くと一人が外、一人が受付室の中で、二人のおじいさんが入り口に居た。
こんばんは〜。
チケットを買って中に入ろうとすると・・・・。
「もう来ないよ。」
「は?」
「駐禁、来ないよ。」
「・・・」
「止めちゃえば〜。そこに」
おじいさんは明るく道路を指差して、もうこの時間は駐禁に来ないから路上にとめればいいと言うのだ。
「いや、いいです。ここに止めますから〜」
明るく返すと・・・
「250円もするのにぃ〜いいいっ?」
と、今度はおじいさん。250円がもったいないと諭すように言い、やはり道路にとめることを勧めるのだった。
どうすればいいのだ。
親切心は有りがたいが、私としてはちゃんとバイク置き場にとめてゆっくり買い物がしたい。
「やっぱり・・・いいです。ここにとめますんで」
かなり遠慮がちに言ったのだが、おじいさんはせっかくいいアイデアを教えてあげているのに、それを素直に聞こうとしない私を頑固者のように見て、今度はガッカリした様に「250円、もったいないのに・・・」と言うのだった。
「そりゃぁ、絶対に来ないとは言えないよ〜」
「・・・」
「でも来ないってば〜〜」
もういいんです。この250円を私はもったいないとは思っていないんですよ。
チャリンチャリン。
自動販売機で250円のチケットを買うと、もう一度横から「250円もするんだよ!」とおじいさんに言われたのだった。
ふぅうううう。ちかれたび。
バイクをとめて入り口を通ると、最後にもう一度言われた。
「あーあ。250円、もったいなかったね!」
バイクをとめに行って、そのお金がもったいないとさんざん無駄遣いのように言われ、最後に「どうもすみません」と小さくなって謝ったのははじめてのことであった。
Posted by 吉川みき 2008年04月14日 | パーマリンク | コメント (2) | トラックバック (0)
2008年04月15日 |
毎年恒例となっている京都の大学時代のサークルの同窓会に行った。
昨日まで、予定的に無理だなぁとほぼ不参加のつもりでいたが、父に以前「16日に家にちょっと寄るかもしれないから」と言ってあってそのままにしていたので、やっぱりここは父の顔を見に行くのも含めて行こう!と決めて、夕方の新幹線に乗って急遽京都に向かったのだった。
いつの間に東京での暮らしが長くなって、最近は京都が私にとって遠くなった気がしてちょっと寂しくもある。新しく出来た京都市内の道や店、街も知らないうちにどんどん景色が変わって行くし、それに数年前から開催されるようになった花灯路のイベントも、私の知らない京都だ。
新幹線を降りてタクシーで御池に向かう時も、こんな道が出来たんだと小さな発見の連続だった。川端通りを上がりながら、鴨川沿いに建つ建物達の灯りを見ると”京都に旅行に来た”感じがした。考えてみたら私は人に教える程京都っぽい所も知らないし、今の京都の面白い所も知らない。中途半端な京都ファンになっちゃったもんだ。
同窓会にはかなり遅れて到着したが、懐かしい顔ぶれが座っていた。全く京都っぽくない普通の居酒屋で、全く京都に関係のない居酒屋メニューがテーブルに並び、「めっちゃ関西弁」の会話が飛び交う。
しかしなんで毎年同じ居酒屋なのだ。
”京都っぽい”店での同窓会ってないのか。
「ほな、電車あるんでボク帰りますわー」
「おぉ、今からカラオケ行くで」
「私、もう帰らなあかんのです〜」
「むっちゃ腹減ってきたー」
「ワシ、あかん。眠いねん」
みんなさすが、めっちゃ関西弁だ。
純粋な京都弁ではない、柔らかいイントネーションの関西弁が私の慣れ親しんだ言葉で、結局は私の「京都」はみんなの話す会話のトーンになるんだと思う。
「お腹空いたー」が私の口癖だった。らしい。
今日も店を出たら「お腹空いたー」と言っていた。
ダラダラと河原町通りを歩く中年集団。
なんだこの団体は。
昔、ここで青春を送った確かに私達は大学生だった。
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2008年04月16日 |
午後、実家に帰った。
実家に帰る時って、みんなはどういう感覚があるんだろう。
私は飛び込み台からエイヤ!と飛び込む時のあのちょびっと勇気が要る感じがしている。もっと細かく言えば、腹打ちをしてグッタリすることを覚悟してプールに飛び込む時の「よし、行くぞ」の感じなのだ。とにかく行く前には「体力温存」をしていくらか余力を持って臨まないといけない。それが毎回の帰省の私の心得なのである。
「ただいま〜。」
家に戻るとしげおっちは寝ていた。
「もう来えへんと思ってたわ」
起きて来ると早速恒例の行事が始まる。
「今こんなにワシは薬を飲んでるねん!」
「ほれ!」
薬の入ったお菓子の缶が目の前にバーンと出て来るのだ。要約すると、”これだけ薬を飲むほどワシの具合いは悪いので、もう言い残すことがないように、せっかく実家に来たのだから心ゆくまで話がしたい”ということで、ここからは時間の許す限り、「ワシのこと」か「アンタにちょっと言うておきたいことがある」のいずれかの2種類の「ワシの話を聞け」コーナーとなるのだった。
「何時までしゃべってええねん」
父は自称”今にも死にそうな”人の割に2時間も3時間も切れ間なくしゃべり続けられることが出来、毎回聞いている私が聞き疲れで吐きそうになってきて、「おとうさん、ちょっとしんどい・・・・」と訴えているのだが、今日もついに私がグッタリして「ちょっとしんどい」と言うまで、延々「ワシの話」は続いたのだった。
グッタリしていると、
「ほんで、アンタは体の具合いはどうなんや」
ですから、
今ご覧の通りグッタリしております。
「どうなんや」
「ちょっと、休憩させて・・・」
「調子、悪いんかいな」
グッタリした私を見て、急に今度は
「しんどい、言うてたらあかんがな」
「もう帰り」
と言うと急にタクシーに配車の電話をし、電話を切ると同時にもう外に出た方がいいと「ワシ」はいそいそと玄関を出て行ってしまうのであった。
「タクシー、まだ来えへんな」と言っていたが、そんな2駅先がエリアのタクシーが1分後にまだ来るはずもない。
”あの人はちょっと変わっとるわ”
父は自分以外の人のことを、ことごとくこう評価する。
だが、私は今日も思った。
父がやっぱり一番の変わりもんである。
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2008年04月17日 |
夕方のニュースで、「メタボ犬」の特集をやっていた。
こういう特集の編集は、その犬と飼い主がいかにダメな生活を送っているかの部分がクローズアップされるのだ。今日もワンちゃんが太り過ぎてお腹が床についている姿や散歩をしていてもすぐに息が切れる様子、飼い主さんが人間の食事を与えていたことなどが流れていたのだった。
幸いその特集では、その後飼い主さんが反省をして今はワンちゃんの生活管理をしっかりしてあげるようになったということで締められていたのでよかったのだ。やはりペットがメタボ犬になるのはペット側に非はなく、飼い主の問題なので、「ダメ犬」的特集物を見る時は、まず飼い主に眉をひそめる以前に「すいません」という気持ちが先に来るのだ。
ダンボちゃんも、メタボ犬なんだよね。
過去最高では4、7kgの体重となったことがある。「体重は0、5kg〜2、7kgまでをチワワとする」という規定で言うとダンボは2匹分の体重になる。
その頃からダイエットを心がけてきたが、去年も4、3kgだった。獣医さんから3、6kgを目標にして下さいと言われたのだ。
骨格自体がデカいので、確か家にやってきた子犬の時がギリギリチワワの規定内に居た頃だった。
ダンボちゃん、ダイエット頑張ろうね。
私も頑張ろうと思ってるんだよ、ダイエット。
そうだ、久しぶりに体重を計ろう。
そうして二人でもっとダイエットを頑張ろう。
ダンボを抱っこして洗面所に体重を計りに行く。まずダンボを抱いたまま総計の体重を計り、次にダンボを置いて私の体重を計り引き算をすればダンボの体重が出る。
合計某kg。
ダンボちゃんは、何kgでしょう。
引き算をすると、ダンボは3、7kg。成犬になってから初の3kg台へと体重が落ちていた。そして私の方がイタチ2匹分重たくなっており、メタボは私の方の問題と鋒先が変わったのであった。
ダンボちゃんはダイエットの効果が出てきている。
少し複雑な気分だけど・・・。
ダンボちゃん、よかったね・・・・。
何か視線を感じるなと思っていたら、冷めた目で”お前が頑張れよ”と、ダンボが私を見上げていたのであった。
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2008年04月18日 |
夜、プールに行った。
私も泳ぎが上手いとは言えないが、来ている人の中で泳ぎが危なっかしい人は居る。
だがこの人達は大人になってからでも、泳げるようになりたい人達なんだろう。私は成人してから習得したいと思ったことはことごとく続かず、何も達成しなかったので、こうして頑張っている人を見るとすごいなと思うのだ。
だって来ている人達は、泳げなくてもヤル気に満ち溢れている。ビート板に掴まりバタ足をしながらこっちに向かって必死に泳いで来るのだ。
6歳児ぐらいかと思っていたら、足をついてプールに立つとおっちゃんだったり、大人の女性だったりする。知り合いでもなんでもないこの人達がだんだん泳げるようになっていく所を、もしかしたら私は見ることが出来るかもしれない。
会社帰りの焼き鳥屋で部下に、「いや、この年になって、ようやく僕は泳げるようになってね」と話したところで、「え〜、部長。泳げなかったんですか」と、全然部下はピンと来なくても、私は生き証人になれる。
「そーなんですよー。このヒト、もう最初はすごい迷惑なバタ足で、近くに居る人たちみんな水被ってましたよー」と、笑える日が来るのではないか。
部長の知らざる一面を知っている貴重な知人になれるのではないか。
それにしても、プールの中ですれ違う時というのは気を遣うのである。こちらが立っていたらバタ足の”バタバタ”で水を容赦なく被り、水中に居ればぶつからないようにと大回りでこちらが回避しないといけない。どうもこの人達は水中で目をつぶっている様なのだ。
水中では目は開けられるようになった方がいいと思う。
でないと、初心者同士がすれ違う時にはぶつかる可能性、大。
そう考えると初心者ってある意味、危険な存在だ。
海にはサメが居て、プールにはサメのかわりに初心者有り、か・・・・。
バタ足の女性と水中ですれ違った。
おっと危ない。
やっぱり避けてあげないとダメみたいだ。
でも、目をつぶってでも「突き進む」ということが出来るっていいなと思ったのだった。
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2008年04月19日 |
みきちゃん、みこかん、みき、みっきん、みっきちゃん、サルみき・・・。
過去、私が呼ばれていた名前はこれだけある。
「サルみき」は高校一年の時についたあだ名だったが、卒業してからも街で大きな声で「お〜い、サルみき〜〜」と、呼びとめられた時はすごく恥ずかしかった。
当時、ヨシオカミキちゃんという女の子と同じクラスだったことから、私は「サルみき」になったのだが、ヨシオカミキちゃんの方は「みきりん」と呼ばれ、だったら「みきちゃん」は空いているじゃないかと今なら主張するが、その頃はそのことに全く気付いていなかった。
”猿の方のみき”でみんなにはわかりやすかったろうが、たまたまその時に私はサルのようなショートカットだっただけなのだ。この時の髪型が今流行の姫系だったとしたら、私は”姫の方のみき”となって「ヒメみき」「みき姫」と呼ばれていたかもしれないのである。
あだ名は時として残酷、しかし確かに特徴を上手く掴んではいるとは思う。が、その場合本人にはあまり有りがたくないことがほとんどじゃないだろうか。
「おっさん」というあだ名の女の子が居た。
「おっさん」は杉本さんと言って、一緒のクラスになった時には既に「おっさん」というあだ名がついていた。
”色黒で少々中年男性のような顔つきだった”ところからそのあだ名はついたのかもしれない。しかし、おとなしいタイプの女の子で性格はおっさんではなかったので、もしかしたら、本人は嫌がっているかもしれないと思い、「おっさん」と呼んでいいのかなと少し躊躇ったこともあったのだ。
「おっさん〜、消しゴム貸してー」
「おっさん、今日はクラブあるの?」
「おっさん」と呼ぶと、「はい、なに」と明るく答えていた。私が知る限り中学高校一貫して、彼女は「おっさん」と呼ばれ続けていたのだ。
「おっさん」は、あれから別の呼び名を得ただろうか。
案外その後もずっと「おっさん」を貫いて、旦那さんからも「おっさん」と、あだ名で呼ばれているかもしれない。
お母さんになっても「おっさん」、おばあちゃんになっても「おっさん」。そして私も「サル」のまま・・・。出世魚みたいに、何か呼び名って変わって行ったりはしないものなのか。
あだ名は意図せず永久に自分の名前として、他人へ刻まれるものなのである。
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2008年04月20日 |
通販の雑誌の夏号が届いた。
早いなぁ・・・と思いつつも、パラパラっとページをめくってみる。
通販の雑誌は割と好きなのだ。
カーテンや家具、定番の物もあれば随分個性的だなと思う物もある。ダイエットアイテムの中に今日は「ボンレスベルト」というのを見つけた。形は腰痛ベルトのように「巻く」タイプだが、穴が開いていてモデルさんが装着している写真はそこだけボンレスハムのように見えるのだ。
ラベンダーの香りがすると書いてあった。ラベンダーの香りはそんなに必要ではないと思うのだが・・・・。
続いてインパクトがあったのは、お風呂に入りながらスチームパックが出来るという「スチームマスク」。ネーミングは普通なのだが商品の見本の写真が、クマちゃんのお面を被った女性が風呂に浸かっている写真が載っていて、大人の女性がお面を被って風呂に黙って浸かる写真に、ちょっと笑ってしまった。
だいたい笑える物は、女性のための綺麗になるグッズなのだ。ガーデニンググッズのページでは蜂農家と間違える程の重装備の帽子や長手袋が紹介されていて、これらは紫外線対策のグッズだし、ロデオボーイだってもし部屋の中で自分が乗っているところを近所の人が通り掛かって見られたら相当恥ずかしい。
ぜい肉を押し出す矯正下着に、鼻に挟んで鼻を高くするクリップ、強力美白ジェルに背中のウブ毛剃りシェーバーに・・・・。
でもお散歩用のグッズがいくら紫外線対策とはいえそんなに鎧みたいな格好だと、子供はママを怪人だと思いはしないんだろうか。などなど、通販の本を眺めているといろんなことを想像したのだ。
ふぅ〜〜〜〜っ。
一冊見終わって。
女性で居るって大変なんだわと気が重たくなってきたのであった。
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2008年04月21日 |
D−naughtのリハーサル。
今メンバーと一緒に音源を作ったりしているので、リハーサルにも顔を出しているのだが、演奏もせず歌も歌わずにリハーサルを横で見るだけという立場は、他ではやったことがない。彼等が初めてなのだ。
リハーサルは始まって、淡々と進んでそれで終わった。あとでチェックやアイデア出しは少しはするが、それでもメンバーの演奏中はピアノもキーボードもマイクもあるのに、私は椅子に座っているだけ・・・。
ちょびっと自分では違和感がある。
だが彼等には全く違和感はないらしい。
「音楽」は、最初に触れたもう記憶も定かではない幼い子供の時から、何故だか大好きな存在なのかどうかもわからないまま、離れることなく今日まで自分の近くにある。
入院をした2年間は丸々音楽のことを忘れていた。
でもまた私の毎日と音楽は接点を持ち続けている。
自分も続けたいという意志があったので、手放せなかったのだと思う。だが、出会った人達が未知の扉をいろいろとくれたおかげでそれは叶えることが出来ているのだと思う。
何に於いても今はあまり「先の約束」に興味がなくなった。
約束なんてしなくても、大事なものとの関係は、続けるために自分が意志を持ち、相手もその意志を受け取って一歩前に足を踏み出してくれたなら、自分が予測しなかった方法や形となって次へ次へと何かしら続けられるように出来ているんじゃないだろうか。
音楽を続けてきて私が知った一つの法則だ。
形をかえ、関係をかえ、距離をかえ、新しい自分の立場を見つけながら、どんな人も好きなものとは繋がって行ける。
一番初めに抱いた夢は、ピアノの先生になることだった。
あれから何度私の「音楽の夢」は破れただろう。
おかげで今私は、音楽とのいろんな形の関わり方を得ることが出来た。
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2008年04月22日 |
六本木でD−naughtのライブがあるので、リハーサルから行った。
自分のライブだと、午後以降はライブが終わるまで食欲もなくなり、ややグッタリとした状態で何もしたくない人間になってしまう。どんなに近場に美味しいスイーツの店があっても、可愛い雑貨屋さんがあっても、何屋さんがあろうとも行きたいと思わない、人としゃべるのさえ億劫になるのだ。
だが、これが誰かのライブにピアノでの参加という形だとかなり精神的には余裕が持てるようになる。普通にお腹が空くし、待ち時間も極度の緊張に襲われるといったことはなく平穏な状態だ。
で、更に・・・。
今日みたいに楽器演奏も何もせず、音のチェックのサブみたいなポジションで行く時となれば、今度は一気に暇を持て余し、リハーサルと本番以外の時間帯はただのお出掛け大好きの素の私となるのだった。
今日はリハーサルが終わると・・・・
まずミッドタウンにお茶に行く。その後は居酒屋に行ってお茶漬けを食す。まだ夕方だった。それからあと一時間あったので今度は六本木ヒルズに行って洋服やアクセサリーを見る。その後ノースタワーの入り口で美味しそうなアイスクリームショップを発見、アイス購入。もうそろそろ行かなくちゃ。と、六本木の裏通りをアイスの食べ歩きをしながら帰った。
本番に立ち会い・・・、終わるとまた暇人になる。
前はライブが終わると先に帰ったので、今日は打ち上げまで参加しようと思い、しばらくは楽屋に居たが・・・・、
だんだんムズムズしてくる。
とりあえず外の空気を吸いに道路まで出て・・・。
近くにあるペットショップに行き犬と猫を眺めた後、もう一度さっきの居酒屋へ行く。そして夕方食べたお茶漬けと同じ物を食べる。
いつの間にかメンバーと別行動になっていた。
あっ。
いつの間に12時を過ぎている。
なんてこったい。
一人で家に帰っていたのであった。
緊張しないで済むとなると、私は本当に野放し状態になるのだろう。
今日は何をしに行ったのか。
一日の感想が「なんか、楽しかった」というのも変だなぁと思う。
お出掛け大好き。
六本木って本当に外人さんが多くて、異国情緒溢れる街だった。
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2008年04月23日 |
ダンボちゃん、いいですか。
今日は番犬テストをいたします。
私が外からコンコンと窓を叩いたら、吠えてごらん。
では。
行きますよ。
<コンコン>
外から窓をノックすると同時にベッドの部屋から飛んで来て、ダンボはものすごい勢いで吠え出した。
素早い反応。
「すごい!」
「おりこうさん」
番犬テスト、合格。
「よし」
と、ここで終わりにしたかったがダンボは威嚇吠えをやめない。
「もういいよ」
「私だよ」
私だとわからないの。
「ダンボ!」
ダンボは私の目を見て私だと理解した上で、怖い顔で威嚇し更に興奮をして吠えながら、窓ガラスに何度も体ごとぶつかって来るのだった。
「ダンボちゃん・・・」
ちょっと悲しい。
さっきまで私に甘えていた赤ちゃんサイズのワンコが、今は憎しみいっぱいの顔で私に吠えかかっている。
わからないよ。
私はお前のことが・・・。
急に自信がなくなり、やっぱり犬の言葉がわかる「バウリンガル」というグッズを買って首につけた方がいいのかなぁなどと思ったりする。
番犬テストをしようとしたが、結局は飼い主テストになってしまった。
ダンボが私に向かって激しく吠えている。
「飼い主テストは不合格!」
日本語に訳すとこう言っているのかもしれないのだった。
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2008年04月24日 |
先日、駅の改札を通ってホーム行きのエレベーターを待っていたら、70歳ぐらいのご婦人に声を掛けられた。
「あの、お節介なようですけれど・・・」
トントンと肩を叩かれたので、何だろうと驚いて振り向くと、ご婦人は周りの人に聞こえないように、小声で気遣い囁くように続けた。
「後ろ、洋服の後ろのボタンが開いていますよ」
「え」
「ほら、一番上のところ」
「あ・・・」
ご婦人は私の着ているワンピースの一番上のボタンを閉め忘れていることを教えてくれたのだった。
どうしよう。
そこの所はハイネックできついからと、わざとボタンを留めずにいた箇所なのだ。
「あ・・・・・。」
今度は私の方が小声で囁くように、わかっていて開けていることをご婦人に伝えた。
もっと機転がきけばよかった。そうすれば、ボタン一つ留めるだけで済んだのに。突作のことだったのでそこまで頭は回らなかった。
もうご婦人は、同じようなことがあっても知らない人に声を掛けないだろう。悪いことをしちゃったなとホームに上がったあとも一人後悔をした。
「大人の嘘」をわきまえている人を素晴らしいと思う。
世の中には、嘘が吐ける体質の人と吐けない体質の人が居て、私は明らかに吐けないタイプだ。悪い人間じゃないとは思うが、時に正直に言わなくても全くいいことでさえ、そのまま答えてしまうことがある。
「嘘吐き」と言うと、なんだかあまりいいイメージはないが、基本的に頭が良く脳みその反射神経がいい人のことだと思う。素質がない人間には手が届かなくても、素質を持ち心を磨けば、最上級の「大人の嘘」をわきまえることが出来る。
開いたワンピースの首元がスースーとした。
ご婦人の姿はなく、ホームで電車を待っていると少し肌寒い春の風が吹いて抜けて行った。
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2008年04月25日 |
ラジオの収録でスタジオに行った。
外に出るとよく私は自動販売機やコンビニで飲み物を買っている。家に居る時は、徒歩すぐの所にある自動販売機にジュースを買いに行くということは滅多にないが、ラジオの録音の時はスタジオの入り口にある自動販売機で、100%の確率で何かしら買っている。
今は自分が買う比率は缶コーヒーが7割、2割がお茶。あとは紅茶かスポーツドリンク、ジュース類になる。昔はコーヒーが飲めなかったので紅茶が7割で缶コーヒーは1割未満だったのに、この10年程で缶コーヒーと紅茶の割合が入れ替わった。
今日もスタジオの入り口に置いてある販売機で、早速缶コーヒーを買う。
ボタンを押すと、ガラガラゴットンという音がして商品が出て来る。取り出し口に手を入れると缶コーヒーがあるのでそれを取り出す。
取り出し口に手を入れた時、たまにだが古い過去の失敗を思い出すことがある。
場所は祇園、時間は夜だった。5〜6本の缶コーヒーを、どういう理由だったか忘れたが私が買いに行ったのだが、出てきた商品を取らずに次々にお金を入れてボタンを押したので、全部買った後で販売機の取り出し口から品を取り出せなくなってしまった。
詳細は古い記憶なのでハッキリ覚えてはいないが、そこの販売機にあった電話番号に電話をしたんだったか、結局鍵を開けてもらってようやく品物を取り出して、謝って帰ってきた。当時20代の半ばだったはずなので十分いい大人、恥ずかしい失敗だったのだ。
自動販売機の形って、そういえばあまり変わっていない。他の物達はめまぐるしく変わって行く。冷蔵庫に洗濯機、掃除機に車にコンピューターにファッションに・・・etc。
自動販売機もお金の投入口とお釣りの返却口、商品の取り出し口が真ん中の高さにある販売機が登場して、これは私には便利だったが、もっと普及するかと期待したものの、今も街で見掛ける自動販売機は画期的に何かが変わった感じはない。
取り出せなかった失敗はさすがにあの一度だけ。
同じ間抜けな失敗を今も誰かがきっとしているんだろう。
今日のささやかな選択は、「あたたかい」のではなく「つめたい」のを選んだこと。
4月ももうすぐ終わる。
いつの間に今年も私達は春の真ん中に居るのだ。
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2008年04月26日 |
カーナビが登場するまでは、ナビをする役をするのは助手席に座る人間だった。地図を見て道を把握してタイミングよく道案内をする。自分も助手席に座る時は、運転をしていないので申し訳ないという気持ちが少しはあったので、ナビをしていくらかのお役に立てれば嬉しかった。
今はカーナビをつけている車が多くなり、タクシーでもナビ搭載車両がグンと増えた。今や住所や電話番号を運転手さんに伝えるだけで目的地に着くことが出来るので、前もって地図で把握しておくということを忘れるようになったのだ。
今日はDーnaughtの車で下北沢のライブに行くのに、道中一緒に乗せてもらった。
下北沢は道が入り組んでいて、一方通行だけでなく狭い路地や行き止まりになっている場所が結構あるので、交通手段としては自転車が本当は一番ストレスなく回れる所なのだ。
車は特に把握している人が居ないと狭い道で往生することになる。以前タクシーに乗って下北に行ったら、どんどん道幅が狭くなって行き止まりになったあげく、自転車や歩行煮の冷たい視線をあびながら長い距離をバックでエラく時間をかけて戻ったのだ。
ベテランさんでも蟻地獄のように足下をすくわれる難所、下北の道。
メンバー車にはナビがない。メンバーは車の運転には慣れているみたいだが下北にはあまり来ないらしく、車で行くのは初めてなのだそうだ。私もバイクで行くことはあるが、わかる場所は限定で詳しいわけじゃない。
どうしよう。私も何も考えずに家を出て来たぞ。
困ったと思っていたらTom−oくんが携帯を取り出した。GPS機能がついている携帯ではナビも出来るそうで、未だにムーバで頑張っている私には驚きだった。
わお、本当に音声案内を始めたぞ。
よし、これでもう大丈夫。
・・・・と安心をしたのだが・・・・、
井の頭通りを右折する下北にまだ程遠い四つ角で「目的地、周辺です。音声案内を終了いたします」と言ってナビのお姉さんは突然居なくなってしまったのだった。そんな。その四つ角はみんな知っている所、そのもっと先の所を教えてもらわなくちゃ、だってそこが私達はわからないのだ。
おーい。ナビの人。
その後携帯のナビは反応ゼロとなり、車は蟻地獄へと突入し、例外なく迷ったのだ。踏切りを越え住宅街に入り、坂道を進み・・・・ここはどこ。最後はみんなどこを走っているのか全く見当もつかなくなっていたのだ。
ナビにもいろんな人格がある。
お気楽でアバウトな人に、慎重で裏道は通らない人、めんどう臭くなったら居ないフリをする無責任な人も居るし、かと思ったら少ない情報で明快に答えを出す仕事人も居る。
カーナビは機械だと思っていたが、中にミクロ人間が入っているんだと今日私は発見したのであった。
Posted by 吉川みき 2008年04月26日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年04月27日 |
新宿に相馬裕子ちゃんとお芝居を観に行った。
裕子ちゃんがお世話になった方が制作をされている公演なのだそうで、演劇となると自分の知り合いが携わっていたりこうして友達に連れて行ってもらう機会がないと、一人ではまだなかなか行くことがないのだ。
今日の会場はシアターモリエールという所。この辺は何度か通っているところだが、お芝居をする場所があるのは知らなかった。ライブにあまり行ったことのない人がライブハウスの場所を知らないように、芝居スペースがどんな場所にあるのかを私は知らない。聞けば裕子ちゃんも初めてとのこと。二人共慣れていないので席についてからもソワソワしていたが、会場は満席。チケットキャンセル待ちの人は結局入場出来なかったみたいだった。
お芝居のタイトルは「桜屋敷の三姫」。桜屋敷に住む3人姉妹が中心となった内容で、ストーリーや舞台も良かったが若い役者さん達のエネルギーや感性の豊かさも伝わってくる充実感溢れるお芝居だった。
一つだけ不思議でならないのは、お芝居に行った時はどこの公演でも場面が変わる時に真っ暗になるということなのだ。一つの芝居の中で何度かこういう転換があるのだが、この間会場は本当にその数十秒の間真っ暗になる。その時には前も横も自分の体さえ何も見えなくなるのだが、次に明かりがつくと役者さん達がいつの間にかそこに居たり、セットが変わっていたりしているのだ。あれは足元が見えないのにどうやっているのかなと謎で仕方がない。ライブやコンサートでは何かしら機材の電源のランプがついているので、薄い明かりで動線がなんとか見えるようになっているので、この真っ暗の時の仕組みは是非知りたいところなのだ。
昼の部の公演だったので、お芝居が終わると夕方だった。
近くのてんぷら店で早い夕飯を食べながら近況を話し合う。
「かんぱーい」
「女二人でカウンターでてんぷらって、私達大人よね〜」
さっき会場で「ジュースって中で飲んでもいいのかな」「どうなんだろ」と、勝手がわからずおどおどしていたのが嘘のようであった。
Posted by 吉川みき 2008年04月27日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年04月28日 |
最近、携帯を近くに置いているにもかかわらず、電話に気付かないことが増えていた。
まただ。今日もふと携帯を見ると「着信あり」となっている。「ごめんなさい、電話に気付きませんでした」と言って今日も掛け直す。
でも、ホワーイ何故。
トイレに行っていたとか、お風呂に入っていたとか、花に水をやっていたとか、コーヒーを入れていたとか、宅配の人が丁度来て玄関に行ったとか、いつも”あぁ、丁度居なかったな”と思い当たるフシがあったのに、今日はずっとここに座っていたぞ。
不審に思って携帯を調べると、電話の着信音の設定が小さい音量になっていた。メールの受信音は大きい音になっており、問題なくメールには気付いていたので、全く疑うこともなくただ電話がタイミング悪く取れていなのだとばかり思っていたのだった。
どこでどうして設定を変えてしまったのか思い出せないが、少なくともこの1ヶ月は掛かってきた電話に対し「電話に気付きませんでした」と同じことばかり言い続けて来たことになる。
その間、私の携帯ははがゆく私を見ていたんだろう。
「電話やでー」
「気付いてーな」
「おい」
「おいってば」
「あかんわ、この人」
「知らんでー」
「もうほんま知らんわ」
そしてある時から、冷ややかに見るようになる。
「ほんまに、気づけへんなー」
「おーい」
「テレビ見とおる」
「笑っとおる」
「気楽な奴っちゃ」
「なんとかしてくれ」
すいませんね。長いこと気がつかなくて。
携帯電話は嘆いている。
「いつも人の話を聞くばかり。」
「オレかて、たまにはしゃべりたいわ」
ほんと、すいません。
手のひらにコロンと乗った携帯電話を見つめていたら、そんな声が聞こえてきた気がしたのであった。
Posted by 吉川みき 2008年04月28日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年04月29日 |
今日は夜、隣りの世田谷区の温水プールに行った。
ここはいつも通っている施設より少し遠いのだが、いつものプールが10日間程休館になっているので、初めて行ってみたのだ。
公共の施設とはいえ、場所が変わると勝手も違うだろう。今行っているプールは施設の人にも顔を覚えてもらって、一人で行ってももう戸惑うこともない。ちょっぴり馴染みのプールを恋しく思いながら、ドキドキしつつその世田谷のプールに出掛けたのだった。
「こんばんは」
事前にインターネットで調べてはいたが、実際立派な建物で警備の男性にバイクを置く場所を案内されて中に入ると、中の施設も充実している。更衣室にシャワールーム、そしてプールに進むと規模は小さいものの”流れるプール”に”ウォータースライダー”、”ジャグジー”まで備わったえらいリッチなプールだったのだ。
世田谷区に住むと車のナンバーは「品川ナンバー」、東京での車勢力図では「品川」がナンバー1ステイタスで、世田谷区というのは少しリッチな区という認識が東京の中ではある。”お金持ちマダムの住む成城”や”高級ワンコが散歩をする駒沢公園”、”ゲイノー人が飲んでいる三宿”も世田谷区、人気の区であることには違いない。
プールで決められている”休憩時間”になると、みんなジャグジーの方に移動をしてそこで休憩をするので、私も後をついていった。勝手がわからないので、最初から最後まで近くに居る知らない人の真似をしてなんとかそこに居たが、最後プールから上がって更衣室に向かう時に「必ずタオルで体を拭いてから更衣室に入って下さい」という張り紙を見つけた。いつも行くプールではプールサイドへのタオルは持ち込み厳禁。タオルは更衣室に行かないとないので、しょうがなくビタビタのまま更衣室に向かったのであった。
帰り道、ブーンとバイクを飛ばしたら意外に家まで距離は近かった。係の人もみんな気持ちのいい対応だった。だが、私はいつも行くプールが恋しくなっていた。
行きつけの店ってこんな感じなのかなぁ。
「いつもの」っていいな。
ウォータースライダーもジャグジーもなくていいから、早く休館日が終わらないかなぁと待ち遠しく思ったのであった。
Posted by 吉川みき 2008年04月29日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年04月30日 |
昨日はえらく左の車線が渋滞をしているなぁと思っていたら、ニュースで見たのと同じでそこもガソリンスタンド渋滞だった。
今日は私もガソリンを満タンにしに行くぞ。
チョイノリは満タンにしても2.3リットルしか入らないのだが、明日になると同じものが値段が上がる。そりゃぁ1円でも安い方がよい。ニュースでも「1リットル130円台が160円台に」ということをさかんに言っている。160円台になってから入れに行けば、家計を切り盛りする賢い婦女子とは言えないようで、半ば女の意地を賭けてのガソリン調達になってきたのだ。
私も今日中にガソリンを。
入れるぞ、エイエイ、オー。
そうして夜になってからいつも行くガソリンスタンドに行ったのであった。
「いらっしゃいませー」
「満タン、お願いします」
「現金ですか」
「はい、現金です」
いっぱい入れて下さいな。
だって明日から高くなるんでしょう。
しばらくすると給油が終わり、店員さんがやってきた。
「2.3リッターで、328円になります」
計算をすると142円じゃないか。
ここ、130円台なんじゃないの。
「どうもありがとうございました〜」
そういえば、全然車は並んでいなかった。
ガソリンの値段の札がどこにも出ていない。
160円台からすれば安いが、ニュースでさんざん130円台と言っていたので、142円は微妙に敗北感が募ってくるではないか。
女の意地はどこへ消えた。
詰め、いつも甘し。
あんなに勇ましく家を出たというのに、帰り道の私は、お財布を落としたかぐらいのしょんぼり人間になっていたのであった。
Posted by 吉川みき 2008年04月30日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
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