2008年06月01日 |
父、しげおっちの誕生日。
しげおっちは私にとっては父だが、今や4人の孫のお爺さんになり年齢も今日で80歳と立派な老人年齢になった。
プレゼントが送れなかったので、夜に電話を掛けた。
「なんや」
「お誕生日、おめでとうございます」
電話の向こうではテレビが流れていて、いつもならそそくさと電話を切るしげおっちだが、今日は話題がちょびっとあるらしい。
「孫達が来よったわ」
「3人で」
しげおっちが言うには、一番末っ子の弟以外高校生と中学生と小学生の3姉妹で、プレゼントを持って実家にお祝いに来たということだった。
「何話したの」
「パジャマくれたわ」
この時点で既に会話として成立していないが、しげおっちは普段私への接し方も大変ぎこちない。<娘とどう接したらいいかわからん>不器用さが不憫に思える程ジェントルマン度数が低く、一言で言えばただの変わりものの爺さんでしかないのだ。
そんな爺さんが、孫3姉妹とどうコミュニケーションを取ったのか。
「あんたは何年生になったんや」
という質問はしていそうだ。
その場に大人の私や妹が居たら、こっちに話し掛けてくるんだろうが今日は逃げ場がない。
今度は次女に
「ほんで、あんたは何年生や」
と、尋ね・・・・。
小学生のおチビちゃんに同じことを聞く。
「ほうか・・」
会話、終了。
どうする、アイフル。
さぞかし話は盛り上がらなかっただろう。姪っ子達ががしげおっちに懐いているという話は聞いたことがないので、もしかしたら今日は3姉妹に母親である妹からバイト代が支給されたかもしれないと思ったのだ。
異星人との交流。
今日はきっと孫達を泣かせないよう、しげおっちはしげおっちなりに目一杯の気を使ったんだろう。
電話を切るとクスクス笑えてきた。
もう誰とも上手くコミュニケーションが取れなくていいので、元気で長生きをして欲しいとこれまた変わりもんの娘は願っている。
Posted by 吉川みき 2008年06月01日 | パーマリンク | コメント (2) | トラックバック (0)
2008年06月02日 |
犬のしつけでよく言われることは、「犬が悪いことをした時というのはその場で叱りましょう。」時間が経ってからだと、犬は何故叱られているのかがわからず、混乱するからなのだそうだ。
それは、ほんとなのですか。
犬は自分が悪いことをしても、ケロっと忘れちゃうってことなのだろうか。
嘘だ、そんなことはない。ウチのダンボに限っては「覚えている」と私は確信をしているのだ。
だって・・・。
私が外出から帰って来た時、その日のダンボに後ろめたいことが何もない場合、彼は私の帰宅に対して完全無視をしたまま布団の中でタヌキ寝入りをしているのだが、何か食べ物をゲットしたりした日には、「ただいま〜」と部屋に足を踏み入れた瞬間に布団から慌てて出てベッドの下に逃げ込むのである。
その行動をした時には、腹いせマーキングがどこかにしてあるか、私の食べ物をどうにかしてゲットして完食しているかのいずれかで、時間が結構経っていても自分が何かしたかどうかをこの犬はちゃんと覚えているのだと私は思うようになったのだ。
で、ゴミ箱を漁って何も手に入れることが出来なかった時だけは、ゴミを散らかしたという悪事を忘れて私に布団をめくられて叱られているのだった。
最近はどのようにして盗んだのかが今一つわからないが、どうにかして私の机の上に置いた食べ物を盗る技を修得したようで、クロワッサンがなくなっていたり、チョコレートがなくなっていたりする。
どうやって?
いつの間に?
クロワッサンはパン屋さんで一個売りをしている高い方のクロワッサンだった。キミに味の違いなんて言われたくもないし、だいたい数時間経つと人間の食べ物が体に合わないダンボはそれらを吐くので、ダンボに盗まれた食べ物はただただもったいない終わり方しかしないのだ。
ダンボが逃げることで、「何か盗られた」のだと思う。
でも時々、私は何を盗られたのかがわからない時がある。クロワッサンもチョコレートも、自分が食べてなくなったつもりに一瞬なっているのだ。
数時間前の悪事を、犬は覚えている。
ダンボは時々天才になる。
ダンボは時々、愚かな天才になるのである。
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2008年06月03日 |
代官山「晴れたら空に豆まいて」にてライブ。
雨。今日は6月の天気だ。
灰色の雲に覆われて、かすかに小雨が降っている。代官山は元々のイメージは「お洋服を買い物に来るお洒落な街」だったのでもしも買い物に来るのなら、晴れた日にしようと日にちをかえているのだ。
代官山は坂が多い。小さな道が方々に伸びていて、地図を把握して歩かないと迷路のようにもなってしまう。が、そんな迷路の中に可愛いらしい一点物のお店やカフェがちょこんとあったりするので、迷っても楽しいのが代官山ウォークなのだと思う。
今日のライブの曲目に「あじさい」と「キミに出会って」の2曲がある。「あじさい」は厚く曇った空とあじさい、「キミに出会って」はノラ猫の目線で書いた曲で、リハーサルが終わると代官山の路地散策に、2曲の景色を見つけに出掛けたのだった。
この街は車で来るには入り組んでいる。一方通行も割とあるので、坂道は多いがギアがついている自転車で来ると探検が出来そうだ。
でも今日はネコになって歩いてみる。
古いマンションが汚く見えないのが代官山。築年数がかなり経っていて、外観もさほどお洒落でない建物が不思議と小汚く見えず、素敵な古マンションに見えるのも代官山マジックだ。
あじさいを見つけた。
ネコになったらこんな場所も道になっちゃうんだろうな。
明るい洋書屋さんを発見。駅からちょこっと離れているにもかかわらず、店内にはお客さんが数人いた。
途中で道がわからなくなって、道を尋ねる。やっぱりネコにはなれないなとここで思う。
古い木造の家。どんな人が住んでいるんだろう。
今日は6月の雨。
シトシトと粉砂糖を濾すように霧雨の代官山を歩いた。
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2008年06月04日 |
表参道FABに、しらいしりょうこちゃんと千宝美ちゃんの二人が主催するライブを観に行った。
しらいしりょうこちゃんは服部祐民子ちゃんのライブで知り合って、その後西川峰子さんの福岡ライブでギターを弾いてくれた末松さんがりょうこちゃんの制作に携わっていると知ったのだった。
人と人って本当に繋がっているのだ。
そんな彼女の親しい友達が千宝美ちゃんで、その千宝美ちゃんは彼女がまだ大阪に住んでいた時に近藤ナツコちゃんの紹介で知り合っていたのだ。私が入院するまでよくメールのやりとりをしていた。当時の彼女はまだ曲を作り始めたばかりだったと思う。先輩としてのアドバイスをよく尋ねてくれたことを記憶している。
少し前までりょうこちゃんと千宝美ちゃんが仲がいいとは知らず、今日はほぼりょうこちゃんの計らいで千宝美ちゃんとの久しぶりの再会も同時に果たせる日となった。
二人共、ピアノを弾きながら歌うスタイルで、それぞれソロのライブを観るのは初めてだった。のびやかな声で自分の世界観を歌にする。こうしてライブを観に行ってよく感じることは、女性アーティスト達のパワーだ。きっと普段はそれぞれたまに自信をなくしたり、このままでいいんだろうかと考えたり、また一人の女性としてのいろいろなことだってあるはずで。だがライブに立つ時にはきっちり整理をつけて、すがすがしく笑顔でそこに現れる。
りょうこちゃんも千宝美ちゃんも、しっかり自分の世界を持っていて、生命力あふれる笑顔でライブを進めて行く。いいなぁと思った。
表参道を歩くのは久しぶりだった。
2日続けてお洒落な街を散策し、2日続けてライブの日となった。
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2008年06月05日 |
午後、出掛ける前にシャワーを浴びていたら、髪を洗い終わった時にふと視界に黒い物が入ってきた。
こんな所に・・・。
碁石のようで碁石でない。
アー、ユー、ゲンゴロウ?
足下でシャワーの湯から逃れようとして急いでいたのは、中サイズのゴキブリだった。
<ギャーーーッ>
心の中では絶叫しながら、今までと同じように無言で思い切りシャワーの湯で攻撃をしてゴキブリを排水口まで流した。楕円形の中ゴキは排水口に消えて行ったが、その上からシャンプーやらコンディショナーやらを更に撒いて、風呂から上がるとゴキジェットを噴射したのだった。
引っ越してきた年は一匹も出なかったのに・・・。
0と1とでは大きな差があるんだという話は聞くが、ゴキブリを例に挙げると一番私にはしっくりくる。1匹居たらその日を境に自宅は恐怖の館になるのだ。そうしてこの日から借り主が「犬と私」から「犬とゴキブリ一族と私」という図になる。
トイレに行くにも、洗面所に入るにも「今から入りますよ」とかなりアピールをして生活をせねばならず、本当に共同生活の難しさを感じる。
あの中ゴキは、一体どこからやってきていたのか。
いつも聞き出せないまま退治してしまうので、今日も不気味に理由がわからないまま、彼等が「居ますよ」ということだけを知らされた形となった。
カナブンじゃなかったですよね。
やっぱりゴキブリですよね。
今年もたった一匹を発見することにより、非常に暗い気分になった。我が家のゴキブリ前線は例年より1ヶ月程早く訪れ、それに伴い私の体は”さぶいぼ現象”に見舞われるのであった。
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2008年06月06日 |
昨日、風呂場で青年のゴキブリを見つけたことで、今日は昼間でも浴室と洗面所エリアが怖くなって、早くも家の中でリラックス出来なくなってしまった。
思ったより今年は出現が早かったのと、思ったより明るい時間帯に出現したこと、玄関に隙間があるので侵入口はそこだと思っていたが、必ずしもそうではない様子であった。
どうしよう、この先。
去年は最初玄関で見つけてから、度々大人黒ゴキブリが家にやって来るようになり、夜はビクビクしながら過ごしていたのだ。だが去年はゴキブリが居なくなる前に、私が具合いが悪くなって入院をすることとなった。なのでゴキブリ側は「アイツをやっつけた」と勘違いしているんじゃないかと思うのだ。
そうして「また今年も追い出せる」と強気になっているに違いない。
今年は玄関の隙間からだろう、春先にミミズまで入って来ていた。なんでミミズが・・・。スライド式のドアとドアの丁度重なっている所が隙間を作っていて、我が家の玄関エリアはミニ生物達の憩いの場になっているのだった。
なんとかせねば。
そう思いながら仕事場のドアを開けると、
「あ!」
お前は、チビゴキブリ。
チビゴキブリがトコトコと歩いているではないか。
<ドン!>
怒りと悲しみと恐怖で即踏みつぶした。
どんより・・・。
1匹見つけると100匹居ると聞いたことがあるが、私の経験上1匹見つけると毎日見るようになり、昨日の今日で全く手順を踏んでいる状況となってしまった。
チビゴキさんは今年、この家のどこかで生まれた。
そして彼等は自分の家だと思っている。
気持ちはわからないではないが・・・・。
ヤモリが居た年、玄関にひっついているのがたいそう気持ち悪かったが、そう言えばゴキブリは出なかった。ヤモリは「家を守る」というのは本当だとヤモリを恋しく思い出したのであった。
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2008年06月07日 |
夜、外から帰って来てバイクをいつもの場所に置こうとしたら、黒い大きな大人ゴキブリが歩いていた。
<ぎゃー>
ゴキブリは慌てて去って行ったが、方角は家の壁に向かってであった。
そっちに行かないで。
一気に憂鬱になる。
ロールプレイングゲームのステージ1か何かの最後に出て来るようなでっかい親玉が登場したか位の貫禄だった。
で、ステージ2とか、だんだん難しくなっていくんでしょう?
・・・・・。
私も今から家ん中に入るんですけど。
「一匹見つけたら毎日見る」の法則に沿っている。
今日は3日連続でとうとう大人のゴキブリを見た。
明日は何が起こるの。
このあと、どういう展開になるの。
私には全く筋書きが見えない。
怯える私のそばで、ダンボがニヤリと笑う。
もしかして、お前が黒幕なのか。
誰が一体。
何の為に。
もう誰も信じられない。
信じてはいけない。
平穏だった我が家が陰謀の館へと変わって見えてきたのであった。
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2008年06月08日 |
家での作業が多い先輩と友人が、「いい椅子に座った方がいい」とよく真顔で言っていて、最初は椅子になどあまり興味がなかったが、だんだん影響を受けてきて自分も中古のいいオフィスチェアを買ったのが今年の春だった。
あれから3ヶ月が経った。
今やすっかり私も「長時間デスクワークをする人は、いい椅子に座った方がいい」と力説するようになったのだ。
一瞬座っただけでは違いはほとんどわからなかったが、先輩と友人が言った通り、長時間座ると本当に大きな差が出ることを、この3ヶ月で私も実感したのだった。
今の椅子に座るようになってから、何時間座り続けても腰が痛くならなくなり、椅子から立ち上がった時に、腰痛を感じることは全くなくなったのだ。そうして、最初の頃は感じなかった、家にある他の椅子との座り心地の差がハッキリとわかるようになったのである。
私は変わった。
もう肉体的に成長する箇所は、私には一ヶ所もないだろうと思っていたが・・・・。
かなり体が硬くなってからでも、人間のお尻は成長をする。
いい椅子に座ろう。
体の為に。
とにかく私は・・・。
違いのわかる尻になったのである。
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2008年06月09日 |
今日は母の命日。
母が亡くなってから、もう8年。
「夜に爪を切ると、親の死に目に会えない。」
以前は決して夜に爪を切らなかった私だったが、もう今はそれを守らなくなった。霊柩車を見ても、お葬式会場の前を通る時も、親指を隠すのももう今はしていない。
自由になったものだ。
母が亡くなったと聞かされた時、私は東京の病院の外科病棟の個室に入院中だった。2度目の手術が終わってまもなく1ヶ月になろうとしているのにもかかわらず、息をするのがやっとという最低ラインの体力で、毎日が辛くて仕方がない時期だった。体重も37キロ位になっていてすぐ近くにある機械みたいなのが「ピー」と音を鳴らすと、看護師さんが「頑張って息をして」と言う。だが、もうそれで十分頑張って息をしている状態でそれ以上の力が出なかった。
母が亡くなった頃、私もギリギリの所に居た。
母が亡くなったと聞いても、悲しむ余力もなかった。
しょっちゅう「ピー」と機械が音を出し、呼吸がちゃんと出来ていない警告をする。
いつか母が亡くなる日は来ただろうけれど、まさかお葬式にも出席しない形になるということは、想像もしていなかったから、母との別れはちゃんと出来ていないままだ。
本棚の所で手を合わせる。
朝、起きたら仏壇はないがチビ太、ゴン太、ご先祖さまに手を合わせる余裕が今は暮らしの中で持てるようになった。
8年経って、今日を穏やかに迎えられていることを幸せだとつくづく思う。
おかあさん、ありがとう。
母は私を連れて行かなかった。私も苦しくて仕方がない毎日だったのに、それでも生きていたいと「生」に希望を向けていた。
私の手や足の形は、母にそっくりだ。
そして声もそっくりになった。
多少体の方は不便になった部分はあるけれど、幸せを感じるアンテナを持てるようになった。
命日にありがとうとあらためて言葉をかける。
母が亡くなって、大事な記念日が一日増えた。
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2008年06月10日 |
午後、ゴキブリ駆除の業者さんに来てもらった。
見積もりの相談の際に、隙間はなるべく塞ぐようにと言われたので、昨日は玄関のスライドドアの隙間をクッションシートで塞いで、今日に備えていたのだ。
前に住んでいた家での効果は絶大だった。保証期間内にまたゴキブリが出れば何度でも来てもらえるというのが、こういう業者さんに頼んだ時の安心な点で、「出なくなることを保証してもらえる」のが何より心強い。
今日も作業に入る前に駆除業者のお兄さんから説明があったが、「ゴキブリはゼロになります」とはっきり「ゼロ」という言葉が出て来る。今の世の中、何かを尋ねても明言を避けてあいまいにされることが多い中、はっきり「ゴキブリを退治しますよ」と言ってもらえるのは大きいのだ。「ゴキブリ退治に全力を挙げます」という言葉と「ゴキブリを退治します」という言葉では、私の後々の夜の恐怖度数が違って来るのである。
作業中は人もペットも、部屋で普段通り過ごせる。
食器を片付けたり、後で拭き掃除をする必要もない。
先が1メートル程ある細長い管がついた水鉄砲のようなグッズでペースト状の薬剤を業者さんが部屋の隅々に塗って行く。
プチュ。
プチューっ。
イメージとしてはこんな音がしている。薬剤は引金のような所を引くと水鉄砲の先から出るしくみになっているのだ。
部屋でくつろいでいてもよかったが、結局「プチュ」を全部付いて見て回った。
作業時間は1時間足らず。
何か大きな音を立てるでもなく静かに終わった。
「これでまもなくゴキブリは居なくなりますよ」
薬剤は卵にだけは効かないので、タイムラグがあるそうなのだが、大きいゴキブリは今日から見ないで済むと思っただけで、たいそう明るい気持ちになったのだ。
人間とペットにがほぼ害がないらしいが、無臭で遠目で見る感じはピーナッツクリームに似ていた。
ゴキブリさん、さようなら。
網戸にしたらスィーっと気持ちのいい風が部屋を通り抜けて行った。
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2008年06月11日 |
信号待ちをしていたら正面にビッグカメラがあった。
「ビッグカメラ」
「ビックカメラ」
「グ」でも「ク」でも発音上あまり聞こえないのと、視覚上は濁点があってもなくても、なんとなくで伝わる。だから今まで不便を感じたことは一度もなかったのだ。
しかし。
信号待ちの時間に正面の看板を見ていると、
「ビックカメラ」
へぇ〜っ、濁点がないのか。
と、思って目を横にやると、「BIC CAMERA」と英語で書いてあった。
BIG CAMERAなんじゃないの?
カタカナだとアボカドとアボガドの微妙な濁点間違いと同じようなものだと思っていたが、「BIC」と「BIG」は大きく違って来る。そこで初めて、今までなんとなく知っていたつもりでいたこの大型家電店の名前について正しい名称を知ったのだった。
ずーーっと私は「BIG CAMERA」だと思っていたのだ。店名でっかいカメラ。
交差点で亀のようにヌっと顔を突き出し、看板を確かめたが信号がかわり、それ以上そこで看板を眺めていられなくなったが、最後にもう一度チラっと見たら「BIC CAMERA」だった。
長年覚えていた名称の方が自分には本物っぽいので、どうも本当の名前の方が偽ブランド店のように思えて来るのだ。
でも、本当?
「右です」
「左」
「うーん。わかりません」
「C」と「G」の所を集中して見ていたら、視力検査のマークのように思えた。
今は視力にあまり自信がない。
そんな私だが・・・
BIGはBICだった。
”ビッグ”じゃなくて”ビック”りしたのであった。
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2008年06月12日 |
岡崎司さんから「Colta」リレーインタビューのバトンをもらったので、今日はインタビューを受けに午後新宿サウスタワーに行った。
http://colta.jp/
インタビューを受ける場所というのは、私は喫茶店が多い。サウスタワー内にある某喫茶店で事前にメールでやりとりをしていたライターのIさんと「Colta」のT氏、事務所のY氏の4人でまずはじめましてとご挨拶をする。
見た目は4人で喫茶店に来た仕事仲間風。他のテーブルと違うのはテーブルの真ん中にレコーダーが置かれることぐらいで、昔はこのレコーダーが置かれてポチっと録音ボタンを押されたらよく緊張して硬くなったのだ。
今はレコーダーも随分小型になった。カメラもそうだし、変わらないのはライターさんが会話の中からその人の人物像を言葉に置きかえて行くという所で、やはりこれはどんなに便利なアイテムが出ようとも、人の感性による作業でなければいけないなと私も思う。
ライターのIさんは女性で、その前のメールのやりとりでなんとなくの人柄が伝わっていたので、直接会えるのは個人的に楽しみにしていたのだ。
はじめましてと出会えることが嬉しい。
病気を境に「出会い」や「再会」を、心から嬉しいと思うようになった。
リレーインタビュー。私の回は来月掲載予定だ。次はイラストレーターのモリナガ・ヨウさんにお願いしたいなとモさんに電話をする。
人と人は繋がって何処へ行くの。
私の居る駅からレールはのびて、遠く彼方に消えて行くのが見えた。
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2008年06月13日 |
つるバラを買った。
たまにつるバラを壁面に這わせている家を見かけると、綺麗だなぁと思って眺めていたのだ。
で、長年「もし自分に家が持てたらその庭に植えて育てたい」と心の中で大事に温めてきたのだが、ここに来て「自分の家が持てない確率の方がうんと高い」ということに気付いた。
じゃぁ、つるバラをいつ私は育てるのだ。
「自分の家を持てたら」ではなく「生きているうちのどこかで育てる機会を持つ」がふさわしい答え。
「ほんと、そうだわ。」
時々、私は生き急ぐ傾向にあり。
スイッチが入り、急遽「今日はつるバラを買いに行く日」となったのであった。
前の家では謎の蔦が家の周りに生えて来ると、まるで敵をやっつけるかのようにバッサバッサと抜いて引きちぎっていたのだ。それがバラと名がつけば途端に見方は変わる。
よく家の前で腕を組んで我が家の壁を見て、完成図だけは想像していたのだ。
ついに我が家もつるバラの咲く家に。
そう、私はバラのお城に住むお姫さまなんです。
白い子馬もお城の中に居ますよ。
ゴキブリは居ません。
クッキーはいかが。
美味しい紅茶もどうぞ。
うふふ。うふふふふ。
夕刻。
家の前に立ち壁面いっぱいに咲くつるバラを私は既に見ていた。
バラは重たいので明日配送で届けてもらう。
だから今日は何もない庭・・・・。
だというのに、予定のつるバラを壁一面に咲かせてほくそ笑んでいる。お前は誰だ。その顔はまるで恐ろしい野望を企む魔女そのものであった。
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2008年06月14日 |
ダンボちゃん。
今日はお前を病院に連れて行く日です。
頑張ろうね。
予防接種とフィラリアの薬をもらいに、今日こそダンボを連れて行かなければならない。午前の診察時間に間に合うようにと家を出たが、ダンボは既に怯えた様子だった。
病院はそりゃぁ私も嫌いなのだ。
でもダンボちゃん。今日行ってお注射をしてもらったら病気にならなくて済むんだよ。わかっておくれ。
ダンボは病院に連れて行くと、現在のところ100%の割合でウンチをちびって・・・というか噴射している。垂れる、もらす、といった風ではなく発射するように人に向けてウンチをするのだ。前に動物園のトラの檻の前でトラを見ていたら、いきなりトラがこっちに向かってやってきておしっこをひっかけられたことがあったが、あれはトラの攻撃だったと思う。だからダンボも彼なりの攻撃だと思っていて、本当にイヤなんだなということだけはわかるのだ。
ダンボちゃん、我慢してね。
診察台に乗せると大暴れしていたが
「チクっ。」
お注射は、無事終了。
でもダンボが嫌がるのはこの後の「爪切り」なのだ。どれだけなだめてもダメ。この世の終わりぐらいのものすごい表情をし息を切らしていた。
先生には笑われ、私も爪切りぐらいでこんなに大袈裟になっているダンボがおかしかったが、あまりの形相にこの犬は本当に爪切りが恐怖でショック死するかもしれないとだんだん心配になってきたぐらいであった。
ダンボちゃん、でもよく頑張りました。
おしまい。さ、家に帰りましょう。
犬にしてみれば、ベッドでくつろいでいたら突然外に連れ出されて拷門を受けたという印象になるのだろう。何も悪いことをした覚えもないのに、ひどい仕打ちをされたと私に対して恐怖心を抱いたとしても、気持ちはわからないでもない。
家に着いた途端、冷たい空気が流れる。
去勢をした時も数日間、私はダンボに嫌われた。怯えた目で私を見、決して近寄って来なかったが、今日もほぼ恨みの目つきで私のことを見ている。
本日もダンボはウンチをもらした。今朝はお腹を壊していて出がけに全部出しきっていたはずだったが、噴射するだけのモノが残っていなかったにもかかわらず振り絞って出していた。
ねぇ、もう機嫌を直してよ。
爪切りはダンボにとって拷門。100%ウンチをちびるので、腸内洗浄も兼ねる爪切りなのである。
Posted by 吉川みき 2008年06月14日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月15日 |
最近の自転車は性能が良くなったのか、自転車で颯爽と駆けて行く人達をよく見るのだ。
東京は緩い坂がたくさんある街で、私の住んでいる辺りもどっちを向いても坂がある。自転車だと大変だなぁと思っていたのだが、そう言えば立ち漕ぎで必死で走っている人をほとんど見ないのだ。この間は家のすぐの所を電動自転車が走って行ったが、”颯爽”という感じを越えてもはや”豪速”の域に達していた。今までこの道で見た人の中で一番速いスピードで消えて行ったのだ。
私はチョイノリでだいたいいつも時速30キロ弱で走っている。これは自転車がほぼ同じぐらいのスピードみたいで、私なりにいろいろ気を使っているのだ。特に坂道がそう、自転車は登り坂になってもそれほどスピードが落ちるわけでないので、自転車のヒトからは”早く追い越して下さいよ”オーラを出されても、なかなか追い越せない。
”早く追い越してくれよ”
今日もチラっと横目で見られる。
わかっていますよ。
私もそうしたいんですってば。
もうこの人とは5キロぐらい並走している。私もいい加減気まずいのだが、追い越すのに絶好の坂道に差しかかってもほぼ速度が変わらないので、微妙に追い越せずに並んで走っている状態が続いているのだ。
自分がまるで自転車競技の並走コーチのように思えてくる。
”ずっと並んで走られてうっとおしいぞ。”
他のバイク達はブーンと軽快に走り去って行く。だが、私も別にノロノロ運転をしているわけではないのです。それに私はサイクリング車を運転している男性の姿形がなぜだか江頭2:50に似て見えるので生理的にちょっと苦手、私だって並んで走りたくない。
私は家に向かっているんですが、あなたはどこまで行くのでしょう。
この人の行き先がもしも私の家の近所だったなら、ずーーっと並んで走ることになる。
せっかく抜いても信号待ちをしている間に追いつかれ、逆に追い越されてまた信号スタートを切る。
”あばよ”
今日の江頭2:50はやがてある交差点で曲がって行った。
私はこうしてよく自転車コーチをやっているが、選手はみな最後は私を置いて一人立ちしていく。背中を見送ってばかりいるのだ。
選手が居なくなってまた一人に戻ると、楽しいバイクタイムになる。
しかしまた・・・。
あ・・・
また新しい自転車のヒトが!
どこからともなく江頭さんは現れる。
最近の自転車はまぁホントによく走るようになったのである。
Posted by 吉川みき 2008年06月15日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月16日 |
少し前に、「納豆は犬にも良い」ということを聞いて早速調べたら、”我が家の@@も今ではすっかり納豆犬です””ウチの@@は納豆を毎日食べています”などの情報がたくさん出てきた。
へぇ・・・。
納豆って犬の健康にも貢献するんだ。
私は納豆を食べない。一度だけ「騙されたと思って食べてみて下さいよー」と宴席で勧められて納豆オムレツを食べたが、あの臭いと同じ味がしたのだ。私にはあれは食べ物ではなかった。なのでウチの冷蔵庫に入ることはなかったのだが、試しにと小さいパックの納豆を買ってダンボにあげてみたら、あの強烈な臭いをものともせず喜んで食べたのだった。
納豆大好き。
「ほんとなの?」
ダンボはその日から納豆を食べるようになった。「なっとう」という単語を覚え、「納豆、たべる?」と聞くと、ぼよよんと寝転んでいたのが急に取れたての魚のようにピチピチとはね、”食べる。食べる”と意思表示をする。
そうか、これでお前も納豆犬の仲間入り。
でも私はちょっぴり嬉しかった。というのも、今まではスーパーに行くと自分の食べるものしか買わなかったのが、”自分は食べないんだけど、ウチのヒトが食べるから”とカゴに品物を入れる行為がなんとも新鮮に思えたのだった。
素通りしていた納豆売り場の前で足を止める。
これがいいかしら。
こっちにしようかしら。
ウチのヒトが好きだから・・・・。
「ウチのヒト」と言ってもただの犬なのだが。
そして。
あれからちょっと日は流れた。
冷蔵庫を開けると・・・
今日も納豆がある。
昨日も2パック。
一昨日も2パックあった。
<パタン>
開け閉めするだけじゃぁ、そりゃなくならないだろう。
先日動物病院に連れて行った時、ダンボはお腹を壊しており、納豆をあげたと答えたら先生から犬用餌だけにした方がいいと言われたのであった。
納豆を食べるヒトがいなくなっちゃった。
いつまで冷蔵庫に置いておこう。
さすがに犬なので、ダンボは「俺の納豆は?」とは聞いて来ない。納豆犬ブームはアッという間に終わり、また私はスーパーに行っても納豆売り場の前を素通りするようになったのであった。
ダンボはもうすっかり「納豆」という単語を忘れちゃったみたい。
そうして、また彼はマイペースに自分の世界を生きているのである。
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2008年06月17日 |
D−naughtライブ。今日の会場は渋谷DUO。この一帯はラブホテル街とライブハウスが密集している場所で、ホテルに入る人かライブハウスに用がある人かのどちらかの人がウロウロするエリアなのだ。
一度だけ私は会場がわからなくなって、事務所のY氏に途中で電話をして迎えに来てもらったことがあった。ラブホテル街の真ん中でお互いに姿を見つけて手を振り合って、その後Y氏に荷物を持ってもらい並んで歩いたアレだけは遠距離不倫カップルに見えたと思う。
しかし私の用があるのはいつもライブハウス。ここは6軒ぐらいライブハウスが密接してあるので、恐らく音楽関係者ならラブホテルに用があったとしても道玄坂は避けるだろう。
最近は私もなんとなくの雰囲気で、この二人はライブを見に来たカップルなのか、ホテルに来たカップルなのかの見分けがちょびっとだけ出来るようになってきたのだ。
ホテル組はすこーしだけかたい感じで歩いている。ここは渋谷。別にどこかの国の秘境にやってきたわけでもないのだが、周りの様子を伺うようにして手をしっかり握り合っている。姿勢がやや猫背になっていたりもするので、シルエットで判定出来ることもある。
毒矢を放って来る原住民はいないですよ。
どうぞ車に気をつけていってらっしゃい。
今日は昼間から灯篭のある古びたホテルの前、若い男女が立ち止まっていた。
夜、ライブが終わる頃になるとまたここは景色が変わりヤケに日に焼けた男女がたむろしたり、大音量で音楽をかけながら車が通って行く道になる。今夜は何があったのか斜め向かいのビルにパトカーがやってきていた。
江戸の頃、道玄坂はウサギが跳ねるようなのどかな田舎だった。それを思うとものすごい変わり様だ。
天気のいい日は夜な夜な、餅をつきながら月からウサギがかつて遊んだ渋谷の街を見下ろしている。
”ここもずいぶん変わっちゃったわね”
人にとっては楽しくなったが、今やウサギの遊ぶ場所はすっかりなくなった道玄坂なのである。
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2008年06月18日 |
場所は忘れてしまったが、以前セルフサービスの店でアイスコーヒーを頼んで、ガムシロップだと思って取ったものがレモン果汁だったことがある。
そのまま席に着いてガムシロップだと思って入れて、その上からミルクを入れ、かき混ぜて一口飲むと妙な味がした。
「何だろう。変な味がする」
確認でもう一度飲む。
「やっぱり変な味がする」
それでレモン汁を間違えて入れたことがやっとわかったのだった。
アイスコーヒーにレモンは合わない。
何にも似ていないただ妙な味がするだけ。
それを思うと、「カレー」というのは器が大きい。しょうゆを入れても人は美味しいと言い、ソースを入れても美味しいと言う。友人が作ったカレーですごく美味しかったのがヨーグルト入りカレーだったので、酸っぱい味や牛乳味まで受け入れてしまうという、カレーはおおらかな食べ物だなぁ・・・と思うのだ。
今はどうかわからないが、関西の方ではアイスコーヒーの季節になると喫茶店には「冷コーはじめました」という張り紙が店内に張られたものだった。涼しげにクーラーの所からヒラヒラとヒモが泳ぎ水着のポスターが張ってある。”レイコー”という言葉がアイスコーヒーを指す言葉だった頃だ。
カフェラテ、カフェオレ、カフェモカ。私が覚えられたのはせいぜいこれぐらいまでで、先祖を冷コーに持つ末えい達ももう種類が増え過ぎて、わけがわからなくなってきたのだ。そして新しい名前の飲み物にトライしても、品を受け取ったら店の人に「これはガムシロップを入れて飲む方がいいのですか?」と尋ねたりしている。
「冷コーはじめました」
年中アイスコーヒーが飲める時代となった。
銀色のトレーに乗ったナポリタンと冷コーのある喫茶店に久々に行きたくなったのだ。
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2008年06月19日 |
CDジャケットの打ち合わせで、河口湖にあるデザイナーのSさんのお宅にお邪魔した。河口湖はデビューアルバムのレコーディングで合宿に来た河口湖スタジオのある思い出の地で、インターを降りてすぐのところにある富士急ハイランドでもイベントでライブに来たことがあった。
Sさんには98年に出した「IN MY LIFE」以来、ずっとお世話になっている。前回のポストカードブックの時もそう、Sさんの丁寧にお仕事をされるところ、そしてセンスが好きなのだ。
今日は9年ぶりの再会になる。
河口湖インターを下りると、安売りの殿堂「ドンキホーテ」がここにもある。東京から高速に乗って1時間半程の距離、でも空気は自分の暮らす町よりやはり澄んでいる感じがする。
山があるっていいなぁ。
山が見える場所で育った私は都内に対する違和感を、山の有無で覚えたぐらいだ。富士の裾野は私の育った町とは全く違う景色だが、オレンジ色の夕日が差せば少し実家のある辺りの国道沿いの景色を思い出していたのだった。
国道を少し入った所にあるSさん宅。
毎年年賀状で、まだ会ったことのない息子さんの成長を微笑ましく遠くで見ていた一人だったので、今日は息子さんにも会えるかなと楽しみにしていたのだが、残念。学校の行事で留守なのだそうだ。
あれから随分時が流れたけれど。
打ち合わせをしながら、穏やかに時間は過ぎる。
優しい夕日が差していた。
確か初めて会った頃はSさんは独身だったよね。
違ったかな。
もう忘れちゃった。
いいことも、嬉しいことも。
そうでないことも。いろいろ。
きっとSさんにもあった。
でもまた会えました。
今日はそんな夕方。
継ぎ目がちっともいびつにならない風に、空いた空白が埋まった感じがした。
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2008年06月20日 |
駅前のスーパーにダンボの餌を買いに行くと、必ず目をやってしまうコーナーがあった。
それは小動物の餌のコーナー。
ここに引っ越して来た時、店頭になかったフェレットフードを、これからこちらで買いますから店に常備してもらえませんかとお願いをして、それでフェレットの餌を2匹共亡くなった去年の秋まで買っていたのだ。
去年の9月にゴン太が亡くなって、店の人には事情を話した。店員さんは上の人に伝えますと言ってくれたが、それ以降も品は棚に置かれたままだった。多分誰も買わないであろうそのフードは、その後もずっとウサギの餌の隣りに並んで置かれていたのだった。
行く度にあの棚をチェックしてしまう。
<まだ、ある>
商品が並んでいると胸が痛かった。やっぱりあの餌を買っていたのは私だけだった。
でも家にも3箱残ったまま。
もう食べるフェレットが居ない。
<ごめんなさい>
いつも気持ちがうつむいた。
それが・・・。
今月になって品がようやくそこからなくなった。
よかった。
なんだか肩の荷が下りた。
でも・・・・。
餌が置いてあったウサギの餌の隣りは何もないガランとしたスチールの棚の空いた所でしかなくなり、ホっとした後にやはりちょっぴり寂しくなった。
死んで居なくなったら、もうちょっと日常に追われて忘れたりするのかと思った。
全然忘れられないものだなぁ。
チビ太とゴン太とダンボと。
暮らした日々があった。
彼等の餌を買う時に、多分私は一緒に暮らしている幸せを意識せずに感じていたのだと思う。
今は犬の餌だけを持ってレジに並ぶ。
<あ、お宅はネコちゃんなんですね>
<ウチも小型犬なんです>
たまにレジで動物の餌を抱えている人に会うと親しみを抱く。
動物との暮らし。
抱きしめているのは、餌のようで餌ではなく。それはきっと一緒に暮らしている動物達なのだと思う。
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2008年06月21日 |
平均身長が高くなっているせいか、ロングスカートやパンツの丈が長過ぎて合わないのだ。先日は試着をしてみたら、ワンブロック分柄の部分が長かった。これじゃ丈を短くすれば”可愛い!”と思った部分がごっそりなくなっちゃうではないか。
私だって元々のデザインで服は着たいのである。
買っていきなり自ら新品を不良品にするというのが、裾を切る行為だと思っているのだ。
ふぅ〜〜っ。
なんだかこの数年で、自分の身長に合わせたらシルエット自体が変わる服が、更に増えたんじゃなかろうか。
学生時代は背の順ではほぼ前から7〜9番目位、真ん中よりちょこっとだけ前という位置にいて、それで成人になったので自分は中背であるという感覚がある。私より背が低かった友だちは私を追い越したということでもなかったので、いくら今の若い子達の背が伸びようと、そんなに丈が長くなれば困る人はまだ相当の数居るんじゃないかと思うのだ。
155センチ辺りの同胞達はどうなのだ。
現状の丈に満足をしているのか。
昔はジーンズの丈はかなり上げたが、それ以外の洋服についてはちょっと高いヒールを履けばそれで解決していたのだ。今は10センチ近く裾上げをして、更にヒールを履いてやっと見た目のバランスが取れるようになる。
が、慣れないヒールは竹馬に乗って歩くようなもの。今度は体のバランスが悪くなるというパターンになっているのだ。そうして、気に入ってはいるもののだんだん普段使いから外れて稼働率も悪くなって行く。
裾を擦る程の長さは、ウエディングドレスの特権だったのに、今や身近な洋服が裾を擦って歩く長さになった。
似合うかどうか以前に・・・。
「こちらは8分丈になっております」
私が履けば9分丈。
中途半端にちんちくりんになった私。
試着室ではバカ殿みたいに裾を擦ってはうなだれている近頃なのである。
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2008年06月22日 |
雨。
「雨降って地固まる。」と言うが、6月は「雨降って雑草伸びる。」月なのだ。
彼等は私が一切世話をしないというのに、ひとりでにすくすくと育ち、特に雨が止んでお日様が差したなと外に出るといつの間にという位大きくなっている。
いつの間に。
家の敷地にある排水口からもシソのようなものが生えて来ていて、去年の秋に枯れるまでほぼ低木と言ってもいい程の背の高さにまで成長した。朝起きたら一番にそちら側のカーテンを開けていたので毎日一番最初に見る我が家の植物は、そのシソもどきの雑草。土もないのに水だけで地下から木みたいなものが生えて来るのは、気持ちが悪かったのだ。
雨が降ると、人々の生活は多少窮屈になる。
傘を持って出なくちゃいけないし、バイクを利用している人なら”今日はバイクでは出られないな”といつもより少し早めに家を出たり、出掛ける予定にしたって場所によっては取りやめになることだってある。
雑草は至ってシンプル。
「オレ達、傘要らず」
「荷物もないしね」
「だいたい、出掛けるってことがないのよ」
「なんか、静かでいいねー。雨の日は」
雨の日、雑草達は思いきり伸びをする。
人でも何でも。
自由になった時に、伸びるものなのだ。
知らず知らずのうちに。
グゥ〜〜ンと成長しているものなのである。
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2008年06月23日 |
「reunion」のレコーディングに参加をしてもらったsmall colorのオオニシユウスケさんのソロライブに行った。
small colorのライブはスライドとのコラボスタイルで、その場で音を重ねてその場で映像を重ねて行くのだが、それらは機械であらかじめ録ったものではなくその日のその場で作られていく。こういうライブが本来「ライブ」と呼べるライブなのだなぁと思うユニットだ。
今日もスライドとのコラボでライブが始まった。
オオニシさんが「ゆる〜い感じ」と称するご自身の音楽は、変にこわばった部分がなく確かに独特のゆる〜い感じがする。他人に緊張感を与えず、その人が自然に素の自分でいられるように対人関係の空気を作れる人というのが居るが、多分それと似た感覚があってこういう懐の広いものはやっぱり好きだなぁと思うのだ。
今日はギターアンプの調子が悪いらしく、途中のMCでそれを知ったが、それまではアンプからノイズ音が出ても私はちっともトラブルだと思っていなかった。
絶対音感のある人の中には、周りの生活音が全て音程に聞こえる人が居るが、耳はさぞかし疲れるだろう。きっと「音」は音程ではなく音楽になって聞こえる時が一番、心地良く揺れることが出来るのだと思う。
ライブ中に後ろで次の出番の人がリズムに合わせてスティックを空で叩く音がした。
横で立って観ていた女性のコップの氷が「カラン」と音を立てた。
それらを「あぁ、いいよ」と中に入れて音楽になる。
受け皿の大きい音楽にあこがれる。
こういうライブが、いいライブだと最近富みに思うようになった。
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2008年06月24日 |
東京や近郊の地名で、読み方を間違えて恥ずかしい思いをすることがたまにある。
「登戸」は「のぼりと」と読むのが正解、だが青森県の「八戸」の「はちのへ」とダブってしまい、「のぼりへ」だと思っていた。
「上野毛」は「かみのげ」と読むのを「かみのもう」と読み、「等々力(とどろき)」は人に「たたら」と教えてもらって以来、今でも「たたら」と読みそうになる。「江古田」は、町名上が「えごた」で駅名は「えこだ」。砧(きぬた)も碑文谷(ひもんや)も、学校では習った記憶がない漢字だったので、人の会話の中で覚えた読み方だった。
だが実家のある大阪の方も、初めての人には読めない地名があるらしく、吹田は私にとっては物心ついた時から「すいた」だったが、馴染みのない人からは「ふいた」ですかと尋ねられる。また「枚方(ひらかた)」は「まいかた」と間違われる。
全国の地名はこんな風にその土地をよく知る人なら自然に読めるが、初めての人にとってはどういう読みになるのかと戸惑うものがたくさんあるのだろう。
「今、@@に居るんですけど」
読み仮名がわからずに、ここがどこか伝えられない。
<自分がどこに居るのかがわからない>
地図が読めないだけでなく、漢字も読めない。
漢字一つのことで、大人もこうして新手の迷子になるのである。
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2008年06月25日 |
今日は目黒で音楽ライターの熊谷美広さんに会った。
通称「クマさん」。ライターのお仕事だけでなく、「jam for joy」という新旧洋邦いろんなジャンルからのカバー曲で構成するライブをプロデュースされている。私も何度か出演させてもらったこの「jam for joy」、ここが縁で知り合ったミュージシャンには、今もいろいろお世話になっているので、私が東京に来て音楽仲間と知り合うきっかけを頂いた場でもあった。
スティービーワンダーの曲を歌ったり、スティングの曲のコーラス隊をやったり・・・。当時弾き語りスタイルでライブをしていた私には有り得なかった「バナナラマ」や「アバ」にもこの一日だけはなれた音楽の仮面舞踏会のような楽しさがあった。
今回「reunion」のライナーノーツをクマさんに書いてもらうので、資料をお渡しするのと共に久しぶりに会ったが、3時間程話をした中今まで聞くことがなかった本業であるライターのお仕事のこと・・・・。ご自身が大事にされているお話を聞くことも少し出来た。
楽器や歌を奏でるだけではない。
音楽に携わる職業ってたくさんあるんだ。
それを知ったのは、自分が音楽に携わる仕事をするようになってからだ。
クマさんは、楽器や歌を奏でる以外の方法で音楽を届ける人。音符以外に大事なものはたくさんある。むしろ最近はそっちの方が多いかもしれないとさえ思う。
音楽に限らず方法というのは、その人が気づけばたくさんのやり方があるのだ。
真ん中に「愛」があるもの同志が手を繋いで輪になるのが、私も好き。
目黒は10年程前にラジオのレギュラーで週に2回程通った街。
駅を降りたら通り道にあるパン屋さんに寄ったあと、いつも真っ直ぐにスタジオに行っていたのでゆっくり歩いたことがなかった。
綺麗な駅ビルが出来ていた。
前からあったかどうかも私にはわからない。
会社帰りの人達や夕飯の買い物をする人達が行き交う。
風が一瞬止まって。
そしてまた動き出したのであった。
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2008年06月26日 |
夜、代官山で西川峰子さんとの食事会があった。
ここは駅から割と近いビルの中にある和食の創作料理のお店で、お酒と食事をゆっくり楽しむような雰囲気の場所だ。
今日は全部で6名。
皆さん、お酒を飲まれる。
お酒が好きな人には「夜はあまり食べない」というイメージがある。最初の頃は驚いた。飲みはじめるとオウムの餌ぐらいの「種モノ」をちょこっとつつく程度。で、ご飯は食べない。私の思う夕飯とはあまりにかけはなれた「夕飯」なので、何かお腹に入れた方がいいのではないかと心配になったりしたのだが、酒のみの人曰く、「量は要らない。美味しいお酒とちょこっとずつ美味しい食べ物があるのがいい」らしい。
今日の宴席は、少なくとも3名は”飲みはじめたら食べない”タイプの「お酒好き」。コース形式で料理が出て来るのだが、ただでさえ食べるのが早い私はこんな場の中では犬の早喰いみたいになって、ちょっぴり恥ずかしいのだ。
家での食事タイムはとても短い。
これでも今日は「場」を見て頑張っているのだが、基本的に机の上に沢山物が乗っていると落ち着かない私は普段の流れがやはり身についているようで、「食べたらさっさと片付けて机の上を拭いて綺麗にしたい」欲がムクムクと沸いて来るのだった。
ゆっくりお酒と食事を楽しむのは、大人の女性のたしなみでもある。
どうしても、それが自分には出来ない。
<テーブルの上をちゃっちゃと片付けたい。>
私は大人の女性でも”おかん系”に行ってしまった。
今日は食事中にワインだけで4本位空いたはず。
私は料理、完食。
2人前ぐらい行けたかもしれない。
だがそれではお行儀が悪いので、我慢した。
それにしても不思議だ。
お酒が好きな人は夜、オウムになる。
「種みたいなもの」だけで他は食べなくなるのである。
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2008年06月27日 |
午後、バイクで吉祥寺に出掛けた。
吉祥寺は大好きな街だが、乗り物で行くと困る街。道が不便なだけでなく駐車場とバイク置き場が少ないので、土日の日中は公共の乗り物で行った方が、買い物時間が結果長く取れるのだ。
行くなら平日。が、平日も人気の高い街。残念ながら今日は「ここに止められたらベスト」だったバイク置き場が既に満車だった。
かわりにと駅の反対側のバイク置き場を教えてもらったが、そこも今日は一杯。しょうがなく30分350円のファッションビルのバイク置き場に行ってそこにバイクをとめたのだった。
ふぅ〜っ。
それにしても、今日は暑い。
バイクを置くだけで思ったより時間が掛かったことで、駅ビルに向かって歩きながら「こういうのってちょっとしたタイミングで止められたり、止められなかったりするんだよなぁ」とバイクの件から派生して”タイミングと縁”というテーマについて、私はぼんやりと考えごとをしていた。
駅ビルに着き、通りすがりにある店にそれぞれ吸い込まれ、そして大好きな雑貨屋さんのショーウインドーの前で、これまたディスプレイに吸い寄せられて無防備に眺めていると・・・・
「今日は、暴走族じゃないんだねぇ」
後ろで声がしたので振り向くと、同じ事務所のkazzkiくんのお父さんではないか。メンバーの家に行く時は重装備でバイクに乗って行くので、いつからか「暴走族」と言われるようになったのだが、まさか駅前でバッタリ会うとは。
「あれぇえええーーーっ」
kazzkiくんのお父さんは犬の散歩で井の頭公園に行った帰りだったらしい。
「あはは。そんなに驚かなくても」
「お買物。ゆっくり楽しんで下さいね」
そう言ってkazzkiくんのお父さんは去って行ったのであった。
会話時間、約15秒。
ずっと私は口を開けていたのではなかろうか。
いや・・・驚きますとも。
だって今さっき、「タイミングと縁」について楽しい空想に浸っていたのだ。
こんな大きな街でバッタリ誰かに会うだなんて。
吉祥寺では少し早めのサマーセールが始まっていた。最近は他でもこうしてアーリーサマーセールをやっている。
足を止めれば驚くことはたくさんある。
今年ももう半分が過ぎようとしているのだ。
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2008年06月28日 |
お店に入って、店員さんに「何かお探しですか」と尋ねられた途端に、私は体がきゅぅううーんと硬くなる。
確かに・・・何かを探しているから店に入ったのだと思う。だがそれはすごくあいまいな感じであって、何かを探しているんだろうがそれが何かも具体的には自分ではわからない。しかも全然切羽つまったものではないので、店員さんから声を掛けられると、急にそれらを整理してキチンとしなくてはいけないような圧迫感に覆われるのだ。
<束縛されたくない>
<まだ野放しにしておいてもらいたい>
付き合っている彼女に結婚のプレッシャーをかけられて、重たくなる男性ってこんな心理状態なんじゃないだろうか。きっと私は店に入った時”まだ落ち着きたくない””まだ責任を取りたくない”状態の男性化しているのである。
店員さんの「何かお探しですか」は、店側の目的をはっきりさせない分逆に重たいセンテンスになっている。だったらいっそのこと単刀直入に「こんにちは!」「あのう・・・。よかったら何か買ってもらえないですか!」ぐらい言ってもらった方が、こっちも「えーっ、今日は無理!」と明るく返せるかもしれない。
私は服や小物は自分で選べる。
家電やパソコンがよくわからなくて選べないので、そういう時にこそ「何かお探しですか」と言われたい。
店に入る時のほとんど、私は何を探しているのかわからない。
ショッピング中の私は「はっきりしない男」になっている時なのだ。
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2008年06月29日 |
先日、可愛いハンカチを見つけて買おうと思って開いたら、柄にドクロマークがついていた。
ドクロマークがネックとなって、結局その品は買わなかった。残念・・・・可愛いかったのに。
私はドクロ物は身につけないし、一つも持っていない。
ドクロってどうなんだろう。
「幸せを呼ぶドクロ」というのは聞いたことがない。私にとっては縁起の悪いアイテムでしかなく、だいたいドクロなんてものは自分のが一つあれば十分だと思うのだが・・・・。
実家の父が「ワシにかかってくる電話は墓のセールスばっかりなんや」と怒っていた。で、怒っているわりには「しかし、よう知っとるわ。ワシが死にかけの爺さんということを。」と言っていたが、例えば父にドクロマークのついたシャツを贈るとしたら、墓地のセールスの電話と同じニュアンスを受けるだろう。
敬老の日にお姑さんに、ドクロマークのキーホルダーなんぞあげた日には、「あの嫁はこれで早くあの世に行けって、あの世用のキーホルダーをくれよった。」ということにもなりかねん。
ドクロをつけているのは、元気はつらつピチピチの若い人達。下北の路上で座っていても別に発熱もせずにいられる生命体としての強い個体なのだ。
ドクロ指輪をはめ、ドクロパンティを履き、ドクロTシャツを着てドクロマークのキャップを被り、ドクロベルトをする。ドクロバッグを持ってもドクロとは程遠いピチピチ体型で居られる。
一体なんこドクロを持ったら気が済むんですかい。
かつて私にも河原町でウンコ座りをしようとも、別に具合いが悪くならなかった時期があった。生命体としてまだ強かった時期は相当不気味なアイテムを「可愛い!」と言って身につけていたのだ。
だが今はもうだめ。
ドクロを身につけたら、ドクロの呪いにやられそうな気がする。
ドクロは元気人のしるし。
ドクロファッションの良さがさっぱりわからない私なのである。
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2008年06月30日 |
ノーパン喫茶というのがあったっけ。
私も忘れ物癖のおかげで、プール帰りのノーパン率が高くなっているのだ。
しょうがない。
だって忘れてしまったのだから。
いつもプールに出掛ける時、私は水着を最初から着て行く。その時にタオルと新しい下着をカバンに入れて行くのだが、水着に着替えた瞬間に「早くプールに行きたい」気持ちに覆われるらしく、新しくタオルを出したらそれで準備が終わったと勘違いをするパターンが多くなっているのだった。
プールで1時間ちょっとのウォーキングをして、更衣室に戻って来て、さぁ着替えるぞとカバンを開けると「ない!」「忘れた!」ということに初めて気付く。最初に忘れた時はかなりあせったのだが、こう何度も忘れるようになると「またやっちゃったわ」位にしか動じなくなってくるのだ。
これで地下鉄に乗ったら地下鉄風でスカートがめくれて露出痴女になるところだが、住宅街をバイクで走る分には特に支障はなく不便もなかったので「忘れたら忘れたでしょうがない」程度のことになってきたのだった。
「一刻も早く家に帰ろう」と顔を赤らめていた私はどこに・・・。1年も経てばそのまま買い物にスーパーに立ち寄って買い物もしている。レジで後ろに並んでいる人にはそんな私の事情など知るよしもないのだ。
ただ転ばないように。あとは2階に上がるtsutayaには行くのをあきらめるぐらいだ。
ノーパンでお金をもらえるだなんて、すごいことだなぁとあらためて思う。
私がいくらノーパンスーパー、ノーパンバイクをしても、何ら特別なことは起こらない。レジやガソリンスタンドで、いつも至って普通にお金を払う側なのである。
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