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2008年09月 アーカイブ


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2008年09月01日

最寄りの駅のホームに立っていると、構内の看板の中でひときわ目立つ看板がある。

「おこと教室」

白地に黒い筆文字でこう書いてあるだけのシンプルな看板。だが、この看板が私には「おとこ教室」に見えて仕方がないのだ。

妙にインパクトがある。

歩いている鳩のように、私は首を前にもたげて看板を見直す。

「おこと教室」

そうよね。

普通のお琴の教室なのだろう。

「お琴」という言葉は、「おこと」と全部平仮名だと、私の場合すんなりと「お琴」に行かないらしい。どうも「おこと」が「おとこ」に見えてしまう傾向にあるのだった。

ふぅ〜む。

目の錯覚って図形だけでなく、私の目には普通の平仮名にでも起こるみたいなのだ。

で。

仮にそれが本当に「おとこ教室」の看板だったとしよう。

何をする場所ナンデショーカ?

大きく2つに想像は分かれる。

1)そこは格闘技など以外のアプローチで「男を磨く」、「男道学ぶ」教室で、男性自身が生徒となって通う場所。

2)女性が男性という生き物をいろんな角度から勉強する、男性輪切り分析塾。女性が通う。

何故かしら私は2のイメージが浮かんでしまい、”なんだかすごいところだわね”と一人で驚いているのであった。

おこと教室VSおとこ教室。

実際にあったらどっちの方に行きたいだろうか。

とりあえず体験入学というのがあれば、私はおとこ教室を覗いてみたいのだ。

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2008年09月02日

原付バイクに乗り始めて1年と4ヶ月が過ぎたが、一度として私はバイクの人を追い抜いたことがないのだ。

別に意識をしてノロノロ運転をしているわけでもない。確かに今乗っているチョイノリはお店の人が「スピードは全然出ないですよ」と言った通り、30キロを越えると、本体が「ブォーーー」と唸るような音を上げてこれ以上は出ません!と言ってはいるが、私も30キロ以上のスピードが出ると十分怖いので、現行でもう満足しているのだ。

どこからともなく、バックミラーに姿が映ったかと思うとびゅーんと私を追い抜いてあっという間に小さくなって行く。老いも若きも、男女問わずミニバイクの人達はスイ〜ッと行くのだった。

一体何キロで走っているんだろう。

大きな道路を走る時は、私も流れに乗って走っているつもりなのだが、バイクさんチームからはチョイノリは大きく遅れを取るようなのだ。

追い越される時、私の速度メーターはだいたい30キロ。

算数の教科書が頭によぎる。

「みきさんはバイクで時速30キロで青梅街道を走っています。新宿の楽器屋さんから家に帰るまでに時速40キロ以上で走っているバイクの人何人に追い抜かれるでしょう」

計算出来ないので、3キロ程の区間で人数を数えたら10人の人がどこからともなく現れて追い抜いて行った。

自転車の人にも数人追い抜かれた。

みんなの流れにはどうしても乗れない。

私がどん臭いわけじゃなく、バイクがそれ以上のスピードになると爆発しそうな危うい音を立てるからなのだ。
車道が似合わないバイク。チョイノリは歩道を走るのがいいかもしれないなと思うのであった。

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2008年09月03日

渋谷7th floorでのライブ。

今日はオーボエのtomocaちゃんとDJ.Tom−Oくん、そして一曲SHIMEさんに歌ってもらうという贅沢なメンバーに参加してもらってのライブだ。

リハーサルが終わって、少し時間が出来たのでみんな一旦バラバラになった。

誰かのサポートの時は、すぐに切り替えがついて買い物に行ったり食事をしに出掛けたり出来るのだが、自分のライブの時は食欲もなくなり、他にしたいことが何もなくなるという”短時間ヤル気がなくなる症候群”に見舞われるのだ。

グッタリ。

今日も早速緊張感に押し潰されそうになる。

ずっと楽屋に居ようか。

いや、やっぱり気分を入れ替えるためにも一旦は外の空気を吸いに出た方がいいだろう。

そこで、”喫茶店にでも行きますか”と、事務所のY氏とお茶をしに外に出たのであった。

この辺はラブホテル密集地帯。Y氏と私、喫茶店を探して歩いている姿は見ようによっては「ラブホテルを選んでいる男女」になる。

<いいえ、私達は喫茶店を探しています>

渋谷は谷という漢字がつくだけあって、坂が多い街だ。かつてはうさぎが駈けていた道玄坂は、今ではラブホテルとライブハウス密集地区になった。

愛を奏でたり、音を奏でたり。

道玄坂はこんな場所。

7th floorはビルの7階にあるから7th floorという名前がついた。

ライブを観に来ることもあるし、そうすると緊張に押し潰されそうになるくせに「やっぱり出たいな」と思いながら帰るのだ。

少しだけ秋の気配がやってきている。

そんな風が吹いて行った。

緊張しすぎてもダメ、緩くなりすぎてもダメ。これぐらいの温度で音を奏でられたら、きっと気持ちいい音になるんだろうなぁ・・・。

秋の風を嗅いだのだった。

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2008年09月04日

Dーnaughtの音源作業を家ですることになったので、ギタリストの窪田晴男さんとメンバーが家に来た。

私は家でギターを録音したことはなく、しかも今日の私の役所は録音やマニピュレイトといった一番不得意な項目なのだ。

私がメカ担当・・・。

大丈夫なのかなぁ。

事前に「メカ、全然だめなんですよ」「ウチは普通の木造なんで音は出せないんです」「というか、ウチはスタジオでなく普通の家なんです」とネガティブ発言をしてみたが、それでも家で作業をすることになったので、腹をくくって今日はメカ担当として頑張ることにした。

今日はおおまかな構成を作る段階となったので、ギター入れはなく鍵盤作業となり、最初のピアノのガイドは私が打ち込んでベースラインは窪田さんの作業となり、ここで窪田さんがキーボードを弾くことになった。

大先輩にこんな感想を持つのは失礼だろうが、窪田さんは本当に耳がいい。あと指示が的確なのでとにかく作業が前に進んで行く。鍵盤楽器も持ち楽器ではないのに、両手を駆使して普通の鍵盤奏者がしない運指を独自であみだして2本指だけでベースラインを弾いて行くのにはすごく驚いたのだ。

数時間一緒に作業をさせてもらったが、あらためて天才だなぁと感じた。また作業自体もとても楽しい時間だった。

「う〜ん。今日はプロっぽい作業になったね〜」

窪田さんが言った。

ダンボも、今日は大きな男の人達が来て自分といっぱい遊んでくれた楽しい日となったようだった。

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2008年09月05日

昼前、D−naughtのko−派くんから電話が掛かってきた。

「すみません。酔っ払っていて、昨日のこと覚えてないんですよ〜。すみません。」

え。

ほんとうなの。

階段から落ちたことも、同じ話を何度もしたことも、暴言を吐いたこともキミは何も覚えていないというのですか。

「はい」

じゃぁ、私が乗ったタクシーを見送りながら、道端で「ウォー」と両手をあげてキングコング風に一人雄叫びをあげていたことも。

「あ、そんなことしてました?」

あのあとタクシーの運転手さんに言われたんですよ。「一緒に居てお客さんの方が恥ずかしい思いをされますよね」って。

覚えていないって。
覚えていないって。

どういうこと。

確かに起きていましたよ。

しっかりしゃべっていましたよ。

窪田さんと私を接待したいと言って連れていってくれた店で「おごりたかったんですけど、お金が足りなくなっちゃったんで、2千円ずつ下さい」と言ってお金を徴収したじゃないか。そのあとテーブルにのっていた窪田さんが頼んだメニューを指さして「これが余計だったんだよな〜」と言っていたじゃない。

空気を読む力はなくなっていましたが、計算力はありました。

それも覚えていないの。

「はい、全く!」

私は最近、「昨夜のことを覚えていないんです」という人間のことを、遠い祖先である類人猿が、恐らく一時的に憑依しているのだと考えるようにしている。

そう考えたら、納得が行く。

類人猿なので物を食べたり歩いたりもする。で、時々上手く日本語が使えないと、物にやつあたりをしたりもする。

「何で足から血が出てるのかな〜と思って」

だからそれは、階段から落ちたんです。

類人猿は慣れない靴を履いたことで、足を上手く運べなかったと思われる。

で。

何の用ですか。

「えっと・・・覚えていないのですみませんでしたという用でした」

私は肝心の憑依されている時に見抜けるようになりたい。

酔っ払って昨夜のことを覚えていない人は、その時必ず類人猿になっている。まぁ何でもいいから「ごめんなさい」と言って謝っておくのがベストだと思う。

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2008年09月06日

プールから帰ろうと外に出たら、丁度雷と共に大粒の雨がバラバラと降ってきた。

プールから家までだいたいバイクで10分程度。

今日は特に買い物もなかったのでまっすぐ家に帰るつもりだったのだが、300メートル程バイクで走った時点で思ったより雨足が強くて、運転が怖くなった。

やっぱりちょっと雨やどりをした方がいいな。

そこでいつも立ち寄るスーパーに駆け込んだのだった。

雨に濡れたのは時間にして1〜2分だったと思うが、頭の先から爪先までびしょ濡れになるなんて、もしかしたら初めてのことなんじゃないだろうか。”濡れねずみ”ってこのことだ。

スーパーの入口のところには同じく雨やどりをしている人が数人居て、この人達も急な雷雨に困っているみたいだった。

嵐の影響でスーパーの入口付近の電気が停電となり、私も買い物をして時間をつぶして待ったがこの雨が去る様子もなく、結局バイクを置いてタクシーで家に帰ったのだった。

今年は夜になって嵐に変わる日が多い。

バイクがないと私の家はたいそう不便な場所になる。

だって明日バイクを取りに来るとしたら、バイクがないとバスと電車とバスに乗って・・・になり所要時間は1時間弱にがなるだろう。

う〜さ〜ぎ〜追いし、かの山〜

バイクがないと一気に全ての場所が遠くなる。

都内なのだが「ふるさと」の歌の情景が浮かぶ東京の我が家なのである。

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2008年09月07日

夜、kizznaのスタッフとDJさん達で親睦会を兼ねた飲み会に行った。

お店はお世話になっているKプロデューサーが、数人でやっているというバーで、音楽関係の人や芝居関係の人がお客さんに多いらしいちょっと隠れ家的なお店だ。

本日も夜になって突然の嵐。

電車が止まっているらしく、少し私達も遅れてしまったが辿り着けない人がまだ半分以上居る。ガラス越しにも激しく雷が鳴っているのがわかって、外を歩くのはちょっと怖いぐらいなのだ。

それでも少しずつ、人が集まって全員が揃った。

はじめましてとみんなで挨拶をかわしつつ・・・。お目にかかるのは初めての方がほとんどなのだが、なんとなく最初からアットホームなムードがあったので、ホっとする。

まだ大阪に住んでいた20代の頃、東京に遊びに行った時に、いわゆる”ギョーカイの飲み会”というのに友だちに連れて行ってもらって行った時には、周りの全員が「何をして生活をしている人達なのか」うさん臭い悪人に見えてビクビクしたのだ。

最近は私自身もさすがに年を取ってきて女子最年長だったりするようになると、少なくともビクビクすることはなくなってきたが、今日はそれを抜きにしても最初からくつろげるムードがあって、やはりお写真と声だけよりも一度実際にお話をすると親しみもずいぶん違って来る。

今日はまた新たな出会いを感じるいい一日となった。

店に携帯を忘れて帰って来たこと以外、いい一日であった。

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2008年09月08日

母方のお墓が埼玉の所沢にある。

今月は祖父と祖母の命日がある月。お墓参りに行きたかったのだが一人で行くには少し遠く困っていたら、ko−派くんとkazzkiくんに連れて行ってもらえることになった。

まぁ”連れて行ってもらった”と、いうより命令をして”連れて行かせた”という方が正しい。

うんと昔、バリ島に旅行に行った時に現地の人と「物々交換」をした時は、長袖の洋服を出して銀製品をもらえたが、今日は音源作りで今度一日ご奉仕するかわりに墓参りに連れていけという交換条件が成立したのだった。

実は、前回まだ車椅子に乗っていた頃にY氏に連れて行ってもらったのだが、お墓のすぐ近くまで来た時にY氏がちょっと霊のイタズラに遭ったらしい。そっち方面を信用しない派のY氏も「う〜ん、確かに気配があったなぁ」と首を傾げたのだ。

こ、こわい・・・。

ここはとても広い敷地の霊園。明るい場所ではあるが人はあまり居ない。それで余計一人で行けなくなっていたというのもあったのだ。だがそのことを二人に話したらko−派くんはそういう話は全然怖くない。むしろ体験したいぐらいだと明るく言っていたので、護衛としてもバッチリの二人となった。

今日はまた夏が戻って来たのかなと思うような、真夏日。緑が多い霊園は晴れた日は綺麗な草原に来たような解放感がある。

そうだ、お墓に行く前に売店で花を買おう。

私達3人はお墓参りに来たのだが、なんとなくいでたちが「お参り」というより「墓荒らし」「かつあげ」にやって来たイメージがある。スキンヘッドにタトゥ、杖をついている私もサングラスをすれば若干いかつい風貌になり・・・

<お墓参りなんですぅ>

と、心の中でつぶやきながら供花を買ったのだ。

青い空に夏雲が光っていた。

今日は霊もイタズラをしなかったみたいで、終始のどかなお墓参りとなった。

おじいちゃん、おばあちゃん。

こんにちは、会いに来ましたよ。

ご先祖さまはどんな人達で、どんな暮らしをしていたのだろう。

祖父より上の代のことを私は知らない。

だけど

いつもありがとう。

安らかにお眠りください。

そして私とみんなが元気で過ごせますように。

これからもどうぞお守りください。

わたがしのような雲が空に浮かんでいた。

蝉の声。

ここだけ8月のお盆の時期に季節が戻っていた。

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2008年09月09日

最近、携帯がつながらない。

自分の家で携帯でしゃべると、途中で切れることが確かに多く、自宅の固定電話から電話を掛けることが増えてきているのだ。

ムーバだからって本当なの。

渋谷の路上で繋がらなかった時はガックリきた。

ムーバ、そうだよね。
もう新機種、出なくなったもんね。

でも、困るんですよ。

私は「ポケットボード」を未だに使っている。電池式で軽量であることや、ベッドの上で横になりながらでも書き物が出来るので、普段これをメモ帳として使っている。

だが、ポケットボードも今では廃盤となりフォーマの端末には対応しなくなったので、携帯がオンボロになってきたにもかかわらずフォーマにも乗りかえられずに、まだムーバで頑張っているのだ。

「ムーバの新しいのは置いていないんですか」と、docomoショップに行くとわざわざ店員さんに尋ねるという草の根ムーバ復活運動を細々とやってきたが、効果はなかった。

はぁ〜〜あ。

ヤフーオークションでポケットボードを地道に買い集め、在庫がまだ4つあるというのに・・・・。

機種変もそうだし、充電器の規格が変わったりするのもそう、あとは化粧品のモデルチェンジの時も詰替え用が新しいコンパクトに入らないということも含め、こういう”乗りかえ”には私は保守的な方なのだ。

しかしながら携帯が繋がらないのは困る。

家ん中じゃダメだわと庭に出ても平気でプツっと切れる。

「すいません、携帯が切れちゃって」

私は今、携帯のことで人に謝っている回数が、どこのdocomoショップの店員さんより多い毎日を送っている。

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2008年09月10日

イタチのゴン太が亡くなって、今日で一年になる。

私はその時、京都に居た。

いろいろな気持ちがそのあとも整理が出来なくて、私の過去の悲しい出来事のうちで、蓋をしないと自分の心が潰れてしまいそうになる少ない出来事の一つとなったことは確かだった。

ごんちゃん、ごめんね。

一年経った今日も手を合わせる。

フェレットという動物は、一緒に暮らしてみると賢くまた感情も豊かで、実際私自身思っていたよりもうんとコミュニケーションの取れる本当に愛らしい生き物だった。

あのフェレット独特の臭いニオイは、もう私の家から消えた。

それなのにペットショップに行くと、今でもフェレットコーナーを探し、買っても仕方がないフェレットフードを眺めていたりする。

リードもケージもまだ家にある。

いつでもフェレットとまた暮らせる環境を保ちながら、かと言って新しいフェレットを飼うわけでもない。

全くややこしい自分が居る。

ごんちゃん、許してね!

明るく心の中で呟いてみる。

大好きな季節、秋。昔からそう言ってきたのに、自分が大切に想う存在がいつからか秋に居なくなってしまうことが増えてきた。だからここ数年は秋の始めは「大事な誰かが居なくなってしまうんじゃないか」と心細い気持ちになることがあるのだ。

秋は好きだけど少し寂しい時があるよ。

ごんちゃん。

忘れないよ。
忘れる必要もない。

あぁ、そうだね。

同じ温度の風が、またこの街にも吹くようになった。

振り返ると嬉しそうに尻尾を目一杯振るダンボが居て、私は思わずギュっとダンボを抱き締めた。

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2008年09月11日

詩人、金子みすゞさんの詩に歌を書いて歌っておられる第一人者、吉岡しげ美さんのイベントで、今日は私も金子みすゞさんの詩を1遍、朗読で参加させてもらった。

小学生の頃、国語の授業で教科書を読まされる授業があったが私はいつも詰まっていて、落ち着きに欠けたまま終始したが、上手に読める子というのは居た。勉強もよく出来たよっちんがそうだ。アガる風でもなく、子供なのに落ち着いたトーンで文章がちゃんと耳に景色となって届いて来る。すごいなぁと子供ながらに思ったものだった。

今日は一般公募の参加者が数名いらして、顔合わせでお目にかかると「ライブハウスは初めて」「人前で朗読をするのは初めて」という方ばかりで、50代以上のご婦人率も高い。

もう何度となくライブハウスに馴染んだ私でも毎回具合いが悪くなるぐらい緊張するのだから、みなさん初めての場所でどんなにドキドキされていることだろうかと思い・・・、よし、ここは何かあった時には私がお助けマンとして頑張ろう!と胸に誓っていたのだった。

だが、いざイベントが始まって、この「今日が初めて」と遠慮がちに言っておられたご婦人方の朗読を聞くと、私はブっ飛んだ。一般公募で来られたご婦人方。人前で読んだことがないはずだった方々の包容力は素晴らしく、金子みすゞさんの持つ優しい目線そのものの温かさが滲み出ていたのだった。

吉岡しげ美さんの温かい目線も、全てが優しい空気になっていた。

私は金子みすゞさんに対して、唯一残念に思っていることがある。それは彼女が若くして自殺でその一生を終えたことだ。

世の中には似たタイプの人間が沢山居る。例えば金子みすゞさんの詩がいいと思った人には、感性のどこかが一致したからなわけで、強引な言い方をすればみすゞさんとその人達は私を含むみんな似た人間ということになる。

似た目線の先輩が人生を精一杯走り切る姿を見せてくれたら、それが後に続く人達にどれだけの力を与えてくれるだろうか。

詩人としてはほぼ世に出ない無名のままだった金子みすゞ。優しく強くあたたかな詩、平仮名言葉に置きかえた平たい言葉で綴った詩達だけを置いて逝ってしまった。素晴らしい詩だからこそ自ら命を絶って欲しくはなかった。それが唯一、個人的に残念なことだ。

今日の朗読をされた最高齢のご婦人は70歳を越えられていた。この方の朗読がまた本当に心に響いた。

同じ文章なのにどうしてこんなに沁みてくるんだろう。
まるでターシャ・テューダーが金子みすゞを詠んだような一幕であった。

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2008年09月12日

今年はハロウィンのディスプレイになるのが、去年よりも早い気がするのだ。

8月の終わりにもうとある雑貨屋さんで、カボチャのお化けが一角を陣取っていて「ケケケ・・・」と笑っていて、ハロウィンはもう完全に日本の中のイベントとして定着したのだなぁと、ハロウィンにどうも馴染めない派だった私もついに「そうね、今年ももうハロウィンなのね」と違和感が薄くなってきた感がある。

「この曲って・・・いい曲なのかなぁ」と最初違和感のあった曲が何度も聴くうちに身近に思えてくるあれと同じ現象なのだ。

9月に入ってからは、雑貨屋さんやケーキ屋さんではハロウィンのディスプレイが増えた。確か数年前までは9月は「ハロウィン」フェア月ではなかった。9月は「秋のマロンフェア」など栗がメインだったのだ。

栗はかぼちゃに吸収合併された。ハロウィンに流されず我が道を行くのは焼き鳥屋さんぐらいになったかもしれない。

「ケケケ・・・お菓子をくれなかったら、イタズラするぞー」

それでお菓子がもらえるのか。

いいなぁ。

私もそれでお菓子がもらえるなら、是非ケーキ屋さんに行ってそれをやってみたいのだが、その場合は「もらえる」か「通報される」か微妙なラインにある。

子供の時にハロウィンはあって欲しかった。私はピンポンダッシュをするようなヤンチャ坊主だったから、きっとお菓子をたくさんせしめて帰って来ていたのだ。

子供だから許されることってあるんだなと考えるハロウィンなのであった。

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2008年09月13日

近くの八幡さんで秋のお祭りをやっているので、夜ダンボを連れて行ってきた。

「お散歩、行く?」

最近、ダンボは散歩が好きになった。

前の家の時は一歩外に出た時から、尻尾をキューっとお尻の下に入れて家に帰るまで、ちっとも楽しそうではなかったが、テレビやしつけ本などであれこれトライをして、ようやく散歩が好きなワンちゃんになったのだ。

しかし、今日は少し遠い。

「ダンボ、今日はちょっと遠いよ。でも行く?」

ダンボは無邪気に「行く!行く!」と飛びはねていた。ちょっと騙している感じもしないではなかったが、「祭り」「屋台」「買い食い」にどうしても行きたかったので、出掛けることにしたのだった。

川沿いの道を歩く。

この道をずっと行くと大宮八幡宮という大きな八幡さんがある。日中は散歩やサイクリング、ジョギングをしている人が居てのどかな場所だが日が暮れると、やっぱりちょっと歩くにはドキドキする。

月が浮かんでいた。

小さい頃、ウサギが中でもちつきをしているように見えるか何度も目を凝らして見たけれど、私にはそんな風に見えなかったなぁ。

森のような暗い道をダンボと歩きながら、昔読んだ「モチモチの木」の本を思い出した。

静かな川沿いの道を突き当たったら、「秋の大祭」と書かれたお祭りで今度は急に人が増え、参道にはわんさか人が集まって来ていた。

すごい人だわ。

犬連れって入れるのかなぁ。

人の流れに乗って歩き出したら、そのあとは一気に人が増えた。私も人にぶつかりそうだが、ダンボは歩いている人達の視界に入らないので、もしかしたら踏まれてもおかしくはない人の混みようになっていた。

ダンボを見たら、尻尾がお尻の下にキューっと入っていた。

ダンボの目線だと丁度目の前には人の足、足、足。動く竹やぶの中で竹に当たらないように逃げるようなものだったかもしれない。

「ダンボ、ごめんね」

久しぶりにダンボの楽しくない顔を見た。

「お祭りに一緒に行けたら楽しいかも」は、私だけの気持ちでしかなく、せっかく散歩が好きになったダンボに可哀想なことをしてしまったと後悔をした。

人混みから外れて、川沿いの道に降りて

さぁ、帰ろう。

月が外灯より明るい晩。

テクテク、テクテクと二つの影が歩く。

お祭りよりも楽しいことが身近にあったね。

私が散歩を楽しいと思うのは、ダンボが一緒に歩いてくれるから。

今は尻尾を振って歩くダンボが居て、私は楽しくなれるんだと思った。

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2008年09月14日

お世話になっている方のお見舞いに行った帰りに、松戸にある叔母の家を訪ねた。

叔母は父しげおっちの姉で、松戸で叔父と息子さん夫婦と4人で暮らしている。

近いようで遠い松戸。松戸市の中でも外れの方らしく、松戸駅から電車とタクシーに乗って割と遠い場所に家はあった。

駅前はタクシー乗り場があるが、電話番号が書いてある看板があるだけ。交番で聞くと「電話をしたら来てくれるよ」と言う。道路沿いに梨園があったりして、松戸って大きな街のイメージがあったけれど、少し離れたらのどかなんだなと思ったのだ。

明日は敬老の日だから。

叔父と叔母に会いに行けたらなと思っていた。私にとっては叔父と叔母なのだが、もう二人共80代。どこから見てもおじいちゃんとおばあちゃんだ。

私の入院中、叔母は時々病院を訪ねてくれた。

もう叔母ぐらいの年齢になると、ちょっとデリカシーのないことを言ったりしてもおかしくはないのだが、いつまでも良くならない私の姿を目の前にしても、一度も後ろ向きなことを言われず、とても言葉に気を使って接してくれたことを横になりながらもすごく優しい人なんだなぁと感じたことを思い出す。

息子さんのたかしさんの奥さん、ますみさんもおおらかな人だ。だいたい叔父と叔母の両方共とずっと同居してくれる人なんて、そうそう居ない。それだけで既に頭が上がらないのだが、それだけでなくいつも明るく気さくに笑っている印象がある。とてもじゃないが自分にはそうはなれないと思う。すごい女性なのだ。

2階建てだが平屋のゆったりした家の雰囲気がした。

風が庭からスーっと入って来て気持ちもいい、そう、山口晶くんのご実家がこんな感じだった。同じだけいい「気」が流れている家だった。

叔母から祖父の上の代の話を今日は少し聞かせてもらった。「黒田」という名字がその上のご先祖さんなのだそうだ。

まだまだ知らない親戚の人が居るんだなぁ。

帰りにますみさんの運転で家まで送ってもらい、ますみさんの弟さんがやっているというラーメン屋さんに連れていってもらい、すぐ近くの駅前で親戚がラーメン屋さんをやっていることを知った。

バイクで10分の距離じゃないか。
本業が音楽関係、ということも知り尚ビックリ。

「知り合いの知り合いは知り合い」だということは、時々考えたりしたが、今日で「知り合いの知り合いは親戚」ということを考える日となったのであった。

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2008年09月15日

敬老の日。

世の中のじいちゃんとばあちゃんにとって、「敬老の日」は一大イベント。この日に孫が遊びに来てくれたかどうか、息子から電話が掛かってきたかどうかはすごく大きなことで、ウチの父なんて、去年の敬老の日に妹が訪ねて来なかったことを未だに覚えているのだ。

父の場合は「だ〜れも来えへん!」と怒りをぶちまけていた。が、気の弱いじいさんだったら、「ワシはもう誰からも必要とされていないんじゃ」と悲しい気分でいっぱいになっている。それぐらい、敬老の日というのは老人にとってデリケートな存在なのだ。

今日は早い時間に父に電話をした。

「敬老の日、おめでとう」

「へいへい、おおきに」

父は今日が何の日なのか覚えていた。

「来週、そっちに行くからね」

「へいへい」

相変わらず愛想がないが、やっぱり敬老の日を楽しみにしていたんだなと思うとちょっと胸がチクリとした。

父の場合は「ハッピーマンデー制度」についていけている。だが毎年毎年、敬老の日の日にちが変わることによってお年寄りのどれぐらいかは日にちを間違える人だって居るはずなのだ。

朝からずーーーっと楽しみに待っていて。

夕方ぐらいには、誰も来ないことに「何か事故か病気になっていたりせんじゃろか」と今度は心配になってくる。

夜になってテレビを見ながらも心はうつろ、お風呂にだって「今、入っていて電話があるかもしれんから」とゆっくり入れない。

いつもより遅くまで起きて、待って待って、最後には「みんな忙しかったんじゃろう」と言い聞かせて床につくのだ。

今年は、だから15日が敬老の日でよかったなぁと少し嬉しかったのだ。

だがこれもまた問題がある。来年になって、今年の手帳をひらいて「15日だったはずじゃが」とまた間違える老人が続出するからなのだ。

毎年、胸が痛む敬老の日。

ハッピーマンデー制度はやめて、敬老の日だけは15日に戻して欲しいと願う日となった。

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2008年09月16日

先日、東京ドームの前で妙な看板を見つけた。

「鳩や小鳥、猫などに

 ご協力ください。」

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なにを言っているんですか。
この看板は。

立ちどまってよ〜く見たら、真ん中に「エサをあたえないよう」という文章がはさまっていた。

だが、そこだけ色を変えて強調していたはずが日焼けして逆に褪色してしまい、ほぼ消えていたので、看板としては成立しない文章になってしまった。

エサをあげて下さいという風にも取れる看板。

だが周りに鳩も小鳥も、猫もどこにも居ない。

「鳩」「小鳥」「猫」って別の何かを指しているの?

意図がよくわからない看板。

かわりにすぐ近くでは、自由人らしき人がベンチでお昼寝をしていた。

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2008年09月17日

「ADLIB」誌の取材でお世話になったS氏と、会社のY氏、DーnaughtのkazzkiくんとTom−Oくんと、8時に渋谷のハチ公前で待ち合わせをして、飲みに行った。

ハチ公前は、いつ近くを通っても待ち合わせをする人で溢れている。今日も一瞬「ここでちゃんと会えるのかなぁ」と不安になったのだ。

ハチ公の銅像は、最初に見た時思っていたより小さい銅像だなという印象があった。人の多さに圧倒されるかのように、ちょこんと立っている。だが一番人を多く見ている犬、たくさんの人達の待ち合わせる様子を見てきた銅像だ。

少し前に取材でお世話になったS氏だが、10年程前にはラジオ番組のディレクターさんとして番組でゲストに行ってその時にお世話になったという偶然のご縁があった。今回はライターさんという立場だったので、話す側は私となり、だがお話がとても面白いS氏だったので、あらためてまたゆっくりお話がしたいなぁと思っていたら、kazzkiくんやTom−Oくん、Y氏もそれぞれ別の形で知り合いだったということが、今日話しているうちにわかったのだった。

最近、知り合いの知り合いは知り合いになることが連続しているが、人と人って本当に繋がっているのだなぁと感じたのだ。

ハチ公前では、あんなにたくさんの人が居ても知り合いにはバッタリ会わない。なのにこうしてゆっくり会話をすると、共通の知り合いが浮かび上がる。だから普段待ち合わせしかしないハチ公前で、一度待ち合わせのあとそのままそこに集まっている人全員で飲み会をしたら、面白い会になるかもしれないなぁと思う。

渋谷でゆっくり過ごすということは、普段ほぼない。

ところで、ハチ公はいつ自分の時間が持てるのかな。
一日中人がやって来て、ちっとも眠れない。

お先に、ハチ公。
おやすみなさい。

久しぶりに渋谷に長居をした日となった。

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2008年09月18日

四季の中で、「いい季節だなぁ」と思う時はなんといっても網戸にして過ごせる時期だ。

我が家には年に2回、網戸の季節がやってくる。

一度目は春。
そして2度目が今ぐらいの時期だ。

晴れた日の日中に東の窓と西の窓を開けると、風がスーーっと通って行く。うちは窓が多いので、全部の窓を開けると家の中の空気が入れ替わって、澄んでくる感じがハッキリとわかるのだ。

風はカーテンをフワリと押して、「ここ、ちょっと通らせていただきますよ」と入って来る。

「要らない空気があったら、もらっていくよ」

そうして部屋の中で滞まっている空気を連れて、部屋の中の見えないもの達を掃除して行ってくれる。

高原に出掛けて深呼吸をして吸った気持ちのいい空気みたい。

網戸の季節は、自分の気持ちにも風を通して行く。

「じゃ、今日はこれで」

あら、もう行っちゃうんですか。

「あぁ、開けておいてくれたらまた来ますよ」

今度はきんもくせいの香りを連れて。

風は忙しそうに、次の家に行かなくちゃいけないからと手を振って颯爽と駆けて行った。

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2008年09月19日

東京では、思ったより蝉が身近に居る暮らしをしているのだが、トンボはあまり見かけないのだ。トンボと言えば、ここ数年サングラスの流行がトンボネガネ風なので、ブーツを履いて街ん中を歩いている女の子達が東京で見るトンボで、トンボって数で言えば全体では蝉よりも少ないのかなぁと思ったりする。

ギンヤンマ、オニヤンマ、あとどんなのが居たっけ。

私もやんちゃだった頃にはオニヤンマを捕まえたこともあったのだ。

トンボはでっかいヤツになると噛まれるので、痛くてちょっと怖かった。トンボからすれば、逃げようとして必死で噛んだのだろうし、いくら相手が子供でもそりゃぁ人間の方が怖かったと思う。

しかし、蝉にしろトンボにしろ・・・。

それに蝶々だって。

昆虫は割と羽根を持っているものが多く、そんな彼等は大人になったら飛べるようになる構造にある。

人間は大人になったら羽根を失う傾向にあるというのに・・・・。

ゆうやけこやけの赤とんぼ。

本当は、夕日に照らされたから赤く見えたのかもしれないね。

もう捕まえたりしないから、うちにも遊びにおいで。

秋の小さな飛行機達よ。

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2008年09月20日

春頃、斜め前の家に貰われてきた子猫ちゃん。

最初は道端でひょろひょろと飛んでいただけだったが、塀にも登れるようになり、今はだいぶ大きくなって小さなトラが歩いているような風格さえ見えるようになってきた。

この辺りは行き止まりの袋小路になっていて、車が通らない。前を通るのもここらの住人か用のある人ぐらいなので、猫にとっては安全に遊べる場所なのだ。それに加えてこの猫ちゃんは人にも慣れていて、隣の家にはよく遊びに行っていたみたいだが、好奇心が更に旺盛になって私の家にも遊びに来るようになった。

「来る?」

ドアを開けて中から声を掛けると、好奇心いっぱいの様子で近寄ってそぉーっと中に入って来る。

中に入ると、まるで物件の内見にでも来たかのように、玄関を入るとクルリと中を見回す。

”ふぅ〜ん”という声が聞こえてきそうだ。

この間は風呂場の浴槽の中に入ってしばらくそこでくつろいでいた。さすがは猫だ。軽く飛び上がって音も立てずに浴槽の中に降りる。

ダンボは猫が天敵で、いつもものすごい勢いで猫に吠えるのだが、ベッドの部屋の扉を締めて居ると猫が家の中に居ることに全く気付かない。猫ちゃんがすぐ横の仕事部屋をウロウロ探検しているというのに、ダンボは今日も気がつかずにずっとおとなしくしていた。

”こっちにも行ってみたい!”

<ダメ。そっちはワンコが居るから>

<し〜〜〜っ。>

扉一枚はさんですぐこちらに猫が居るのに何の反応もダンボはしないので、ちょっと可笑しかった。

犬なのに音にもニオイにも気がつかない。

しばらくすると、猫ちゃんは窓をちょこっと開けておいた所から今日も出て行った。

<またね。猫ちゃん!>

これが最近の私の秘密事。

猫が居なくなると、ベッドの部屋の扉を開ける。

窓の外を歩く猫を見つけて、ダンボがピョーンとベッドから降りて窓の所まで一気に走って行く。

「ワン!ワワワン!!」

”オレのうちだぞ!”
”お前なんかやっつけてやるからな!”

いつものように威張って吠えるのであった。

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2008年09月21日

明日からしばらく家を空けるので、今晩からダンボをY氏の息子さんに預かってもらった。

ダンボが家に居ないと、ちょっぴり部屋の温度が低く感じる。

髪にしていたヘアピンが”カラン”と床に落ちた。

シーーーン。

いつもなら、何かが床に落ちる音がすればダンボはどこに居ても飛んで来る。落ちたものを拾って私に渡すと、おやつがもらえるからだ。

シンと静かな床からヘアピンを拾いながら、<ダンボ、居ないんだなぁ>と、ちょっぴり寂しくなった。

子豚のダンボ。
今頃どうしているかしら。

車で連れて行ってもらう時に見送りに出たら、怯えた顔でブルブル震えていたよなぁ。

私に捨てられたと思って悲しんでいるかもしれない。

ごめんね。

明日からの準備をしながらダンボのことをあれこれ考えていると、ダンボの様子を書いたメールがY氏から届いた。

ダンボはY氏の家に着くなり息子さんのベッドでうんちをし、その後ベッドの上を陣取ってすっかり我が家のようにくつろいでいるということだった。

ありゃま。
寂しがって心を閉ざしているんじゃないかと心配していたら。

犬ってこんなに切り替えが早かったっけ。

まぁ、いっか。

私のことを忘れるぐらいあっさりしていてくれる方が、家を空ける私としても少しは気が楽になる。

ダンボちゃん、元気で待っていてね。

ダンボが居ない夜はちょっと寂しい。

胸、キュン。

それにしても。

現在「彼氏に会えなくて寂しい」といったフレーズが、自分から消えている気がする。パートナーは飼っているワンコに移行したんだなということを再確認したのであった。

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2008年09月22日

大阪でアウルとのリハーサルがあるので、機材を積んだ車で移動をする。

私は大阪育ちなのだが、大阪と言っても道頓堀の辺りの景色とはほど遠い北摂エリア。山や川や田んぼがある郊外の大阪が思い出の地になる。だから私にとって「懐かしい!」のは高槻や茨木、千里ニュータウンや箕面、万博公園の辺りといったエリアなのだ。

なので「茨木インター」とか「吹田ジャンクション」といった他県の人に言っても全然通じないような場所こそ、個人的には反応をするのであった。

今日のアウルとのリハーサルは市内ではなく、この近畿道エリアにあるスタジオ、万博公園や2号線が見える辺りに来ると、一人興奮をしていた。

「すご〜〜い!」

何がすごいのかわからない。

が、私は興奮をしたり嬉しくなると「すご〜〜い!」と叫ぶ癖がある。

近畿道を通りながら、「すご〜〜い!」と手を叩き、淀川を渡りながらこれまた「すご〜〜い!」と喜び、走っている車のナンバーが「なにわ」「大阪」「和泉」であることに「すご〜〜い!」と笑っていた。

駐車場完備の大型ショッピングセンターがちょくちょく建っているのも郊外大阪の特徴で、これらを発見するだけでも「すご〜い!」と口にしてしまう。

生駒山が遠くに見えても「すご〜い」わけで、今日の私はすっかり感動モードに入っている。

リハーサルが終わって、京都のホテルに向かう道中は1号線にやはり興奮をし、立ち寄った「餃子の王将」でも「すご〜〜い!」となんだか知らないが喜んでおり、ついには「私が運転をしたい」とハンドルを握っていたのだった。

「八幡」「24号線」「宇治」「観月橋」・・・。

道路標識に興奮をする。そのまま、盛り上がってアウル京都組の二人を「宇治」「長岡京」までそれぞれ送って行ったら、さすがに最後はくたびれた。

でも。

<あぁ、関西にやって来たんだわ!>

ヤッホー、関西。
帰って来ましたわ。

う、うれぴー!

私はその土地の美味しい物でなく、道に反応をするタイプなのである。

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2008年09月23日

京都の都雅都雅にてアウルとのライブ。

アウルのメンバーと知り合って、20年以上が過ぎた。

個人的な感覚としては、何故だかわからないが最近彼等が従兄弟のように思えてきてならない。久しぶりに会うと嬉しいのに照れ臭いといった、なんだか不思議な感じになるのだ。

従兄弟と言えば、私は子供の頃、夏休みに愛知の祖母の家に滞在をしている最後の方に、東京の従姉弟達がやってくるのをすごく楽しみにしていた。実際に会うとモジモジしてしまい、特に初日なんかは会話も出来ないのだが、心はとっても弾んでいた。

あぁ、あれと同じ感覚だ。

ここ数年は一年に1〜2度、アウルのメンバーとは東京か関西で会っている。会うと私は嬉しいくせに目もちゃんと見れずに、やや人見知りモードになっていたりする。これが女友達だったら、そういう感覚にはならずいきなり盛り上がれるのだが、アウルに対してはあの従姉弟達と会った時の感じになってしまうのだった。

ライブが終わると、従姉弟達が東京に帰る時、名残り惜しくてちょっぴり寂しく見送ったあれとまた同じ感覚になる。

理由はよくわからないが、いつからか彼等は私の中で従兄弟になった。

今度会うのは12月。
中津川と飯田で一緒にライブをする予定だ。

バイバイ、またね。

従兄弟達との楽しかった再会も終わり。

もっとたくさん話せばよかったな。

秋分の日に、夏休みの終わりの気持ちがよみがえったのだった。

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2008年09月24日

ホテルチェックアウト後、実家に寄ってもらった。

先日、叔母に会った時に「おじいさんより上の代の人のことが知りたいなぁ」というようなことを話したら、「あんたのお父さんがよく知っているから、今度会った時に聞いてごらん」と言っていた。是非聞いてみたいところだが、果たして自分以外のことに興味のない父に教えてもらえるんだろうか。

父、しげおっちに会う時はちょびっとエネルギーを蓄えて行かないといけない。

父は私が知っている人間の中で一番「ワシの話」をする人間だ。それが面白い話だったらいいのだが、聞かされる内容は「ワシの体がしんどい話」が8割、残りの2割が「ワシの自慢話」。

意見をはさむことは父の法律により認められていないので、時間の許す限りひたすら聞き続ける耐久レースになるのだが、これがものすごく疲れるのだ。

今日も行ったら最初はえらく不機嫌で「具合いが悪い」から父の話は始まった。私は具合いが悪いとしんどくて話せなくなるのだが、父の場合はものすごくよくしゃべる。そしてしゃべっているうちにみるみる元気になるからわかりやすい。そして「ワシのしんどい話」から話は「ワシの自慢話」へ移り、なんとなく今日は私が知らないご先祖さんの話を聞く余地がありそうかな・・・と様子を伺いつつ、「あのさ、」と切り出してみたのだが・・・・

「もうワシの従兄弟達なんかみんな死んでおらんわ!」

と、少しズレた返事をしてそれでおしまいであった。

「そんなことより、あと何分話していいねん」

その後、父は妹に同居を提案されたが、気を遣うので同居はせえへんと言っていた。父は一体、誰にどういう気を遣うのかと尋ねたかったが、黙って聞いていた。そんな発言でもすればまたどれだけ長い「ワシがどれだけ人に気を遣う人間か」話を聞かされるかわからない。

うちの実家は大阪のはずれにある。

しかし、地球は今日もしげおっちを中心に回っているのであった。

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2008年09月25日

預かってもらっていたダンボが家に帰ってきた。

犬というのは、ご主人さまを見つけると尻尾を振って走って来るのだと思っていたが、ダンボはちょっと違う。「こんにちは〜」といった感じで、友達ん家にでもやって来たような様子で家に入って来るのだった。

「ダンボ!」

<あ、どうも〜>

尻尾を振ってフレンドリーな感じではあるが、私との再会には特に盛り上がっている風でもなく・・・。ものすごく普通。

キミは随分自立をした犬ですね。

散歩の時もそうだ。ノソノソしているからとちょっと置いて先に行ったりしてみるのだが、そんな時のダンボは一瞬「あれ!置いて行っちゃうの?」といった顔でこっちを見るのだが、私の方に走っては来ない。「それなら。ま、いっか」と単独行動に切り替えてそのまま自分の好きにしているのだ。

<は〜、どっこいしょ。>

デンを座ったら早速くつろいで。

枕が変わると眠れないという人が居るが、私はヒトん家でもどこでもグッスリ眠れる。

キミもたくましくなりましたね。

初めて私のもとにやって来た頃のダンボとは、性格が変わってきたように思う。

ナイーブだった少年時代は遠い昔のこと。

犬も人間と同じ。
今やダンボも立派なおっちゃんに成長をした。

そう言えば、息や足も臭くなってきたと感じる今日この頃のダンボなのである。

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2008年09月26日

南青山まんだらにて、「服部祐民子とちんどんうさぎや」ライブ。うさぎやのunちゃんは去年祐民子ちゃんのライブで一緒に演奏をしたので、今日はまた久しぶりの再会演奏になるのだ。

本日の出演者は5人全てが女性。女性ばかりの楽屋は衣装や小物などが部屋に咲いた花のようで、それだけで明るくなる。

「この衣装、可愛いね」

「それ、どこで買うの」

今日はちんどんうさぎやさんと祐民子ちゃんの対バン形式なのだが、最後は5人で演奏をするのでその時だけは祐民子ちゃんと私はちょびっとだけ派手なグッズを身につける予定なのだ。

「コレなんか、似合うと思うよ〜」

「じゃ、コレにしようかな」

ちんどんうさぎやさんは文字通りちんどん屋さんで、普段は町やイベント会場を練り歩きながら演奏をしている。だから今日みたいに、ライブハウスで練り歩かないステージはめずらしいわけで、いつもは本番前は楽屋に居る私だが着替えを済ませて客席でライブを観ることにしたのだった。

ちんどんの歴史の紹介やちんどん屋さんと言えばこの曲という曲が聴けたり、誰でも知っている曲をちんどん風アレンジで演奏をしたり、それぞれの楽器の説明もあったり・・・。紙芝居を観に来た楽しい感覚になる。ちんどんの楽器ってどこで売っているんだろうと思っていたら、自分でその人ならではの仕様に作っていくのだそうだ。

「じゃぁここで、いつも外でやっているように、宣伝をしながら一曲聴いていただきましょう」

あ!

『本日発売!吉川みき「Reunion』

お手製の大きなポスターで、思わぬサプライズだった。今日は私のアルバム発売日。こんな風に宣伝をしてもらうだなんて全く知らなかったから、自分の知らないところでこんなことを進めていてくれたのかと思ったら、すごくあたたかい気持ちになった。

後でライブハウスで、ゲストではなく自分達のライブとして演奏するのは初めてという風に聞いたが、会場全体が温まるいいライブだった。普段から人の顔がよく見える場所で演奏をしてきた人達なんだと、ライブを観ていてすごく感じられた。

ちんどんうさぎやさんのライブの次が祐民子ちゃんのライブ。今年彼女は自分のギターと歌だけというライブをずっとやっている。黙々と練習をして一人きりのライブに挑んでいて、去年会った時とはまた違う強さみたいなものがあって、私はあれから1年で何か変われたかなぁと振り返ったりしたのだ。

その歌だけを持って、直球で向かって行く。

私はそういう人が好きだ。逆にそういう人じゃないと、接するだけで私自身の心が折れてしまうところがある。祐民子ちゃんは自分が信じられる歌歌いで、だからこそ自分の心も託して演奏が出来る。自分が作ったのではなくても、その歌に共鳴をしてこの曲を一緒に届けたいなと思うのだ。

今日は自分のアルバム「Reunion」も発売を迎えた。

仲間が居て自分が作られて行く。

仲間の存在は大きい。

「仲間」という言葉の意味が、自分の中で深く変わった気がしている。

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2008年09月27日

6時頃、買い物から帰って来たら小学生ぐらいの女の子3人が家のそばに居た。

「おうちに帰れるよね」

女の子達が話し掛けていたのは塀の上に居るねこちゃん、あれは近所の人なつっこいねこちゃんじゃないか。

今日飼い主の男の人が心配そうにねこを探している様子だったのを、部屋の中から見掛けていたから私も気になっていたのだ。この子達がどう関係していたのかは知らないが、小さい自転車が2台、ローラースルーゴーゴーみたいなものが1台乗り捨ててあった。

どこの子達なのかな。動物が好きみたいでダンボが部屋の中から吠えると今度は「チワワだ」と興味津々だった。

「どうぶつ、好きなの?」

「うん」

「ワンワン吠えてごめんね」

せっかく可愛いと言ってもらったのに、ダンボはぶさいくな顔で小さい女の子を相手に吠えまくっていた。

一旦荷物を台所に置きに行ってすぐに戻って来たが、もう女の子達は居なくなっていた。

かわりに飼い主の男の人が、丁度仕事から帰って来てねこちゃんを見つけたみたいでぎゅっと抱き締めている所だった。

「こんばんは」

男性はねこを地面に下ろすと、

「コイツ、3日程居なくなっちゃってたんですよ」

割と無口な人なのだが、めずらしくそう教えてくれた。

男性は今ここに居た女の子達には会わなかったようだった。あの子達がきっとねこちゃんのことを知っていたと思うのだが・・・・。

でも、まぁ元気にここに居るからよかった。

「コイツ、誰にでもついて行っちゃうんですよね」

「バカだから」

バカだからの言葉から、何故かしら男性が本当にねこちゃんのことを大事にしてことが伝わってきた。

心配していたんだろうなぁ・・・。

3日間、ねこちゃん、どこへ行っていたんでしょうね。

フェレットが脱走をして半日居場所がわからなくなっただけで、顔がハニワになるぐらい泣いた自分には、とてもじゃないがねこは飼えないなと思った。

ねこちゃん、ここのおうちがいちばん幸せだよ。

冒険はほどほどに。

それから知らない人にはついて行っちゃいけないよ。

まぁ、何はともあれよかった。

この家から洩れて来る灯りが今日はあったかく見えたのだった。

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2008年09月28日

中学生の頃、日曜日のお昼はよくAMラジオを聴いていた。

KBSラジオの確か「山崎弘士のGOGO電リク」というタイトルだったと思う。山崎弘士さんは「ガハハ」とよく笑う明るい人で、自称薄毛のおじさん。明るいおしゃべりが晴れた日曜のお昼時にぴったりで、私の好きなラジオ番組の一つだったのだ。

「リクエストは、京都075の・・・・番まで!」

「みなさんからのリクエスト、お待ちしています」

電話リクエストをしたのも、唯一この番組でのことだった。

リクエストの電話をかけるのって、ドキドキしたのだ。「どうしよう、繋がったら」という気持ち半分、でも繋がらないと残念に思ってまた掛けている自分が居る。

「もしもし、お電話ありがとうございます」

電話が繋がるとものすごく緊張をして、顔が熱くなったのだ。

リクエストはカーペンターズとか、そういった洋楽のポップス曲を伝えたと思うが、電話オペレーターのお姉さんから「何かメッセージはありますか」と尋ねられると、決まって緊張は最高潮に高まり「ないです」としか答えられなかった。

後にラジオの番組をさせてもらってわかったが、ほとんどの方がリクエストと共にメッセージを添えて下さっているのと、リクエストの採用はメッセージがあるのとないのとではやはり差が出るということなのだが、当時の私にはあれが精一杯の勇気ある行動だったのだ。

電話が通じたあとは、ずーっとラジオの前で自分のリクエストが読まれるんじゃないかとドキドキして待っていた。

次かも。

次かも。

そうして「次で最後の曲になります」と、そこでも採用はされず、番組が終わるとちょびっと残念な気分になりながらも、まだ午後の時間が残っているので次は何をしようかなと、またさっきのラジオのことを忘れていくというのが、私の日曜日だった。

「薄毛ながらも、まだかろうじて大丈夫」というそのあやうさも応援しがいがあった。

山崎弘士さんは今もKBSの顔。

HPでお姿を見たら、薄毛どころかツヤツヤのフサフサ。現在は素敵な被りものをされているご様子の山崎さんであった。

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2008年09月29日

9月ももうすぐ終わり。

今日は小雨。

空は晴れた日には水色をして、雲に覆われたら灰色に変わる。一面が灰色をしていたら、それはそれでまぶしいなと思う。

ついこの間まではあんなに暑い暑いと言っていたのに、時間と共に気温は確実に秋に移って行って。

少しだけ私もタンスの中の衣替えをする。

長袖さん、こんにちは。

新しい服に出会った時と、同じ気持ちで。

あなたも私を思い出した?
この部屋、久しぶりでしょう。

あったかいね。

ニットの手触りってこんな感じだったなと思い出したのだった。

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2008年09月30日

夕方、携帯に電話が掛かって来たのを取ろうとしたが、ボタン操作がきかなくなってしまった。

さっきまで、何の問題もなく使っていたのに。

突然、フリーズ。

電源は入っているのに使えなくなってしまった。

ボタン操作が出来なくなるということは、呼び出し音が鳴って、今誰から電話が掛かっていますよということがわかっていながら電話が取れない。メールは、メールが届きましたよということが表示されるが、それが誰からのメールなのかがわからない。

これは困ったぞ。

夜中じゃなくてよかった。今なら間に合うかも・・・・と、急遽docomoショップへ行くことになったのだった。

今自分が使っているのはmova。FOMAに乗り替えられないのは未だにポケットボードを使用しているからで、ポケットボードはFOMAの端末では使えない。ポケットボードの在庫がなくなるまではmovaで頑張りたい。と、いう理由で「これを機にFOMAに替えられてはいかがでしょう」ムードに反発をし、修理してもらうことにしたのだった。

”もしかしたら、直らないかもしれませんが・・・”

そう言われたが、とりあえず今日から修理に出している間の約1週間、代替え機種で過ごすことになった。

「同じメーカーのものになりますので」

そう言って貸してもらったニュー携帯。
どうぞよろしくね。

しかし。

あぁあああっ。

短い返信を打つのに何でこんなに時間が掛かるのか。

携帯がかわれば、文化人は原始人に戻る。

「こ」

「ん」

「ば」

「ん」

「わ」

ち、ち、ちかれたびー。

瞬く間に私は原始人に、そして携帯を頑張って覚えているゴリラのみきちゃんになったのであった。

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