2009年01月04日 |
2009年が始まった。
ここ何年かは年明けと共に胃腸炎や風邪になって寝込んでいたので、元気にお正月を迎えられたことがまず嬉しかったのだ。
年明けに近所の八幡さんにお詣りに行き、お正月3日間は家でテレビを見たりモビールを作ったりしてゆっくり過ごした。
そして今日は叔母一家の新年会。吉祥寺の中華料理店での昼食会があった。
「あけましておめでとうございます」
お正月、実家は留守になるので私は東京でさほど変化のない日々だったので、4日目にして初めて私にとってお正月らしいムードを体感したのだ。
叔父と叔母、従兄弟のよっちゃんと菜穂子ちゃんとヒロくん。叔父は私の母の兄でもう75歳なのだそうだ。祖父とそっくりの風貌になったなぁと思って眺めていたら、従兄弟も叔母も私の顔が母にそっくりになったと言う。
えぇ〜っ、そうですか。
母は矢野顕子さんにそっくりの顔だった。矢野顕子さんと私とでは顔のパーツが違うので、自分では似てると思わないのだが・・・。パーツを越えた所でちょっとした仕草や表情が似て来ているのかもしれない。
昼食会のあとは、みんなでカラオケに行く。叔父はカラオケが好きなようで、さっきの店では気配がほとんどなかったが、カラオケに行くことになったら急に生気が戻って来たのでちょっと笑えた。「カラオケ」の単語に反応して、突然中華料理店内でお気に入りの曲の入力ナンバー8桁を、たて続けに口走っていた叔父であった。
叔父はうちの父、しげおっちとはキャラが全く違う。変わり者のしげおっちとは正反対なのだが、”変わりもんの正反対”なら普通の人かと聞かれたら、決してそうではなく、叔父も相当変わっている。前はダンディで無口なおじちゃまだったのだが・・・。
家族で集まるとこんな感じなんだよなぁ。
子供の時に見上げていた厳格だった親達は、大人になったら印象が変わる。親の言うことが「絶対」だった頃があった。いつをもって変わったのかわからないが、少なくとも親は自分の友だちには居ないタイプだ。
少しの違和感と苦笑、それが今は家族で集まる時の楽しい味付けとなっているのである。
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2009年01月05日 |
ちょっと前に話題になった脳内メーカーをやってみたら、私の脳のほとんどは「食」で占められていて、その周りを「嘘」が一周して囲んでいた。
あらまぁ。
あきれていたら「生まれ変わりメーカー」というのがあったので、気を取り直して今度はそれをやってみたのだった。
すると・・・、
私のルーツは「カブトガニ」とあった。
矢印を辿ると、私は「カブトガニ」から「ピュアな縄文人」になり、それから「伊達政宗のペット」「天然ボケのドイツ人」を経て自分になったということだった。
うぅううううむ。
どう解釈していいかわからない。
ダンボのことも調べてみた。犬の前世は何だったんだろう。思いつかなかったが、ダンボは最初は「マグロ」だったと出た。その後「嫌味な弥生人」「ピュアな商人」「ゴッホのおさななじみ」と生まれ変わって現在の「ブタに似たチワワ」になったそうなのだ。
お前はマグロだったのかい。
カブトガニについては、何とも感想を述べ難い生き物で、嬉しいという感覚はあまりないというのが正直なところなのだ。
気を取り直して、また別の項目をクリックしてみた。
「助平星人」
何にも答えていないのに。
私は助平星人と診断された。
もう、この辺で受け入れよう。
はい、私は助平星人です。
気を取り直すとどんどん深みにはまっていく脳内メーカーのページであった。
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2009年01月06日 |
午後、日比谷の東宝アド会議室にて、4月発売のDVD「ハコイヌ」の音打ち合わせ。
昨年12月に資料を頂き、少しずつ作業はしていたが、実際にお目にかかって打ち合わせが出来る方がきっといろんなヒントが得られる。今日は原作者の佐藤先生とも初めてお目にかかれたし、そこで少しお話を伺うことが出来たり、絵コンテを追いながらプロデューサーの山口さんから詳しいイメージの説明も受けることが出来た。
映像に音楽をつけるという作業は昨年一つさせていただいていたが、全編の音楽担当というのは初めてのことなので、私にとっては新たな世界。初めてなのでコツみたいなものも何もないので、それなら逆にその世界を知らないからこそ浮かぶ発想というものを出せればいいなと思う。
自分一人で作る世界も好きだが、多くの人間が関わって一つの作品を作り送り出すということに、前から携わりたいとずっと思ってきた。ハートフルにやりたいなと思う。
まず目指すのは、自分が誰かに何かお願いをして、出来上がったものに「わぁ、嬉しい!」と返事をしたあの気持ち。今度は逆の立場で”音楽、どういうものがついて来るんだろう”と待っていただいている制作の方々の笑顔に向かってやりたい。その笑顔があって初めてその向こうに居るまだ見ぬ多くの人達の笑顔を感じられるのだと思う。
佐藤英明さんが途中で、「心の中にあることを上手く言葉に出来ないから絵に託しているようなところがあるんですよ」というようなことをおっしゃっていた。
私のやることは、ハコイヌに託された想いを大事に受け取って、音楽に注ぐことだ。
丁寧に、心を注いで。
今月もすっかりお正月が遠くなって、2009年のお仕事も動き出した感じがした。
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2009年01月07日 |
いつから流行りになってきたのか、最近は店頭で「ゆたんぽ」をよく見掛けるようになった。
ゆたんぽと、それからゆたんぽカバーもワンちゃんの洋服なのかと間違える位、可愛いものがいっぱい出ている。これがドラッグストアで買えたり、雑貨屋さんや輸入雑貨店ではコーナーを作って置いてあって、若い女性達に向けた商品となって今や店先に並んでいるのだ。
でも、ゆたんぽって準備が少し面倒臭いんじゃないの?
労力的にはカップラーメンを作るぐらいなのだろうが、その労力さえ「面倒臭い」と感じる女の子って多い気がする。
お洒落なネイルやキラキラのデコ作りなどの面倒臭いことに頑張った分、脱いだ物をたたんだり片付けることをやらなくなっているのではないか。マスカラやお化粧は念入りに時間をかけてするが、洗濯物は結構溜まっているのではないか。髪はクルクルとカールに時間を費やすが、風呂場の排水口につまった髪は取らずに放置したままなのではないか。
小姑みたいな見方だが、彼女達は外に出て人に見られるモノに関しては、面倒臭くてもやる一方で、家に人を入れない限りは大丈夫なことはやらなくなっていると私は考えるのだ。
ゆたんぽは家グッズに属すので、若い女子達は欲しがらないと思うのだが・・・・。
「てか、一応買ったんだけどチョー面倒臭くって、結局一回も使ってないしー」
ベッドの下に転がったまま、半年経ってもまだ部屋にそのまま形を変えずに転がっているゆたんぽを想像するのであった。
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2009年01月08日 |
今日は年号が「昭和」から「平成」に変わった日なのだそうだ。なのだそうだ・・・というのは、ニュースで見て「あぁ、そうだったの?」と当時の映像を思い出したからだった。
私にとって「昭和」が「平成」になった瞬間は、テレビで小渕元首相が「平成」と書かれた色紙を掲げた映像。だがそれをどこか他人事のように眺めていて、”これからは平成になるんだ”という現実感は全くなかった。とにかく、その響きは中国か韓国の何処かの土地名のようで、年号だという感覚がなかった。
しかしあれから時は流れ、今年はもう平成21年。年越しの時、近くの八幡さんでお詣りの列の私の後ろに並んでいた若者達が「平成何年生まれ?」「2年」と会話をしていて、「ええっ?」と驚いたっけ。だって、私は平成になってから平成での計算が出来ない。平成生まれの人達はそこら辺の不自由を感じずに会話が出来るということに、ジェネレーションギャップを覚えたのだ。
「あれっ、今平成何年だったっけ」
こんな質問は古い人間のすることとなった。
平成に変わって年号計算力を失い、次いで消費税導入によってスーパー、コンビニでの計算力を失い、そしてパソコンの普及によって漢字能力を失った昭和人達なのである。
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2009年01月09日 |
収録の帰りに渋谷駅に向かって歩いていたら、駅直結のデパートのあちこちにセールの張り紙が張ってあった。
人がたくさん居る!
なんか、盛り上がっている!
こんな時、私は明かりが好きな虫のように、何故か吸い寄せられてデパートの売り場に入って行ってしまうのだ。
本日、平日の普通の午後。
世の中、不況で大変なはずなんじゃないのか。
だがここはそんなことを微塵も感じさせない程の大盛況、ものすごい人だかりになっていてそれが全て女性で、まさに「運動会、冬の陣。ただいま騎馬戦。」状態。殺気が漂っていたのだった。
”なんか・・・すごいなぁ”
最初はこの騎馬戦を同じ女性としてやや冷静に見ていたのだが・・・・、今手に取って眺めて元に返した物が、ほんの少しよそ見をしていたら別の誰かがもう買って行ったり、別の売り場では一瞬手から離したスキに他のお客さんが買って行ったり・・・、そうしてさっきの店に戻ると迷っていた品が消えていた。ということを数分の間に体験、「飛ぶように売れる」渦の中に居たことで、私も「今買わないとなくなっちゃう!」モードに切り替わったのだった。
「よ〜し、だったらもう心おきなく買うぞ」
私は結婚式や引っ越しの際に、恐らく途中で金銭感覚がわからなくなってしまうタイプだろう。だんだん気が大きくなり、だんだんアバウトになり、よくわからないが「10円も10万円ももう同じなんじゃないか」という錯覚を起こすのだ。
以降姫は、「丸井も行かなくちゃ」「ここまで来たんだからパルコも行っておきましょう」「せっかくだから西武に寄って」「最後にもう一回だけ最初のあの店に行ってみましょう」と、とっても頑張りました。
だが、
シンデレラはデパートの閉店時間と共に魔法が解け、ただのくたびれた女に戻り・・・。
あらま、わたし。
なんでこんなに買ってしまったの。
つい勢いで・・・熱くなってしまった。
帰り道、財布の中に冷たい冬の風がヒュ〜〜っと吹いて行ったのであった。
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2009年01月10日 |
年が明けてからまたプールに通うようになった。常連さんはみんな行動が決まっていて、私もそうだがプールのどのレーンで自分のメニューをこなすのかのパターンが変わらない。毎回ウォーキングレーンで腕を横に振って歩く人、毎回真ん中のレーンで黙々とクロールを泳ぐ人、私はビート板2枚を持って一番手前のレーンに入っている。
常連さんの泳ぎ癖ももう覚えた。例えば、左足だけ大きな水しぶきが上げる人が居る。その人が過ぎて行く時は近くに居ると水をかぶるので、水しぶきを受けながら「あぁ、あの人だな」とわかるといった具合だ。
ここ何回か見かける人はウォーキングのデューク更家さんに少し似た男性で、この人もはじっこレーンでクロールを頑張っているのだが・・・・。また癖のある人で、この人は息継ぎの度に「うわ〜っ」と呻き声を上げる。最初は溺れそうになっているのかと驚いたのだ。
「うわ〜〜っ」
パシャ、パシャ
「うわ〜〜っ」
慣れて来てもやはり少し気になってしまう。
プールは一枚の絵みたい。
十人十色。
「うわ〜〜」の人は泳ぎ切ると表情も変えずに立ち、水しぶきのクジラさんも周りに水をさんざん掛けていることに全く気がつかずに居る。
自分のフォームが一番わからないものなんだ。
紙芝居風に時間で追いたいプールでの絵なのであった。
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2009年01月11日 |
「簡単に出来る」という言葉ほど、万人に使えない言葉はないと思う。
例えば私の場合、料理番組や料理本でどれだけ「簡単」に勇気をもらってトライしたことか。
が、全部「簡単に出来た!」という余裕の感想は持てなかった。
簡単じゃなかった。
でもこれは簡単なんだ。
と、余計苦手ジャンルに対するダメ意識が強くなっただけだった。
「簡単に出来る」と言えるジャンルを持っているという人はそのジャンルについて応用がきき、一つ失敗しても別の方法で克服をすることが出来る。そこが違うので、このように「簡単に出来る」には決して簡単ではない構造がある。
本日、メカジャンルにて格闘中。パソコンなどの機器に詳しい人ならきっといろんな模策方法で先に進んで行けることが、どうしても自分には出来ずに気がつけばまた雨戸も閉めずに部屋の中が真っ暗になっていたのだった。
はぁ〜〜〜あ。
「メカに強い人の脳みそソフト」とかが売っていたらいいなぁ。
ソフトを入れたら急に応用がきいて、機転のきく人に変身をする。
2009年すごろく。
今日のマスは”何をやっても解決出来ず、途方に暮れて一回休み。”
明日はいい目を出して先に進みたいのだ。
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2009年01月12日 |
今日も昨日の続きで、メカを頑張る日。
どうしても行き詰まってパソコン師匠に相談をしたら、やはり私とは格段の知識の差がある。本当に詳しい。多分直接パソコンをさわってもらったら昨日のうちに全て解決をしたんじゃないだろうか。
よし、今日はまたお天気もいいので頑張る気になってきた。
なので目標をたてよう。
やりたいのはDVDを映像データに変換して、それを分割にし音楽ソフトと同期させて音作業をするということ。だが、今日の目標は一つ出来たらよしとしよう。苦手なことを一気に克服しようとしても、空回りするだけだ。ここは地道にコマを進めて「やれば出来た!」という喜びをヤル気にかえよう。
途中、何らかのトラブルで進まなくなる。
だが、チョー地道に方法を探って夜中になってようやく映像を分割するところまで進めた。ここまでがたったの2行程、わかる人だったら変換に掛かる時間を含め2〜3時間でやれることを、私は丸2日間掛かったので、かなりのロスタイムだったと思うが、山登りで山頂まであと少しの所に来れたぐらいの喜びがあった。
「簡単に出来た」は味わえなかったが、その分「簡単じゃなかったけれど出来た」は大袈裟な喜びを得られる。
かんぱ〜い。
成人の日を迎えた人達のように、一人「出来た記念」で冷蔵庫から出してケーキで祝ったのであった。
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2009年01月13日 |
高校の頃、私はバドミントン部のマネージャーをやっていた。中学の時のバレー部がキツかったので、高校に入ったら絶対にブラブラするぞと決めて、本当に何にも活動をしない放送部に籍だけを置いていたのだが、ある時「めっちゃ暇やし」「何にもせんでいいし」「頼むしやって」と仲のいい友だちに頼まれて、「ほんまに何もしなくていいんやったら」と渋々入部したら、高校女子運動部の中で一番練習のキツいクラブだったのだ。
<お、おのれ。だましたな〜〜>
体育会系のクラブというのは、一度入ったら基本的に辞められない。なので結局卒業まで私はバドミントン部に所属してみっちりクラブ活動に従事することになったのだった。
バドミントンはそれまで気楽なスポーツだと思っていた。軽いラケットに軽い羽根、別にプレイ中に叫んだりもしない。イメージとしてはテニスの楽ちん版、コートの中をヒラヒラ飛んでいる蝶々という感じがあったのだ。
ウチのクラブはマネージャーも選手同様の基礎練習をする仕組みになっていた。理由は一年生を教えることもマネージャーの仕事のうちだったからで、練習は選手とほぼ同じ内容、違うのは試合には出ないという点だけだったが、練習してみて初めてバドミントンが相当の運動量が要るスポーツだということがわかったのだ。
先輩は普通にプレイをしていて靭帯を切ったし、そういうことは別に特別なことでもなかった。
ウチの部にも大阪府の大会でベスト16までに残れるメンバーが居たが、大会に行ったら格が違う強豪校はあった。四条畷学園だ。ここの選手は別格、他校の選手とは全く動きも違い、一目で「わぁ、強い」とわかる。何か俊敏な動物のようだった。
「オグシオ」で注目を浴びるようになったバドミントン。
うんと昔にだがバドミントンをかじった私だが、認知度が上がると少し嬉しい。
<イチ、ニ、サ〜ン>
後ろに下がる時のステップはこう唱えながら。
シャトルを前に前にと打って。
いつかすっかり辞めてしまったけれど。
バドミントンか・・・。
あの頃はニキビが悩みだった。
いつの間に時は流れたのだった。
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2009年01月14日 |
一月に入ってから、寒さがしみるようになった。
水道の蛇口をひねっては水の冷たさに震え、服を着替えながら部屋の温度に震え、洗濯物を干そうと窓を開ければ外気に触れて震え、玄関を出たら重装備にもかかわらず震えている。
どっちにしても
お〜さむ、こさむ。
でも今日ぐらいの寒さはまだ”こさむ”なんだろうな。
「東京の寒さなんて寒さに入らないですよ」と、昨日お世話になっているご婦人が笑っておられた。ご婦人は岩手の出身で東京の冬は暖かくちっとも寒さを感じないのだそうだ。
この時期にプールに行くのは寒いと思っていたが、夏よりもプールに入った時の感覚はあったかいので、同じ温水でも冬の方が温水を実感出来る。
北風小僧のかんたろうの曲を流して、灯油屋さんが外を通って行く。
ねぇ、ねぇ。
私にはもう少し寒さが和らぐぐらいがいいんだけど。
少し寒さを持って行ってもらえない?
ヒュル〜ン、ヒュル〜ン、
ヒュルル〜ンルンルンルン〜
かんたろうは私の声に気付かず、ゆっくりと遠ざかって行ったのであった。
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2009年01月15日 |
今日は相馬裕子ちゃんと仕事仲間の人達との新年会。
このところ、行き先を適当に把握して家を出て失敗するということが多い気がするが、何度失敗しても「どうにかして着くだろう」という安易な考えが抜けないからで、今日もタクシーに乗ってから大雑把な場所は言えたものの細かい説明が出来ずに困ったのだ。
住所ぐらいメモをしてくればよかった。
今は電話番号入力で辿り着ける。
とても便利になったことで安心をしてしまい、今度は情報を一つも持たずに出てしまうようになった。幸い運転手さんがちゃんと連れて行ってくれたので無事に時間通りに着いたがもうやめよう。途中で「あっ、この道は見覚えがあります」「そうですそうです、こんな場所だった」と言って手を叩いて喜ぶ姿は、まるで猿みたいであった。
今日は遅れてシンガーソングライターの真藤敬利くんも参加、この頃はもう割といい感じにお酒も入っていて、くだけたムードになっていた。音楽話から余談になった時に真藤くんが「エリック・クラプトンのレイラは歌中で”レイラ〜、ざっと4まんにん〜”に聴こえる箇所があるんですよ!」と言っていた。
ざっと4万人?!
レイラが?!
うっそぉ〜。
一度もそんな風に聴こえたことはなかった。絶対にそう聴こえるということだったので、聴いてみよう。真藤くんと会うのは今日が3回目だが、リラックスした場で話したのは初めてかもしれない。こんなにユーモアたっぷりの人だったとは。
家に帰ってレイラを聴いてみた。
<わはははは!あははー!>
「レイラァ〜、ざっと4万人〜」
クラプトンの歌に深夜、部屋で一人大笑いをしたのであった。
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2009年01月16日 |
杉真理さんと松尾清憲さんのユニット、BOXのライブを観に行った。お二人の共演は何度か見せてもらっているが、なんだろう、音楽っていいなと感じさせてもらえる魅力があって、いつも帰り道にははれやかな気分になっている。
別にMCにしみじみとしたお話があるわけでもない。
周りで歌を聴いて号泣している人がいるわけでもない。
でもライブが終わった頃に、自分の心が穏やかなハッピーで包まれている。
音楽を使って客人をおもてなしする。
私自身の好みで言えば、自分の感情を客人に訴えるタイプの表現者より音楽でおもてなしがしたいと考える表現者の方にあこがれがある。中でも「あぁ、なんて大人なおもてなしの仕方なんだろう」と感動をする時には即尊敬につながったりするのだ。
一曲一曲進んで行くごとに、客席に座っていると気持ちがいい「気」に整って行く。それはきっとMCでは直接口にされないけれど、確かな音楽観や人生観が音符に投影されて、それで音楽と共に伝わってくるのだと思う。
今日も帰りがハッピーな気分になっていた。
いいなぁと感じられることもまた幸せ。
音符だけでない、見えない粒子がその人の音を作っていて、本当は音でなく粒子の方をアンテナが受け取っているのだろう。だからたった12個しかない音程でありながら、「私はこの人が好き」「ボクはこの人が好き」と、いろんな音楽と感じ方が生まれるのかもしれない。
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2009年01月17日 |
昨日の晩、何気なくテレビのチャンネルを移動していて、ふと「古典フラの世界」という字幕が出ているチャンネルの所で手が止まった。テレビ東京だったような気がする。舞台で男性2人がフラダンスのパフォーマンスをしていて字幕にもフラの世界とあったが、私はそれをしばらくの間お笑い番組だと思って観ていたのだった。
舞台上の男性2人が「麒麟」の2人に肌の色までソックリ。数分間真面目な古典フラのステージをフラダンスのコントだとして見ていたのだから、「これはお笑いではない」と気づいた時には騙し絵でも見たような気分になったのだ。
テレビ東京はチャンネルで言うと12チャンネル。番組は割とくだけたものが多く、今では私も12チャンネルと言えばテレビ東京をイメージ出来るが、大阪育ちだったので長い間「12チャンネルは教育テレビ」という固定観念があった。
NHKは2チャンネル。8チャンネルは大阪も東京も変わらなかったが、10チャンネル、6チャンネル、4チャンネルが大阪と東京では違っていた。6チャンネルのTBSは大阪では4チャンネルだったと思う。特にNHKは全国的に2チャンネルだと思っていたので、よく2チャンネルに合わせて間違えたのだ。
地デジ放送になると、今度は10チャンネルが5チャンネルになり・・・。なんだかブルーレイやら地デジ対応やら、新語が飛び交うようになっているが、今後果たしてついて行けるだろうか・・・。
そう言えば、今やっているCMでSMAPの稲垣くんがキムタクに質問している。私はあの稲垣くんの立場と同じだ。
「ねぇ、なんでなんでなんで」
稲垣くんはキムタクに聞いている。
でも、私も稲垣くんと同じく”なんでなんでなんで?”なのだ。
いわゆる、疎い組に自分が居るということはわかる。
子供の頃、隣りの家に観音開きのカラーテレビを見せてもらった時はものすごくワクワクした。
今も変わらない。あの箱でいろんな番組が見られることが、当時もただ不思議でならなかった。
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2009年01月18日 |
渋谷パルコにハコイヌ展を観に行った。
「絵の世界」は昔からあこがれだった。
自分が描くと、影の部分がどうも違っていたり、遠近が変な感じになっていたりする。だが上手い人は、そこら辺にある紙と鉛筆でサラサラっと一筆書きのように目の前で絵にしてしまう。
どうやったらそんな風に描けるの。
思い浮かんだものを絵に出来るって、どんな感じ。
描いた人の頭の中にはこんな絵が浮かんで、それが形になってこうなったのだ、という所に神秘と感動が沸いてくる。
いいなぁ。
絵が描けたら。
今日は作者の佐藤先生がいらっしゃる日だったので、少しお話をさせてもらった。
ハコイヌの顔のパーツは、笑ったり怒ったりしない。なのに表情がシチュエーションによって寂しそうだったり楽しそうに見えたりする。観る人の心が投影されてそう感じられるのかもしれないですねと佐藤先生はおっしゃっていた。
原画がたくさん飾られている。
さわってみたいなぁ。
目の前すぐで観ていたら、やはりとても素敵で欲しくなった。
お客さんは絶えず来場していたが、中でも小さな女の子が今日のハコイヌ展を楽しみにここにやって来たみたいで、サインをもらってお母さんと嬉しそうにしていたのが印象的だった。
お引っ越しの時に置いて行かれてしまったハコイヌ。
だけど・・・・
お引っ越しで少年が捨てたんじゃなくてよかった。
行き違いで置いて行かれたというところが優しくて、私は切なくなる。
私も二人を応援するよ。
会えたらいいね。
あったかくて切ないハコイヌ展だった。
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2009年01月19日 |
昨日、エレベーターに乗る直前に「よろしかったらどうぞ。図書カードが当たります!」と元気のいい声で男性にチラシを渡された。
チラシはもらわないことの方が多いのだ。だがテンポ良く声を掛けられたことで、フラっと私も手が出てしまった。
受け取ってそのままエレベーターに乗ろうとしたら、今度はその男性、タイミングよくチラシを引っこめて「では、こちらでご記入をお願い出来ますか!」と「どうぞ」の手招きをするのだった。
なぬ!
私は何かに記入したりするのは嫌いなのだ。丸井のカードだって長年に渡って記入が面倒臭いから断ってきたが、ある時ふと「ま、いいか」と受けたら、エレベーターで別の階にまで連れて行かれ、担当者に引き継がれて30分ぐらい待たされるという長時間ロスを体験した。
とにかく記入は嫌。
絶対に嫌。
そこで「ごめんなさい。急いでいるんで」と普通に断ったのだが・・・・。
「Oh!sorry,sorry!」
「Please!」
男性はそう言うと、オーバージェスチャーで私に”では、もう行ってもいいですよ”としたのだった。
なんで、急に日本語をやめたの。
私は通常の日本語を話したと思うのだが・・・
「ごめんなさい、今急いでいるんで」
↓
Go men a sight!
It’s my soi del ンデ!
英語で始まってみたが、最後はアフリカ語になる。
う〜〜〜〜む。
エレベーターで上階に上がりながら鏡を見たら、まぁフィリピン人に見えないこともないなと思った。
急にあのヒトは日本人から英語のヒトに変わった。
不思議な出来事だった。
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2009年01月20日 |
私は「長生きがしたい」派だ。出来ればガーデニングが楽しめる家で、90歳を過ぎるまで誰のお世話にもならずに動物と共に元気に暮らすのが自分の夢だ。
未来に対する不安はあるが、それよりも生きていると「様々な素晴らしい発明」が日常のものとなるのをこの目で見られる。体験出来る。これはすごいことだ。
飛行機で海外に行けることも、携帯で誰かとコミュニケーションが取れることも、パソコンで世界が見られることも、その昔には人々が考えもつかなかった夢のようなことだったが、今やそれらは身近なこととなった。
万能細胞がこれからどういう形で身近になるのかその先を見てみたい。まだ見ぬ世界が身近になるのも見てみたい。それをするには自分が長生きをするしかない。長生きがしたいと最近はしみじみ思うようになったのだ。
自分が老人になる頃には「楽ちん羽根」なるものが実用化されているといいなと思う。坂道や階段になるとバッグの中からひょいと天使の羽根なるものを出して、それを羽織ると体がフワリと浮いて楽にこれらを上がることが出来る。これからは老人の人口が増えて行くので、老人お助けグッズがどんどん発明されて欲しいところだ。
子供の頃、手塚治虫さんのマンガに描かれた中でしか見られなかった未来の日本も、今は自分が過ごしている現実の現在となっている。車の形はあのマンガにあったとおり、だが車は空を飛ばない。ところどころ未来予想図と違っていて、答えをこの目で見られていることに充実感がある。
長生きがしたい。
長生きをして、それでどうしたい。
90歳、私は楽ちん羽根で今日も外にお買い物に出掛けているだろう。
Posted by 吉川みき 2009年01月20日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年01月21日 |
夜、プールに行っていつも行き来するレーンで歩いていたら、見慣れない男性が居るのに気がついたのだった。
夜のこの時間は割と来る人も少なく、しかもその人なりのプールの使い方というのはだいたい決まっている。ウォーキングの仕方や泳ぎ方で2、3回顔を合わせていれば、「あぁ、あの人だな」とわかるのだが、今日の人は泳げないが根性だけで泳いでいるという不自然な泳ぎ方をしていたので、一目でわかったのだった。
不思議な平泳ぎをする。
一かき目、二かき目はほぼ潜水状態。あきらかに沈んでしまっていて、三かき目四かき目で息継ぎの為に急速に水面に上がって来る。で、また息継ぎをしたら沈んで行ってしまうので、ちょっと危なっかしい雰囲気だ。
溺れないでいてくれたらいいなと思っていたのだが・・・・。
このヒト、チャレンジ精神だけは旺盛らしい。
今度は背泳ぎを始めたのだった。
<あ〜〜、ぶつかる>
周りがよけてくれているから、なんとかこの場が成立しているだけで、このヒトやっぱりちょっと無謀だぞ。
気持ちだけで泳ぐのはやめようよ。
そう思ったのだが、この人は今度はバタ足でバシャバシャと荒波を立てている。
ざっぶ〜〜ん。
私も水をかぶる。
みんなかぶる。
耐えきれずにそばにいた男性同士が笑っていた。
いや、ほんと。シャレになりません。私もさっきからすれ違う度に被害を被っているんですよ。
プール内、張本人は気付いていないが、かなりひんしゅくムードは漂っていて、この人がプールから上がって行くと私もホっとしたのだ。
しばらくして。
向こうからものすごい水しぶきを上げながら猛スピードでやって来るクロールもどきの人がやって来るではないか。
ザッブーン。
バシャバシャ。
あれ、さっき帰ったんじゃなかったの。
息継ぎが出来ないらしく一気に泳ぎ切ろうとしているのだが、おかげで水面が大荒れとなった。
いつも来ているインド人風の男性と私が、逃げても逃げても水を受けるのでついに耐えきれなくなった。
「わははははは!」
プールではみな仏頂面で黙々と自分のメニューをやるのが常なのだが、とうとう私は「黙々と」を続けられなくなり吹き出して大声で笑い、するとインド人風の男性も大笑いをして、「ホントニ、コマリマスゥー」と叫んでいた。
近くに居た人はみなほんとうに困りましたよ。
本人だけが最後まで空気を読めないまま、ニヒルに帰って行ったのであった。
Posted by 吉川みき 2009年01月21日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年01月22日 |
素敵な女性だなぁと最近特にうっとりするのは、滝川クリステルさんだ。
私は綺麗な人が言葉使いが荒いのは、あまり好きじゃない。せっかく美女に生まれたのなら、美女の鏡になって欲しい。美しい人がしなやかな立ち振る舞いをすると、どれ程美しさに磨きがかかるだろうか。
で、最近うっとりしているのが滝川クリステルさんなのだ。
普段私はニュース番組を見ていると、たいてい自分もいつしかしかめっ面になっている。古舘さんと向きあっていると、口までが尖って来たりしているからニュースも穏やかな顔で見られなくなっているのだが、滝川さんの時間だけはニュースでありながら自分もいつの間にか、微笑んでいたりするのだった。
「それでは、今日はこの辺で」
「んふ」
最後のニコっとした表情と共に「んふっ」と言っているような気がしてならない。
なんて癒されるんだろう。
ありがとう、滝川さん。
滝川さんにお辞儀をして、あぁ一日が終わったなぁと思うのだ。
一日の終わりに、気分は滝川クリステル。
これは鏡の中の自分だと思って見てみる。
・・・と、なおよい。
滝川クリステルになれるひととき。
私のシンデレラタイムなのである。
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2009年01月23日 |
春が来た、春が来た、どこに来た。
今日は午前中に雨がシトシトと降っていた。
が、ここ数日とても寒かったのに比べて急に暖かい一日になった。
まだ来ていないけれど
春が来た。
ニュースで春の高校野球出場校が決まったと知った。
実家のそばの高校も出場することになり、これで何もイベントのない父に楽しみが出来たことが嬉しい。
春が来た、春が来た、どこに来た。
・・・で、どこに来たんだろう。
多分、真冬の今日という日に一瞬やって来てくれたのだと思った。
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2009年01月24日 |
風邪、インフルエンザ対策で、外出時のマスクとうがい手洗いは結構きっちりやっていたのだ。手洗いも抗菌効果の高いもので念入りにしていて、このままだと潔癖人間になってしまうんじゃないか、多少は菌にも慣れた方がいいんじゃないかとそちらの方が心配になってきていたぐらいだったのだ。
本日、新年会。さすがにこういう場ではマスクは外すが、そこでも私はうがい手洗いの大事さを熱心に話していたのだ。
その時・・・確かにほんの少し喉に違和感はあった。
でも、気のせい。
だって、私にはうがい手洗い、マスクの予防がある。
隣りに座ったY氏にも、うがい手洗いはちゃんとしていますか。手だって洗い方があるんですよなどと、オカンな話しぶりになっていたのだが・・・・。
二次会に場所が移った頃から、「喉の違和感」は全身の違和感に変わっていった。
おかしいな。
風邪予防には人一倍気にかけていたはずだったのに・・・。
我慢して座っていたが、やはりちっともよくならない。
最後は吐き気がしてきたのだった。
みながまだ盛り上がっている中、一人脱落。
「どうも風邪をひいたみたい」
なので、先に帰ります。
風邪菌って、いつどこでどうやって移るのだろう。
今日の予定にはそんなこと、書いていなかったぞ。
人生、一寸先は風邪になる。
うがい手洗いを力説していた5時間後、すっかりあの勢いは失せ、体温計は7度8分。そしてベッドで横たわっていたのであった。
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2009年01月25日 |
たまに夕方のニュースで「激撮!これが万引きの瞬間」といった内容の特集をやっている。
そこでは監視員が買い物客を装って巡回している所や、防犯カメラに映る店内の様子などが映されているのだが、私は万引きの瞬間のことよりもまず「普段どこのスーパーでもこうして監視されているんだろうか」ということの方に驚いているのだった。
そう言えば、「監視カメラ作動中」という札や「万引きは見つけ次第警察に通報します」という張り紙を店ではよく見かける。だが万引き犯が捕まっている所に居合わせたこともないし、「あの人が監視員だわ」と店内に居る人に対して感じたこともなかったので、テレビの中での報道がどこか現実とは遠い位置にあるように思っていたのだった。
「あっ、怪しいですね」
「きっと盗りますよ」
「ほら、バッグを開けた」
そんな会話がVTRで流れているのだが・・・・、
ほぼ決めつけて話しているところが、なんだか痛い。
だってそれを言うなら、私も店内での様子はとても怪しい動きをしている。一度ぐらいは自分も疑われたことはあったんじゃないだろうか。
店内でポケットからゴソゴソと紙を出して、買うものを確認していたり。
ふと面白そうな品を見つけて不意に手に取って眺めてみたり。
「あれにしようか、これにしようか」と迷いながら、棚の前で突っ立ったまま考えモードに入っていたり。
買うものをド忘れしてしまい、思い出そうと彷徨ってみたり。
財布、ちゃんと持って来たかしらと不安になって急にバッグの中をゴソゴソとしてみたり。
「あっ、あの女性怪しいですね」
「きっとやりますよ」
「あっ・・・」
「今、人の気配を察知してやめましたね」
「引き続き様子を見ましょう」
我ながら万引きしそうな雰囲気はあると思う。
でもですね。
どちらかと言うと、これは迷子に近い状態なのだ。
とはいえ、人はそうは見ないであろう。
多分、私は一度ぐらい「グレー」として見逃されたことがある。そう思うのであった。
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2009年01月26日 |
ポストに「断水のお知らせ」の紙が入っていた。
お知らせによると、明後日の夜11時から翌朝の5時まで、この辺りは水道工事で水が止まるのだそうだ。必要であれば汲み置きをして下さいということが書いてある。
以前住んでいた家では、過去に茶色の水が出るかもしれませんというお知らせはあったが、断水は初めて。キッチンだけでなくトイレの水も止まるので、それも頭に置いておかねば。でも、断水ってどんな程度なんだろう。そうは言ってもちょっとぐらい水は使えるんだろうか。前も茶色の水が出ますと言ってもさほど影響はなかったので、どれほどの心構えでいたらいいのかが今ひとつわからないのだった。
まぁ、自分がその日11時までに寝ていれば全く影響はないのだが・・、
普段は2時3時ぐらいまで起きていることの方が多いので、11時に寝るのは無理だろう。なので11時から3時までの間、水が使えないということになる。
どれほどの心構えで居たらいかわからないと言いつつも、こんな時の行動というのは、その人の普段持っている鞄の中でだいたい予測がつく。
鞄なんて持たないよ。という人は水が止まるお知らせについても、それほど気に止めずに過ごしていそうだ。それよりもしかしたらそのことをすっかり忘れてしまうかもしれない。で、断水タイムに蛇口をひねって「あ、そうだった」と思い出し、トイレは明日になったら流れるからよしとしていつも通り使用するか、もしくは外で用を足すぐらい大雑把にやれるんじゃないかなと思うのだ。片や「要るかもしれないもの」が鞄の中にたくさん入っている私は、あちこちに水の汲み置きをして次の朝、その1割しか使っていなかったということになりそうだ。
断水かぁ・・・。
少し窮屈な思いでお知らせの紙を眺める。
普段私達はなんて便利な暮らしをしているのだろうと、日常生活を有りがたく思ったのであった。
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2009年01月27日 |
新しい枕にかえてから、首の辺りの凝りがなくなった。
「枕は大事」というのは本当だったんだなぁと思う。今使っているのは低反発式のもので、形は最近よく見かけるようになった高低差のあるタイプ。店で何度も触ったり眺めたりしたが、特に寝心地が良さそうにも思えずに購入にまで至っていなかったが、去年椅子を買った時と同じ感想。実際に一日使用してみたら、歴然と差が出た。
あらっ、朝スッキリ起きられているわ。
椅子の時もそうだった。今は長時間座りっぱなしでも、腰が痛いということはない。ちょこっと触った感じでは特に座り心地が良さそうでもなく、座ってみてもやはり座り心地の良さは感じられなかったのに、あとになってようやく「そう言えば・・・」と、体に負荷がかかっていなかった実感が静かに得られた。
座るものや頭を乗せるものって、手で触っただけではその良さってわからないのだなぁと思ったのだ。
枕をかえて首がスッキリ。
枕カバーは合わなくなった。
しかしやっぱり枕は体に合う方を優先にした方がいいのだ。
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2009年01月28日 |
「まことちゃんハウス」が景観破壊だとして提訴されていたが、今日の判決でまことちゃん側が勝訴したのだそうだ。
赤と白の横じま模様の家が「こちらが問題になっているまことちゃんハウスです」とテレビに映されて、近くの住民に訴えられていると知ったのは一年ぐらい前のことだっただろうか。
テレビに映し出され、「これが景観を乱すとして、今訴えられている家」と取り上げられたことによって、この家はかえって「目立つ家」になった。静かに暮らしたい住民の方にとっては騒動になってしまったことが逆効果になったんじゃないかと胸が痛む。
景観が乱されると訴訟を起こした住民の方は、きっと赤白が問題だったわけでなく、まことちゃんハウスが「赤白の派手な家」として話題になって、見物にいっぱい人がやって来るかもしれないと危惧したのだと思う。話題になったことで、観光化して記念撮影をしたり、座り込んでゴミを置いていく人が出来るんじゃないかと想像して憂えたんではないだろうか。
だが、そうだとしたらこの訴訟が憂えていたことを引き寄せてしまったように思え、なんだか気の毒に思えてならないのだった。
現に私もその後偶然家の前を通った時に「あっ、今のはまことちゃんハウスだったんじゃないかしら」と、わざわざ引き返してまた見に行った。
「まことちゃんハウスが完成しました」というニュースと、「まことちゃんハウスが問題となって近隣の人ともめている」というニュース。
テレビ番組はどちらをより多く取り上げるだろう。
テレビって、結局は人の不幸が好きなのだ。
<まことちゃんハウス、勝訴。>
こういうのは、世の中の人が別に知らなくていい事件として静かにしておいてあげればよかったのにと、テレビのいじわるさを残念に思ったのであった。
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2009年01月29日 |
少し前にお知らせがポストに入っていたが、近くで水道工事があったので、昨夜は夜11時から明け方まで我が家は断水していた。
もうすぐ断水になるから・・・と直前にトイレに行ったのに、「これで朝までトイレには行けない」と思ったら急に緊張をしてきて、結局それから寝るまでの3時間の間に2度もトイレに行っていたのだ。
幸いトイレは水が止まってもタンクに溜まっていた水で使用には不便がなかったが、私という人間はつくづくあまのじゃくなんだなぁ・・・というか、プレッシャーに弱いんだなぁと考えさせられた。とにかく、昨夜の断水で自分があまり強い生命力を持った人間ではなく、サバイバル生活となったら割と早く死ぬタイプなんだということわかったのだ。
しかしながら昨日は数時間、水の有りがたさが身にしみてわかった貴重な体験をした。それと同時に、汲み置きの水を使っていた博多の屋台村に行ったことも思い出し、最後は博多での楽しい思い出や長浜ラーメンのことにまで想像は発展していたのであった。
今日は水が使えて幸せだわ〜。
と、思ったのだが何故かトイレの水が出なくなっていた。水道局に電話をして尋ねると、断水のあとには細かいサビが流れてトイレなどのパイプのフィルターを塞いでしまうことがあるらしい。
結局、今日の午後に水道局の方に家に来てもらい直してもらった。
ジャーーーー。
家の中の水道の蛇口をひねり歩き・・・・。
”おおっ、出た!!”
一人静かに感動。
有り難い、有り難い。
断水工事は地下の何かのパーツを取りかえるので必要ということだったが、人々の頭の中のパーツのリセットにもよい工事だと思うのであった。
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2009年01月30日 |
風邪を引いてから約1週間、まだ風邪が良くならないのだ。
昔は風邪なら2日あれば治っていた。例え高熱が出ても1週間後には風邪を引いたのが随分前の出来事のように振り返れたのだが・・・・、今は軽い風邪で2週間ぐらいはぐずぐずしているし、風邪をきっかけに他の所も具合いが悪くなるので、風邪は私にとっては大敵となっている。
風邪を治したいのと、自宅作業が続いているのとで、プールもこの所はお休み。
どこかに健康が売っていたらいいのにな。
お金で買えない物って、本当に貴重な物ばかりなのだ。
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2009年01月31日 |
ファミリーセールのお知らせが届いていた。
昔妹がアパレルの会社に務めていて、それで私はファミリーセールなるものを知ったが、ファミリーセールというのは、招待チケットでセール会場に入ることが出来る会員制スペシャルセールみたいなものなのだ。
最初に行った時は、広い特設会場に入場する時に45リットルサイズのポリ袋が各自に渡され、ワゴンに入っている品を詰め込んで会計に向かうシステムだった。特に欲しいものではなくても、割り引き率が高いので、セール会場では「一応買っておく」というノリになり、みんなサンタクロースほどの荷物を抱えていた。
36000円が3800円!
5900円が350円!
買っとかなあかん!
詰め放題でもないのに、みんな一様に泥棒みたいに品を急いで詰めていたのだ。
かく言う私も「買っとかなあかん!」と詰めた。
人がとにかくすごかった。
まるで帰省ラッシュ。
今は会場だけでなくウエブ上でも開催されるようになったみたいなので、参加するとしたらそちらになるだろうが、相変わらずこのファミリーセール会場は相当な混雑なのだそうだ。
ファミリーセールは大赤札市。
大きなポリ袋と共にヘルメット着用を義務付けた方がいいと憂う日本の危険地帯の一つなのだ。
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