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2009年02月 アーカイブ


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2009年02月01日

”一度咳が出だしたら止まらなくなる”という苦しい経験を誰もがしたことがあると思う。

最初は喉がイガイガし、我慢をしているとそのイガイガがだんだん増して来る。「あぁ、これは咳が止まらなくなるパターンだな」としばらくは我慢をするのだが、イガイガが更に増してきてついに咳込んでしまうのだ。

一度咳が出るとあとは堰を切ったように今度は咳が止まらなくなる。みるみるうちに顔が赤くなり咳が止んだ時にはかなりグッタリ、あのイガイガの波が押し寄せて来た時には過去100%と言っていいほど、私も最後は顔を真っ赤にして咳込んでいたのだ。

ところが、もしかしたら私はこの咳込みの対処法をマスターしたかもしれない。ここんとこあのイガイガをやり過ごすことが確かに出来るようになっている。今回の風邪でも、だ。

「あのイガイガにもピークがある」

もうダメ・・・と本当なら咳込むところを更に耐える。ひたすらイガイガに耐える。涙が出ながらでも耐える。すると長くても10分、それ以内にイガイガは去って行くのである。結果、咳をしなかった分体力的にはダメージがなく、これは私にとっては大きい。

切ない涙、悲しい涙、嬉しい涙・・・・。

涙はいろいろあれど。

イガイガを我慢する涙が、私が一番最近流した涙なのである。

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2009年02月02日

今年ももう2月。

今月は28日まで。他の月より2〜3日短いだけで、ひと月がとても短く思える。

暦を考えて2月はこうなったとされているが、本当は時間の有難みを知る戒めの月として2月は配置されたのかもしれない。

4年に一回しかカレンダーに自分の誕生日が見つけられない人が居るのも、この2月。

世の中のうるう年生まれの人達は、今月のカレンダーに自分の誕生日がないのをどういう思いで見ているんだろう。

”ないよなぁ・・・”

”でもいよいよ来年は、だな”

お店では「本日がお誕生日のお客様には、ケーキをプレゼント致します」と特典があったりするが、29日がない年だと3月1日に店の中でうるう年生まれを説明することからしなくちゃならない。融通のきかない店員だったら、お祝いの言葉よりも「えっと、特典は一応3月1日生まれの方だけになるんで・・・」と困った顔をし、挙げ句「ちょっと店長に今日が誕生日ってことでいいか聞いてきますんで」と、目出度さも半減しそうな対応を受けるのである。

気が長い人じゃなきゃ、29日生まれは無理だ。

2月はアっという間に過ぎる。

だからこそ走らずに行こう。
しっかり踏みしめ歩くことを目指すのだ。

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2009年02月03日

本日、節分。

夜、福豆と恵方巻きを買いに行った。

こういう行事は一人だったら省いて過ごしていたかもしれない。私は犬のダンボが居るからお花見にも行きたくなるし、盆踊りにも出掛けて行くようになり、今日だって「今日は節分だから」とわざわざ節分の豆と恵方巻きだけを買いに行ったのだ。

ご近所さんは昔からここに住んでいる方ばかり。どの家にも年輩の方が住んでいるので、当然今日の豆まきは行われるのだろう。

何時ぐらいがピークなんだろう。

今日の私の夕食は早かったので、7時にはもう豆まきが出来る状態となっていたのだが、様子を伺ってみたもののどのお宅も豆まきをする気配がなかった。

”まだ7時だしなぁ”

1時間後。

もうどこかの家が始めても良さそうなんだけど・・・と辺りを見回してみたが、まだ気配がないのでウチは小さい声で豆まきを始めることにしたのだった。

「鬼は〜外!鬼は〜外!」

福豆の袋には、二回ずつ唱えると書いてあったのでそれに添って豆まきをする。

シーーーン。

どうもウチが一番最初の豆まきっぽい。ご近所さんはもう少し後に豆をまくのだろう。

そして午後9時。

斜め裏のおじいちゃん家ぐらいは、もう始めても良さそうなのになぁ。ここの家からはよく夕方にお風呂に入っているおじいちゃんの声が聞こえて来るし、元気な男の子も居る。キャッチボールの声が聞こえて来るぐらいだから豆まきだって聞こえて来ると思うのだが・・・・。

時刻は10時となった。

ウチは木造、お二階のわんちゃんの吠える声も、外の自動販売機の音だって聞こえて来る。それに少し離れた野球場のカラスの声も聞こえるというのに、まだどこからも「鬼は外」の声が聞こえて来ないではないか。

みんな一体どうしちゃったの。

窓を開けてみたが、どの家にも灯りは点りつつも外はシーーンと静まりかえっていたのだった。

やがて11時のニュースも終わり、日付が変わろうとしても、ご近所さんの家々からは何も起こらなかった。

ねぇ、豆まきは?

おかしいな。

今日は確か節分だったはず・・・・。

あれから何度窓を開けただろう。我が家はせっかく豆まきをしながら、一度追い出したはずの鬼がもう一回ウチん中に入るスキをたくさん与えていたのであった。

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2009年02月04日

宝くじは買ったことがないが、スクラッチクジはたまに買う。硬貨で削ったらすぐに結果がわかるというスピーディなところが好きで、どこか「あてもん」っぽい。つい「もっかい下さい!」と、熱くなって追加購入をしてしまうのだ。

「あてもん」ぽいものが好き。

クイズやなぞなぞだと「自分に当てられるはずがない」と全くヤル気が出ないのに、「あてもん」だと途端に燃える。そして「多分、私当たるわ!」とものすごく根拠のない自信に満ち溢れるのだった。

福引きのガラガラの前に立った時、どこかの店で買い物をして「くじをお一つ引いて下さい」と箱を差し出された時、スクラッチくじを買う時も、それからパチンコにハマっていた時も・・・。やる前に「多分当たったわ」と既にとても喜んでいる自分が居る。なんでそんなに目出度いんだろう。

なんで「宝くじ」は買わないの?と聞かれるが、宝くじは何故か「自分には当たらない」気が最初からするのだ。しばらく待ってから番号を照合するというところがテストの答え合わせをしているよう。自分には正解の答えを出せないんだろうなぁ・・・と、はなからあきらめてしまう。ロトも私にはテストグループに属する。どうも血が騒がない。

めくる。
引く。
ボタンを押す。

私は好きなのは、ゴリラでも参加出来るタイプの「あてもん」なんだろう。

あ〜あ、当たってみたいなぁ。

まぁ、毎回当たってはいるのだが。

結果が出るまでのわずかな時間、私はいつも「なんて幸運なんだろう!」と喜びの中に居るのである。

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2009年02月05日

お昼時にテレビを見ながら食事をしていると、足専用爪切りのコマーシャルが流れた。

足専用の爪切りなんて初めて見た。

「切りにくい足の爪も」

「ほら、こんなに上手く切れるんです」

画面に足の指がアップで映し出された。

あっ。
いやっ。

私は割と繊細、というか神経質なのだ。

例えばトイレ掃除のコマーシャルを見ながら、平気でご飯が食べられる方ではない。ゴミ屋敷レポートもやや厳しいし、ゴキブリの出て来るコマーシャルなんかだともうダメ。ペットシートの「本当ですね。おしっこがもれていない」の会話がギリギリの辺りだろうか。

とにかく「これはダメかも・・・」のコマーシャルの時には、自動的に意識をテレビからそらせていたりするので、食事中は自分の中でのNGな話題がいくつかあるのだと思う。

そこに初登場。足の爪切り。

これは見始めは、ギリギリボーダーにあるCMだった。

「行けるかな」

「どうかな」

そんな風に査定するのも変だが、逆にジっと見入っていた。そしてギリギリのラインでなんとか私も共存出来ていたのだが・・・・。

足の爪のアップで脱落。
急に吐きそうになった。

新たな発見をした。

食事中に見ず知らずの人の足の爪を見せられたら、私は食欲がなくなるのである。

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2009年02月06日

晴れたら空に豆まいてにてライブ。

今日の出演はみんな女性ボーカル、と、思っていたらPA照明のスタッフさんも女性陣。リハーサルの時に女性率が高い状況に気がついて一瞬手が止まって周りを見渡した。

私は、女性の作品に興味がある。
昔から好きな方なのだと思う。

女性ならではの機微、しなやかさ。そういった部分は音楽というジャンルを時にすごく魅力的なものにする。まぁ、これは個人的なシュミの部分なんだろうが・・・。
今日のライブはトップバッター。

今回は自分が好きな歌詞の曲を選んだ。

それぞれタイプの違う歌詞の曲だったとしても、何曲か集まったら知らず知らずのうちに、なんとなくのその人の物事を見る角度みたいなものが出るかもしれない。今日みたいに全員が女性が歌うライブだったら、いろんな女性が織り成すショートストーリーを集めた一つのお話みたいになるといいかな、というようなことを思い浮かべてみた。

女性による短編集。

今日は、一話目が私だったのだ。

今年は新しい曲をまた書いて歌って行きたい。

出来るかな。

ライブが終わったら次の希望がちょっと沸いてきたのだった。

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2009年02月07日

kizzna−FMのミーティング飲み会があった。

二次会の途中で私は店を出たのだが、タクシーに乗ると運転手さんが笑いながら「今の人、男の人?女の人?」と、尋ねるのだった。

あぁ・・・、そうか。

今タクシーを待っていた時に、ステーションのY氏が酔っ払いながらも外まで見送りに来て下さったのだが、寄った勢いでバニーちゃんの被り物をしたままだったのだ。

「あはは、男の方です」

「えっ、じゃぁお店の人?」

運転手さんは今度は私をオカマバーから出て来たお客で、店のママかチーママに見送られてタクシーに乗ったと思ったようだったが、これも不正解。

「あはは、違います」

もうそれで会話が終わると思ったが、運転手さんはバニーちゃんの被り物をした人物が何をやっている人なのかますます知りたくなった様子で、「じゃぁ一体あの人は何の人?」と更に突っ込んで質問をするので私も面倒臭くなってきて、最後は「会社の上司です」と答えてそれでようやく会話が終わったのだった。

会社の上司。

私は一度も入社なるものをしたことがない。だから「上司」という言葉を口にすると、ちょっとワクワクしてくるのだ。お勤めをしている人からすれば、上司は必ずしもいい存在ではないようなのだが、上司を一回も持ったことのない人間にしてみれば、上司が居る世界は未知の世界。私は常日頃から「社会人枠」にあこがれているので、なんだか「上司」と口に出しただけで、急に自分が賢い人になった気がしてくるのである。

今日の私は会社の部署のみんなで飲みに行き、酔っ払いの上司が見送ってくれて深夜に帰宅をするデキる女性に見えたかもしれない。

うふふ。

と、密かに楽しんでいたが・・・・。

あら、ちょっと。

ミラーで私の顔、確認しないでくださいよ。

興味津々な運転手さん。次の想像は、恐らく私が会社のお局で若い女の子をイビっている所となっていたのであった。

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2009年02月08日

節分の豆まきのしわ寄せが今になって来ている。

ウチのダンボは、節分で外にまいた豆のことを覚えているのだ。私はそんなことは毎朝忘れているのだが、窓を開けるとダンボはしめたと言わんばかりに勢い良く飛び出て行く。そして私に撤収されるまでに一つでも多くの豆を食べようとがっつくのだった。

犬ってやっぱり人間が思っているよりも記憶力があって、段取りごとに対しても冷静な組み立てが出来るのだ。

「ねぇ、ちゃんとご飯あげてるんだから拾い食いはやめようよ」

だが、そのあとでダンボはよく吐くのだ。おかげであちこちが汚れるのだが、それはマットや布団やシーツといったちょっとフカフカした所ばかりなので、洗濯をしない限り使用には支障が出るのだった。

「お前のせいで洗濯ばかりしてるんだからね」

洗濯物を乾そうと窓を開けると、またダンボは豆のことを覚えていてピョーンと飛んで行く。

「あっ、しまった」

私は豆のことをまたすっかり忘れている。

豆まきが終わって、犬とイタチごっこな日々なのだ。

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2009年02月09日

左肩の激痛で昨夜は明け方から眠れなかった。先月の末に風邪をひいてから、犬か私かのどちらかが具合いの悪い日が続いているが、今日は私の番みたいだ。

だがこの痛さの原因がわからない。眠っていたら肩が痛くなり、姿勢をどう変えても痛みが収まらなくなった。で、腕が上がらなかったりするのかと思ったら、腕は回しても別に痛くない。痛めた覚えはなく思い当たるとすればこの2日程、風邪の名残りなのか左の喉の辺りのリンパが腫れて痛かったので、そこから来ているものかもしれない。

とにかくこういう時は私の場合、整体がいい。先生に連絡をしたら来てもらえるということになった。

長先生の腕は、ギックリ腰でも1時間半ほどの施術が終わると痛みが消え、早速スタスタと歩けるようになっている。それに加え何らかの理由で整体を続けて受けた時には、決まってその後の病院の血液検査の数値が急に正常値になっているのだ。

数値が良くなる理由は、整体によって血流が良くなり、それで停滞していた臓器がまたしっかり動くことで体内バランスが戻るのではないかということだったが、とにかく私の体は整体で調子を上げてもらっていることは確かだ。

「はい、おしまい」

先生がそう声をかけたら、施術はおしまい。

骨盤のズレを治すと肩の痛みも消えると言われたが、またもや今日も整体を受けたら痛みはなくなっていた。

「手を当てる」と書いて「手当て」。

幼かった頃には、お母さんがお腹をさすってくれたら痛いのが消えて、お母さんをすごいと思った。

見えない力ってやっぱりあるのだ。

長先生の手は、魔法の手なのだ。

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2009年02月10日

打ち合わせで家に来られたYさんに、手土産にと「イチゴ」を頂いた。

私はイチゴが大好きなのだ。

ウチの両親の世代の人達からは、よく「チョコレートなんて、昔はもっと贅沢な食べ物だったのよ」と聞かされたが、それならば私は今の若い子達に、「イチゴって、昔はもっと特別な食べ物だったのよ」と言いたい。

私が子供の頃、イチゴはイチゴの季節である5月の1ヶ月間しかスーパーには置いていなかった。牛乳をかけてつぶして食べると、イチゴミルクとイチゴが食べられるという二度美味しい食べ方に出来たが、つぶしていいイチゴは我が家では傷みかけのイチゴしか許されなかったし、イチゴを介した躾について母は厳しかったのだ。

大人になったら好きなだけイチゴミルクにするぞ。

その頃は思ったのだが、今のイチゴは当時と比べて信じられないほど大きくて綺麗な形になったので、「つぶして食べるだなんてもったいない」と余計に思うようになってしまった。

あまおう、とちおとめ、女峰、さちのか、とよのか、紅ほっぺ、etc・・・・。一粒1000円ぐらいする白い色のイチゴまで登場するようになって、「イチゴ」と言えば「イチゴ」以外の種類で答えられなかった頃とはイチゴ事情は随分と変わった。

イチゴ大好き。

剥いたり、切ったり、スジを取ったりせずに簡単に食べられる所も面倒臭がりな私にとっては大きな要素なのだ。

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2009年02月11日

キーボーディストのKちゃんと、下北沢で一緒に夕飯を食べた。Kちゃんは私と同じでほとんどお酒を飲まないそうで、じゃぁ「美味しい物を食べに行こうよ!」と、少し前に約束をしてから楽しみにしていたのだ。

「美味しい物を食べに行く」

と言っても、飲んべえ場合、美味しいものは「美味しいツマミ」のことなのである。前に私は「美味しいディナーにお連れしますよ」と会社のY氏に言われてついて行ったらそこは焼き鳥屋さんで、冷やしトマトや餃子が出てきて、それをフルコースと呼ばれたことがあった。

そういうことじゃないのだ。それなら焼き鳥屋に行こうと言ってもらいたい。

飲み屋さんは飲み屋さん。「美味しい物を食べに行く」のは「美味しい晩ごはんを食べに行く」こと。だから、普通にご飯がしたい日が私にはあって、そこら辺の共通言語が持てる人が欲しいと前から思っていたのだ。

彼女とはイベントでご一緒させてもらって、2人でゆっくり会うのは初めて。女子話であるにもかかわらず、キーボードの機種の話をしたり、メカやお互いの仕事の話など鍵盤パートのミュージシャンならではのキーボード話が多くなる。

Kちゃんが今コンスタントにやっているというピアノアレンジのお仕事で、携わる曲が変わってもアレンジし終わると自分のムードに仕上がる・・・といった話から出た、「個性なくす方が難しいことなのかもしれないですね」という彼女の言葉が非常に興味をひいた。

「自分探し」で悩むことはよくあるし、よく聞く。

だけど、そうか。
そうだ。

本当は既にみんな自分らしさを持っているのだ。

うんうん、そうだなぁ。

美味しい沖縄料理の店を出てからもう一軒行こうよと誘って、前から行ってみたかった一軒家カフェに一緒に行った。昼のカフェもいいが、夜は灯りがともりまた一段といい雰囲気になるのだ。夜に誰かと一緒にご飯を食べ、そのあと二軒目にカフェに行くというのは、長年の私の夢だった。

「いつでも呼び出して下さいね」

Kちゃんは何気なく言ったのだろうが、これに味をしめた私のこれから餌食になるのではないかと思う。

本日大満足。本当に「美味しい物を食べに行けた夜」であった。

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2009年02月12日

「ハコイヌ」の打ち合わせで、生田にあるエンジニアのidehofさん宅に行く。

idehofさんとは今日が初対面になる。奥さんは一昨年の秋に亡くなったバイオリンのHONZIで、HONZIはいろいろと活動をしている噂しか聞いていなかったので、まさか病気で苦しんでいたとは思っていなかった。数年間自分は音楽から離れていたので、ずっと活動を続けている仲間には、いきなり「またよろしくね!」と挨拶が出来なかった。少しずつまた音楽生活を積んで行って、そうしたらきっとまた一人一人再会が出来るだろうから、だから自分も気持ちを新たに頑張ろうと思っていたのだ。HONZIもその中の一人、また会えると思っていたので亡くなったと知った時はショックだった。

idehofさんの家に上がって、HONZIに挨拶をする。たくさん笑っている写真があって、バイオリンという楽器と一緒に演った初めてのヒトがHONZIだったなぁと思い出した。

あぁ、でも今日は打ち合わせに来たんだった。

idehofさんはtorico!の良原リエちゃんの紹介で、映像の音楽のお仕事をよくされているということを聞いていたので、作品を見せてもらったりしたが、これがとても面白い音楽作品になっていた。楽器の音や楽器でないものまで楽器にして録音をしたりと遊び心満載の映像音楽、「これはコレコレこういう風な手順で録音をしたんだよ」と説明してもらうと、やっぱり作業行程は大変なんだなぁとため息が出た。

idehofさん宅で打ち合わせを終えて駅で電車を待っていると、プロデューサーの山口さんから電話が入る。打ち合わせメモが日々増えて行く。「テンパらないで頑張ろう」が今月の私のテーマだ。

「ひとつひとつ」

最近口癖になっている気がする。頭がこんがらかって来ると、ひとつひとつあせらずにやれば必ず前に進むんだと、口にして言い聞かせているのだ。

日々、割とテンパり気味。

自分にかけ声をかけることが多くなっているのだ。

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2009年02月13日

今年になってからダンボは吐くか下痢をする日が多くなった。先生からはいずれも食べ過ぎが原因だと言われたが、今日でもう今年は3回目の病院、この半月で体重がグっと減っている。今朝見たら尻尾の毛が抜けていて、何か別の原因があるのではないかと思ったが、今日の受診でも特に問題はないということだった。

だが何かスッキリしない。

やっぱり調子が悪そうに見えるのだ。

先生からは繰り返し「食べ過ぎ」だと言われていた。そう言われたにもかかわらず何度も私が来るので、「そんなに神経質にならなくても・・」と、たしなめられる場面もあった。

でもやっぱり気になる。

夜になってダンボはまた吐いた。

それからも具合いが一向に良くならないので、急遽夜間で診てもらえる病院に連れて行くことにしたのだった。

「それで、一度も血液検査をしていないんですか」

「はい」

「普通は血液検査をするんですけれど」

点滴と注射をしてもらって少しダンボは良くなったが、血液検査はやはりした方がいいですよと言われてその日は家に帰ったのだった。

通っていた病院は、ゴン太を点滴で亡くしてから新しく探した病院だった。一軒別に評判のいい病院があるのは知っていたが、そこと迷った結果HPにチワワについて詳しく書いてあったのと、院長先生の文章に共感をしたことでココならと思って通うようになったのだった。

ダンボは自分のことを言葉にして伝えられない。だからなるべく読み取ってベストな判断をするのが、私の役目であり責任なのだ。

「ダンボ、どうしちゃったの?」

「どうしんどいの?」

目は合っているのに、ダンボのことがわからない。

こんなに近くに居るのに。

ダンボはこの数日で痩せてしまった。

「明日また病院に行こうね」

あったかい体を布団の中で抱き締めると、愛しくて切なくて、あらためて私にとってダンボがとても大きな存在であることを感じたのだった。

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2009年02月14日

ダンボを連れて、口コミで評判のいいA病院に行った。

噂通りの混雑で、一度予約を入れてから一旦家に帰って午後にまた出直すというぐらいの待ち時間。でもそれだけ信頼のおける病院なのだろう。午後にまたダンボを連れて病院に出掛けたのだった。

「吉川ダンボちゃん」

病院に来たらダンボには名字がつく。ダンボを連れて診察室に入ってダンボの状態とこの半年の経緯を話すと、月曜日に精密検査を受けることになり、今日は薬をもらって家に帰ることになった。

体重がまた昨日より減っていた。

でも今日は少し元気が戻ったようだ。

本人がしんどそうにしていないことが、ほんの少し私には救いだ。

家に帰ってケージから出たら、ダンボはようやくいつもの明るいダンボに戻った。

「ご飯、食べようね」

おいしそうにご飯を食べてくれたが、その姿を眺めていたら、コブタのダンボは背中の骨が目立つ痩せた小さいワンコちゃんになっていた。

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2009年02月15日

隣りの家のご婦人は花木がお好きなようで、夕方によく花木の手入れをされている。2月はここのお家では梅と早咲きの桜が同時に咲くので、家の前を通る時には「随分咲いたなぁ」といった風に、私も成長の様子を楽しみに見ているのだ。

ガーデニングが好きな女性は多い。それぞれの庭にはそこの家人によっての好みや花木に対する考え方が反映されているので、庭からその家の人の性格までがわかったりする庭占いなんてものが出来てもおかしくはないぐらいだ。

私は割と一年草が好きで季節が終われば別の花にプランターが変わるといった植え方をする。その理由の一つは「賃貸だから」ということだ。植えたら何年も花を咲かせる多年草は、自分が引っ越したらきっとそれらの世話をする人が居なくなって枯れてしまうだろう。地植えの方がいい花木は、だから育てない。が、一方「家で採れたものを食べたい」野心に燃える一面として実の成る木は大好きなのだ。鉢にレモンやブルーベリー、オリーブを植えて収穫の時をとても楽しみにしている。

お隣の梅と桜は鉢で育てられている。梅も桜も私には「庭に植える木」というイメージがあったので、育てることは考えもしなかったが、お隣の梅桜は自分がここに引っ越してから、時期が来るとこうして花を綺麗に咲かせている。

どういう経緯でお隣のご婦人は育てようと思ったんだろう。その家々に咲く花にはみんなそこにやって来た理由がある。一つ一つを尋ねたら懐の深い話がきっといくつも聞けるような気がするのだ。

枯れ木に見える我が家のあじさいも、2月になって枝先に芽をつけ出した。

「私は早起きの桜なの」

お隣の桜が風に揺れる。

おはよう、早起きさん。
まだ寒いから風邪、引かないようにね。

早起きの桜は”もう朝だよ、春だよ”とみんなを起こす役なのかもしれない。

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2009年02月16日

ダンボの精密検査で、10時に病院に預けに行く。

今日も待ち合い室には、飼い主さんと一緒にワンちゃんねこちゃんが診察を待っている。どの仔も一見どこが悪いのかわからないような仔ばかり。ダンボもそう。でもみんな何かしらの具合いが悪くてここにやって来ているのだ。

昨日今日とダンボはまた元気を取り戻した。

病院は犬だって不安になる場所。犬の場合はどうしてここに連れて来られて怖い思いをするのかがわからないから、ちょっと胸が痛い。何も悪いことをしていないのにひどいことをされたと受け取らなければいいのになと思いつつ、先生に預けて一度家に帰ったのだった。

いつも外出をして家に帰るとダンボの姿がある。

カチッ。

ヒーターのスイッチを入れたけれど、部屋にはその音しかしなかった。いつもはこの音がしたら布団から飛び出て来るダンボ。ダンボはこのヒーターの前でくつろぐのが大好きなのだ。

3時半か4時頃に電話が来るまで、今日は私がお留守番。

自分が動かないと家の中は物音一つしない。

ダンボが居ないと、一気に部屋の温度が低くなる。

仕事をしながら時々時計を見て、今頃どうしているかなぁとダンボのことを思い出していたのだった。

電話が掛かって来たのは4時半。診察はそれからもっと遅い夜の7時半頃。診察室に呼ばれて中に入ったらダンボの姿がなかった。

それで検査の結果に何かしらあるんだと感じたが、それは皮肉にも当たっていた。血液検査の結果、ダンボは肝臓の値がとても高くなっていてGPT値が1000、ALPの数値は2500近くにまでなっているということだった。正常値がGPTだったら23〜89、ALTは68〜318の間にあるので、数字だけを見たらあきらかによくないのが私にもわかる。

「いろいろ原因を探ってみます。あともう一つは先天性の門脈シャントという病気の可能性が少し疑われるので、今追加の検査をしている最中です。結果がわかったらまたご連絡します」

何らかの理由でダンボは肝臓を悪くしていたのだ。

でも・・・先天性の病気ってどういう病気なんだろう。

「じゃぁ、ダンボちゃんを今連れて来ますんで」

奥から出て来たダンボは、私の顔を見ても喜ぶ風でもなくやっぱり”怖いおし置きを受けてビビっている”状態のままだった。

昨日は元気そうにしていた。

よかった・・・・と、ホっとしたところだったのに。

検査の結果が予想していないことだったので、私もまだ頭の中が整理出来ない。ダンボと一緒に家に帰れることを今は喜ぼうと自分に言い聞かせたのだった。

家に帰るとダンボはようやく明るいダンボに戻った。

お腹が空いたよと飛び跳ねるダンボ。

美味しくお食べ。

悲しくて心細い自分を押し込めなくちゃ。冷静に問題に対処出来る自分になれるように、その努力をしなくちゃ。

「ダンボが居るから頑張れる〜」

仕事の作業が大変な時に、よく部屋の中で鼻歌を歌っていた。

こんなとき、自分は何をしたらいいんだろう。どんな考えをお守りにしたらいいんだろう。本当はとても悲しくて心細い。だがそれは私側から見た私一人のこと。大事なのはダンボと私の間柄においての自分だ。

どうしたらいいだろう。
どうあればいいだろう。

必死で自分に問いかけていた。

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2009年02月17日

犬の餌が一気に増え、今は3種類の餌が餌置き場にある。一つはこの数年間食べている肥満犬用のヒルズのライトという種類。それから食べ過ぎという診断のもと13日に動物病院で出してもらった療養食のw/d。それから14日に新たに行ったA病院で出してもらったのが療養食の肝臓サポートという餌。

知らなかったが、今は犬の食事も専門の療養食がいろいろと出ているみたいで、「肝臓サポート」は肝臓の病気をしている犬の為に特別配合がされているらしい。

「門脈シャント」という聞き慣れない病名をあれから随分検索で閲覧したが、病気を治すには手術しかないそうで、先天性のものと後天性のものがあり、シャントが肝臓の外にあるか中にあるかで手術可能か不可能か、また難易度が変わって来るのだそうだ。

先天性のものは仔犬の時期に症状が現れるらしく、特有の症状とダンボのケースは少し違うように思うのだが、深く考えたり推測をするのはやめておこうと自分に話かける。

ダンボは餌とお薬が変わってから、吐いたり下痢をすることはなくなった。少しまた痩せたかなと思うが、先生からはお薬は即効性はないのでゆっくり効いて来るのでしばらく様子を見てあげて下さいねと聞いていたので、今日具合いが悪そうにしていないのなら、それだけでまず有り難いなと思おう。

餌を美味しそうに食べてくれたら嬉しかった。

おしっこやうんちが出たら嬉しかった。

スヤスヤと眠っている顔を見たら嬉しかった。

もう一つ、している検査があるので結果をまたお知らせしますと、昨日は病院で言われたが、今日は先生からの電話は掛かっては来なかった。

心配しすぎるのはやめよう。

普段からお互いが元気で穏やかに過ごせる幸せをかみしめていた方だった。けれど、ささやかな幸せが更に大事に感じ、そうしていつか別れは来るんだろうけれど、やっぱりもっとダンボと一緒に過ごしたいと思ったのだった。

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2009年02月18日

午後、銀座でMAの打ち合わせ。

銀座、有楽町、丸の内の辺りは1年に数える程しか来ることのないエリアで、去年は日本橋の三越と銀座の三越は同じ三越だと思って疑わなかったほど、地図が頭の中に入っていないのだ。

「銀座」と聞けば人々は何処を連想するだろう。

高級クラブがある場所を私は知らない。だいたいわかるのが百貨店の位置なのだが、一番私がホっとするのは不二家だ。昔、新幹線で東京のおばあちゃん家に遊びに行く時に、それまで超高速だった新幹線のスピードがグっと落ちて、「まもなく東京、東京」というアナウンスが聞こえて来る辺りで右側を向いたら窓の外に不二家のビルがピカピカと明るく目に入った。私にとっての「東京に着いた印」が銀座の不二家だったので、今でも私の頭の中の銀座地図は「不二家」を中心にあるのだった。

だから不二家が見えない場所だとさっぱりわからない。

地下の駐車場からエレベーターで上がったら、何故か日産の会社の中に居た。

なんでこんな所に迷い込んでしまったのだ。

よく知らない場所に行けば、迷うかわりに知っている場所では絶対にないような場所に紛れる驚きもある。会社勤めをしたことがなく、「オフィス」にあこがれがある私にとって、ちょっとだけ会社体験が出来たのは嬉しかった。

IDカードを首からブラ下げたかった。

ちょっとした冬の遠足であった。

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2009年02月19日

クロマチックハープの録音で佐野聡さんに吹きに来てもらった。

去年の末にイベントでご一緒させてもらった時に、佐野さんのハーモニカの演奏に感動をして、それで是非とお願いをして引き受けて頂いたのだ。

クロマチックハープは、スティービーワンダーの演奏に感動をして随分前に楽器屋さんに行って買ったので、家にはあるのだ。だが、すぐにあきらめてお道具箱の中に仕舞ってしまった。数年前にその箱を開けた時にはハーモニカのこともすっかり忘れてサングラスのケースだと思っていたぐらいだった。

私は吹く楽器は下手なのだ。たて笛も「ぱひー」と音が裏返るし、クラリネットは3ヶ月やってもまともに音が出なかった。ブルースハープは息を吸って吐くだけしか出来なかったので「ぱふぱふ」言うだけだったし、クロマチックハープは「吹きものが下手」という意識のもとで始めたのであきらめるのも早かった。

佐野さんは逆にトロンボーン奏者でありながらフルート、ハーモニカも演奏をされる。それぞれ別の演奏方法で演る全く勝手の違う楽器なので、それらをマスターするのは至難の技、大人になって何ヶ国語が話せるようになるのと同じ労力が要るので、佐野さんは「吹き楽器」のバイリンガルと呼んでいいだろう。

シンセサイザーは便利な楽器だが、本当の楽器の音にはやはりあたたかみというか立体感が出て、人が直接音を出すということだけでもこんなに音が変わるのかと思うのだ。

最初からいい演奏をしてもらったので、今日は予定の時間を大幅に短縮して、あっという間に録りは終わった。

とても素晴らしいミュージシャンに出会えたことに、また一つ感謝をした日だった。

Posted by 吉川みき 2009年02月19日 | | コメント (2) | トラックバック (0)

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2009年02月20日

夜、A動物病院から電話があった。

数日前に、門脈シャントという病気の疑いがやはりあるので、大学病院へ行って詳しい検査を受けた方がいいというお話を受けて、その予約が取れたという連絡だった。

ダンボは病院ばかり連れて行かれている。

何をされるのかとビクビクしていて、臆病なダンボには病院は恐ろしい場所でしかないだろうが、また来週も病院に行かなくちゃならなくなった。

「ダンボ」

私はこの数日、ようやく自分の気持ちも少し整理がついてきて、やっぱりダンボとはまだもう少し長く一緒に居たいと思っていること、ダンボがどうして何度も病院に行かなければならないのかということ、それからダンボが元気になって欲しいと心から私が願っているということ、病院で怖い思いをするかもしれないけれど、それはダンボがまた元気になるために必要なことで、私がダンボのことをとても大事に思っていることだけはわかってね。といったことを話しかけている。

「大事に思っている」という言葉って伝わるんだろうか。

長文を犬が理解出来ないと思いながらも、自分の気持ちを一番心を込めて話そうとすれば、やはり短い単語ではなく人間の会話語になる。

「お前には本当のおかあさんが居るけれど」

「私が一番お前のことを大事に思っているよ」

そしてそのあと、つけ加える。

「だからダンボ、頑張ろう」

「一緒に頑張ろう」

ダンボは「頑張ろう」という単語を理解している。ヤル気がない時に、「頑張ろう!」と声を掛けるともうちょっとだけ頑張るので、それを褒めているうちに「頑張る」という言葉を覚えたのだ。

結局、私は飼い主として絶対的なボスのような存在にはなれないのだと思う。飼い主にもボスらしいボスでいられるかという資質がある。私が一貫している部分は、ダンボの良きリーダーであることよりも、ダンボが一生を通して穏やかで元気に過ごせる時間を一日でも多く過ごさせてあげたいということで、今回のことへの自分の行きついた答えは「一緒に頑張ってこの問題を乗り越えよう」と二人で頑張ろうよと、ダンボにもお願いすることだった。

まだ6歳。

犬にも犬の生命力があって、それは神秘の力があるはずだ。

一緒に頑張ろう。

飼い主は決して強靭で仙人のような存在ではない。

愛情、揺れる気持ち、不安、決断、いろいろなものが心にはまとわりついている。

そのことに正直になろう。

素直な気持ちでダンボを見つめる。

キミを守るよ。

でもそれだけじゃない。

私はキミが大好き。

そしてキミがとても必要なんだ。

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2009年02月21日

高円寺で行ってみたいカフェがあったので、夜にフラっと出掛けてみた。

あずま通り商店街は高円寺駅の北にある商店街で、中野に住んでいた頃はここを自転車で通っていたが、もう何年も来ることがなかった。この通りでは古着のコートを買ったり、花を買ったり、駅の近くまで来ると夜遅くまで開いている本屋さんがあった。高円寺ならではのちょっと個性的な本屋さんで私もたまに深夜に来たりもしたのだ。

だが商店街の店も随分変わったようで、今は可愛いらしい造りの人気のカフェがあるらしい。一軒家を改装した小さい扉が目印のお店。壁一面には絵が描かれていて、モビールが吊り下がっていたり、秘密基地のようなロフト席もある。写真を見たら私の好きなテイストで、「よし、今日は行ってみよう」とワクワクして出掛けたのだった。

こんな日にはカメラを持って行けばよかった。

木で作られた小さめの扉を開けて中に入る。二階まで上がるのが私にはちょっと大変だったが、童話に出て来るような森の中の家ってきっと中はこんな感じなんだろう。ヨーロッパの森の中の小人達が暮らしている家をイメージさせる、とても可愛い店だった。

<可愛い!>

<来てよかった!>

お店には大満足。

来ているお客さんは女性が中心で、男のお客さんは彼女に連れられて来たという感じの人しか居ない。まぁ男同士では入りにくい店にはなるかもしれない。

隣りのカップルの会話がずっと聞こえて来ていた。

一人で行くとこんな時、いやでも会話が耳に入って来てしまうので、隣りのお客さんって大事なのだ。

彼女が延々、連れの男の子に「わたし」を語っていた。

「あたしはね。一戸建てじゃなきゃダメなヒトなの」

「ずっと賃貸に住んでるような人ってダメだと思う」

賃貸なんて有り得ない。一軒家を買うのが男の甲斐性で、あくまでも一戸建て。マンションでもダメなんだそうだ。通常の「そういうとこがよくないわよ!」という性格のダメ出しから、そのうちに女の子の方が熱くなって突如家に対するこだわりにまで話は飛んでいた。私が席についた時から既に「わたし話」はされていて、最後は耐えられなくなって席を立ったのだ。

森の中の小さな家には、今日はおしゃべり魔女が居た。

今度、魔女が居ない時にまた行ってみたいと思ったのだった。

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2009年02月22日

今日はレコーディングでidehofさん宅にお邪魔する。ギターは西川峰子さんのライブやレコーディングでお世話になっている末松氏。

お二人は今日が初対面となったが、idehofさんの家と末松くんの家は駅でいうと隣りで、車なら10分の距離だということがわかったのだった。

私は二人の住む小田急線は自分の利用する路線ではなく、この辺りには馴染みがないのだが、末松くん曰く、今住んでいる所は暮らしやすいらしい。

末松くんは福岡出身でidehofさんと私は大阪出身。環境や間取りのことから話題は駐車場のことに変わり、「やっぱり東京は駐車場代が高い」という話になった。

私の家の近所でだいたい2万円台から3万円ぐらい。渋谷区の友人が35000円だと言っていたなぁと思い出していたら、idehofさんが渋谷に住んでいた時の駐車場代は5万円だったそうで、「えー!」と思わず声が出た。ウチの実家の辺りなんて駐車場の相場は5000円だった。いくら渋谷でも、バストイレもなく車を停めるだけの所がそんな値段になるのは高すぎるのだ。

レコーディングは順調に進み、夜には終了。

idehofさんの家は古い平屋の一軒家。

ホームレコーディングって好きだ。

靴を脱いで奏でる方が、きっと音楽って伸びやかな音になるんじゃないかなと思うのだ。

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2009年02月23日

レコーディングで、今日は依田彩ちゃんにバイオリンを弾きに来てもらった。

彩ちゃんとはイベントでご一緒させてもらって、その後、あるライブ会場でバッタリ会って、お互い思わぬ友人繋がりだったねと驚いたのだった。今日はデモで自分が弾いていたシンセのバイオリンパートを弾き直してもらうので、まずは「こんな感じ・・」と、サンプルのデモをシンセバイオリンの音で聴いてもらう。

シンセサイザーの中にはいろんな種類の楽器の音が入っている。ベースやドラムにギター、チューバなどの管楽器の音や人の声も出せるし、オーケストラに出て来るハープの音からノイズ音や鳥の声までと幅広く、どんな音でも出せると言ってもいい、音の辞書みたいなものなのだ。

だが音楽というのは不思議なもので、例えどれだけ似た音で奏でたとしても、本物の楽器を前にすると圧倒的に敵わなくなる。楽器の持つ力と弾き手の持つ力は、それだけ音楽にとって重要な鍵となっている。そのことは、私の場合シンセを通してわかったことだった。

自分でも気持ちを込めて弾いたシンセバイオリンだったが、それを一度ガイドに聴いてもらってから自分のニュアンスで弾いて下さいとお願いをしたら、同じ音符なのにこんなに世界が変わるものなのかと感動した。

「別の弓に変えて、一度演奏してみようかな」

彩ちゃんのアイデアで弓を変えて同じ演奏をしてもらったら、彼女の言うとおり音がさっきより明るく華やかになった。

レコーディング、無事終了。

今週は「ハコイヌ」の作業もいよいよ佳境を迎え、最終データの仕上げを並行してやっている。私の仕事が終わるMAまであと一週間。今回は私にとってかつてない程の作業量だったが、ようやくここまで来れた。

トンネルを抜けるとそこは雪国ではなく、
きっと春のような気がする。

頑張れ、頑張れ。

あともうちょっとだ。

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2009年02月24日

近所の幼稚園が卒園制作なのか、外壁をキャンバスに園児達の絵が描かれている最中なのだ。

私も母校の小学校に行けば、池の外堀のレンガの中に自分の卒業制作で作ったものがまだあるかもしれない。自分達の年は「自分の顔を粘土に彫って、焼く」といった最終的には陶器のような何かになったのではなかろうか。

当時は図工、美術が楽しいと思えなかったので、イヤイヤやっていたような記憶があるが、今となっては貴重な宝物。機会があれば見に行ってみたいものだ。

それにしても、あの頃は”いつか中年になった自分が懐かしく母校を訪ねるかもしれない”ことを想像しながら作っていた子供は居なかっただろう。現在の私達は子供時代の自分達を懐かしく振り返ったりするが、子供時代の私達からすれば現在の自分達はきっと”まだ生きている化石のような自分”と、恐らく戸惑う存在になる。そう思うとちょっとおかしい。

母校を訪ねるここの園児達も居るんだろうなぁ。

となると、ちょっと気になることがある。

ここの幼稚園、外壁をキャンバスにするのはいいのだが、前に描いてあった園児達の絵を上から白く塗りつぶしてから次の絵を描いているので、無邪気に描かれた子供達の絵の下には以前に描かれた子供達の絵が眠っているというしくみになっているのだ。

「あ、わたしが描いた絵がなくなってる」

卒園した子の中にそう言っている子がきっと居る。

天は人の上に人をつくらず。

とは行かないようで・・・・。

近所の幼稚園は、園児の絵の上に園児の絵が描いてある。

壁に新しく描かれたお花やお人形さんの絵を見て、少し胸が痛い私なのである。

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2009年02月25日

A動物病院からの紹介で、今日はダンボが大学病院で更に詳しい検査を受ける日だ。

今まで一緒に暮らした犬で大学病院にまで連れて行くのはダンボが初めて。最近は犬の病院も人間のシステムと同じように、高度な技術や施設が必要とされる場合、大学病院に紹介をしてもらって診察を受けるらしく、病院に着くと今日診察を受けるわんちゃんとねこちゃんが数頭既に受け付けの所に居た。

ダンボはとても怖がりな犬だ。

どの病院に連れて行っても、一番ビクビクしてこの世の終わりのような顔をしている。他のわんちゃんは寝ていたり、自分のペースで過ごしていたりするのに、ダンボは私が一緒に居るだけでは安心は得られないようで、結局家に帰るまでとても気を張った状態を続けていて、今日も待ち合い室の椅子に座っているだけでブルブルと震えていた。

最初に検査を受けたが、追加検査を更に受けることになり、ダンボと次に会えたのは午後になっていた。

「吉川ダンボちゃんの飼い主さん」

呼ばれて診察室に入って行く。ダンボがブルブル震えながら診察台に乗っていて、先生からレントゲンのフィルムと手書きの図で説明を受ける。

「肝臓は通常、こういった形をしているんですが・・・」

ダンボは一部右側の本来肝臓である部分の肝臓がないらしく、通常の大きさより小さくなっているのだそうだった。それが生まれつきなのか、何らかの原因で肝臓のその部分が萎縮してしまったのかはわからないが、それを今後様子を見ながら判断をしていきましょうという説明を受けた。

ひどく悪かった肝臓の数値が、それぞれ1/3位に下がっていた。A動物病院でもらった肝臓の薬が効いているということと、正常値にはまだ遠いので、少し薬を増やしてみてこのまま薬で2ヶ月かけて経過観察をすることになった。

「はい、じゃぁ家に連れて帰ってもらっていいですよ」

「どうもありがとうございました」

ダンボ。

帰っていいんだって。

難しい手術を受けなければいけないかもしれない不安からようやく開放された。

ダンボ、よかったね。

いや、ダンボじゃなく嬉しくてホっとしたのは私だ。手術の可能性もあるということは少し前に聞いていた。しない方法も選べたが、いずれもそれぞれにリスクはあり私にとってその選択は難しかった。迷って迷って手術をするという答えを出したが心細くて仕方がなかった。

ダンボ、今日はお祝いのごちそうを何もあげられないけれど。

でも家でお祝いをしようね。

ダンボは今日で6歳の誕生日を迎えた。

「ダンボ」

ダンボが来てから口にするようになったこの3文字。

キミと暮らせて私はたくさんの幸せをもらっている。

ダンボにとっては何でもない一日。

それでいい。

それがいい。

だけど私には忘れられない大きな一日となった。

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2009年02月26日

外来が終わってから、下北沢に東京ヴォードヴィルショーの公演「見下ろしてごらん、夜の町を」を観に行った。今回は劇団始まって以来初の音楽劇ということで、客演の方々の生演奏があるんだなぁと思っていたら、役者さん達も実際に楽器を演奏をされるという構成だったのだ。お芝居を観ながら「これは高度な技だわ」「この役者さんは昔音楽をやっていたのかしら」とか「この人は、きっと一生懸命練習したに違いない」と、途中何度も音楽をやっている自分に戻ってしまうほど、音楽がふんだんにお芝居の中に盛り込まれた作品だった。

去年、ヴォードヴィルショーの役者さんである山本ふじこさんが「私、ヴォードヴィルの芝居と劇団の人達が本当に大好きなんですよ」と満面の笑みで嬉しそうに話してくれたのだが、あの笑顔が私には忘れられない。その話を聞いているだけで、なんだか自分も幸せな気持ちになっていたのだ。

ヴォードヴィルショーのお芝居はまだ数本しか観たことがないが、共通して言える好きな所は「笑いの温度」だ。決してむやみに誰かを傷つけたりすることなく、かと言って笑いとして淡くなるのではない。言葉が選びに選ばれていて、そうして面白いところにオチを持って行ってくれる。一見毒がないように見える部分かもしれないのだが、逆に私は作り手の鋭さを垣間見た気がし、すごいと感じるのだった。

今ヴォードヴィルショーは、旅公演中でこの数日間が東京公演。何カ月も家を空けた状態は家が好きな私には耐えられないだろうが、ふじこさんは旅公演は楽しいですよと言っていたっけ。

「見上げてごらん、夜の星を」は、坂本九さんの名曲。私も大好きなあたたかい歌だ。

そして今日観た63回公演となる東京ヴォードヴィルショーのお芝居、「見下ろしてごらん、夜の町を」。

あぁ、そうだなぁ。

ヴォードヴィルショーのお芝居は、坂本九さんの歌の世界と温度が似ている。そんな風に思ったのであった。

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2009年02月27日

昨日、お昼に入ったてんぷら屋さんでのことだ。

「へい、1番さんお揃い」

「はーい、お揃い一つ」

「お揃いよろしく」

「はい、お揃い」

店の人達の会話が聞こえてくるのだが、この「お揃い」という言葉が気になって仕方がない。

かつてファミレスでバイトをした時に、「お冷」という言葉を私も覚えたものだ。家では「お水」と呼んでいる水のことをレストランに行けば「おひや」と呼び、「3番におひや4つ!」「はい、おひや今行きました」と、それで私も水というのは飲食店では「おひや」と言うんだなと理解したのだった。

ところが今度は大学の時にバイトをした喫茶店で、「お冷」だと思っていた「水」が「チェイサー」と呼ばれていることを私はあらたに知る。

おひやじゃないの?

チェイサーなの?

これらは、何か日本の基準で決められている呼び名なんだろうか。そのフォーマットに従って「おひや」「お水」「チェイサー」と呼び分けがされているんだろうか。そこら辺のことがわからなかったが、あえて誰かに聞くということもしなかったので、グレーなまま今日まで来てしまったのだ。

「お揃い」はまさにこの部類。

お揃いってなに。

ご飯セットのことなんだろうか。だがメニューには「ご飯セット」という風に書いてあって、わざわざ「お揃い」と言わなくてもいいだろう。

「カウンターさん、お揃い」

わ、私にもお揃いが来るんだわ。

何が来るのかしら。

「はい、失礼いたします。ご飯とお味噌汁になります」

「は、はい」

ご飯セットじゃん!

店の中で飛びかっていた言葉、「お揃い」とはご飯セットのことだった。しかしこれは天ぷら屋さんで使われている天ぷら専門用語なのか?それともこの店独自のメニュー言葉なのか?

店内のお客さんで不思議がっている人は誰も居ず・・・。

まぁ別に気に留める必要もないことなのだが。

「お揃い」ってなんなのだ。

ニホンゴハ、ムズカシイデスー。

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2009年02月28日

つるバラがお好きなあるご婦人の影響を受けて、私もついにつるバラを育てる決心をしたのだ。

”つる物”は、いずれ引っ越すであろう賃貸物件ではやらないと決めていたのだが、つるバラの美しさを度々ご婦人から聞いているうちに、だんだん心は惹かれて行ったのだ。

最近の私は、だんだん寂聴さん寄りになって来ていて、結婚や恋愛への興味が薄れて来ている。かわりに花や動物が更に大好きになり、いかに花や動物達と楽しく暮らしていくかが自分のテーマになりつつあって、今はつるバラに心を奪われている真っ最中なのであった。

つるバラに囲われていた西荻のお花屋さんのように、ウチもつるバラで壁を覆いたい。バラに囲われた壁って本当に素敵なのだ。

で、早くも私の頭の中にはつるバラが自分の家の壁に咲き乱れている。日に何度も家の前に出ては壁を眺めているのだが、実際にはバラなんてどこにも咲いていない。私が微笑んで見ているのはただの壁でしかなく、気持ち悪いヒトになっているに違いない。

つるバラって、咲き乱れるまでには時間がかかるのだ。自分が頭の中に描いているバラ図は、実際に見られるのは来年の春のことで、今年はどう考えても「そう言えばちょこっとバラが咲いていますね」程度の分量にしかならないのである。

しかし想いは強く、既に”見えないものが見える”状態となっている私。だったら実際に咲かせなくても想像の上で楽しめばいいじゃないか、とも思う。

バラは虫がつきやすい花。

バラ屋敷になる前に虫屋敷になって、そこでヤル気を失せてしまった自分の姿も早々に思い浮かぶのであった。

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