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2009年03月 アーカイブ


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2009年03月01日

生田のidehofさん宅にて、ハコイヌのTD。

ここ数年はだいたい12時までにはレコーディングが終わるようになっていたが、昔は朝までよく作業をしたものだった。他のアーティストを兼任するディレクターさんは、レコーディングを並行で抱えていたりして、次の日の昼までやってそのまままた別の現場に行ったりしていたし、レコーディングスタジオのエンジニアさんやアシスタントの方は50時間近くずっと仕事をしている状態の時もあったのだ。

レコーディング明けの朝は、いつもグレー色の空をしていて、太陽が照らしているわけでもないのに、ヤケにまぶしく感じた。

今日は久しぶりに朝までの作業となった。idehofさんが丁寧に音作りをしてくれて、細かい作業までしてもらったのと、明日のMAと言って最後の音作業が10時からあるので、もう明日には作業を回せないからだ。

今年は年明けからずっと、日々ハコイヌの作業をしていた。2月になったら一段落着きそうだなと思っていたら、それが「2月の中旬になったら・・・」に変わり、2月の中旬になったら、やることが減るばかりか予定が一つもこぼせない状況になっていた。

映像に音楽をつける作業は、音楽作業以外にも途中の手順にかかる時間が思ったよりある。だが何度も頭がてんぱったものの、新しく覚えた方法が身についたので結果いい勉強にもなった。

全部作業が終わると4時半になっていた。idehofさんの目は12時を回った頃から真っ赤に充血をしていた。ただでさえ神経を使う作業なのに、最後まで丁寧に音を作ってもらえそれが何よりの力となった。

夜明け前の世田谷通りは、車がポツリポツリとしか走っていない。

「寝たら起きられるかな」

帰り道にY氏とこんな会話をするのも、久しぶりだ。

インディジョーンズが探しに行った財宝より貴重な宝が、今私の鞄の中にある。

idehofさんから受け取ったデータに、それぐらいの重みを感じたのであった。

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2009年03月02日

夜、先日行って気に入った高円寺のカフェにまた行ってみた。

店の前には草木が可愛いらしく植えてあって、古い家に手を加えてあるその具合いが私好みで、アンデルセンやグリム童話に出て来る「森の中の小さなお家」のイメージにぴったりのお店なのだ。

しかし前回は店内におしゃべり魔女が居て、目の前に座る彼氏だか男友だちだかにずーーーーっと、「わたしってこういうヒトなの」持論を語っているのがこっちにも筒抜けで、非常にくたびれた。言葉も花粉と一緒で、ある一定の量を越えると体に支障をきたす。頭の中にハチがブーンと飛んでいるような妙な具合いの悪さに襲われて、それで店を出たのだった。

せっかく可愛いお店だったのに。

今日はさすがにあの人は居ないだろう。

仕切り直して出掛けて行ったのだ。

ここのお店はちょっとだけ恥ずかしい気分になることがある。それは店内が狭く一階と二階の行き来が大変だからなのだろうが、お客自身が客席中央の柱についているインターフォンの所まで行って、ピンポンを押してオーダーを言うという点なのだ。

普通の民家のインターフォンと同じものをピンポーンと押して、「アイスコーヒーをひとつ」と言う。インターフォンから聞こえてくる声は小さいので、こっちの声だけがヤケに店内に響く。注文をする時って目立つのだ。

今日私が座った席は、このインターフォンのすぐそばだった。

「あの・・・」

という声がしたので「はい?」と言って振り返ると、その人はインターフォンに向かって注文をするところだった。

「ドリアと、食後にアイスコーヒーをお願いします」

と、言う声がハッキリ聞こえて来て、見ず知らずの人がこれからドリアを食べようとしていて、それからアイスコーヒーを飲むんだなという余計なことが頭に浮かんだりする。

前回とはまた違う落ち着かない回となっていたのであった。

今日は私が食事をしている間じゅう、隣りの席の彼氏の方が、「オレ、蝶々ダメなんだよねー」と、蝶々のどこが気持ちが悪いかを語っていた。

それはそれで私も気持ちが悪くなった。

森の中の可愛いお店は一人で行くと、気が散る傾向にある。

しかしながら、高円寺在住の友人でこのテイストのお店に誘える人がいない。高円寺在住の私の友人は、みなカフェではなく焼き鳥が似合うメンツばかりであることが判明したのであった。

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2009年03月03日

誕生日を迎えた。

大声で泣いたことが、覚えてはいないが自分がこの世に生まれて初めてしたことだ。

その時、どんな景色だったのかなぁ。

私が生まれたのは順天堂大学病院。6つ上の兄が死産でその後は流産、私は子供をあきらめかけていた両親にとっての待望の赤ちゃんだったのだそうだ。

予定日より一日遅れて0時を少し回った時刻に私は生まれた。まだ名もない赤ちゃんの私を見て、「この子が元気に育ってくれたら、それだけでいい」とその時両親は思っただろう。

私はそれからすくすくと育ち、大人になってから思わぬ病気になったが、それでもまた誕生日を迎えることが出来た。

「おめでとう」って嬉しい言葉だ。

生まれた時にもきっと耳にしたであろう言葉。

春が始まる頃に私は生まれた。

あの時の名もない赤ちゃんは、歩いて歩いて今日という道しるべに辿り着いた。

幸せはどこかに探しに行くものではなく、ここにあるのに気付くもの。

今日の風をすーっと吸い込んだのだった。

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2009年03月04日

近所のガソリンスタンドは入りやすい場所にあるのだが、どうも他店と比べて値段が高いみたいなのだ。原付のガソリン代なので気にもしていなかったのだが、去年ガソリンの高騰でガソリン代が日々値上がりをしている時期に、ニュースでやっている高値よりこの店は更に高い値段であることがわかったのだった。

よく見回してみたら、店のどこにもガソリン代が表示されていない。時価制のお寿司屋さんと同じシステムのガソリンスタンドだったとは・・・・。

それで、そこのスタンドに通うのはやめて別のところで入れるようになったのだが、最近はガソリンの値段も落ち着いてきたので、以前程頻繁には行かなくなったものの、たまに通りがかりにこのスタンドに立ち寄るようになっていたのだった。

「毎度ありがとうございます〜」

接客は気持ちがいいお店だ。

「毎度」と言われると、私としては毎度ではないのでちょこっと胸が傷む。まぁ、初めて行った店でも「毎度ありがとうございます」と言われるので、真面目に受け取らなくても聞き流せばいいのだが。

今日も「毎度ありがとうございます〜」と迎えられた。顔馴染みになった店員さんは居ない。この店員さんも私には記憶がなく、それでようやくこれはこの店の「いらっしゃいませ」の挨拶言葉なんだと解釈することが出来たのだ。

なーんだ。

気にしすぎ。

お釣りをもらってエンジンをかけていたら・・・

「いつもほんと、ありがとうございます」

店員さんがニッコリ笑って見送ってくれたのだった。

あうー。

只今、ガソリンスタンドの二股中。

なんだ、この罪悪感は。

ガソリンを入れに行って、なんだか重たいものを背負って帰って来ているのである。

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2009年03月05日

幼稚園の頃、私は尼崎に住んでいた。駅は塚口という駅で、かなり駅から家までは遠かった記憶があるが、それでも最寄りはこの塚口駅だったのだと思う。どこかに行く時、電車はこの駅から乗っていたからだった。

その頃はまだ駅は高架になっていない踏み切りがある小さな駅だった。北側の方が栄えていて、南側には幼稚園で同じ組の子の中華料理店があって高いビルは一つも建ってはいなかったのだ。

北側の駅のそばに、子供心に奇妙な存在の店があった。

何屋さんなのかはわからない。ただ、店のところをショートカットで行ける道があって、それで駅に行く時に前を通っていたのでそのお店を通る。品物が店頭に出される風でもなく、喫茶店のような感じでもない。何屋さんなのか外からは見えず、入口に木彫りの女の人の壁掛けが飾ってある古い木造の建物だった。

木彫りの壁掛けは、今から思えばどこかの土産物屋さんに置いてあるような物なのだが、そこに浮き上がる女性の像が私には怖い幽霊に見えた。だから私はその前を通るのがイヤだったのだが、別に泣いてゴネたわけでもなく、母に「怖い」と打ち明けることもなかったので、その店のことは多分私の中でしか残っていないのだと思う。随分経って派遣のバイトで塚口に行くことがあって、駅を見に行ったら駅前は踏み切りもなくなって高架になっていた。その頃とは全く違う景色になっていて、そしてあの壁掛けの店もなくなっていた。

薄暗い古いあの店は何屋さんだったんだろう。

怖かった壁掛けはきっと誰かの作品だったんだろうが、大人にとっては作品でも、子供には呪いの何かにしか見えないことがあるのだ。

今日は渋谷にラジオの収録に行った。

ハチ公の反対側にある待ち合わせのモアイ像の前を、いつものように通る。

モアイ像もあの頃の私が見たら、怖い奇妙な像にしか見えなかっただろうなと思ったのだった。

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2009年03月06日

今年は桜の開花が例年より早いのだそうだ。

家の近くには夜でもお花見で盛り上がる花見スポットがあるぐらい、桜の時期は見事な桜並木が川沿いに花開くのだが、今は遠目で見れば「もうすぐ咲く」気配は全くないと言っていい程の茶色い枝木でしかない。

これがもうすぐ咲くのか・・・・。

何度見てもそんな雰囲気はないので、なんだか信じられないのだが、それである話を思い出した。

それは「成功」におけるグラフの話で、なんでも「成功」には「成功曲線」というものがあるらしい。ある人が努力を地道に重ねて、事業を成功させたとする。だがその成功までの道のりをグラフにすると、斜め45度に上に上がって行くのではなく、ある時に急上昇をするのだそうだ。グラフが努力に比例して上向きになるのではなく、桜の開花のようにある時期に目に見えて急に花が開き出すというのだ。

今年の「JR東海」の”そうだ、京都行こう”のCMだったと思う。桜が見事に咲くまでには、必ずその前にある厳しい冬を越えなければならない。それがあって桜たちは咲くのだといった内容のくだりがあって、そのCMの言葉も重なって来る。

3月になったというのに、まだあまり春らしい天気には恵まれず2月の方があたたかかったなぁと思い出す今日この頃。

本当に春って来るのかなぁ。

その答えは毎年自分自身が春を見てきた。

春が来ることを信じて枯れずに居る。

私の庭にも冬を越えた花木がいくつか芽を出した。

花木達は、時々休んで眠る。その間は肥料も水も要らない時期になるのだが、私はそれで枯れてしまったかと心配をしたりしている。

あなたはいつの季節に咲く花ですか。

私はいつの季節に咲く花だろう。

わからないから取り敢えず自分の生まれた季節を仮りとして設定しておくのもいいだろう。

信じられないけれど、もうすぐ桜が咲く。

桜曲線が急上昇する3月なのである。

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2009年03月07日

午前中、ダンボを連れてA動物病院に行く。先月の末に大学病院で検査を受けたが、幸い難しい手術を受ける必要は今のところはなく、この2ヶ月は投薬による経過観察でA動物病院に通うことになった。今日は薬をもらうのと診察を受けるのとで、病院には約半月ぶりに行くことになる。

薬を飲み出して以降、ダンボは吐いたり下痢をすることがなくなった。一時はどんどん痩せてきていたのが、最近は一日を通して元気に飛び跳ねるダンボが戻ってきた。

「先生、こんにちは」

前回の結果報告は、大学病院の方から連絡を入れるということだったので、既に結果は届いていたのだと思う。今日は診察室に入って来られた時に、先生の顔は笑顔だった。

「とりあえず、数値が下がっていてよかったですね」

今日は痛い注射も、奥の部屋に連れて行かれることはないのに、怖がりのダンボは聴診器をお腹にあてられただけで大袈裟に暴れていた。

体重、3、45kg。

また戻ってきた。

「10日後ぐらいにまたいらして下さい。その時に血液検査をしましょう。」

「はい」

「じゃぁ、お薬を出しますんで外でまたお待ち下さいね」

「ありがとうございました」

<え?>

暴れたり、私をひっかいたり、肩の上に乗ってしまったりと、さんざんパニックになっていたダンボの方がきょとんとしていた。

<今日はこれで終わり?>

「はい、ダンボ。帰るよ」

<ウソだ!>

キャリーケースに入ってからも、ダンボは疑い深く「きっとこの後に、怖いことが待っているに違いない」と心を閉ざして怯えていたが、今日は本当にこれでおしまい。

ダンボは病院が大きらい。

まぁ・・・別に大きらいでいいよ。

でも、自分んちの仔でもない、暴れて懐こうともしない、まだたった数回しか面識のないこの動物を、「元気になってきてよかった」と自分のことのように笑顔で見つめてくれた先生の顔に、今日私は感謝と感動をしていたのだった。

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2009年03月08日

代官山、晴れたら空に豆まいてにてライブ。

日曜日の代官山は久しぶりに来たが、平日とは人の量も違って賑やかな感じがする。デートで来ている人達が多く、通りも人が多いわりにはのんびりとした空気だ。

代官山は最近はライブで来る場所になったが、10年程前は買い物に来たり、通っている美容院が代官山にあったので髪を切りに来ていた。

実家の関西に居た頃には、代官山は雑誌のショップ紹介で載っている店がたくさんある街で、雑誌の中でしか見ることのないお洒落な街だったので、東京に来た頃は雑誌の切り抜きを持って”東京見物的”な気分でやってきたりしたのだ。

いくつかの店を覚えたが、未だにあまり店を知らないので、リハーサルが終わって時間が出来ても「どこかに行きたいけれど、行きたい場所がわからない」ので、散歩の犬みたいに”いつも歩くコース”を回ってそれでおしまいにしてしまうので、ちょっともったいない感じもするのだ。

「晴れたら空に豆まいて」にはグランドピアノが置いてあるのだが、ピアノタッチが私には結構難しいピアノで苦戦していた。メーカーは苦手なkawaiのピアノ。鍵盤が重いのと、ちょっと鍵盤が浅めの作りになっているので、なかなか思った感じに弾けなかったりしたのだが、ここ一年程で時々とても弾きやすいと感じるようになった。

このピアノはきっとここに来て、たくさんの人に弾いてもらえるようになって、それに応えるようにだんだん優しくなってきている気がする。

春の歌を、春を呼ぶように歌えたらいいな。

代官山の日曜日が足早に過ぎて行ったのだった。

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2009年03月09日

今日はバービー人形がアメリカで初めて発表された日なのだそうだ。それが1959年のことなので、バービーちゃんはもうシワシワのおばあちゃんになっていてもいいのだが、リカちゃんもサザエさんもバカボンのパパもミッキーマウスもそう、バービーちゃんも不老不死軍団の一人なので、今もキュートな女の子のままなのだ。

私が「バービー人形」の存在を知ったのは、大人になってからだった。子供のおもちゃのはずなのだが、子供の頃にバービー人形があるということは知らなかったし、周りの女の子の中でバービー人形を持っている子は一人も居なかったので、高槻には売っていなかったのではないだろうか。よくわからないのだ。

そんなわけで私達の間では「お人形さん」と言えば「リカちゃん」だった。大抵の女の子は自分の「リカちゃん」を一体持っていて、あとはそれに付随するグッズを買ってもらっていたのだ。グッズで一番の人気はやはりリカちゃんハウス。私も欲しかった。

私が買ってもらえたのは、何故かリカちゃんタンス。「リカちゃんハウス」を持っている友だちの家へ、よくリカちゃんとタンスを持って遊びに行ったのだが、タンスはリカちゃんハウスの大きさには大き過ぎて中に入らず、何の使い道もない物でしかなかったのだった。

お人形さんはみんな若くてべっぴんさん。

バービーもリカちゃんもいろんな種類が出ているのだから、この辺でオバちゃんになったバージョンも出て欲しいなと思う。

オプションアイテムは自転車。前かごと後ろかごがちゃんと付いている物だ。オバちゃんのよく行くスーパーなども順次出して行けば、行きつけの八百屋さんやクリーニング店と広がって行き、そうするとそのうちにジオラマが出来るのだ。

なんだか、オバちゃん人形シリーズがだんだん欲しくなってきたのだ。

そしてオバちゃんハウスにはオバちゃんちゃぶ台やタンスがオプショングッズとして売られている。で、オバちゃんバージョンらしく、タンスの引出しの中には「いつか使うかもしれないから」と取っておいた包み紙やリボンが入っているのである。

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2009年03月10日

先日「ハコイヌ」でお世話になったエンジニアのidehofさんが参加する「福」のライブに行った。場所はプーク人形劇場、”コロボックル”のアニメーションに合わせてのライブでステージの上にはメンバー用の映像モニターが置いてあって、その映像を見ながら演奏をするのだ。

チューバの岩原さんとアランさんは晴れたら空に豆まいてのライブでご一緒させてもらったが、その時も面白いライブをやっていて、今日は更にいろんな楽器をされるようだ。

”コロボックル”を私は知らなかったのだが、「つづきのおはなし」のDVDをidehofさんに見せてもらったら、絵のタッチと音楽が私のすごく好きなテイストですっかりハマってしまったのだった。”コロボックル”の立本倫子さんのイラストは、私の思う「可愛い!」にピッタリなのだ。

この「可愛い」に音がつくとまたこれが「可愛い」わけで、「可愛い、可愛いって何を以って可愛いとするのかがわからん!」とウチの父には言われそうだが、これは私と雑貨センスや好きなもののタッチが似た人としか会話が成立しないかもしれない。

が、もしピッタリ合う人が居れば、きっと帰り道には「めっちゃ可愛かったね〜」「すごい可愛かった〜」と可愛いを連発してチョーごきげんだったのだと思う。

音楽的には難易度の高いプログレみたいな技が必要をされ、演奏は大変だったはずなのに、観ている人達が大人から子供まで、何ひとつ難しさに気持ちをそがれずに最後まで楽しめる内容だった。

とても感動をした公演だった。

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2009年03月11日

中学の卒業式の日、学年のやんちゃ者、Kくんに今まで蹴られたりイタズラをされた女子数人で、今までのお返しに最後にギャフンと言わせようとたくらんだのだ。

5〜6人の女子が集まって考えたのは、実にバカらしい仕返し、犬のフンをプレゼントするという企画で、卒業式の朝、じゃんけんでそれぞれ決めた持ち場を担当し、通学路のお寺の前に落ちていたフンを割り箸で拾ったのは私だった。

可愛い箱を用意したのは誰だったか忘れたが、スヌーピーのコップか何かが入っていた赤い空き箱に、コロコロウンチを数個入れて、私達は密かに盛り上がったのだ。

「Kくん」

卒業式が終わってみんなで校門近くで溜まっている時に、私達は駆け寄った。

「おぅっ、なんやねん!」

「今までいろいろあったけど・・・」

「おぅっ」

「はい、コレ!私達からのプレゼント!」

ところがKくん、私達のたくらみには乗って来てくれずに、早速疑いをかけるのだった。

「お前ら、おかしい。絶対何かたくらんでるやろ」

何もたくらんでいないよと必死でシラを切ったのだが、何度かのやりとりをしたあとに「絶対、何かある!」と断言したと思ったら、「こんなもん、いらんわい!」と私達からのプレゼントを蹴ったのだった。

<あーっ>

スヌーピーの箱は飛んで行き、その勢いで蓋が開いたと思ったら、犬のウンチがコロコロと出て来た。

「やっぱりな!」

3年間を通じて、とうとう一度もKくんをギャフンと言わせることが出来なかった。

中学の卒業式、私達は記念の飛び蹴りを受けて終わったのだった。

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2009年03月12日

「店じまいセール」

と、派手な幕が張ってありながら、度々「店じまいセール」とやっている店ってあるのだ。

前を通った時には一瞬「あれっ?」と変に思うのだが、それからその店のことは忘れてしまうのだった。

で、また前を通って「あれっ?」と思う。

”前も店じまいだったんじゃなかったっけ”

と、疑問に思うのだが

”ま、いいか”

と、また忘れてしまう。

何度も「店じまいセール」をやっている店って、”店じまいだから、買わなくちゃ”と入るお客さんより、”あれ?前も店じまいって言ってなかったっけ?”のお客の方が多いのではないかと思うのだ。それで、いよいよ”店じまいセール”の幕の効果がなくなってきて、本当に店じまいになった時には、もっと値段を下げて「店じまいなんです」と言っても、もう誰も信じてくれないんじゃないかと思うのだ。

阿佐ヶ谷の商店街も、店の入れ替わりが激しい。電化ショップのLAOXが派手に出店したのがついこの間のように思っていたが、早くも閉店セールをやっていた。電化製品に疎い私もついつい吸い寄せられて行くのだ。

闘牛のように、赤に向かって突進したくなる商店街。

店じまいセールや、決算セールや、在庫一掃セールや、店内改装セールや新装オープンセールに・・・・。

一つやり過ごせたと思っても、結局はどこかの店の前で立ち止まり、私達は何らかの「安かった」物を買って毎度家に帰っているのである。

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2009年03月13日

ウチの先祖は@@だったらしい。

そんな話を聞くと、ちょびっと羨ましくなる。

私もご先祖さんのことが知りたい。

私は祖父より上の代のことを、ほぼ知らない。父方の祖父が農家を継がずに商人になりたいと言って名古屋市内に出て来て、何かをしていたということは聞いたが、母方も含めそれ以上前のご先祖さんが、どこで何をしていたのかがわからない。

去年叔母の家に遊びに行った時にその話をしたら「お父さんがいろいろ知ってるから聞いてごらん」と言っていたので、実家に帰った時に父、しげおっちに尋ねてみたのだが、”それより今のワシの話を聞け”状態で全く取り合ってもらえなかった。

私は今までに何回か、こういう質問をしてきたが、父も母も面倒臭いと言って話を1行ぐらいに割愛するばかりだった。多分秘密にしておきたいことがあったのでも何でもない。それよりもっと重要なワシの話を聞きなさいという方にいつも話がそれていたのだった。

私が「江戸名所図解を読む」の類の江戸本を眺めるのが好きなのは、”私のご先祖さんは、どんな人だったのかしら”と、楽しい想像が出来るからだ。平安時代や縄文時代まで行くと、かなり遠い感じがして実感がわかないが、江戸時代ぐらいだとなんとなく近い感じもする。

去年は面倒臭がられて一度引き下がったが、スキを見て再度父に尋ねてみた。が、そこでも「知らん!もうみんな死んでおらんわ!」と、デカい声で言ったので、それでもう話は終わりになった。

「みんなもう死んでおらん」ことぐらいは、私もわかっている。

ご先祖さんはこのやり取りを見て怒っているだろうか。

いや、「もうしゃーないで。言っても無駄だから」と、あきれ顔で言っている気がするのだった。

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2009年03月14日

近所の家のネコちゃんはもうすぐ1歳になる頃だ。前にここに居たネコちゃんは私には懐いてくれなかったが、新しいネコちゃんは近寄って来てくれたり、家の中に入って来たりとフレンドリーな関係を築いてくれたので、私は嬉しかったのだ。

どうも私は昔から猫にあまり懐いてもらえない傾向にある。だからその分、この近所のネコちゃんに対して余計に愛着が沸いていたのだった。

なのに。

なのに。

最近、このネコちゃんはめっきり私に冷たくなった。

顔を合わせても近寄って来る様子もなく、家にも遊びに来ることもない。最初は反抗期なのかなぁ、気のせいなのかなぁ・・・ぐらいにしか思わなかったのだが、別のご近所さんには相変わらず懐いている。コンスタントに冷たくされるようになって、ようやく気付いたのだが、違いは「餌をあげる」ことにどうやらあったみたいなのだ。

ちょびっと悲しい。

私は食べ物をあげないようにしてきた。だって飼い主さんがちゃんといるネコちゃんなのだ。そりゃぁ、あげていいんなら何でもあげたい。どれほど「何かあげたい欲」を抑えてきたことか。可愛いからこそあげないという気持ち。ネコちゃんよ、君にはわからないだろうが、それが私の目一杯の愛情だったのだ。

可愛いがっているお家は、他に2軒ある。ある家のご主人が帰って来られた時には、「大好き!」と追い掛けて行って、そのままちょこっと開けられていている2階の窓から家の中に消えて行き、それでまるで自分のウチのように過ごしているのだと知った。

・・・・。

まぁ、私も・・・お菓子をいっぱい買ってくれる祖母に懐いていたが。

だが、この態度のあまりの変貌ぶりにはちょっとフラれた気分を味わったのだ。

私の部屋のすぐ隣りの塀の上は、数匹のネコちゃんのいつもの通り道。

「ここん家はケチなヤツが住んでるんだよな」

そうですね。
確かに。

でも、そこまで冷たくしなくてもいいじゃない。

今や私はネコ達にとって、完全にメリットのない存在なのである。

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2009年03月15日

黒いチューリップ、「パシフィックパール」が今日から日本初公開になる。

花の色で、品種を作るのが一番難しいのが「黒」なのだそうだ。限りなく黒に近付けられても、未だに黒い花を作るのに成功していないと以前に聞いていた。ではこの黒いチューリップは成功した「黒い花」なのかもしれない。

人間はごう慢だなぁと感じた。

相当な時間をかけて「黒い」花色は研究されていた。それほど難しい課題だったのだから、花は相当な抵抗をしたということなのだ。黒い品種が出来ることは、花にとっては本当に不必要なことでしかなかった。そこを人間が最後にねじふせたという感じが私にはする。

”全色取り揃えました”の為だけに作られた感じがする。

チューリップは茎も葉も花もどこを触っても手触りがいい。だが、その球根には毒がある。それでもその毒を使って人を襲うわけでもなく、だいたい毒があることを知らない人も多いんじゃないだろうか。それぐらいチューリップは優しい花なのだ。

黒い花は要らない。

黒いチューリップのニュースは私には複雑なだけで、嬉しいものではなかった。

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2009年03月16日

大学の卒業式、私は着物で出たので袴姿になったことがない。もう今となっては袴姿になるチャンスもなく、多分一生着ることなく老いて行くのだ。

あーあ。一度は着ておけばよかった。

袴姿の女の子達を見る卒業式シーズン、足を止めては袴ギャル達を羨ましく見つめているのだった。

しかし、世の男性達って袴スタイルに関してはどういう感想を持っているのだろう。

「オレ、袴姿の女の子って好きなんだよねぇ」

と、言っているのはまだ聞いたことがない。

もしかしたら「和装キュロット」という認識なのかもしれない。

男性にエラく不人気なキュロット。どうしてキュロットがダメなのか、一度周りの男性達に尋ねてみたら、”スカートに見せかけておいて、実はズボンな所が許せない”とみんな同じ意見だった。なんでそんなことが引っ掛かるのかよくわからないのだが、じゃぁそれと同じで袴も人気がないってことなんだろうか。

袴を着る機会は、もう弓道をやるか巫女さんになるかしか道はなく、あの袴の詳しい構造も「キュロットっぽい」というなんとなくの印象だけで、実際に着たことがないので本当の所はどういう服なのかは自分にもわからないまま・・・。あれはズボン風なのか、タックが入っているだけで、スカート風なのか・・・。

やっぱり一回ぐらい、着ておいたらよかった。

コスプレの会か何かってないのかしら。

私にとって袴は、ふんどしと同じぐらい、”なんとなく形はわかっているものの、着用の内側はどういう構造になっているのか見当がつかない”ものとなってしまったのであった。

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2009年03月17日

昨日は、検査を受けにダンボをまた病院に連れて行った。

午前中に預けて夕方に迎えに行ったのだが、病院には犬をケージごと預けるので、迎えに行った時は待ち合い室で一緒に居る動物が居ないのは私だけだった。おとなしいワンちゃんやリラックスして飼い主さんの膝の上でくつろぐワンコちゃん。吠えるワンちゃんも居るが、今まで動物病院に行って感じたのは病院内で落ち着いて過ごせる犬や猫が多いということだ。

ダンボは病院が大嫌い。ずっとビクビクしているので、よく待ち合い室でも笑われている。

<半日、どうして過ごしていたかなぁ。>

ようやく名前を呼ばれて入ると、昨日は先生より先にダンボが診察室に戻ってきた。ダンボは相変わらず暗い顔をしていたが、検査の結果は数値もほぼ正常値になったので薬を減らして様子を見ましょうという嬉しい話を聞くことが出来たのだった。

診察室を出たら、診察の待ち時間に仲良くなった飼い主さん達に「あら、飼い主さんとワンちゃん、そっくりですね」と声をかけられた。

ダンボ、そっくりなんだって。

元気になって本当によかった。

もうすぐ川沿いの道に桜が咲く頃。

去年も一緒に歩いたあの小道をまたダンボと行けると思ったら、幸せな気持ちでいっぱいになったのだった。

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2009年03月18日

私の家は2世帯しかない建物で、以前は大家さんの家だったがご主人が亡くなったのを機会に、大家さんは山口に戻られてここを賃貸用に建てかえられたのだそうだ。それでどういうわけか、水道代だけここの2軒分の契約者が一括で大家さん名義になっていて、あとで大家さんにそれぞれの家が水道代を支払うというシステムになっている。

それで私は親メーターと子メーターの数字を見て、大家さんに連絡をするという役をある日大家さんから頼まれたのだった。

2つある水道メーターを見て大家さんに電話をする、たったこれだけなので5分で用は済んでしまう。しかもそれをするだけで1500円水道料金をさし引いてもらえるというんだから、ものすごくいい条件だ。

ものすごく楽ちんなことなのだが・・・・。

この水道メーターのフタを開けるとゴキブリが居る率が高いので、見に行くまでの間にズルズルと過ごしてしまうので、結果数時間は水道メーターの用事を抱えていることになるのだった。

水道メーターというのは、フタを開けてから更にメーターの計器にフタがついているので、2つフタをめくって辿り着く。すると計器のメモリの所に砂やなんかがついているので、そこを拭いてようやくメモリが見えるのだが、だいたい1つ目のフタを開けた時にゴキブリが居るのを見つけるのだ。

「ああっ!」

向こうものけぞるがこっちものけぞる。

さすがに「ゴキブリが怖くて見られませんでした」とは言えないので、体の「内側が鳥肌」状態になりながら必死で見るのだが、家の中に戻った時にはグッタリと疲れているのだった。

今日は大家さんにメーターの数字を連絡する日。

<いざ、行くぞ。>

敷地内の水道メーターは、私にとって秘境の谷間に等しい。

水道代を1500円まけてもらう為に、2ヶ月に1度頑張るインディジョーンズなのである。

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2009年03月19日

今は12星座で言えば魚座、私も3月生まれなので魚座になるのだ。

一時、13星座が紹介された時に「へびつかい座」が新たに加わって私の星座は「魚座」ではなく「みずがめ座」だったということがわかったのだ。魚座とみずがめ座では随分性格が違う。あなたの血液型は「A型ではなく、実はB型だったんですよ」と言われたような衝撃があった。だが13星座はその後定着しなかった。朝の情報番組でも、どのチャンネルも「へびつかい座のあなたの今日の運勢は」というのはやっていない。

2月19日生まれからが魚座、いや20日生まれからが魚座。星座の本によっても括りが違っていたので、丁度境界線上にある誕生日の人は二つの星座を行き来して大変そうだなぁと思ったのだ。

好きな男の子との相性にも一喜一憂したっけ。

明日までが「魚座」の星。

実際の魚座が空に現れるのは11月の寒い頃だ。

今日の空は下弦の月。

春はもうすぐ、そこまで来ている。

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2009年03月20日

今から28年前の今日、神戸でポートピア博覧会が開幕をした。

埋め立て地に出来たマンションやモノレール、あの辺りは当時の私にとっては未来都市そのものといった感じで、生活感の感じられない不思議な場所だった。

実際の博覧会にも出掛けたが、私にはその後によく遊びに行ったポートピアランドに思い出がたくさんある。ババリアンマウンテンレイルロードというジェットコースターがあって、斜め下に降りて行く所がスリル満点だったし、学生の頃にはバンドのコンテストで出演したこともあった。賑わいの波がゆっくり潮を引いて、ポートピアも少しずつさびしくなって行きポートピアランドが閉園となったのは残念なのだ。

低い位置から夜景が見える場所だった。北公園から見える神戸もよかった。

あの先に空港が出来るだなんて思ってもいなかったなぁと思い出す。

出掛けるのはいつも晴れた日だったから、晴れた日の思い出だけがある。

広い海と青い空の似合うポートピアだった。

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2009年03月21日

弘法さんに行こみゃ〜。

出好きの祖母は「弘法さん好き」だった。

今でこそフリーマーケットはめずらしいものではなくなったが、毎月21日は東寺の弘法市は朝から日が沈むまで境内での市が開かれていて、売り手が業者さんという違いはあれど、東寺はフリーマッケットの会場になっていたのだ。

外国から来た旅行客や「京都っぽい感じ」を味わうには楽しいマーケットだが、子供には価値がわからないものばかり。古道具の良さもわからないので、一緒に霊もついて来るんじゃないかという不気味さを感じたものだった。

しかしおばあちゃん世代にとっては、いろんな物が並べられている楽しい場所。祖母にとっての雑貨市だったのではないだろうか。関西には住んでいない祖母が「弘法さん」「弘法さん」とよく口にしていたので、祖母にとって大阪の私の家から行ける楽しい場所は東寺の市だったのだと思う。

丁度下界は春のお彼岸の時期。

今頃祖母は「弘法さんに行こみゃ〜」と言って、ハンカチやティシュやアメちゃんが入った小さなバッグを手に、京都の東寺の辺りに居るような気がするのであった。

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2009年03月22日

私の家の辺りは袋小路ですぐが行き止まりになっているので、家の前を通る人は限られているのだ。

宅配の業者さん、郵便局員さん、電気やガスのメーターのチェックに来る人、新聞配達の人・・・。ダンボにとってはこれら仕事で来る人はもちろん、先住のご近所さんも悪人。もっと残念なのは私も一歩家を出たら極悪人になることなのだった。

「ダンボ、私だよ」

多分私だと認識しているはずなのに、牙ムキだしの恐ろしい形相で激高して吠える。敷地内でガラス越しに部屋を覗いていて犬に激しく吠えられている図は、侵入者に対する威嚇そのもので、ちょびっと寂しい。

とにかく誰が前を通っても、ダンボにとっては悪に相当するみたいなのだった。

「ダンボっ、シ〜っ」

たいていはこんな風に注意をする。

が、たまに<いいよ。吠えなさい>と黙認することがある。それはチラシをポストに入れに来る人の時なのだ。

私の家のポストにも2日に一度は何かしらのチラシが入っている。偶然外に出た時にチラシをポストに入れている人に会うことがあるのだが、そんな時にはたいてい私の家のポストにはチラシを入れずに立ち去ってしまう。
勝手にチラシをポストに入れることが、少しうしろめたい行為なのかもしれないなぁ・・と思ったりもするのだが、「ムムム・・・」と思うのはそうではない時のことなのだった。

私の部屋からはカーテン越しに通りの人が見える。誰かに見られているということに気がついていない時に、ポストにチラシを入れた後で辺りの家の様子を伺っているのを目撃したことが度々あるのだ。

<なんでポスト以外の所を覗いているの。>

部屋の中からそぉ〜っと、私も覗く。

私も挙動不審だが、私から見たらやっぱり挙動不審。

少なくともウチには体に比べたら怖い声が出る犬が居る。

<吠えていいんだよ>

<早く>

<いっぱい吠えなさい>

「不審に見える」のは一体どういう点がボーダーラインになるんだろうか。

私も先日、バイクに乗っている所を「バイクひったくり犯」の職務質問を受けたところなのである。

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2009年03月23日

「春色の汽車に乗〜って、海に連れて行ってよ〜」

聖子ちゃんの名曲「赤いスイトピー」は、私の乙女心をくすぐる胸キュン曲だった。

<私にもいつかこんな恋愛が待っているんだわ。>

そう信じまだ見ぬ彼氏とのデートを、私はこの歌の中でしていたのだ。

「春色の汽車」は何故か京都の四条大宮と嵐山間を走る嵐電のこと、「海に連れて行ってよ」の海は、嵐電では行けないのだが、歌詞に出て来る「駅のベンチで二人」の駅がやはり嵐電の嵯峨駅のイメージがぴったりだった。

コトコトと走る電車。

歌と同じく線路の脇にスイトピーが咲いていそうな景色の嵐電。

その年の春、私は京都の大学生になる予定だった。

私、もうすぐ彼氏が出来るんだわ!

何の根拠もないが、かなり明確に歌の中の景色が脳裏にはあり、「タバコの匂いのシャツにそっと寄り添うから〜」のシャツの柄は青いチェックで素材はネル、という細かい設定までクッキリあった。

だが、今になって思うのだ。

あの時、あんなにハッキリと彼氏とのデートをイメージ出来たのに、私は肝心の彼氏の「顔」だけが浮かんでいなかった。日差しの柔らかさの加減や、彼氏のしている時計が「SEIKO」のアナログという小物まで決まっていたというのに・・・・。

あれから時は流れ、未だに私は赤いスイトピーを聴くと同じ景色を思い浮かべている。

彼氏の顔だけが浮かばないというのが、何とも寂しい予感なのであった。

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2009年03月24日

お二階に住んでいるワンコちゃんは、ミニチュアピンシャーという短毛の小型犬。黒とこげ茶の二匹で、飼い主さんは30歳前後の同棲カップルだ。

上のワンコちゃんは、飼い主さんが居る時は静かなのだが、今年に入ってから一匹の黒い方のワンちゃんが飼い主さんが出掛けて居なくなると、1〜2時間ずーっと吠えるようになってしまった。

本で読んだことがあるのだが、どうやらこの行動は「分離不安」から来るらしい。飼い主さんが居なくなることがストレスとなって、部屋の中で粗そうをしたり物を壊したり、ウンチを食べたりすることが留守番のワンちゃんに起こることがあって、飼い主さんが出て行って1〜2時間吠え続けるということもあるのだそうだ。

おかげで午前中は、最近はずっとワンワン吠える中で過ごす日々となってしまった。

洗濯物を干そうと窓を開けると、窓の所にやって来て激しく吠えられる。いつも黒いワンちゃんが窓の所で仁王立ちをしているのだが、もう一匹も援護にやって来て一緒に吠えるので、洗濯物を干している間じゅうは更にうるさくなる。ダンボが飛び出るのを見ると、それでまた激しく吠える。お昼を過ぎるまではずっとこんな調子なので、この声は他の家にも聞こえているのだと思う。

だが、飼い主さんが家に居る日は静かなのだ。

洗濯物を干そうが、ダンボが遊んでいようが、全く姿も現さない。だからまさか自分の留守中に毎日吠えまくっているなどとは、飼い主さんは思いもしないのだと思う。

「あら、今日は家に居るんですね」

「今日は早く家を出られたんですね」

複雑な感じだが、私は飼い主さんに心の中で話し掛ける毎日となった。

今日はまた朝からワンワンと吠えている。

「もうお仕事に行かれましたね」

お二階のワンちゃんはこうして、お二階の人の暮らしをご近所さんに教えているのであった。

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2009年03月25日

外来日。

病院内を歩いていると、頭上で「ウィーン」「ガチャン」という音がした。

院内の天井にはレールがついていて、ミニモノレールのような自動運搬機が行き来をしている。このミニモノレールはカルテなどを運んでいて、モノレールの小型版そのものなのだ。途中方向転換も一人でしながらゆっくりと進んで行く。「賢いなぁ」と感心しつつも、いつも病院内に入った時はモノレールの存在を忘れているので、毎度頭上で「ガチャン」と音がして首をすくめているのだった。

「しゅっぱーつ」

「しんこう」

病院内も忙しく人が動いているが、天井の世界も忙しい。速度はゆっくりでありながらもあちこちで移動している所を見掛ける。いっぱい仕事が詰まっているのだろう。

「ガチャン」「ウィーン」「ゴトゴト」

あら。

モノレールの中で、私のカルテが廊下を歩く私の姿を見つけた。

<急に音がしたんで、首をすくめてビックリしてるわ。>

「あれがね、私なんですよ」

隣りの席に座っていたおばあちゃんに話し掛ける。

「私はもう待ち合い室に着いているみたいだわね」

おばあちゃんカルテはモノレールの進む先の方に目をやって今度はおばあちゃんを発見、私の方を見て笑った。

モノレール、駅に到着。

じゃ、また。
お元気でね、ごきげんよう。

今日も病院にはたくさんの患者さん。

<あそこのベンチが空いているわ>

「ここ、よろしいでしょうか」

「えぇ、どうぞ」

あれ、どこかで会ったことがあったような気がしたけれど。

きっと気のせいね。

笑顔で返事をくれたおばあちゃんの横に、私は腰を掛けたのだった。

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2009年03月26日

今日の昼にカレーを食べたのに、それを忘れてまた夕飯にカレーを食べていた・・・という、他人の話は聞くが、私の場合それはパンだったりする。昨日は病院の帰りに喫茶店に入ってサンドイッチセットを食べたのだが、食事を終えて店を出て20メートル程先でパン屋さんを見つけ、「あら、パン屋さんだわ。買って帰りましょう」と店内に入ってパンを買っていたのだった。

今、サンドイッチを食べたばかりだということを思い出したのは、パンを買って店を出てから・・・。

<あら・・・そう言えば今>

<私パンを食べたばかりだったわ>

まぁ、いいか。

一日3食”パン”であることも、1ヶ月に何日かあるので、意識して手にしたかしなかったかの違いでしかない。

パンが好き。

焼き立てのパンはささやかな私の幸せの素なのである。

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2009年03月27日

今朝目が覚めたら喉が痛かった。

鼻水が出たら「花粉症」だとハッキリわかるのだが、毎年私の症状は微妙なラインで「花粉症」だと言い切れないまま時期をなんとか乗り切っているので、この喉の傷みが風邪から来るものなのか花粉症からなのかがわからないのだ。

病院に行ってアレルギーテストを受けると、そこら辺のことはハッキリわかるらしいのだが、取り合えずは「健康体」から少し脱落しそうなこの症状を何とか食い止めよう。

そこで取り合えず、近くの薬局に行ってみたのだった。

花粉症対策コーナーと風邪対策コーナーが丁度隣り同士に並んでいるので、両方を行き来してみる。

薬を前にしてみたら自分の行動が決まると思ったが、薬局でも自分の症状がどちらなのかがわからなくなってしまった。

「風邪」か「花粉」か。

やじろべえのように揺れて、結局「花粉」の薬を購入して帰った。

が、家に帰って花粉症の薬を飲んだら、今度は頭が少し重たくなってきて症状が「風邪」のような気がしてくる。

時期を過ぎてしまうとすっかり忘れてしまうのだが、あぁ・・・去年も確かこうやって5月ぐらいまでグズグズしていたっけ。

「風邪」「花粉」「風邪」「花粉」・・・。

春、私は自分の体で花占いのように「風邪」か「花粉」かを占うようになっているのである。

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2009年03月28日

今年は桜の開花宣言があってからの気温が下がったせいで、あれからも満開にならず桜の季節が結果長くなっている。

本当なら今週末が満開となっていそうだったのだが・・・。

近くの川べりにダンボを連れて行ってみたら、まだほとんどが枝だけの桜で一部しか咲いていない状態だった。桜が咲いていないと人も来ていない。一組数人のグループがブルーシートを敷いてお花見をしていたが、少し寒そうだった。行きは屋台が出ていたが、まだ日が沈んでいないのに私が帰る頃には屋台も今日は終わりの様子。

明日もこの調子だと満開にはならないだろう。

去年は土日が満開で人が沢山訪れていた。

今年は平日が見頃になるかもしれないなぁと思うと少し残念に思えて来たのだった。

前の家もそう、桜の綺麗な場所に住んで私自身変わったことがある。

桜は土日の満開が似合う花。

あと一週間、満開になるのを待っていておくれ。

桜にはわかるかな。

きっと・・・わかっているだろう、人間には7色の曜日があるということを。一年じゅう彼等の方は私達のことを見ているのだから。

では、お願いを聞いてくれるかな。

桜は土日が似合う花。

晴れた土日が似合う花。

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2009年03月29日

3月29日は、マリモが特別天然記念物に指定された日を記念して「マリモの日」になったのだそうだ。

マリモと言えば、北海道のお土産という連想をするが、阿寒湖だけでなく山梨県の山中湖や滋賀県の琵琶湖にも生息しているのだそうだ。ただ、「マリモ」のイメージの”大きな球状の形をしているもの”は、阿寒湖と青森の小川湖にしか居ないのだそうだ。

友だちが確かビン詰めのマリモを持っていた。

<これ、どうするんだろう。>

と、思いながら見ていたような気がする。

マリモで思い出したが、私は2000年の1月に救急車で病院に運ばれて2週間程、救命救急センター内に居たのだが、この時に変な夢ばかりを見ていて、その中の一つに自分がマリモになった夢というのがあった。夢の中で、私はマリモだった。そして場所は京都だったのだが、とある坂道を楽しく転がっている夢だった。なんでマリモだったのか、不思議な夢だったのだ。

今日はマリモの日。

まさか自分が天然記念物になっているとは知らず、そして自分の日があるとも知らず、今日もマリモは湖の中で静かに過ごしているのである。

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2009年03月30日

D−naughtのレコーディング。

「おはようございます」と挨拶をしてエンジニアの方に家から持って来たハードディスクを渡す。中には家で作って来たデータが入っている。それを取り込んでもらってトラックダウンという作業をしてもらうのだが、私が初めてレコーディングでスタジオに入った頃からは考えられない程、システムは変わったなぁと思う。

かつてはキーボード音源がたくさん運び込まれ、それが約2メートル程の高さに積み上げられているのが、スタジオの風景だった。マニピュレーターという機械専門の人が居て、そのマニピュレーターさんに一音ずつ音色作りをしてもらうのだ。長い時は一つの音色が決まるまで1〜2時間ぐらいかかる。

とにかくレコーディングはスタジオに居る時間が長かった。今はそれらの作業がスタジオに来るまでの作業に出来ることになったので、楽器を持たずにスタジオに来るという回もあって、今日はそのパターンだったのでふと一番初めの頃のことを思い出すと感慨深かったのだ。

エンジニアの方がミックスダウンをしている時間はスタジオの外で仕上がりを待つ。メンバーはスタジオに置いてあるゲームで盛り上がっていた。こういう待ち時間は割とゆる〜く時間が流れるので、みんなリラックスして過ごす時間となっている。

「出来ましたんで、聴いてみて下さい」

スタジオからエンジニアさんが出て来られた時は、「生まれましたよ。元気な男の子です。」と病院で声をかけられる感じに似ているのかもしれない。

耳を澄ませて出来上がったばかりの柔らかい皮膚の曲達を聴く。正直言うとこの最初に音を聴かせてもらう時というのは、自分の耳に自信がないので、耳を立ててチェックしながら聴くというよりも、好きで聴けるかなぁということだけを意識するようになった。

「いいのが出来た」そうメンバーが思えたらそれが何より。私の場合気になった箇所というのは、何年経っても気になってしまうので、そこを出来るだけ汲めたらいいなと思う。あとは”10年経っても自分達の音を好きでいられるように”そのことを考えて意見を出せたらいいなと思っている。

明け方までのレコーディングが少なくなったのも、システムがこうして変わったことが影響しているのだと思う。

とても健全な時間に今日の作業は終了となった。

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2009年03月31日

たまにテレビで”仕掛けられた「盗聴器」を発見する”プロの取材物をやっている。探知器を部屋の中であっちこっちに向けてその後コンセントの方に向けると器械が反応して、「あった!」「ここだ!」という声がするのだが、私も同じようなことを携帯でやるようになっているのだ。

私は未だにmovaを使っているのだが、そのせいなのかどうなのか、自分の携帯だけ圏外になるケースが増えていて、一人電波が入る所を探して携帯をかざしながらウロウロすることが多くなったのだ。

自分の家でも途中で電話が切れて、家の外で電話をしていることが割とある。渋谷の街中でも圏外になった携帯をかざして歩いていたし、昨日から居るスタジオは他のみんなの携帯は通じているというのに、自分のだけは圏外になっている。私は携帯をかざしながらエレベーターに乗り、一階に着いて更にビルの入口まで行き、それでも圏外のままなので自動ドアを出て外に出て、そこでも電波が入らないので道路に出ているのだ。

「あった!」「ここだ!」

ようやく電波が入った場所は、ちょっと広くなったT字路の辺り・・・・。

いつからmovaは携帯をやめて探知器になったんだろう。

メカは出世魚の逆で、世代交代と共に化石化していく傾向にある。

数年前「すごい!新しくてかっこいいー!」と賞賛を受けた私の携帯は時が流れ、トランシーバー、探知器へと姿をかえて行ったのであった。

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