2009年06月01日 |
今日は父しげおっちの誕生日。
しげおっちはもう81歳のおじいちゃんだ。
土曜日に今日の午前着で誕生日プレゼントを送ったので、もう届いている頃かなと思って11時頃に電話をしてみた。
「もしもし」
「あー、あんたか」
「お誕生日おめでとうございます」
「昨日はマコトと孫が来よったわ」
何か送った時にはこのタイミングで「あ、何か荷物が届いとったわ」と言うので、まだ届いていないのだろう。昨日は妹の旦那さんと孫が父を訪ねてくれたおかげで、機嫌がよかった。
「チエはパートに行っとって来られへんかったけど、何かみかん送ってくれよったらしいわ」
しげおっちは妹一家の誰かが記念日に連絡をくれるか、訪ねてくれるかすると非常に機嫌が良く、誰からもアクションがないと「だーれもワシんとこに来ぇーへんのや」とものすごーくゴネる。
今日はよかったとホっとしたら・・・
「ほんで、何の用や!」
何の用かと聞かれたので、もうすぐ私からも送ったものが届くと思うから待っていてねと言ったら、父は今日がよっぽどご機嫌だったようで、
「ありがとさーん」
と、言ったのだった。
その後「用はそれだけやな」
いつものように最後はガチャンと電話を切っていたが・・・。
今日は・・・・記念日。
ワタシモ、トテモ、ビックリシタネー。
生まれて初めて父に「ありがとう」と言われた。
有り得ないチョ〜〜驚きの記念日となった。
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2009年06月02日 |
新しいパソコンもだいぶ使えるようになってきたので、昨日新しい音楽ソフト「ロジックプロ8」のインストールをして、今月はこの音楽ソフトをマスターするのが目標なのだ。
今までは「デジタルパフォーマー」というソフトを使っていたので、今回思い切って他社のソフトにかえた。他社のソフトにかえるとそれまでの手順とは全く別の手順で進めないといけないので、音楽以外の部分でまず勉強をする時間を大きく取らねばならず、これは私にしては今回一大決心だったのだ。
コツコツと勉強をして、もしマスター出来たとすれば、長年のメカコンプレックスからきっと卒業出来るだろう。今回はだからチャンスだ。
わからないことがあるなりにも、幾度か失敗をしてうまく行くということを、この二日だけでも経験すると、自分が人間的にも成長したんじゃないかというような気になり、なんとなく張り合いが出てきたのだ。
カレンダーも6月にかわり、そろそろ梅雨が始まる。
雨が降る分草木はグングン伸びる。
そう、6月は成長の月なのだ。
そう意識して過ごしてみよう。
一度覚えたことは、二度目は一度目より早く達成出来る。
雨の後の草木のように、私も伸びたいものなのだ。
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2009年06月03日 |
夕方、電話が鳴ったので取ったら、先日父に品を送った店からだった。
「こちらの不手際で、まだお品物をお送り出来ていないことがわかって・・・・」
え!?
一昨日必着で余裕を持って買いに行ったのに、まだ発送もしていなかったとは・・・。
そりゃそうだ。直接店舗で品物を買ってこれを送って下さいとお願いをしたのだから、あいにく在庫が切れていてという理由ではないだろう。
「今から送ってもいいですか」
だってもう済んじゃったんだから、今から送るしかないだろう。急に強引にそこだけ詰め寄るちょっとてんぱった店員さんだったのだ。
ガチャン。
はぁ〜〜〜〜〜あ。
今まで私は父に何かを送っても「送ったから」と先に電話をすることはなかった。そして父に「ありがとう」と言われたのも生まれて初めてのことで、めずらしい出来事だったなと思っていたら、こういうあまりない出来事にもあってしまったのだ。
一昨日、「じゃぁもう品物が届いても電話せーへんよ」と父は言っていたので、私も疑いもしなかったのだが、もっとめずらしいのは、父が「あれから待っとるけど、一向に何もけぇへんがな!」と2日間も何のリアクションもせずおとなしく待っているということだった。
ちょっと可哀想になった。
しげおっちは私の50倍ぐらいせっかちなのだ。
5分待たせたら、それを1時間ぐらいに感じるじいさんで、きっと「今日は荷物がもうすぐ届くから家に居てね」と言ったのでずーーーーっと家で待っていたに違いない。取り合えず電話をして事情を話そうと電話をすると・・・。
「そうやねん。けーへんなと思っとってん。今日まで待ってけーへんかったら、あんたに電話しようと思ってな」
私のことを「あんた」と呼ぶ以外、まるで別人のようなしげおっちではないか。しかも、その店員さんは今頃あせって責任感じてすぐ送ったと思うで、みたいなことを言うので更に驚いた。
<これは父のキャラではない。>
この人は誰なんだろう。
昔、眉村卓さんのSF小説にハマった時期があって、その頃母がちょっと優しいキャラになると「この人は母のフリをした宇宙人かもしれない」と真面目に疑ったことがあった。
しげおっちは宇宙人になったかもしれない。
温厚すぎておかしい。
大人な意見を言えるなんておかしい。
電話を切るとそんなことが頭をよぎっていった。
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2009年06月04日 |
「小さな恋のメロディ」という映画があって、子供の頃度々テレビで放送されているのを観ていた。
ある男の子が少女に一目惚れをする。最初は気にもしていなかった女の子も、そのうちに男の子を好きになって相想相愛になる。だが、そこでまた二人を阻む大人達が出てきてなかなか恋が実らない展開になっていく・・・というストーリーで、「いつか素敵な恋愛をするんだもん!」と夢見がちな小学生の乙女達の心をキュっと掴む可愛い映画だったのだ。
私ももちろん夢見がちな少女だったのだが・・・。
映画のラストシーンで夢から覚めていたのだ。
映画では二人が、もう誰の邪魔もされない所へトロッコに乗って楽しそうにフレームアウトしていき、”ありえへん!”と、急にこの映画を撮った監督への怒りにも似た感情でいっぱいになったのだった。
ありえへん。
絶対にありえへん!
大人に邪魔されずに自分達で生きて行けるわけがない。
だって私もそれまでに何度も田んぼにあったワラで家を作り、そこで一人でやって行こうと試みたのだ。土管や何もない空き地といろいろ物件を考えたが、結局ワラをいくら掘っても積んでもかまくら風の形にはならなかったし、せいぜい私の一人暮らしは夕方になるまでの短い時間しか続かなかった。
どうしたら大人の力を借りずに生きていけるんだろう。と謎に思っていてその答えを知りたかっただけに、トロッコに乗って二人で草原の彼方に消えて行く結末は解せん・・・・・。
お金も持っていないやん。
お腹も空くやん。
あの映画の主役の2人も、もう今では立派な中年男女になったと思う。
トロッコに乗って、それからお互いに紆余曲折あったと思う。
特殊メイクなしで「あれから」のお話が撮れるって、すごくいいなと思うのだ。
そろそろ続編が観たいのである。
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2009年06月05日 |
キャットテールが家に届いた。
ガーデニング好きな人なら、個々に好きな花というのがあって、この時期はこのお花を植えたいという「好み」が出るのだが、そのうちの一つがキャットテールなのだ。
病気もせずに春から晩秋まで長く咲いてくれて、少し垂れるように伸び、見た目が優しい感じが好きなのだ。キャットテール=猫のしっぽ、猫の尻尾に手触りも似ていて特に注文をしなくちゃ手に入らないわけでもなく、時期になれば近所の花屋さんで300円ぐらいで買える一般的なものだ。
ところが今年は花屋さんに行く時期が、少しタイミングがズレて居たみたいで、見掛けないままもう5月が過ぎてしまった。通販で苗を探すと既に「売りきれ」表示が多くなっていて、それでようやく「タイミングを逃したんだ」とわかったのだ。
<これは買わなくちゃ。>と、ボタンを押した。
”キャットテールが来たらここに置く”と決めた位置と、去年も植えた同じ鉢に収めて、そうしたらすぐに違和感なく先住の花達に混ざった。
花が夏の季節の物達にいつの間にか入れ替わって行く。
次の季節を庭が知らせてくれる暮らしをしている。
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2009年06月06日 |
夜、プールに行った。
プールと家の間にはオリンピックというスーパーとホームセンターと園芸、ペットショップのある大型店舗があって、プールの行きか帰りには特に用がなくても立ち寄ることが多く、帰りにはシャンプーを買っていたり果物を買っていたり、犬のおもちゃや苗を買っていたりと、何かしらを手にしているのだが、この間はあやうくカメを買いそうになったのだ。
その日何となく通ったエリアに「カメ飼育セット」の水槽が置いてあって、「ふーん」と横目で見ながら通り過ぎると突き当たりに赤ちゃんガメ水槽があるのが目に入ったのだった。
私は幼稚園の頃に家の前の溝でカメを拾って、育てていたことがあった。その後引っ越しをする時に、「犬は連れて行くけれど、カメは置いて行きます」という母の決定に従いあっさりカメとバイバイしたのだが、「そう言えばカメを飼っていたことがあったわ」と思い出したのだった。
一分前までカメは私の脳裏に全くなかったのに、「もしかしたら、これって縁なのかしら」と考えている自分が居る。この思い込みモードに入ったことによって、私は今までにフェレット2匹と犬1匹を急に飼うことにした経緯があって、店員さんを捕まえてカメの飼い方まで尋ねていたのだった。
店員さんによるとカメは50年ぐらい生きるらしい。
ということは、私の方が先に死ぬのか。
80歳になってカメの世話が自分に出来るのかと考えたら、さすがに想像が届かず責任が持てないなと思い、そこでふと冷静な自分を取り戻すことが出来たのだが・・・・。
キウイを買うのとは訳が違う。
責任を持って生き物は飼わなくちゃダメなのだ。
いけないことだが、私はオリンピックに行くと気まぐれで物を買ってしまう。
キュウリやトマトをカゴに入れながら、今日はとても軽い気がしたのであった。
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2009年06月07日 |
つまづきながらも、それでも毎日何とか少しずつ使い方をつかんできた音楽ソフト。ついに一昨日の夜から一歩も進まない状態になってしまった。
毎日、必ず収穫があったので自分にしてはスムーズに行き過ぎているとさえ思っていたのだが・・・。
問題が解決しないのは、更に新しく覚えようとしているメロダインというソフト。音楽ソフトだけでなく、いろいろなソフトがこれに複雑に関係をしてくるので、勉強することがドっと増える。
土日はメロダインの電話窓口がお休みなので、自力で頑張るしかないのだが、説明書の通りにやっていることが上手く行かない。というか、説明書以前の段階でエラーを起こしているのだ。
「これ、壊れてる!」
前の私ならそう叫んでいた。しかし今回ゴリラを卒業しようと思っているので、精一杯大人な考えをして頑張っている。
「う〜〜〜ん、一体どうしてだろう」
経験上こういうことにはきっと裏技が必要になってくるのだが、それが解決出来ずにいるのだった。
きっとこの今の困っている状況のクリア方法を知っている人が居るはずなのに・・・・。
ぼんやり、見たこともない担当の人のことを思い浮かべる。
きっと、今日は仕事が休みで横浜にドライブに行っているんだわ。
何故か横浜の景色が浮かんだのであった。
はぁーーーーーっ。
パソコンをマスターするにあたっては、私も土日を休みにする予定で組めばよかった。土日にパソコンの駒をちょっとずつ進められる前提で、来週の予定を立ててしまっていた。
月曜日が待ち遠しい。
今日はもういさぎよくあきらめようと何度も思いながら、気になって時間が経つとまたトライしている自分が居る。
朝から始めて日が暮れて真っ暗になると、とってもうらさびしい気分になるのだ。
かんしゃくを起こすな。
泣くな。
頑張れみ〜ちゃん。
暴れず、叩かず、相当大人になろうと意識してきたが、部屋の中をウロウロして落ち着かないその姿は、ややゴリラ化してきた・・・。
彼女にしては今回ものすごくパソコンを頑張っていたが、それもこれまで。またゴリラに先祖返りしてしまいそうな、てんぱり気味のみ〜ちゃんなのであった。
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2009年06月08日 |
午前中、金曜日から解決が出来ずに操作が始められない音楽ソフトの会社に電話をしたが、ロジックもメロダインも私のような状況は聞いたことがないという答えで、解決出来ると期待を掛けていただけに途方に暮れる。
パソコン上で検索をしても答えはなく、しかし昨夜一つだけミクシーの中で私と同じ状態で困っているという人のトピを見つけていたのだ。トピ上ではまだ解決されていなかったが、その後この人は何らかの形で解決をされたに違いない。
もう頼みの綱は見ず知らずのこのミクシーの女性しかなくなった。昨夜発見してから度々、この人の所を覗きに行っていたが「同じ現象で困っている者です」というメールを送る勇気はなかった。
よし。
尋ねてみよう。
勇気を出してメールを出してみたのだった。
もう切り替えよう。
今日はこのあと臼井かつみちゃんが家を訪ねてくれるので、てんぱったゴリラから戻ってこのぐちゃぐちゃになっている部屋の片付けをしなくちゃ。
でもあと一回だけ試してみよう。
と、いろいろ触っているうちにふとあるボタンをオフにしたら・・・。
3日間の糞づまりがドバーーーっと流れて行くように、ソフトが突然正常に動くようになったのだった。説明書には載っていないまさに裏技というやつを、偶然見つけることが出来たのだった。
うそーーーーーーーっ。
自分で解決出来るだなんて。
半泣きのゴリラは急に博士になり・・・。まずは急いでミクシーの女性に追加メールを送った。そして親身になってくれたメロダインの人に報告の電話をした。何度くい下がっても「これはロジック側の問題ではありません」と言っていたロジックの人には連絡してやるもんかと思ったが、結局ロジック側の操作だったので今後私と同じような人が困って電話をして来たらあんたとこが答えてあげなさいよという気持ちで電話をしてみたが、あいにく今はロジックで電話に出られる人が居ませんとマックの担当の人の返事だった。
それにしても嬉しい。
こういうケースで解決が出来るこんなことは始めてだ。
昼間の私はものすごく暗かった。
しかし、今日みたいに一日の中で挽回出来る日ってきっとあるんだろう。
夜はめずらしく「乾杯〜」と気分良くお酒を飲む逆転優勝のような日となった。
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2009年06月09日 |
母の命日。
母が亡くなった頃というのは、私も生きる力がかなり弱っていた頃だった。食事も鼻からの栄養だけで全くの寝たきり、しょっちゅう器械が「ピー」と鳴りそうすると看護師さんが来て「頑張って息をして下さい」と言うのだが、頑張って息をして「ピー」と鳴っていたので毎日が、ただただしんどかった。
夕方に「北の国から」の再放送をやっていたのをボーっと観ていた丁度その頃に母は病院で息を引き取った。
知らされたのはその日の夜だったんじゃないだろうか。
私には母の死を悲しむ感情がなかった。一回一回息をするのがとても大変で、起きている間じゅう頑張って息をしていないといけないのにもう疲れていたので、母が寂しがって私を連れに来るような気がして恐ろしかった。
「お母さん、私をまだ連れて行かないで」
あの頃は何度もそうお願いをした。
もうじゅうぶん疲れて、全てをやめてしまいたいと思っていたのに、どうしてそんな状況の中でも「まだ生きていたい」と強く思ったのか、理由は自分でもわからない。
でも、今は信じられないぐらい元気になった。
当時の私を知っている叔母は、私はもう死ぬのだと思っていたと言うのだから、今の私は劇的な回復を遂げたと言ってもいい。
毎朝、母や亡くなった身内、チビちゃんとゴンちゃんに手を合わせて少しだけ話をする。その時に過去がよぎり、今をすごく有り難いなぁと感じる。毎日、なるべく笑って過ごせるように。その為の方法を考えるのが一日の舵取りになるのだと思う。
時々、母は私の夢に出て来る。
夢の中の私は一度も母がそこに居ることを不思議に思わない。
母の好きだった「バラ」を庭で切って一輪差した。
「お母さんにそっくりね」
よく言われるようになった。
母は病気がちだったが、父に大事にされて幸せな一生だったと思う。
それを思い出せば、自分も幸せになれる。
命日なのに、寂しくない。
今はまるで母の誕生日が増えた、そんな感覚になっている。
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2009年06月10日 |
赤坂ACTシアターに、音楽座ミュージカル「しゃぼん玉とんだ宇宙までとんだ」を観に行った。
私にとっての未知の場所が「オケピ」と呼ばれているオーケストラピットなのだ。客席の前に楽器演奏エリアがあって、ここで劇の生演奏をするのだが、むか〜し京都に居た頃にダンスミュージカルの生演奏をしたりしたこともあったので、個人的にはとても興味深いエリアなのだった。
前回も公演が終わるとオケピを観に行ったが、今日はオケピのすぐ前の座席を頂けたので、楽器や譜面、バンマスの合図までよく見える。
今回の作品は再演を重ねている作品で、キャストやスタッフが新しくなったりしながらも、音楽座ミュージカルにとって特別な作品でもあるのだそうだ。私は今日が初めてになるが、多分何度も試行錯誤を重ねて今の形になったんだわと思うような、緻密で芸術的な演出箇所がいくつもあり、中でも遊園地の迷路のシーンがあってそこは度々ストーリーの中に出て来るが、仕掛けの美しさが特に私の心を掴む箇所だった。
ミュージカルは現実の私には出来ないジャンル。だが、観ているとウズウズして自分も踊りたくなって来るので、必ず家に帰ると部屋の中でプチミュージカルタイムを設けてしまう。
「ダンボ!見て!」
ダンボを前に私はプチミュージカルを開き、特に興味も示さない小型犬とその前で踊って歌う女の図になるのであった。
かつて私の前世は室町時代だったか鎌倉時代だったかの、踊り子だと言われたことがある。鼓をポン!とやって踊っていたそうな。
歌って踊るとスッキリする。
ダンボというお客さんはいつもとても冷たい反応だけど。
気にしないわ。
ミュージカルを観た夜は、家で私も自分のうちで公演を行っているのであった。
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2009年06月11日 |
ご近所さんの臼井かつみちゃんの家に遊びに行った。
かつみちゃんはお料理が大好きなそうで、今日はベースの宮野和也さんと山内薫さんとの4人の夕食会で手料理を振る舞ってくれるとのことで、夕方にお邪魔をした。
家からバイクで10分ちょっと。私の家の辺りも都内とは思えないのどかな場所なのだが、かつみちゃんの家に行くと更にのどかな場所だった。目の前が栗林になっていて空がとても広い。車も敷地内に置ける広さで、こんな場所がこんなに近くにあるとは知らなかった。
「ちょっとずつ出すから」
私も手伝いたいが、本当に料理はだめ。手伝わない方がいい。以前にみそ汁を作るところを会社のY氏と山口晶くんに見られたことがあったが、「えっ!」と絶句をされて「だから見るな!」と怒ったことがあるぐらいだ。
あまり人に言えないことなのだが・・・
私は朝は作るのだが、夕飯となると「自分で料理をする時期」→「まずい時も我慢して食べる時期」→「ある日突然まずさに耐えられなくなる時がやって来る」→「その日を境に作るのをやめてお弁当を買いに行く時期に突入する」→「お弁当の時代が長く続く」→「軒並みあちこちの弁当を食べつくして」→「2巡3巡まで行くといくら何でも弁当にも飽きる時期が来て」→「また自分の手料理を食べてみたいと思うようになる」というサイクルを延々繰り返しており、料理を作るのが好きでそれを食べて幸せになるという日々にあこがれていたのだ。
フルコースみたいに、食べ終わると出てくる手料理。
これがまた美味しい。
どうやって作るの?とはもう聞かない。料理上手な人は冷蔵庫にある同じもので魔法を使うみたいにして、美味しい料理にしてしまえるからだ。
次、引っ越す時っていつだろう。
「一緒に住みたいな!」
女性は料理上手な方がいい。
絶対にその方がいい。
今夜は本気でそう思ったのであった。
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2009年06月12日 |
バイクで走っていると電信柱に気になる看板を見つけた。
「きっとあなたのお役に立つお店 早苗」
それまで”怪我をしないように真っ直ぐに走る”ということしか考えていなかった私の脳みそは、この看板を見たことによって一気に気が散ってしまった。
<一体、何のお店なんだろう>
お役に立つって、どんなことで?
矢印が丁度私の進行方向を向いていたので、ここからそれほど遠くない先にその店があるんだろう。早苗が何の店なのか、急に答えが知りたくなった。
「早苗」という名前からまずスナックを連想する。
でもスナックにわざわざ「あなたのお役に立てる」という謳い文句を書くだろうか。もしも飲み屋さんだとしたら、じゃぁもっとスペシャルなエッチなサービスでもあるお店なんだろうか。
うーーーむ、わからない。
次に「早苗」の響きから思い浮かんだのは、「洋服のリフォーム」系のお店だった。早苗さんという裁縫の上手なご婦人が居て、家の一部を洋服のお直しなどの小さな店を構えているのかもしれない。
うーーむ、早く答えが知りたいのだ。
思ったより走ったのだがまだ「早苗」は見つからず、そうこうしているうちに自分の家に帰るのに右折をしなくてはならなくなった。
うーーー。
「早苗」を突きとめることが出来なかった。
ちょびっとガッカリして右折をしたら、また電信柱に「早苗」の看板が出ていた。
「買入 質 早苗」
答え=質屋さん
きっとあなたのお役に立てる、と言われればそうかもしれない。そうか、そうだったか。
なぞなぞの正答率は昔からたいそう低い。
ところでその店はどこにあるんだろう。
結局「早苗」の場所はわからないまま・・・。
答えを知ったら私もモヤモヤがスーーっと消えて行き、”ダンボ、もうすぐ帰るよ!”と、いつもの帰り道の心の中へ戻って行ったのであった。
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2009年06月13日 |
洋服屋さんに入った時、何気なく洋服を見ていたら、「私も同じのを持っているんですよ〜」と声を掛けて来る店員さんが居るが、あれは接客マニュアルに載っているんだろうか。
それがもし「私も同じのを持っているんですよ〜。もう店で何度か着ちゃったんでよかったらあげますよ」と、いうことなのだったら嬉しい。
だが「私も同じのを持っている」と、言われても私はそこから会話が広がるタイプではなく、「あぁ、そうなんですかぁー」と笑って答えるだけで終わるのであった。自分が苦笑いになっているなと思う時ってこんな時なのだ。
他には、やはり品物を何気なく見ている時に急に話し掛けられる「これ、可愛いですよね〜」が謎で仕方がない。だって、”何でこんな高い値段なの”と驚いている時だったりもするのだ。”これ、買う人なんて居るのかしら”と考えている時に「可愛いですよね〜」と聞こえて来る。「ですよねー」って、決めつけはやめなさい。
物を売る為、ファッションビルの中は日本語の使い方が変になっているのだ。
「これ、素敵ですよね〜」
初めて会う名前も知らない人に声を掛けられる。
「私も同じのを持っているんですよ〜」
背後から、その人はいつの間にかやって来る。
「わー!びっくりした!」と、たまに私は驚いている。
シャックリを止めたい時に、今度は行ってみるのだ。
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2009年06月14日 |
お向いに住むおじさんに、「たくさんあるから」とあさがおの苗を3つ頂いて、それからあさがおの成長が毎日の楽しみとなっている。蔓タイプの植物はその生命力の強さがよく見える。つかまる所を探して一晩でいつの間にか背が伸びて何かしらに絡まっているのだ。
隣りの花木の枝、雨どい、雨戸のフェンス、配管線・・・・。つかまって伸びていくのが蔦植物の生きる方法で、”私、ラティスがないとヤル気が起きないの””もっと日当たりをよくしてくれなくちゃダメだわ”と文句を言うわけでもなく、ふてたりもせず、自分で自分に必要な条件は、ないなら身近なもので代用してやりくりして大きくなっていく。その様から学ぶことは沢山あるのだ。
お向いのお家は二階のベランダから何本もあさがおが上れるようなヒモが設置されて以来グングン伸びている。
ジャックと豆の木の、あの空まで伸びたのはあさがおだったのかもしれないね。
伸びろ、伸びろ、天まで届け。
もしも届いたら、チビ太とゴン太に会いたいな。
ところで、何色が咲くんだろう。
尋ねていなかったからわからないのだが、それも咲いてからのお楽しみでいいなと思う。
我が家にあさがおが加わった。
我が家のあさがおも夏に向かって伸びている。
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2009年06月15日 |
夕方、ダンボと散歩から帰って来ると、角っこの家のところに「ムサシを探しています」というチラシを見つけた。
「ムサシ」は斜め前のお家の猫。私は猫になついてもらえないことが非常に多く、猫コンプレックスに陥っていたのだが、この「ムサシ」は私にもなついてくれるフレンドリーな猫ちゃんだった。アメリカンショートヘアの血が混じっていて、兄妹でもらわれてきたが、妹は車にはねられて死んでしまったらしい。それからも長い間いつもの場所でムサシは妹が帰って来るのを待っていたと、つい先日聞いたところだった。
張り紙には水曜日から居なくなったとある。前みたいによそのお家でしばらく過ごしていたという状況だったらいい、とにかく車にはねられないで居てくれたらと願うばかりだ。
飼い主さんの家から、最近は餌をくれたり新しい首輪をくれたりするお隣りの家にすっかり居ついてしまったようで、連絡先を書いた張り紙を出したのもそこのお宅だったが、でも飼い主さんのお家は年を取ったお父さんと30代ぐらいの息子さんとの男だけの二人暮らし。
この間、お父さんに「犬はいいね〜。ウチのバカ猫め。最近は隣りの家に行っちゃって帰って来ないんだよ」と話し掛けられたが、ここの父子がムサシを可愛いがっているのは私の部屋からはよく見えていたのだ。男の人ならではの不器用な接し方で、だけどとても大事にしているのは知っている。
ムサシ、どこに居るのかな。
心配している人が居るよ。
寂しがる人が居るよ。
チビ太が居なくなった時、張り紙をしたことがあった。その日の夜中、もう一度だけ探しに行こうと思ったが、ショックで腰が抜けて動けなくなった。”腰が抜ける”ということは始めてで、それぐらい心配でしょうがなくなることだと、張り紙を見るとその時の気持ちを思い出すのだ。
元気で帰って来て欲しい。
そう願うばかりだった。
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2009年06月16日 |
よく大型スーパーの駐車場やなんかで、「車は前から駐車して下さい」「空ぶかしはご遠慮下さい」などの看板を見ていたが、あの気持ちが今はよぉお〜おくわかる。
というのも、私のベッドの所の窓側が、塀を隔ててご近所さんの家の駐車場になっていて、2台のうちの旦那さんが運転する方の車が、エンジンをかけたあと空ぶかしをしたりしばらくそこでアイドリングをしていたりするのだ。
ブォンブォンブォン。
ブォオオオーー。
ブンブブブ・・・ブブブ・・・。
家族とお出掛けの日は家族全員が車に乗るまでの間、車のエンジンはかかったままなので、5分ぐらい排気ガスを向けられていて、こちら側の部屋の窓は南の窓も閉めないと排気ガスの臭いでむせてしまう。
エンジンをかける時の排気ガスってこんなに迷惑なものだったんだわ。
私はこの1台だけで済んでいるが、大型駐車場の横に住んでいる人達にとってはどれぐらい迷惑なんだろう。深刻な健康被害も起こっているんじゃないだろうか。
よく個人練習をしに行くスタジオも、やはり駐車場に出入りする車のことで近隣の住民からクレームが来ていたようで、バイクのエンジンも駐車場ではかけないで下さいと店員さんからやけに何度もお願いをされていた。だが、去年ついに数台分の駐車場がある店舗であるにもかかわらず、駐車場が使用出来なくなったのだ。
ブォンブォンブォン。
ブブブブブーーーー。
運転している人って、排気ガスのことは気が回らないものだと思う。私も排気ガス攻撃に遭うまでは気にしたこともなかった。
車の免許を取る時や、免許更新の時に、”頭においておいて欲しいこと”とマナーの一環として、こういった注意も呼び掛けてもらえたらなぁと思う。それだけで、駐車場を利用する時に周囲にも気を配れる人の数は増えると思う。
エコという面からも含め、私もちょっとずつ草の根運動で広げて行きたいことなのだ。
Posted by 吉川みき 2009年06月16日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年06月17日 |
新しいドッグキャリーが届いた。今まで使っていたキャリーがあまりに小汚くなってしまったので、バッグ型のちょっと洒落たデザインのものにしたのだった。
一見、犬のキャリーには見えない。だが、上はメッシュになっていて中には通気穴があいていたり、飛び出し防止のフックもついている。
うんうん、お洒落じゃん。
「ダンボ、これダンボのだよ」
せっかく来たのだから、試しに犬を中に入れたい。だが、私が何か企んでいることを早速察知して、ダンボは私との距離を取るのだった。
「おいで」
「中に入ろうよ」
あんまり逃げるので、最後は捕まえてバッグに無理矢理押し込んだのだが・・・・・、
ふとそこで反省をした。力技でそんなことをしたら、犬はこのバッグが嫌いになるだろう。ごめんよ、私が悪かった。
「ごめんね」
そうして即自由にしたら、やはりダンボはピョーンと飛んで逃げて行ってしまった。
ダンボが自分からこのバッグを好きになるには・・・、やはりオヤツ作戦しかない。そこでしばらく時間をおいてからダンボをオヤツで誘導して、今度はダンボ了承の元バッグに入ってもらった。
「エラいねぇええ」
「すごいねぇえええ」
バッグに入る練習を、オヤツを用いて何度もしたら、すっかりダンボはバッグが好きになった様子。
夜になると「入りたいな」とおねだりをするまでになった。
「そうかい、そうかい。気に入ったかい」
ダンボはお出掛けバッグが大好きになり・・・
お風呂に浸かっているかのような図になった。
本当はダンボを病院に連れて行くバッグとして買ったのだが、これで病院に連れて行ったらせっかく好きになった気持ちは「病院に行った」ことで消えるんだろう。
うーーむ・・・・。
だったらやっぱり、病院に行く時は前の古くて汚い「ダンボが大嫌いなバッグ」で行こうか・・・・。
<ボク、気に入ったよ!>
そうかい。
それはよかった。
ちょっとため息。
買って早々、このバッグの使い道がなくなってしまったのであった。
Posted by 吉川みき 2009年06月17日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年06月18日 |
年配の人で携帯メールを使えるのは、男女で比べると女性の方が多いのだそうだ。
そうだよなぁ・・・。
父、しげおっちも携帯電話は持っているが、メールはもちろん電話も全く使っていない。一時携帯メールを覚えてくれたら、メールのやりとりをして、そうしたら日々のコミュニケーションを楽しみにしてもらえるかもしれないと思ったが、「何か来たで」とすぐに電話を掛けて来てメールを覚えようとしない。挙げ句の果てに「返信に値する内容ではない」とダメ出しをされたのだ。
じゃぁいい。私とのやりとりはいいから、メールを覚えようよ。それで随分「つまらんワシの毎日」が変わるよと言ったのだが、そのうちに「メール出来るようになった?」と尋ねると怒るようになり、あまりしつこく言ったつもりはないのだが、ある日「ところで、メール覚えた?」と何かの会話の中で尋ねたら怒って電話を切ってしまった。
インターネットももちろん使えない。改札でタッチで出入り出来るICカードも知らないんじゃなかろうか。デジカメって知っているのかしら。テレフォンカードで進化が止まっている気がする。
電子辞書が使えることをさかんに自慢していた。
インタ−ネットですぐに調べられるよと言ったら、またえらい怒っていた。
今年は平成21年。私もこの間まで今年は平成20年だと勘違いしていたので、あまり人のことは言えないのだが・・・。
昭和で時が止まっているしげおっちなのであった。
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2009年06月19日 |
ダンボを定期検診に病院に連れて行った。
今年の始めに調子がすぐれず、何度も病院に連れて行ったが改善せず、病院を変えたら肝機能の数値が1000というひどく悪い状態になっていることがわかったのだった。
あれから4ヶ月。
薬と通院でダンボはまた元気になることが出来た。
薬をやめてから今日は2回目の検診。
肝臓の数値も正常値を維持しているとのことで、この後は秋まで様子を見て大丈夫でしょうとやっと先生から言ってもらえた。
病院に連れて行っても、病院によっていろんな診断がある。どのお医者さんもベストだと思って診ているとは思うが、それはやっぱり絶対ではないのだと思う。
あの夜「やっぱりおかしい」と救急に連れて行ったこと、「救急」で診てもらった先生の「血液検査はしてもらっていますか」の言葉、少し前にA動物病院がいいらしいですよとたまたま知人との会話で教えてもらったこと、振り返ってみたら全部が偶然、ダンボを救う方向に向いてくれたように思う。
もう少し、ダンボと一緒に暮らせる時間を、理由はどうあれ幸運にももらえた。だから、その幸運を有り難く思い大事にしたい。
診察が終わるとダンボは家に帰れることを知っていて、大嫌いな汚いケージに自分から入っておとなしくなる。
撫でるとあったかい体温が手のひらに伝わって来る。その時、いつも私は幸せとキュンとする気持ちの両方に挟まれてしまう。
「さぁダンボ、帰るよ」
いつか、さようならをする日は来るだろうけれど。
なるべく長い時間、一緒に過ごせますように。
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2009年06月20日 |
都心に出ると大人の女性がぬいぐるみを片腕に抱えて歩いている姿をたまに見掛ける。
くまちゃんのぬいぐるみを抱え、もう片方の腕にはお出掛けバッグを持っている。彼女達は買い物が用事があってどこかに行く途中、お洒落アイテムの一つが「ぬいぐるみ」のようなのだ。
同じ都心を歩く人でも、セカンドバッグを持つのも嫌いで、必要なものはベルトにぶら下げ手ぶらでいたがる人も居る。そういう人からすれば信じられない無駄な荷物に思えるだろうが、私もぬいぐるみに対しては同じ意見だ。荷物は少しでも少ない方がいい。杖がある分既に不便なので少々の雨なら傘は置いていくし、カバンの中身も軽くして行くようにもしている。
あのくまさんは自転車に乗る時には、カゴに入れるんだろう。喫茶店に入ったら隣の席か机の上にちょこんと置き、電車では膝に乗せているのだ。洋服を見に行った店の中で、品物を取って見ている間はその近くの棚に置き、トイレに入ったらバッグに入れてドアに吊り下げておき・・・・。ものすごく扱いとしては面倒臭く、やはり私はない方がいいと思うのだが・・・・。とにかく私なら一日でそのくまちゃんはどこかに忘れて来てしまうだろう。
くまちゃんのぬいぐるみかぁ・・・。
もうちょっと実用的なものにすればいかがでしょう。
梅酒を浸けたビンを抱っこしていたら、飲みながら歩けていいのになと思うのだ。
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2009年06月21日 |
種ともこさんライブ。
今日はフルバンド編成のライブ、でもそうでない時もどんな曲で始まる時も種さんのライブに共通して言えることは、第一音が出た時に場面が変わるのがとりわけハッキリしているということだ。タッチが緩やかな曲でも力強いサウンドでも、最初の一歩が出た時にためらいなく自分も背中を押されるような感じがする。だから種さんのライブは特に、遅刻せずに観たいライブだ。
日本の古いうたが種さんのアプローチで演奏される。
その中の一曲に「夏のおもいで」という曲があった。
「夏のおもいで」は小学校の時に習った曲だ。誰でもワンフレーズは歌える有名な歌だが、当時の私は歌の中に出て来る”はるかな尾瀬”や”ミズバショウの花”が今ひとつ身近な言葉に感じられず、”夏のおもいで”を表す歌としてピンと来ていなかった。そしてそのままの印象で、小学校の時に習った曲という位置でしか”夏のおもいで”はなかったのだが・・・・。
種さん流の”夏のおもいで”を聴いて、私は今日初めてこの曲に夏のおもいでを沢山感じることが出来たのだった。まだ夏がやって来てもいないのに、楽しい夏を過ごし終えた頃の感覚になり、冷たい夏の川や夏の森、青い夏空が見えて、知っている曲がこんな風に違った曲になって聴けたことが嬉しく、そして種さんの才能をまた感じることとなった。
ほんのちょっとの何かがきっかけで、自分の価値観が変わる時がある。でも人の価値観を変えるだけのものには何層にもなって積み重ねられた努力が裏打ちされているのだと思う。
「音楽」のジャングルに、いつも果敢に探検に出掛ける種さんが好きだ。
今回はいつもよりもっと種さんが弾んで見えた。
いいな。
こういうのが好き。
夏の森は深い緑が輝いていた。
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2009年06月22日 |
夜、西荻窪のterraに山臼セッションを観に行った。
山臼<さんきゅー>セッションはベースの山内薫さんとドラムの臼井かつみちゃんの二人のリーダーセッション。山内さんは私が入院する前だからもう10年前になるが、その頃にライブでベースを弾いて頂いていた。かつみちゃんが一緒にセッションをやっていると知って、よく知り合いの知り合いが繋がっていることに驚くが、その時も驚いたっけ。
でも最近は、少しそういったことにも納得もし始めている。それはやはりよく考えてみると、共通するその人の持つ匂いが同じ温度感だったりするからだ。音楽をやっている人同士だったら、その人の音楽観というか大事にしている事が一致していたり・・・。
音そのものが「この人だからこの音なんだ」と思える、音楽を奏でる人に心を動かされる。ライブは特にその人の輪郭が見える場所だ。なんだかよくわからないけれど、その立ち姿がまず何か美しいと感じられたら、きっとそれはその人の音楽の既に一部なんじゃないだろうかと思う。
シンプルにそれに向きあって、その瞬間に集中力を注げる。私の思う山内さんとかつみちゃんの共通するところで、誰とどんな場面で音を出したとしてもきっとそれはブレないと思う。そういう強さが土台にある人は、やっぱり立ち姿だけでもどうも目を惹かれる。
昔、ハモンドの先生に「音楽」について本当にいろんな話をしてもらった。一度ものすごく練習をして行ったにもかかわらず「今の吉川くんは上手く弾けるだけ」だと言われてその日のレッスンが終わりになった時、何を言われているのかがわからなかったが、今はようやくそのことが自分なりにだが感じられるようになった。
音楽は決して音だけでは作られない。
音楽の「楽」も決して「単に楽しい」では作られない。
時々、とても素晴らしい音楽の仲間と知り合えていることを再確認することがある。
音楽と幸せな気持ちが同じライン上にある、そんな夜だった。
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2009年06月23日 |
「ムサシを探しています」の張り紙は、あれから何度も雨に濡れて、ビニールをかけてはあっても歪んで少し古びた状態になった。
ムサシはどこに行ったんだろう。
こんな時、猫と暮らす人の気持ちはどうなんだろう。
私なら「どこかで死んでしまったんじゃないか」という絶望的な悲しい気分に覆われながら「どこかの家で元気にして帰って来ないだけ」という一筋の光を胸に、ハッキリしない毎日に疲れながらも、ハッキリしないことに同時に気持ちのよりどころを置いているような気がする。
不意に居なくなってしまうなんて。
私はただのご近所さんでしかなかったけれど。
私も寂しいよ。
張り紙の看板が、雨によれてまた日に褪せて少しずつ傷んで行く。
ムサシ、どこに行ったんだろう。
どうしちゃったんだろう。
ダンボを連れた夕方、私もあれから少し遠くまで散歩に出掛けるようになった。
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2009年06月24日 |
外来日。
病院には中央線に乗って行くのだが、9時台になっても中央線はプチラッシュ状態で、顔が押し潰されるまでは行かないものの、体は押し潰されるのだ。
押される、蹴られるのはもちろんだが、杖まで蹴るのはやめてもらいたい。
今日は掴まるポールも少しのエリアもなく、乗った位置が不利な場所だったせいで、駅に着くともみくちゃになってヘトヘトになった。
それにしても、東京って冷たいなと思うのは、よぼよぼのお年寄りにも席を譲らない場面を多く見ることだ。優先座席って、電鉄会社も「一応シールを貼っておかないとまずいだろうし」程度で形だけ貼っているだけに思える。車内に優先座席の認識はもはやなく、あれは老人よりすばやく席を取れる人達にとっての有利な席でしかない。
もっと身近なのは近所を走るコミュニティバスだ。このバスでは、どんな教育をしているんだろうと目を疑う親子がよく乗っている。品のいい格好のママと私学の制服を着た子供が上品言葉でお話をしているのだが、周りにはお年寄りがヨボヨボと立っている、という光景を度々見る。でも親子共に席を譲っているところを見たことがない。
東京だけがそうなんだろうか。そういう場面に出くわしたら何とも言えない残念な気分になるのだ。
今日は電車の中でもみくちゃにされていたら、年輩の男性が「大丈夫ですか」と声を掛けて下さり、その声をきっかけに近くの女性に席を譲って頂いた。
めったにない幸運な日だった。
みんなそんなに余裕がないわけじゃないと思うのに。
東京の電車の中は、思い遣りのない殺伐とした空気が流れている。
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2009年06月25日 |
この所、焦点が合わないので眼科に行ったら、近視と乱視が少し強いということだった。以前も近視と乱視があると言われていたが、それほど生活に支障はなかったので、そのままにしていたのだ。
「どうします?でも眼鏡はいやでしょう?」
そう先生に言われたが、私は視野が安定しない方がいやなので、別に眼鏡をかけることに抵抗はない。そう伝えると、早速眼鏡を作ることを前提に、検査用の眼鏡にレンズを入れた状態で「眼鏡をかけて付近を試しに歩いてみる」にトライすることになったのだった。
眼鏡をかける練習なのだそうで、私の前の患者さんも黒い検査用の丸ブチ眼鏡をかけて医院の外に練習に出掛けて行ったが、私も外に出ることになった。
眼鏡を掛けるとビックリする位、景色がクリアに見えるのだが、普段の見え方にもう慣れていたので、逆にハッキリ見えると戸惑ってしまう。
「こんなに見えちゃっていいのかしら」
見えちゃっていいのだが、すごく見えるので逆に何かこっちの世界の方が嘘の感覚に思えてきたりする。元々私は目がよく両目共1、5で何不自由なく来ていた。目が悪くなってからも”自分は目がいい”という思い込みだけは続いていたのだ。
眼鏡の練習はちょっと足元がフワフワする。
よく見えるのだが、望遠鏡を覗いた時のような遠近感覚が掴めない感じも同時にするので、足を踏み出した時にいつもの感覚と違うのだ。軽い車酔いにも似た感じがする。
横山やすしさんが眼鏡を取られて「メガネ、メガネ」と探しているあの姿に、私の場合は眼鏡をかけたらなっている。よく見えるのに、少し伝い歩きっぽく医院に戻って来たのだ。
明日もう一度診てもらって、眼鏡を作ることになった。
まさか眼鏡を掛けるようになるとは思わなかった。
眼鏡の練習は宇宙に降りたような無重力な体験だった。
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2009年06月26日 |
午前中、眼科に行ってそのまま電車に乗って吉祥寺で眼鏡を作ってもらった。
眼鏡店に入って思ったのだが、店員さんはみんな眼鏡着用。眼鏡のお世話になっている人が、眼鏡の仕事に就こうと思うのかなぁ。そう言えば「眼鏡屋さんで働く」ということは今までに一度も頭をよぎったことがなかった。本当に眼鏡には縁のない生活を今まで送ってきたんだなぁと思ったのだった。
マイ眼鏡。
鼻のつけ根の所がムズムズして、まだ違和感がある。
それに望遠鏡を覗いているようなあの感覚もまだ消えないので、歩くとやっぱりフワフワする。
店のガラスに映る自分の姿を見ると、仮装をしているふざけた自分にも見えて気が引けるのだが、街の中で誰とすれ違っても、誰も自分の顔を見て驚いたりもしない。
元々、自分の姿はこうだった。
って思って歩けばいいか。
眼鏡ひとつで視界が変わる。
私から見える景色も変わり、鏡に映った私も別人に見えた。
そのうちに慣れるだろうけど。
現実の世界が今日はだまし絵のような錯覚の世界に思えたのだった。
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2009年06月27日 |
一昨日、眼科に行ったがその理由の一つに両方の瞼がかゆく、だんだんかぶれてきたので、それも診てもらいたいというのがあった。
「目がかゆいんです」
結局、”アレルギー性の結膜炎ですね”ということで目薬をもらって帰ったのだが、一昨日からそれを差し始めたら、更に目がかゆくなってしまった。先生からは、目薬を差してかゆくなったらすぐに教えて下さいねと言われていたので、昨日の診察の時にそのことを伝えると、別の目薬にかえましょうということになったのだった。
昔はどんな薬にも過敏な反応をしなかったのになぁと思いながら、昨日新しくもらった目薬を差したのだったが・・・・。
かゆい。
今度の目薬もかゆいのだ。
”こういうのって耐えていたら、慣れるんじゃないか”と思っていたのだが、気にせずに差すうちに今度はどんどんかゆみが強くなってしまい、今日は瞼かぶれが更にひどくなってしまった。
土曜日、日曜日ともう診察はやっていない。
どうしよう。
・・・・。
ふと、その時に気づいた。
何で私、目薬を差しているんだろう。
かゆいのは瞼で目はかゆくなかったのだが、問診表に「目がかゆい」と書き、診察でも「目がかゆいんです」と言っていたことをふと思い出したのだった。大は小を兼ねるというわけではないが、「目がかゆい」は「瞼がかゆい」を含むんだと思っていたが、もしやこれは誤解を生んでしまったのではなかろうか。
とりあえず、この目薬を引き続き使っていいものか自己判断がつかなくなり、インターネットで調べたら、どうも私の症状は眼瞼炎というものらしく、使っているアレルギー用の目薬の副作用に眼瞼炎というのが書いてあり、かえって悪化させてしまったようなのだ。
かゆい!かゆい!
つい我慢出来なくなって掻いてしまうので、”殴られた箇所が治りつつある”ような顔になって、ケンカしたような人相になってしまった。
日本語は難しい。
「目がかゆい」は「瞼がかゆい」を言い表してはいないのだと、身を以って学習したのであった。
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2009年06月28日 |
この数日、体調がどうもあまり良くないので整体の先生に来てもらった。
お世話になっている長先生は、最初にお願いしてから5年ぐらい経つだろうか。ギックリ腰は何度も直してもらったし、体調がすぐれない時も何度も持ち上げてもらった。整体によって血のめぐりを良くし、それによって働きの悪くなっていた臓器が動くようになり、体調が戻るのだそうで、目に見えないけれど血流というのは体に大きな流れを施しているのだなぁと思うようになった。
ボキボキ、音がするわけでもない。
適度な力で筋をほぐされている感じがするだけだ。
季節のかわりめで、体調を崩す人が多いらしく今先生も忙しいらしい。今日はたまたまラッキー、いい時間に電話をしたみたいで、施術中にも電話がかかってきていて「今日はもうムリデスー」と答えておられた。
先生が帰るとまたダンボと静かな時間が戻って来る。
6月ももう終わる。
梅雨明けはまだかなぁ。
待ち遠しく空を見上げたのだった。
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2009年06月29日 |
幡ヶ谷でリハーサルがあるので、バイクで出掛けた。
家から約30分、幡ヶ谷の駅前にバイク置き場があるのでそこにバイクを止め、さぁ荷物を持ってスタジオに行こうと後ろのカゴを見ると、入っていたはずの折り畳みの杖がないのに気づいたのだった。
確かにカゴに入っていたはずなのだが・・・・。
うーーむ。
忘れ物の多い私としては「絶対」と言えない。とにかく杖なしで今日は過ごさなくちゃならなくなった。
私は普段家の中では杖を使っていない。でも荷物が増え、今日に限ってまたヒールの不安定な靴を履いてきてしまったので、ヨボヨボとゆっくり歩く。少しやじろべぇっぽく両手でバランスを取りながら、到着。
スタジオのお兄さんが、スタジオ内に楽器を移動してくれるのだが、普通なら「半分自分も持つ」という場面でも一向に手伝わない私・・・。
厳密には”手伝えない”のだが、それが伝わるわけがない。そのうちに”何だコイツ”オーラが向けられているのを感じるが、そこんとこを耐える。
はふぅ〜〜っ。
杖がないのは外ではやはり、いろいろ大変だ。
カゴに入れて運転中に落としたことは今までにもなかったので、きっと家の敷地にポロンと落としているだけだろう。
そう思って帰ったのだが、杖はなかった。
ということは、行き道にカゴからぴょーんと飛び出て、どこかに落としたということになる。杉並区か中野区のどこかに私の杖が落ちているのだ。
いつ飛び出たのかちっとも思い当たるフシがない。
お〜〜〜い。杖。
戻ってきておくれ。
「もうアンタのお守りはごめんだよ」
「スキを見つけて、いつか逃げ出そうと思ってたのさ」
こうして私の杖は、自由を求めて私のもとから去って行ったのであった。
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2009年06月30日 |
深夜、帰りにバイクでガソリンスタンドに立ち寄ると・・・・。
そこはセルフサービスの給油所だった。
セルフサービスのところは初めて・・・・。
<まぁセルフと言っても、誰か居るだろう。>
そう思ってキョロキョロしたが、誰も居ない様子。それに他に給油している人も居ない。
シーーーーン。
自分で入れる・・・・って、私でも出来るのかしら。
ゴリラチックにその辺をウロウロしてみたがよくわからないので、レギュラーと書いてあるハンドルを持ってみる。
水鉄砲みたいに、引金を引いてみるみたい。
<ドバっと出たらどうしよう・・・>
ドキドキしながら、引金を引くと・・・・
「チョボ・・・」
2滴ぐらいガソリンが出てそれでおしまいだった。
そうか。これは前の人が給油をして終わったもので、これからする給油はどこかのボタンでまず「開始」にしなくちゃいけないんだ。
再び、キョロキョロ。
すると、近くに液晶画面を発見。これで何を何リットル入れるかを入力するらしい。
よかった。自分のバイクが何リットル入るタンクなのかを知っていて。
「2リットル。レギュラーガソリン。」
入力をすると金額が表示された。
お金を投入して、よしよし。流れがわかってきた。
これでガソリンが買えたんだわ。
さっき、2滴で終わったガソリンピストルを再度手に取る。
は、発射。
<ゴォーーーー!>
すごい勢いでガソリンがゴーーっと出てタンクに入って行く。消防士さんの放水のような感じで、こんなことはやったことがないので、必死にガソリンピストルを離さないように握りしめる。
ドキドキドキドキ。
まさか爆発しないでしょうね。
あっ、あっ、あっ。
誰かタスケテー。
恐怖心で一杯になった時にガソリンは満タンになり、給油は無事終了した。
こんなもの、素人が扱って本当にいいのか。
ガソリンを入れにスタンドに寄っただけなのに・・・・・、
ものすごい危機に直面をした体験をすることになった。
よくわからないが、帰り道に急に興奮してきて「成功した!」「成功した!」とつぶやいていたのであった。
Posted by 吉川みき 2009年06月30日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
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