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2009年11月 アーカイブ


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2009年11月01日

11月1日。少し前に動物の保険会社から届いたメールには「11月1日はワンワンワン!犬の日です」とあったが、今日はネコの日でもある。日本で一番有名なネコと言えばキティちゃん。キティちゃんのお誕生日が今日11月1日なのだ。

正直言って、こんなにキティちゃんが長年に渡って人気者であり続けるとは思っていなかった。私が子供の頃に好きだったziggyちゃんはとっくの昔に消え、キティちゃんと並ぶ人気だったパティ&ジミーももう見かけなくなった。

しかし、なんで・・・。

あの一筆書きのような、下手な絵に見えるキティちゃんが、こんなに長く愛されるだなんて。絵が下手な私は、あまりにシンプルすぎるキティちゃんの造作が物足りなかった。上手い人が下手に描いて作ったといういやらしさみたいなものを子供ながらに感じていて、なかなか受け入れることが出来ずにいたのだ。

一時はどうしてキティちゃんがこんなに人気なのかについて疑問に思っていたが、そういう時期も過ぎて今では私もご当地限定キティちゃんのボールペンを旅先で見つけると買っていたりする。普段使いのお気に入りボールペンはキティちゃんのボールペンなのだから、私ん家にはキティちゃんが何匹もいる状況となったのだ。

最小限の筆の運びで女の子のネコちゃんを表現している素晴らしいイラスト、長い時間かかってようやくそのことに気がついた。

かつてはしょうのうの匂いがしたおばあちゃんの部屋も変化する。

キティちゃんグッズが部屋にあり、お孫さんがおばあちゃんの部屋にあるキティちゃんをおねだりする時期もそんなに遠くない話のことなのである。

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2009年11月02日

数日前、引き出しからタオルを出して広げたらカナブンがついているのに気がついた。

先日洗濯をして片付けたタオルだ。

カナブンは動かずにタオルにひっついたままだったので、生きているのか死んでいるのかがわからないがとりあえず、窓を開けてはらってカナブンを外に出したのだった。

あれから数日経ったがカナブンは敷地のバイクのそばでそのまま居る。

だから私が見つけた時にはもう死んでいたのだろう。

かわいそうなことをした。

タオルにひっついていたらそのまま取り入れられて引き出しの中に仕舞われてしまい、それでこのカナブンの一生は引き出しに入ったまま終わったのだ。

まるで生きているかのようにタオルにひっついていた。

どこか出口はないかと探したりしなかったのだろうか。

どうしてタオルから離れず、取り込まれた状態のまま何のアクションもしなかったのか。少なくともタオルを入れている引き出しは少し空間に余裕があったので、身動きが出来ない状況ではなかったはずなのだが・・・・。

さよなら、カナブン。

ごめんね。

いつでも飛んでいける場所に、だが死骸となったのでもう遠くまで飛んで行くことは出来ない。

あとは踏んでつぶさないことがせめてものお詫びと、庭のほうきでちりとりに掃いた。

キミは今年最後に見るカナブンだったかもしれないね。

ほうきを掃けば、カサっと枯れ葉と同じ音がした。

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2009年11月03日

家庭で3D映像を楽しむ時代が近付いてきた。早ければ来年には3D対応のフルハイビジョンテレビが発売されるらしく、薄型化が限界に来た薄型テレビの次なる付加価値が3Dということみたいなのだ。

ふぅうう〜〜む。

3Dが当たり前になっちゃうの?

3Dになるとみんな喜ぶの?

ほんとうに?

ふぅううう〜〜〜む。

3D反対!

私は3Dタイプの映像に酔ってしまう方なのだ。遊園地の3Dアトラクションは軒並み酔って最後まで目を開けていられなかった。画面の中に極端な立体感があるというのがどうも私はダメみたいなのだ。前に大きな劇場で映画を見た時、その日は一番前の席しか空いていなかったのでそこに座ったのだが、犯人が投げた毒玉がこっちに飛んできて、「わあぁーっ!」と叫んで一人体をよじらせていた。一人で行ったので突っ込んでくれる人も居ず、ものすごく恥ずかしかったのだ。

世の中には3D映像に酔ってしまうという人だって居るはず。なのだが・・・・・。3D映像が苦手という人に、そう言えばまだ会ったことがない。

今のうちに声を大にして「3Dなんぞ、必要なし!」と言わなければ。そうでなければ全員が3D映像を待ち望んでいると思われてしまう。だいたい酔って気分が悪くなること自体既に負の要素を抱えているというのに、それだけじゃない。部屋の中で「わぁっ!」と叫んだ拍子に食べていたお茶漬けのどんぶりを倒して、熱湯でやけどを負うなどの危険だってあるのだ。

3D反対!

現状、番組のテロップの早さにもサッカー選手の動きにも、もう動体視力がついて行けていないので、そうなるとますます臨場感はいらないから老後のことを踏まえて「スローモーション」「コマ送り」機能の方にもっと力を入れて欲しい私なのである。


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2009年11月04日

今までに何度となく枯らしてきたのが、部屋の中に置く観葉植物だ。置き場所や水やりも結構気を使って来たつもりだったのだが、数ヶ月すると少しずつ元気がなくなってきて、それでそのうちにいよいよ元気がなくなってしまって最後に枯れてしまうのだった。

最初は今度こそ!と思ってまたチャレンジしていたが、「また枯れてしまった」というガッカリ気分を味わうごとに無邪気に観葉植物を買えなくなって行ったのだった。花の苗は割と気軽に買うのだが、観葉植物に関してはヤケに慎重になっていた。

友人の家にはでっかい何の木なのかわからない植物が部屋にあって、結婚して東京に引っ越した年だったかに買ったら今ではこんなに大きくなったと言っていた。じゃ、もう10年以上になるはず。花木に興味のない人にはピンと来ないかもしれないが、植物が長持ちをした時というのは妙に自分が何かを続けたかのような達成感というか、自信がわいて来るものなのだ。

私はその逆パターンで観葉植物を枯らし続けて来たのだが・・・。

ようやく現在の所1年枯れずにいる、私にとって初のご長寿観葉植物が出来た。それはコンシンネという種類で、ミニ観葉植物コーナーでも見かけるが、2メートルぐらいの背の高さのもよく見るタイプのものだ。最初に数ヶ月目にやはり葉っぱが枯れてきて、いつものように「あぁ、このまま枯れてしまうのか・・」と寂しい思いで見ていたのだが、今回はなかなか枯れない。頑張っているなぁと眺めているうちに、下葉が枯れても、どうも同時に上の方からまた若い葉っぱが伸びてきているということがわかってきたのだった。で、脱皮するようにほんのちょびっとずつだが、この1年で背も伸びた。

kanyoushokubutu.jpg

多分この1年で1センチ成長をした。

その間私は何千回も気になって見ていたので、相当なプレッシャーの中でコンシンネくんは成長を遂げたのだと思う。

この調子だと2メートルになるまでには私は死んでいる。

でもいいや。大きくなあれ。

植物がご長寿だと、それだけで何か自分が物事を長く続けたかのような喜びがある。

花木は思わぬ喜びを与えてくれる存在なのである。

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2009年11月05日

新しい携帯を買った。便利で愛用していたポケットボードがmovaの端末でしか利用出来ないので機種変更をせずに頑張ってきたのだが、最近は繋がらない場所が多くなって困っていたのだ。

「GPS機能」も「着メロダウンロード」も「ワンセグ」も私には関係のない単語だった。デコメのこともよく知らない。誰かから届くメールに「デコメールあり」というメッセージとアドレスが表示されていて、そこをクリックすると絵が動く状態になるのを受け取ってはいたが、こちらからデコメを送る機能はついていなかったのだ。

購入したのはSH04という型。ポケットボード式のキーボードがついているのが気に入った。そして当たり前のことなのだが、新機種にかえたことで、一気に「デコメ」も「ダウンロード」も「GPS」も、それから「テレビ」も見られる携帯になったのだった。

テレビ電話まで出来ると説明書に書いてある。

メール着信音を、今一番お気に入りの「ブラックマヨネーズ」の小杉さんの着ボイスにしてみた。

「メール、届いたで。ヒーハー!!」

前々から着ボイス機能にあこがれていたので、これは感動的だった。

自分のパソコンから携帯にメールしてみる。

「メール、届いたで。ヒーハー!!」

今までは水滴が落ちる時の「ぽちゃん、ぽちゃん」という静かな音だったので、夜シーンと静まりかえった時間に「メール、届いたで!」と男性の声が突然するのにはビックリして、着ボイスで心臓がバクバクするという経験も初めてのことだった。

しかし新機種にかえると、文字を覚えたばかりの子供のように、メールも文章一つ打つにもなんでこんなに時間がかかるんだろう。は〜〜っ、つかれた。

便利メカに追いつくまでの間、人間はとってもつたない自分と向き合う時間となるのであった。

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2009年11月06日

近所で新しい家を建てている所が数カ所ある。中でも大規模なのが川沿いの広い敷地で工事をやっているマンションだ。ここは前は古い建物の会社があったところだが、どれぐらいか前に取り壊し作業が行われてそれからしばらくしたらマンションの完成後の写真が道路側に見えるようになっていた。会社が建っていた頃は、そんなに広い敷地には感じなかったが、更地になると随分広い面積があった。

少し離れた所に2年程前に建った低層の豪華なマンションは、相変わらずチラシが入って来る。何軒かはまだ空きのままのようで、素敵な建物だからすぐに埋まるかなと思っていたが、なかなか買い手が見つからない様子。不況だからマンションも売れないんだなぁと思っていたら、こちらのまだ建っても居ないマンションは億ションの部屋もあるというのに完売間近みたいで、買える人は億ションだって買えるのだ。

すごく気になっていることがある。それはこの建設中のマンションの横に流れている善福寺川のほとりに、日中いつ前を通っても同じ初老の男性がここのマンションのモデルルームの案内の看板の横に立っていることなのだ。

スーツを着て、いつも「立って」居る。

お仕事だから”立って”というのが会社としては基本なのかもしれないが、いつ前を通ってもおじぞうさんのようにじっとそこにいる姿を見ると、別にパイプ椅子を持ってきて看板の横に座っていてもいいんじゃないかなぁと男性のことが気になるのだ。

ここはジョギングをしたり散歩をしたりと、人が行き来する場所。対比で余計に目立つのだ。

完売したら男性はもうここに立たなくていいのかなぁ。

川沿いの木々も赤や黄色に葉っぱを変えて行く。

ここに住んで3年半、そんな間でも少しずつ景色が変わって行くのを目にしてきた。自然だけが”変わって”も同じように繰り返し、人間の作るものは”変わった”ら後戻りをしない。

来年の春になればまた桜が咲き誇り、夏になれば真緑のトンネルを作り、一年後にはまた赤や黄色の葉っぱに色を変えるこの景色を、あらためて美しいなと感じたのであった。

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2009年11月07日

びゅわーん、びゅわーん、は、し、る〜。   
あおいひかりの超特急〜。

今、一番速い乗り物は何かと尋ねられたら、私は自転車野郎の乗る自転車達だと皮肉を込めて答えたい。

街を走っていて、スポーツサイクルに乗っている人達が増えた。しかし見た目は颯爽としていてかっこいいのだが、その運転は無謀でマナーがなっていないと言わせていただく。どうしてこうも自分本位な走り方をするのかしらとあきれることが多いのだ。

まず信号は守らない。時には追い越し車線にまで出て車を追い越してさえ行く。速くて便利なのは、そりゃそんなに自分勝手に運転して行くからなんだろう!と言いたくなるが、肝心の彼らはイヤホンをしていて音楽か何かを聴いている。だいたい赤信号で止まる時というのは出て行ったら轢かれるような大きな交差点で、それ以外の交差点であれば止まらずにスイ〜っと行ってしまう。目の前で横断歩道を渡っている人なんかただの障害物みたいにしか思っていないのだ。少しは「自転車」と「自分」のことしか考えないのではなく、マナーを守ることも考えて欲しい。

今、道路で一番困った存在なのはこうした自己チュー自転車野郎達。

「無謀自転車取り締まり週間」も作って欲しい。自転車はちっとも交通弱者じゃないと言いたくなる近頃の道路事情なのである。

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2009年11月08日

日曜日の午後の番組、『新婚さんいらっしゃい』。そう言えば子供の頃から見ていたなぁと思っていたが、1971年の1月から放送されているチョ〜ご長寿番組なのだ。

日曜日のその時間、何となく見始めてそのまま最後まで見るというパターンが多く、今までに数々の新婚さん達の愚痴やノロケを私も三枝さんと一緒に見て聞いたが、「こんなに家の中のこと、しゃべっちゃっていいのかしら」とあきれたり心配になったりしたものだ。

新婚だから笑える話でも、長年となれば笑えない話も多い。新婚だから許されるんだろうな・・というエピソードも沢山あった。ある回では「お皿を洗うのが、面倒くさくって」という奥さんが話していた。料理を作る度に食器を出して、食べ終わったら洗って片付けるということが無駄に思えるということだったのだが・・・・。

三枝さん「ほんで、アルミホイルでっか?」

「はい、洗わなくてすむでしょう?!(笑)」

そこの家では食器を使わずにアルミホイルをお皿にして使って、使い捨てで食事をしているということだった。

<えぇえええ〜〜〜〜>

いくらズボラな私でもそれはないだろうなぁ・・・と思ったのだ。

旦那さんはアルミホイルではなく食器で食べたいと言っていた。その通りだ、というかそんな話をテレビに出てする前にまず二人で話し合いなさいよ!と旦那さんに対してもちょっとあきれた。

番組に出た新婚さん達も、もうベテラン夫婦。番組が40年近くになるのだから、最初の方に出たご夫婦は孫におじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれていたりもするのだろう。

日曜日はご長寿番組が多い曜日。

少し時間がゆっくり流れてほっとするのは、「お休み」なだけでなく、変わらないものが身近にあってくれることも大きな理由なんじゃないかなと思うのである。

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2009年11月09日

千歳あめを店先で見つけた。私はペコちゃんのミルキー千歳あめが馴染みで、普段食べているミルキーより固くて表面が少し粉っぽいところがお気に入りだったのだ。途中まで食べるともうおなかがいっぱいになってしまい、「残り、どうしよう・・・」と考えながら食べていたっけ。

私の記憶は3歳ぐらいからあるのだが、七五三の記憶が脳裏にない。お参りに連れて行ってもらったはずなのだが・・・3回共覚えていないのだ。着物を着せてもらって妹と中山寺で写真を撮ったあれかなぁ?ふぅ~~む。

子供は七五三のお祝いが何なのかわかっていない。多分「今日は七五三だから」程度の説明しか受けずに、連れて行かれたんじゃないだろうか。遊園地や動物園でもない場所に理由もよくわからないまま連れて行かれて、それが自分の健康を願っての行事だっただなんてそこまで頭は回らない。だから「なんか出かけたけれど、なんで出かけたのかわからない」お出かけの日でしかなく、記憶にも残らなかったんじゃないかなと思う。

健やかな成長の感謝をし、区切りをつけてそれを祝うのが七五三。千歳あめは子供に食べさせるだけでなく、親戚やご近所さんに贈って福を分けるものなのだそうで、浅草で売られたのが始まりのようだ。

幸福は人に分けても減るものでなく。

幸福が減る時、その原因は独り占めすることにあるのだそうだ。

七五三のお祝いと千歳あめ。

可愛い着物を着せてもらって、はいチーズ。

元気でスクスク大きくなあれ。

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2009年11月10日

家からバイクで10分ぐらいの所に大田黒公園という公園がある。ここはかつて音楽評論家の大田黒元雄さんのお屋敷があったのだそうで、中央線の荻窪駅の近くにありながらひっそりと静かな日本庭園の穴場の公園だ。

以前に一度行ったことがあって、その時は京都のお寺や神社に来たような感覚になったのだ。銀杏並木があって園内に入る。中には池があって木々に囲まれた日本庭園が広がる。敷地はゆったりとしていて、これが個人のお宅だったんだと思うとちょっと私には想像のつかない暮らしで、少しの間いろいろ思いをめぐらせてそこに居たが、なんだかとてもいい気が流れている場所だった。

記念館には古いスタインウエイが展示されていて、とても素敵だったのだ。

ここは紅葉が綺麗な場所なので、ちょくちょく雑誌にも取り上げられている。なので、紅葉目当てで訪ねる人も多く、今年の見頃は来月の上旬から中旬にかけてとあった。

ライトアップされるのはいつからいつまでだったかな。紅葉が綺麗な頃に、また訪ねたいな。

バイクで日が暮れた家の近くの角を曲がると、どこかの家から焼き魚の匂いがした。

今夜のおかずは何にしよう。

晩秋の風が頭の上をスーっと通って行った。

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2009年11月11日

8月の末に電気店で光通信にするキャンペーンをやっていて、開通したら15000円分のお買い物券をくれると言っていたのだ。前から検討していたのでこの機会にと光通信にかえたら本当にお買い物券がもらえた。しかもどういう理由なのか、お買い物券は15000円から20000円分にアップされて、受け取ったはいいものの、20000円分もこの店で好きな物を買ってもいいと言われるのかが理解出来なかったのだ。

<この券で、本当にお買い物が出来るんでしょうか>

他所では3000円分の買い物をしては福引き補助券を集めて、それでガラガラを回しに行ってもハズレるのに、ひかり電話にかえただけで金券がもらえるだなんて。

金券は木の葉っぱだった。なんて「むかしばなし」に出てきそうな話で、あの時はかなり怪しんだが・・・・、

今私の家には新しい石釜スチームオーブンレンジがある。あの金券とあと少しお金を足して買ったので、本当にあの券は使えたのだった。

新しいオーブンレンジは、トーストがとても美味しく焼けるので気に入っている。

しかし誰がこの電子レンジを買ってくれたんだろう。パンを焼きながら時々考える。だが不思議なシステムと言えば、友人の女の子がある日新聞の勧誘を受けて、
契約をしてくれたら1万円あげるからと頼み込まれたということがあったっけ。
洗剤か野球のチケットはもらったが、1万円となると1ヶ月分の新聞代より高いではないか。

よくわからないシステムがあるのだなぁ。

”パトロンが電子レンジを買ってくれた”

光通信にしただけで、こんな気分を味わうことになるとは思いもしなかった。

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2009年11月12日

新しい携帯にかえてから、メールの文章が味気なくなってしまったように思うのだ。というか、用件以上のことを書ける余裕がないのだろう。

もうそろそろ慣れてもいいと思うのだが、未だにメールの簡単な文章を打つだけで口で言う50倍ぐらいの時間がかかってしまう。途中でいやになって電話にする時もあるぐらいだ。どうして「メールありがとう!」と打つのに宝探しのような状況になってしまうんだろう。

私の場合、タッチパネルと相性が悪いのか操作ミスがとても多い。そんなに指が太いとは思わないのだが、タッチしたつもりの場所でない所が反応をすることが多々あるのだ。銀行のATMでも「暗証番号が違います」とアナウンスされることがある。だが、今度の携帯はそんな頻度じゃない。はっきり言ってものすごく多い。

「お久しぶりです」は「おるるるるみみみりり」と連打文字になる。やり直すと今度は予測単語の所に触れてそのまま連打し「お日差しられるりなもし」・・・・。

手書きだとありえない間違い文を日々たくさん生み出している。

時々、あんまり失敗が続くと気持ちがだんだん疲れてきて、このまま送ってみようか。気持ちを込めたらテレパシーで文章解読してもらえるかもしれない、という気分に覆われるのだ。

イライラする。
間違わずに打つコツがわからない。

失敗しないうちに送ろうと消極的になっているせいで、すっかりボキャブラリーが減っている。

「繋がらない」「ダウンロード出来ないの?」「えっ、まだmova?」と、化石になりつつあった古い携帯だが、あの機種を使っていた頃の方が私は文化レベルが高い人間であった。

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2009年11月13日

昨日、また引っ越しをした夢を見たのだ。つい先日も引っ越しをした夢を見たばかり。夢判断では、何か新しいことを始めようとしている気持ちの表れというようなことが書いてあったが、夢の内容からするとどうもスッキリ爽やかな心機一転という感じでもなさそう・・・・。一体なんでまたこんな夢を見たんだろうと、やけに記憶に残ることとなったのだ。

夢ではいずれも新しい家に同居人と引っ越したという設定なのだが、その同居人が実際に同居していたうちの一人だった。なんでまた?久しく会っていないというのに・・・、。

最初の夢では、同居人と私は同居人が選んだ保谷駅前のバブリーなマンションに引っ越していた。中はどこかのラウンジっぽい夜の店のような空間。窓がなかったのだが、リッチな内装でトイレが二つある。「ここにも部屋がある」「ここにも」と部屋数が二人で住むには多く、〈これだと部屋が余っちゃうわ〉と心配になったのだ。

気になったのはやや埃っぽいということ。空きが長かったと思われる。

遊びに来た人に「すご〜い!立派なマンションね!」と言ってもらうのだが、私の心は自慢に思うどころか『身の丈に合っていないとこに引っ越しちゃってどうするの』とブルーな気分になるという夢だった。

夕べも妙な所が似ていた。

私の部屋にはなんと外から部屋の中に続く池があるではないか。そしてキッチンは二部屋もある。「ここにもキッチン!」「隣の部屋もキッチン!」キッチンは二部屋もいらないわと思っていたら、奥の部屋からまたあの同居人が歯を磨きながら出て来たのだった。

夕べのマンションはサービスルームみたいな荷物を置く部屋があり、更に思わぬ所に畳の部屋がまだあった。

そして、この家の中も埃っぽくて「これからメンテナンスが大変だわ」とちょっぴり憂鬱になっていたのだった。

今まで見て来た夢の多くは忘れて行く。だがいくつかの夢は時間が経っても、すぐにはっきり思い出せるものがある。

この二つの似た夢は何の暗示?

埃っぽいという点が気になっているのであった。

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2009年11月14日

そろそろクリスマスの飾り付けをする家が増えてきた。

私も部屋にささやかなツリーを飾り、それだけで部屋の中が少し暖かくなった気がするのだ。

毎年これぐらいの時期になったら二階の六畳の部屋の天袋から出して飾り付けをしたクリスマスツリーが、私の家にもあった。もみの木の枝を広げたら次はオーナメントを吊るして行く。ひな飾りと違ってクリスマスの小物達はキラキラピカピカしたものが多かった。見ていて華やかでワクワクしたが、特に私はメタリックのピンクや青のボールを飾るのが楽しかった。

てっぺんに星を乗せたら、最後は電球のコードをもみの木に巻き付けて行く。そして点灯。最初に電気がいっぺんに点いて、じっと見つめていると少し後になって「チカ・・・」「チカ・・・」と瞬きだす。

<完成!>

実家にはまだあのツリーは残っているだろうか。もう出すことがなくなって長い年月が過ぎてしまったが、天袋は普段から開けることはほとんどない場所なので、あることすら忘れられて捨てられ忘れたまま眠っている可能性もある。

電飾はさすがにもう点かないだろうなぁ。

LEDライトに代わったり、一般家庭でも外にイルミネーションの飾り付けをしたりと着る服はずいぶん変わってきたけれど、もみの木であることだけは変わらない。

クリスマスの木があたたかい。

心があたたかくなるクリスマスの頃が好きだ。

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2009年11月15日

掃除機を買い替えたいなぁと思い始めてから、数年になる。今使っているのは前の家で使っていたもの、それもお下がりだったので相当な稼働年数になっていると思う。前の家で使っていた時点で既にパーツが揃っていなかった。先っぽがすきま用の細いパーツか先に何もつけないかの二者択一だったのだ。

どうも私は電化製品は完全に壊れるまで、不便でも「まぁ、いいか」とそのままにしてしまう傾向にある。買い替えなきゃとは思うのだが、積極的に行動に移さないので、壊れる前に買い替えをしたとしても最初に買い替えを検討した時から数年が経っているのだった。洗濯機もまだ二層式、15年以上になるが今も使っている。これは遺伝かもしれない。だって実家の電子レンジに至っては使い続けてもう20年以上になるからだ。

しかし、さすがにもう掃除機は買い替えよう。あのイヤな排気臭は身体に悪い物質が出ているような気がしてならないというのと、普通にパーツの揃った掃除機がやっぱり欲しい。

今検討をしているのは紙パック式の掃除機だ。サイクロン式というのは、以前テレビで見たがゴミがそのまま有るというのが、私にはちょっと抵抗がある。もしゴキブリを吸ったとしたら、掃除機の中でだんごになっているゴミ玉のどこかにゴキブリがあるわけで、その姿を見つけてしまうかもしれない。そうしたらゴミ捨てをする気力を失い、その掃除機をしばらくさわれなくなるような気がする。あとはフィルターの掃除がちょこっと面倒臭そうだ。

<やっぱり慣れている紙パック式がいいなぁ。>

新しい物に手がなかなか出ない保守的な私なのである。

「これが可愛い」

「こっちの色がいいな」

電化製品好きの旦那さんが居ればまた変わっていただろうが、手頃な値段で色や形が可愛ければよし、あとはよくわからないというのが私の電化製品の選ぶ時のパターンだ。多機能な物も私が使えば多機能を生かせない。私としては頑張って使っている携帯ですらそうだ。

で、一体いつ掃除機は買うの?

もう買うぞと決めてから半年は過ぎている。

可愛い!といって見ていた機種もそのうち型がかわってまた新しい機種になり、そうしていつまでも私は「可愛い!」と掃除機を見ているだけでまた年月を重ねて行きそうなのである。

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2009年11月16日

毎日、私の家の辺りでは夕方になるとどこからともなく「ゆうやけこやけ」のチャイムの音が聞こえてくる。春から秋にかけては6時に、日が短くなる季節には5時に聞こえ、「あぁ、もう5時なんだ」といった風に時計に目をやることもある。

どこから聞こえてくるのかなぁとは思っていたが、家の少し離れた東の方角という感覚があった。

が、今日は偶然その音の発信地を発見したのだ。

バイクで駅に向かう途中、近くの高校の前にさしかかろうとしたその時に大音量で「ゆうやけこやけ」がスピーカーから流れ出した。ちょっと家から離れているからこのチャイムはなんとなく郷愁を誘う感じだったが、バイクで前を通った時にはかなりの大音量に思わず身をかがめてしまった程だ。

そうだよなぁ・・。私の家で丁度気持ちのいい聞こえ方をしているんだから、このぐらいの爆音で鳴らさないと周辺まで届かないよなぁ・・・。

このスピーカーのすぐ近くに建っている家の人のことが少し気の毒になった。

毎日毎日、夕刻になるとビクっとする音で「ゆぅうう〜やーけーこーやーけ〜で」と鳴らされる。風邪で寝込んでいても、誰かと電話をしていても、はたまたど忘れしてしまった単語がもうちょっとで思い出せるという時にでも、だ。

私だったらある日急に「もぅ〜〜、いやっ!」とキレて、スピーカーによじ上ってプチプチシートでグルグル巻きにして音が小さくなるようにしているだろう。そして即逮捕されているのだ。

毎日のこれは必ずいくらかのストレスにはなっているはずなので、住民税を少し安くしてあげるなりしないと可哀想かもしれない。

スピーカーがあったのは家から北の方角だった。

東だと思って疑いもしなかった。

私はずっとあさってな方角を見ていたのである。

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2009年11月17日

図書館に行くいつもの道で大きなサボテンがあるのを見つけた。

サボテンってこんなに大きくなるの?

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いや、通りすがりの私よりこの家の人が一番驚いたに違いない。細い電柱のように上に伸びていったのを見上げて、「まさかこんなに大きくなるとは思わなかったわ」とちょっぴり戸惑ったんじゃないだろうか。

サボテンは雨風に倒れないようにとヒモと棒で支えてあり、高さは二階の屋根とほぼ同じ位だ。つるバラを育てている家や、ミモザだったり、オリーブだったりを植えている家は他にもある。どうしたらいいかわからなくなった時には、ご近所の先輩に育て方の相談をするなんてことも出来るのだが、サボテン繋がりのお家はちょっと私も思い浮かばない。

どこまで伸びるのかしら。

グングン伸びて、空まで届いたらすごいのだ。

サボテンさん、気にしないでうんと伸びなされ。

今日はジャックと豆の木の「豆の木」は実は「サボテン」だった説について考えてみたのであった。

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2009年11月18日

私は時々、自分の覚え書きを携帯メールからPC宛てに送ることがある。が、最初の頃は100%迷惑メールに振り分けられていたのだ。送ったのが自分だったので”ある”ことを前提に探せたからよかったものの、アドレスブックに登録をしていてもメールってはじかれるんだなぁと思ったのだ。

その後パソコンさんにも大分学習をしてもらって、そのうちに迷惑メールに行くのが70%ぐらいになった。

だがそれではまだ困る。

届いたり届かなかったりって・・・。

そんな気分屋では信用出来ない!

ふとそう思って迷惑メールの箱を見てみると、そこで偶然友人からのメールを見つけたりする。

セーフ!
いいや、セーフだがアウト!

これでは、困るんです。

自分の携帯からのメールだけでなく、他の人からのメールも中途半端に振り分けをすることがあるので、あとから「あれ、メール届いていない?」と話の流れで尋ねられることがあるのだ。そこで会話修正出来る時はいいがそうでないことの方がやっぱり多いんじゃないかと思う。

MACを買ったらついていたソフトだった。
んもう〜・・・・。

中途半端な頭脳が一番困るのだ。

部下を持ったことがないのでよくわからないが、「あまりつかえない」部下ってこんな感じなんだろうか。

気づけば迷惑メールはすぐ1000件になっている。

<1000件になったらもうチェックしていられないわ・・・>

数が多くなると私ももうチェックをする気力がなくなり、そのまま削除箱に送ってしまう。

「似た者同士」はダメなのだ。
私みたいな人間にこそ、有能な人がついていてくれないと困るのだ。

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2009年11月19日

新しい掃除機を買った。

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紙パック式の掃除機で軽くて手頃な値段の物であれば何でもいいなと思っていたが、色が可愛いという理由で選んだのが今度買った物なのだ。

家電好きの人はスペックを見ていろいろ比較をするのが好きだったりするんだろうが、私が気になる所は重さや大きさだったりする。掃除機本体の仕事能力より、「仕舞う時に場所を取らないかしら?」「あら、こっちの方が軽いんだわ」と、まぁ自分にわかる項目がこれぐらいしかないからなのだろうが、それにほとんど頭を取られていたのだ。

今まで使っていた掃除機を置いていた場所に、新しい掃除機を置く。

「あら、ぴったり」

上手く収納出来たら達成感があった。

本末転倒だが、実際の掃除機の役目より置き場所に上手く収まってくれたことの方が、私の場合「よかったわ」と喜んでしまうのだ。

あとは以前使っていた紙パックの替えがまだ残っているので、そのまま使えたらものすごく嬉しい。

でもまぁ、こんなものなのだ。私みたいに電化製品に対してジャッジの甘い女性は割といるんじゃないかなと思うのだ。

家電リサイクル法が出来てから掃除機はどうやって捨てたらいいのかよくわからなかったが、杉並区では粗大ゴミのB券を購入してあとは区に電話をして引き取り日に家の前に置いておけばいいのだそうだ。

今までごくろうさん。おつかれさま。

何年製の物だったのかな。いらなくなったからと譲り受けたものをまた譲り受けたものなので、その辺がわからないが、15年ぐらい前の物になるかもしれない。

掃除機は長い年月の間、あまりそのフォームが変わらない物の一つだなと思ったのであった。

Posted by 吉川みき 2009年11月19日 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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2009年11月20日

六本木モーフにD-naughtのアルバム発売イベントを、ベーシストの植田博之くんと見に行った。

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今回のD-naughtのアルバムでは、初の試みで長年の音楽仲間である植田博之くんとユニット形式で一曲アレンジをさせてもらった。「八槻尾」というクレジットが二人のユニット名。ベーシストならではの視点は私には持ち得ない部分で、一緒に作業をすると驚くことが沢山ある。自分にはない感性を持っている人と作品作りをすることは、私にとっていい方向に行くことが多く、これからは共同作業での音楽制作の機会も作って行きたいなと思っているのだ。

D-naughtは出会ってからどんどん活動の場を広げて、今や応援してくれる人達も全国に広がった。これから更に行くぞというそんなパワーがあって、この日のライブもお客さんが会場に入りきらないぐらいだった。

<もうこんな近い距離じゃ見れないかもしれないなぁ>

ライブ中にふと思ったのだ。

出会った頃、ko-派くんは「自分、いつでも暇にしてますんで、打ち合わせいつでも大丈夫です!」と言っていた。あの頃はメンバー本当にいつでも時間の融通がきいた。でも最近はみんな曲作りやライブでとても忙しそうで、暇にしていた頃のことが嘘のようだ。

音だけで勝負する音楽の世界も好きだが、私はエンタテインメントも大好きだ。

大きくはばたく彼らの今をしっかり目に焼き付けておきたいなと思ったのだった。

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2009年11月21日

今はどこに行っても、コスメコーナーにネイルチップが置いてある。ネイルアートやネイルケアといったものがこんなに定着するとは思っていなかったのだ。

私は「つけ爪」と呼んでいる。が、これらのことを「ネイルチップ」というらしい。コスメコーナーは男性は立ち寄らないエリア、なので店頭での商品棚の変化にはあまり実感がないとは思うのだが、少なくとも私が知る限り10年前はこんな物は店にはなかった。今このつけ爪を置いてあるスペースは何が置いてあった場所だろう??思い出そうとするが、それも思い出せないのだった。

ネイルサロンにしたって、出来た頃私はすぐにブームは過ぎると思っていた。だが、前を通りがかって中を覗いた時にはお客さんがたいてい座っている。入りにくそうな店舗でもお客さんはやって来るみたいなので、今やすっかり、爪はお肌の手入れと同じぐらい気合いの入る部位となったみたいなのである。

私は子供の頃からピアノを弾いていたことから爪が少しでも伸びるとうっとおしくてしょうがなくなるのだ。短いのに慣れているせいで、別に楽器をさわるわけでなくとも爪の白い部分が5ミリ伸びた時点で、日常生活の中で不具合が起こる。だから可愛らしいネイルチップ達を店先で見かけて「一度ぐらいやってみたいな」と興味を持ったとしても、まず半日も持たないということが最初からわかっているのだ。

このつけ爪、接着シールやボンドみたいなものでひっつけるらしい。しかも自分のつめのサイズに合わせて微調整してカットしてからつけるのだそうだ。こんな面倒臭いことをして余計なものをひっつけて、それで外に行って買い物をしたり携帯を打ったり出来るだなんて・・・・。これは10センチヒールで走るのと同様高度な女性芸の一つだなと感心もする。

世の若い女性達はこれを指の先っちょに器用につけている。

何の為に。

やっぱり綺麗になりたいからなのである。

じゃ、なんでこんな恐竜みたいな爪にしなくちゃならないのか。

それは世の男性が「綺麗な爪の女性がいい」というような風潮を撒いたからなのだ。それで、女性達は綺麗になりたい一心でさじ加減がわからなくなり、現代になってついにこんな飴細工みたいなものを指先につけるという方向に走ってしまった。

しかしこの爪では、男子供の大好きなハンバーグはこねられない。

途中で爪は取れ、つけ爪は幸いミンチの中から発見出来たとしても、接着シールの破片はそのまま恐らくハンバーグの種に混ざったままになる。料理が上手い女性がいいだとか若い女性がいいだとか、長い髪がいいだとか、指がシュッと長い女性がいいだとか、好き勝手なことを男性達が言ってきたおかげで、女性はやりすぎて香水臭い女になったり、化粧を落とした顔を見せられなくなったり、恐竜化したりしてしまったのだ。

爪は普通の長さでよし。

女性はなんでもやりすぎる。

男性はうかつに理想の女性像について語ってはいけないのである。

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2009年11月22日

今年は温泉に行くどころか、お出かけさえしない秋になってしまった。

出好きの私が出かけない時はそうとう具合が悪い時で、出かけなかったということは出かけられないぐらい調子が悪かったのだと思う。東京都の美術館を制覇する野望も消え、ワンちゃんと泊まれる旅行ブックも眺めるだけで終わり、すぐ近くの下北にも吉祥寺にも全然行かなくなった。ユザワヤ新宿店が出来たのも知っているのに、まだ行っていないだなんて自分でも信じられない。

このまま終わっちゃうの。秋。

いやだ。

きっとこのままでは後悔する。

そう思ったら急に悲しくなってきて、今日はどこかに出かけたい!と久しぶりに出かけることにしたのだった。

私の「どこかに出かける」は、本当に「どこかに出かける」その「どこ」が決まっていないことが多い。本日も着替えをしながら「どこに行こう」と考えながら家では行き先が決まらなかったので、いつものように家を出て、とりあえずバイクに乗ってみる。

なんとなく「右」「左」と適当に向かって、あぁ私は「東高円寺」に向かっているのだわと理解する。

駅に行けば行きたいところが見つかることが多いので、なおも行き先不明のままバイクでとりあえず駅に向かって地下鉄に乗ることにしたのだった。

地下鉄丸の内線というのは、新宿や銀座や東京やらを回って最後に池袋に着くちょっとしたハトバス観光っぽい電車だ。大きくて個性的な街を巡る路線なので、私は密かに東京見物電車呼んでいる。これに乗ったらどこかで降りたくなるだろう。私は未だに新鮮なおのぼりさんなのだ。

「気になった駅で降りてみよう」

「西新宿」を過ぎ、「新宿」に着いたが今日はアンテナが立たなかった。

「新宿三丁目」駅。

ここも伊勢丹デパートなど様々なショップがあるので、降りれば街を味わえる。が、本日はここも通過。

「四谷」を過ぎて「赤坂見附」に着く。

この駅で乗り換えをするとまた行き先の選択肢が増えるので、元気度が高かった場合はここで降りていたんじゃなかろうか。しかし、今日はもうちょっと座っていたいと思い、この駅も通過する。

ねぇ、どこに行くつもり。
どこで降りるつもり。

「国会議事堂」「霞ヶ関」を過ぎ、「銀座」でも降りることはなかった。

このまま降りないのかしら。

そうだ。
東京駅ってつくばエクスプレスに乗れるんじゃなかったっけ。

実際は全くの間違いなのだが、その時は急にそんなことを思い、そうしたら乗り換えて早い電車に乗りたくなってきたのだった。

「東京~。東京~」

おります。おります。

改札を出たらそこはクリスマスイルミネーションで飾られた新丸の内ビルのすぐそばだった。

わぁ、綺麗。

その瞬間つくばエクスプレスのことはすっかり忘れ、新丸の内ビルに吸い込まれていた。なんといい加減。目の前のものに心を奪われやすいのであろう。

綺麗な飾り付けを見ながら、なんとなく人の流れに着いて行き・・・。

きっとここから楽しい時間となるはずだったのだが、この2ヶ月、ほぼ自宅療養生活を送ってきた。急に街に出てウロウロ出来る体力がまだないという計算をしていなかったので、しばらくしたら急に電池が着れるようにして身体がグッタリしてきたのだった。

ゲームのライフがなくなるのと同じように急に体力ってなくなるものなんだ。

なんだかしんどい。
とてもしんどい。

結局お出かけはそこで終わり、フラフラになりながらなんとか家に帰ったのだった。

行きはよいよい、帰りはしょぼい〜♪

何故、こんな無駄な行動に出てしまうんだろう。
でも、ま、いつもこんなもんだわ。

グッタリしつつも、「今年も秋にお出かけをした」という充実感でベッドに横たわったのであった。

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2009年11月23日

クリスマスイルミネーションの飾りつけをするお宅が増えた。

あたたかな電飾が家の周りを適度に飾ってある景色は、寒い夜道をなごませてくれる存在だ。個人的な好みとしては、ワンポイントで飾ってある程度のそんなに手間をかけていないお家が素敵だなぁと思う。

いいなぁ。

今までは眺めるだけでよかったイルミネーション。だが、今年はちょこっと「私ん家もやってみたいなぁ」と思うようになってきた。

ちょこっとでいいのだ。

大きくなったオリーブの木に沿わせてみる、だとか。
雨戸のつるバララインに沿わせてみる、だとか。

しかし屋外のイルミネーション設置はやはり男手が必要なのだ。三脚を立てても、私の身長では若干上の方が届かない状態、さすがに男友達に電話をしてクリスマスの飾り付けを手伝ってよとは頼めない。惜しいなぁ、飾り付けをしたら素敵になりそうなのになぁと思いながら家の屋根の下あたりをいつもジっと見つめている。私の頭ん中ではチカチカとイルミネーションが瞬いているのだった。

立派な飾り付けのお家には、休日返上で三脚に乗って頑張ったお父さんの存在がある。

現代のサンタさんは今やクリスマスの飾りつけの頃から忙しくなったのである。

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2009年11月24日

タリランランラン、ララランランラン~♪

寒い季節になってくると灯油の移動販売車の音楽がどこからともなく聞こえて来る。

この近辺は「イッツ・ア・スモール・ワールド」の車と「北風小僧のかんたろう」の2台が巡回しているようで、近くのお家でも頼んでいるところがあるらしい。配達の車が音楽を流しながら止まっているのを見たことがある。ウチはもう灯油を使わなくなったのでお世話になっていないが、石油ファンヒーターを使っていた時にはやっぱりこうした巡回の配達車から灯油を買っていた。

私が子供の頃は、お米やジュースも配達してもらっていたのだ。台所の裏にはガラス瓶のジュースケースとビールケースがあって、それは私の世代にとって懐かしい景色の一つだ。当時はお米屋さんが配達をしてくれるのがあたりまえのことだと思っていたから、まさかそれから後にスーパーでこれらの品物を買うなんてことに変わって行くとは予想もしなかった。

灯油を使用する家が少しずつ減っていけば、冬の巡回車もなくなって行くのかもしれない。

別に自分の家で買うことはなくても、あの音楽が聞こえて来ると「あぁ、そういえばもう冬なんだなぁ」という風に部屋の中で思っていた。親しみを覚えていたのでなくなったらやっぱり寂しくなると思う。

<買えないけれど応援している>というのは、本当は応援していることにはならないかもしれない。

だが、私みたいな気持ちであの音楽を耳にしている人は居ると思うのだ。

配達の車の人には伝わらないだろうけれど。

そして自分にもきっとそういう存在の人が居るんだろうなぁと思ったりもした。

そして
それはみんなに言えることなんだと思う。

お仕事ごくろうさま。

耳を澄ませば聞こえてくるかもしれない。

小さなエールを、人は送り、送り合い、沢山の想いを自分もきっと受け取っているのだ。

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2009年11月25日

先日通販で頼んでいた毛布が届いた。

ずっとウチは毛布がなかったのだ。毎年冬はダンボで暖を取っていたので、あまり不便を感じていなかったのだと思う。

買わなかった理由はもうひとつ、春になったら片付ける場所を押し入れに確保しなくちゃならないという点だった。押し入れの下の方は既にいっぱいで、三脚を出して天井近くにスペースを作らないといけないあのちょっとしたことが「面倒くさい!」のだ。一年のうちのたった一日のそのうちの10分程、収納に頭を悩ませるだけなのに、それだったら3ヶ月寒い方がいい。そんな感じで冬を越してきたのだったが・・・.

去年買ったフカフカタイプの敷きパッドを押し入れから出して先日敷いたら、めずらしくそれだけでやけに寝る時に幸せを感じた。それになんだかグッスリ眠れたような気もする。やっぱり冬は上下共にフカフカに挟まれて眠るのが、いいんじゃないかと初めて思えるようになったのだ。

羽毛布団だったら、布団の上にかけるのがいいとされる毛布。

だがやっぱり毛布は布団の下に敷きたい。

布団から出るのがだんだんイヤになってくるこの季節。

と、同時にあったかい布団に潜り込む瞬間がささやかな幸せなのだ。

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2009年11月26日

先週から左目の瞼がかぶれてかゆいのだ。

最近はあまり化粧をしなくなったので、たまに化粧をすると次の日に瞼がかぶれるといったことがあって、今回もそのパターンだった。瞼のかぶれはここ1〜2年のこと。それまでは「めばちこ」ぐらいにしかならなかったので、体質も変わって来たんだろう。

以前「めばちこ」と言ったら人に笑われたことがある。「めばちこ」は標準語ではないらしい。正しくは「ものもらい」「麦粒腫」なのだそうだが、会話の中ではまず「麦粒腫」とは私は言わない。で、「ものもらい」を会話単語にしたものが「めばちこ」だと思っていたのだが、「パーマをあてる」と言ったら「あてる??」と通じなかった時と同じように「めばちこ」は聞き慣れない人にしてみれば不思議な響きの方言になるみたいなのだ。

じゃ、他の地域ではどういう呼ばれ方をしているんだろう。調べてみたら北海道では「めっぱ」なのだそうだ。東北では「ばか」と呼ぶ地域があるらしい。東海地方になると「めんぼ」と呼ぶ人が多く、これがだんだん西に向かって行けば「めいぼ」になっていくみたいだ。長野では「めかご」。う〜む。こう聞くとイナゴの佃煮に似た珍味の名前かなと思えてくるのだ。

しかしもっと想像がつかなかったのは、「おきゃくさん」と呼ぶ佐賀県、「おひめさん」と呼んでいる熊本だ。沖縄では「おともだち」と呼ぶ人が約1割いるそうなので、西に進んで行くごとにウエルカムな名前になっているのが可笑しいのだ。

今のかぶれは「ものもらい」ではなくおそらく「眼瞼炎」だろう。ちょっと調べてみたが、「眼瞼炎」には方言がないみたいだ。というよりも、「ものもらい」のように方言がついているケースの方がめずらしいと思う。

しかしなぁ。

「おきゃくさん」という言い方は、女性語でいうところの「生理」だったと思うのだが・・・。

どう言い分けているのか、イントネーションなのか、わからない方言なのである。

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2009年11月27日

友人から、マイケルジャクソンの映画がすごくよかったとメールをもらったのが昨日、急遽今日はそのマイケルジャクソンの映画を観に行くことにしたのだ。友人のメールがなかったら、気にはなっていても観逃してしまったんじゃないかなと思う。「めちゃくちゃよかった!」と感動した友人のメールで私も心が動いて「やっぱり行かねば!」と朝起きたら映画に行くモードに入っていたのだった。

幻となった2009年のロンドン公演のリハーサル風景を中心に構成された「this is it」。公開が今日までということもあって、都心部の映画館は私の行きたい午後の時間帯は既に売り切れになっていた。少し都心からはずれたとしまえん近くのユナイテッドシアターの2時半の回があったのでネット予約をしたが、映画館に着いた時には「全ての回のチケットは売り切れました」という張り紙がしてあった。

マイケルジャクソンは後年、いろいろスキャンダラスな方面から書かれた疑惑の人だったが、私はそれよりも「スリラー」が流行った頃の個人的な思い出の方が強く印象に残っている。MTVでの映像に釘付けになったことや、当時同じくしてヒットチャートをにぎわせていた楽曲達、カフェバーでスピーカーから流れてきたbose独特のあの音像、バリ島に旅行に行った時に道端でカセットでアルバムのコピーが売られていてお土産にわんさか買って帰ったこと、女子大生だった頃の私のキュンとする景色がよみがえる。

50歳とは思えないハードな身のこなしでリハーサルに真摯に向き合うマイケルジャクソン。全力で目の前の自分のやるべきことに身を投じている姿は、エンターテイナーとして心身共に本当に手の届かない高い所にいる人なんだと感じさせられる。遠い存在の人であることを確認しつつも、人として尊敬する気持ちが芽生え、映画を観すすめるうちに何故かしら見ている自分の心がどんどん洗われていった。

よく「これが出来たら死んでもいい」と口にする人が居る。マイケルはそうは思っていなかったと思う。ただただ目の前にある自分のやるべきことについて、いつも100%で臨んでいたのだろう。神聖な人のオーラがあった。

コンサートは幻となってしまった。
だがとても価値のある映画だったと思う。

それぞれの人の心にある邪心のない空間に、語りかける映画だったような気がする。もしかしたらそれはロンドン公演の成功よりも人々の心を正直にさせる力があったかもしれない。

人生は切ない。誰かの評伝を読んでもいつも同じ切なさが胸に沸いて来る。でもたくさんの出会いがある。そしてその人にしかないたった一つの人生を生きている。

スーパースターでなくとも、同じ志は目指せる。生きている間、私達は繰り返し澱みながらもまた心の再生をして、自分の道を歩いていかなきゃいけないなと思った。

勧めてくれた友人に感謝。私も深く感動をし感銘を受けた映画だった。

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2009年11月28日

江古田マーキーにてライブ。

いつもなら12月にもライブの予定が入っていたと思う。でも今年はこのライブが今年の私のライブの早くも締めのライブだ。

今年は体調が思わしくない状態でライブに臨む日が何日かあった。逆に考えればそれだけ調子がいい日が出て来たということにもなるが、調子がいい日を得たら次からはやはりそこが自分の基準になって行くので、「ベスト」が一番いいが、そうでなかったら「ベストを尽くす」、そのどちらかの私でライブに臨もうという気持ちで過ごしてきたように思う。

目には見えなくても確かに存在する想いというものが、多分ライブハウスという場所には行き来するわけで、窓のない暗い閉ざされた箱でしかない空間が温度を得るのは、そこしかないのだと思う。

どんな時でも、どんな状況でも、心の温度が少し暖まる瞬間があって、それがあればしばらくの間また心強くやっていける。例えば喫茶店に入ってちょこっと休憩をすることもそう、映画を観にいくのもそう、友達になんてことのないメールを送ったり大好きな人の声が聞きたくなるのもそう。ライブハウスに足を運んでくれるお客さんに対して、そのことをいつも思えるようになりたいと思う。

一緒に出演をした佐藤ひろこちゃんが、「まだはじめてまもないピアノで、決して上手くはないけれど、伝えたい気持ちを大事に、最後にピアノの弾き語りで一曲歌わせて下さい」そんな内容のことを言って最後の一曲をピアノでの弾き語りをした。

聞いていて、ピアノの上手い下手というところに耳がちっとも行っていない私が居た。そして自分の心の温度もなんだかあったまっていた。

たまに、自分の進む道は、歩いている道はこの道でよかったんだろうかと自信をなくす時がある。もっと身の丈に合った何かが他にあるんじゃないだろうかとよそ見をする時がある。でも、多分なのだが、大抵は自分の選んだ今歩いている道で正解なのだと思う。そしてその中で心があったまる瞬間を何かからもらって、そしてまた小さく仕切り直してその道の続きに行くのだ。

自分の道のりが遠く感じるのはまだこの先もあるというしるし。

帰り道、晩秋の夜の空気だ。

冷たく、でも澄んで透き通って、それが何故だか暖かく見えたのだった。

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2009年11月29日

子供向けの人気キャラクターのひとつに「きかんしゃトーマス」がある。最近出来たこれまた人気のららぽーと新三郷の中に「トーマスタウン」という屋内型のデーマパークもあって、子供たちの人気の高さが伺えるのだが・・・。

私はこの「きかんしゃトーマス」キャラクターが不気味でコワイのだ。女性はすぐに「可愛い〜!」と口にすると言われる。不気味だったりぶさいくだったりするものも「可愛い」と言ってみたりするし、「ちょっとぶさいくなところがなんとも言えず可愛い!」という感覚は私もわかる。実際に私も「可愛い〜!」を連発する方だと思うのだ。

でもトーマスの場合は、「可愛い!」ではない。

私の基準で言うと「不気味」で止まってしまう。ちょっと不気味なところが可愛い!となるはずなのに、それがならないのだ。

ホワ〜イ、何故。

顔が・・・微妙に怖いのだ。

顔色が灰色、というところもあるかもしれない。
で、中途半端にリアルなおじさん顔をしている。

もっと他になかったのかしら。

子供達はこれを見て、「コワい!」と泣いたりしないのかしら。

子供、特に男の子は電車などの乗り物好きなので、このきかんしゃトーマスの場合体が電車であることに随分救われていると思う。これがもし魚の形をしていて「おさかなトーマス」というキャラクターだったとしたら、子供達は魚嫌いになっていたと思う。「男の子だから泣いてはいけない」というママからの教育もあって、だから男の子は「トーマス」の顔でなく体の部分である電車にだけ焦点を合わせて見ているんじゃないかと個人的には分析する。それでトーマスはギリギリOKラインで成立するキャラクターなんじゃないかと思うのだが・・・・、テーマパークは連日大盛況らしい。

まぁ、なんとかレンジャーなどの戦隊物のキャラクターも派手な昆虫の私からすれば気持ちが悪い着ぐるみでしかないのだが、あぁいうのも子供にすればかっこいい!わけなので、子供というのは案外「面食い」でなく「中身で勝負」だと思って相手を見ているのかもしれない。

子供の「可愛い!」は大人の女の言う「可愛い!」とはまた趣味が違うらしい。

「可愛い」の定義は辞書には最も記しにくい部類のものなのである。

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2009年11月30日

少し前、病院にお見舞いのお花を送った。

小学生だったか中学生の時、入院をした友達にお見舞いの花を持って行ったが、それが鉢植えだったので後でエラく母に叱られた思い出がある。病気のお見舞いのお花は「根がつく=病気が根付く」として鉢植えはタブーなのだとその時に知ったのだ。

お見舞いに花を送る人は多い。
私も送って頂いた花にたくさん元気をもらったなぁ・・・と振り返る。

「花」は人にエネルギーを分けてくれる存在なのだそうだ。

見返りを求めずにただただエネルギーを与えてくれる存在なのだそうだ。

「元気になりますように」

そう願いを込めて、お見舞いの花を送れば、きっと花はその気持ちを受け取って、精一杯役目を果たしてくれるのだと思う。

早く元気になりますように。

願いを込めて送ったから。

おまじないが効くように。

お見舞いでなく普段花を買う習慣のない人も、たまに元気をなくした時は花を買って帰るといいかもしれない。

花は自分の持っている力をきっと分けてくれると思うのだ。

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