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2006年04月09日

レディマーマレードという女性3人組のコーラスユニットがイベントに出るので、日比谷の野音に観に行った。

彼女達は先日5日にデビューをしたばかり、そのデビュー曲の楽曲提供をさせて頂いたのだ。

自分の書いた歌を誰かに歌ってもらうのは嬉しい。自分が歌うのとはあきらかに違う、別の仕上がりになるということが楽曲提供の一番の魅力だ。誰かに歌ってもらうことを想定して曲を書く時には、自分なりに「歌っていて気持ちよくなってもらえたらいいな」ということを考えながらラインを作るが、今回は難しい譜割りもレンジが広くても歌える3人だと事前に伺っていたので、私なら歌えないラインも思い切って出した。かなり難しい箇所があるのだが、仕上がりの音を聴かせてもらった時に、彼女達の歌の才能をすごいなと思った。

楽屋にはじめましてと挨拶に伺うと、3人が笑顔で迎えてくれた。出番前で慌ただしい時だったにもかかわらず、準備の手を止めて気持ちのいい挨拶をしてくれる女の子達だ。その一瞬で明るくおおらかな3人のキャラクターにも私は大いに惹かれた。

野音には私もずっと前に一度だけ出たことがある。

バンドでデビューをした年の確か春だった。丁度、今日みたいな晴れた休みの日で、ステージ裏も会場も人で賑わっていた。「あぁ、ここだったなぁ」。当時のことも甦ってくる。あの日もイベントでいつくかのグループと一緒だった。

晴れた野外は気持ちがいい。
マイクで歌う声が遠くにまでスーっと飛んでいく。
きっとあの日の私も、目一杯遠くに向かって歌っただろう。

ステージの上の彼女達は生き生きとしていた。のびやかな3人の歌声やパフォーマンスが重なっては離れ、音楽的な複合の魅力が一杯詰まったステージだった。

あの日、一緒に出演をしたグループのことは思い出せない。
彼等は今どうしているだろう。

新しいグループが次々に登場をする。
みんな自分達のやっていることが好きだから自信がある。

青空が広がっていた。

今スタートラインに立った3人が、手を遠くにかざし歌を歌う。私もそのステージを観ながらもう一度自分の夢を握りしめた。

私達の居る世界は夢を与える仕事じゃない。
夢を持ってする仕事なんだ。

彼女達のライブは夢に溢れていた。
とてもまぶしい時間だった。

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2006年04月14日

今日は晶くんのライブで、表参道にあるFABというライブハウスに行った。

晶くんのライブは、何組かの出演者と一緒に出るイベントライブが多い。以前に一緒にやったことのある人達と「お、久しぶり!」と晶くんは挨拶をしたりしている。

お互いにリハーサルを見たり、本番の演奏を聴いたりして刺激を受け合う関係で始まり、その後は続けていくうちに壁に自分が直面した時の心強い仲間となっていく。

晶くんも人の演奏をよく「ちょっと聴いてきます」と言ってリハーサルや本番を観に行っている。たいていの場所で晶くんは誰かと「久しぶり」と挨拶をしていて、年上の人達に囲まれている所を多く見ている私には、晶くんのフランクな会話が聞こえてくると、新鮮な感じがする。

楽屋はお客さんには見えない場所だ。

ギターを弾いている人、衣装に着替えて準備をする人、黙って静かに過ごす人も居れば、話がはずんでいるグループも居て、それぞれが自分の一番いいリラックス方法で出番を待つ。今日もそんな楽屋のムードが漂っていた。

こんな場所に何度居たかなぁと思う。

でもあがり症は全然直らない。

”緊張はいいが、あがるのはよくない”と、いつか誰かが言ったことをこの時間になるといつも私は思い出し、自分を静めることに必死になっている。

楽屋は会話と音で賑わっていた。
少し学校の休み時間に似ているなと思った。

でもここでみんな気持ちを作っている。

開演前の楽屋にて。

今日自分が何をしにきたのかを知っている人達の疑似休み時間の風景なのだ。

Posted by: 吉川みき 2006年04月14日 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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2006年06月11日

今日は渋谷でレディマーマレードのライブに参加をさせてもらった。

ストリートでライブを始めたという彼女達の今日は初のワンマンライブ、春に野音であったイベントで実際にライブを見た時に、最初に出会うきっかけを下さったH氏の、「若くて可愛いけれど、核になるのは音楽的なユニット」という話をまさにその通りの3人だと私も感じるそんなステージを、3人はデビュー直後のライブで披露をしていた。

一緒に今日は一曲演奏をさせてもらう。

今回のライブの少し前にあったリハーサルで彼女達に会ったが、その時にバンマスとしてリハーサルを進めていたサムシングエルスの伊藤さんにも初めてお目に掛かった。

最近は自分の活動以外に、私も他のプロジェクトのサポートで携わらせてもらうことがある。そんな時はこういうことを大事にやりたいなと胸の中で持って、そしてその場所に出掛けていくということを心に留めているが、初めて会う伊藤さんがリハーサルを進めているのを見て、それまでの間に打ち合わせをさせてもらっていたプロデューサーのT氏のリードに深く感銘を受けたことに加え、ここでも同じように強く感動をしたのだった。

メンバーの3人はオフステージではとても可愛くて美形、話していてもキュートなので、目を合わせるとまぶしくてドキドキするといった妙な感覚になってしまう。変な話だが私が男性だったら恋をしてしまうかもしれない、それ位人を吸い込んでしまう魔力がある。が、それと同時に音楽の才能も素晴らしい。ガイドなしで難しいハーモニーをいきなり歌い出してしまえるところや、歌に音楽的なフェロモンが備わっていることなど当日のリハーサルを見てそれは更に感じたことだった。

リハーサル中、とてもいい緊張感と空気が準備中に流れていた。会場のそれぞれの人の動きに引かれて自分の気持ちも静かにシンプルに変わっていく。

今日は初めてのワンマンライブの日なんだ。

ライブは3人のアカペラから始まった。
ガイドの音なしでいきなりハーモニーで歌い出す3人。

「出番までは表で見てるね」

そう声を掛けたが、オープニングが始まる頃には会場はお客さんでいっぱいで中に入ることが出来なかった。

3人のソロのコーナーが終わると私の出番。ライブ用に書かせてもらった曲に3人が歌詞を書いて、それを一緒に演奏をした。

「お疲れさまでしたー!」

オフステージになると、やっぱり3人にドキドキするのだ。無邪気に抱きつかれるとハっと身構えてしまう。平静を保たなくちゃと、かろうじて「よ、よかったよぉ・・」と大人な発言をしたもののドギマギしてしまい、自分のことをこれってオヤジじゃないかと思うのだった。

今日は始まると一気に掛け足で掛け抜けたそんなライブだった。表で見ることは出来なかったが、いいライブだったと思う。最初から最後までいい気と緊張感が流れ、その中に自分も参加が出来たことが心から嬉しかった。

いい出会いや音楽で繋がっていくものがあるんだなぁと感じた一日。

レディマーマレードのワンマンライブ、
とてもいいライブだった。

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2006年06月27日

ピアノさん、こんにちは。

蓋を開けるとまず心の中で挨拶をする。

某所で今度本番で弾くセミコンタイプのグランドピアノに今日は初めて会った。

「どんなピアノなんですか」

自分の使っている楽器以外の鍵盤楽器を使用する時、そのことを尋ねる。シンセでもデジタルピアノでも、それぞれにタッチの感触や音のタイプがある。生ピアノになるとメーカーの違いだけではなく個体差があるので、弾いてみないことにはわからないのだが、ほんの少しの間ガッチリと自分と組むパートナーになるわけなので、どんなクセがあるんだろうと人づてでも聞きたくてしょうがなくなるのだった。

ピアノを弾く人達にはそれぞれこだわりがある。これは特殊な才能や技能でもなく、長い間その楽器に携わるうちに自分にとってのものさしが出来上がるのだ。楽器を選ばない人も居るだろうが、その人その人の弾きやすい、弾きにくいがたいていの人にはあって、例えばそれは洋服を買いに行って試着室で試着をした時に思うようなことと同じようなものなのだろう。

私の場合、鍵盤の重さや深さ、はねかえりの速度、音の響きで言えば強弱をつけた時の音の表情、ダイナミクスが大きいものが好みになるが、具体的にはこんな所であとは少しまだピアノに対して人見知り気分の私に対して、「細かいことは気にしなくていいから」「心配しなくても大丈夫だから、楽しく弾いてみて」と言われているような気持ちになるピアノだと感じれた時に、フっと入っていた力が抜けて「ありがとう、よろしくね」ともう一度心の中で自分も挨拶をし直す。

どんなピアノですかと事前に尋ねてはいても
やはり実際に触ってみたかった。

今日の「はじめまして」さんはやさしいピアノだった。譜面立ての所にホコリが溜まっていたので、あまり出番がなく次に来る人を待っていたのかなと思った。

私も似たような時間を過ごしていたことがあったよ。

心を整えながら待つのは、時々寂しかったでしょう。

縁あってお互い会えました。

バンバン叩く。
ゴンゴン弾く。

でもそれは、気持ちと体を安心して預けた時にそう出来る。

ピアノという楽器は「女性」かもしれない。

私は自分の感情の起伏の激しさを、時々持て余す。

それを正直にぶつけても、困らずに黙って受けとめてくれるのが唯一楽器で、ピアノは個人的にはより所のようなそんな存在であったりもする。

本番、どうぞよろしくね。

また、会いに来ます。

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2006年07月02日

相馬裕子ちゃんのライブに参加をした。

彼女は今年でデビュー15周年を迎えた。
私は1ヶ月後輩になるが、同期になるのだ。

去年久しぶりに会った時、今年は半年をかけてマンスリーでライブを組み、自分が今まで出してきた作品を全曲ライブで演るのだと言っていたのを聞いて、「わぁ、大変そうだなぁ」と聞いた私の方がプレッシャーでまず体が重くなったのだ。

今年になって何度か彼女と会った。私がライブに行ったり、彼女が晶くんのライブに来てくれたりしたが、晶くんのライブが終わって楽屋に訪ねてくれた時には「あれ、こんなに小さかったっけ」と目深に帽子を被って立っていた裕子ちゃんが子供のように見えたことを思い出す。

少し前に会った裕子ちゃんは痩せていた。

「また痩せた?」と聞いたら「・・・かな?」と言ってクスっと笑ったが、その時に何故かふと”あぁ、この人はなんて情熱的な女性なんだろう”と痩せたことよりも小さな感動を感じたのだった。

半年間に及ぶライブを毎回やり切りで終わり、終われば余韻に浸ることもなく次の課題に目を向ける。

忙しかったり余裕がなくなった時、何を切り捨てていくかと言えば、感情や感受性の部分なのではないかと思う。あまり深く考えないようにしたり、よりクールに合理的に物事を組み立てることで少しでも身軽に忙しさに対応していけるからなのだが、彼女はきっとそれをしなかった。半年間を自分の身を削って燃え尽きてもいいと思いながら走ってきたのだと、その会話は心動かされた瞬間だった。

今回二曲に参加をさせてもらう。
約2週間の作業は私にとっても大変だった。

生楽器の譜面は、慣れていないこともあって頭が混乱したのだ。5線譜表記の仕方も楽器ごとに違い、ドレミの音を数えながら音符を書いていく。一から勉強する事項もあったしデモ音源も何度もやり直しをした。朝まで毎日やっても追い付かずケシゴムのカスで机の上は一杯で、それでも「これは果たしてどうなんだろう」と書いた譜面に自信が持てなかった朝もあった。

でも裕子ちゃんから届く打ち合わせメールも朝や明け方だった。ラジオで聞こえる柔らかな声やHPに描く優しいタッチのイラストの奥にある強さやあたたかさは、目の前のことを悔いなくやろうとする一途な想いの積み重ねなのだと思った。眠さでボーっとしながらも、自分もこの気持ちにしっかり付いていかなくちゃと思った。

半年間、ずっと共にライブに携わったメンバーの人達も大変だっただろう。でもみんな穏やかで笑っている。メンバー同士の輪も感じ、あたたかい気持ちの人達だった。

半年間のツアーの最後の最後に参加をさせてもらえたことはとても幸せなことだった。

本番では小さなハプニングがあった。
お客さんには伝わっただろうか。

20gという曲。

次は裕子ちゃんの歌が入ると思っていた箇所で歌が入って来なかった。

どうしよう。私は裕子ちゃんに背中を向ける形で座っていた。

ふと手が止まり不安がよぎった時、<もうすこし、このまま弾いていて>という声を感じた。空白になってしまった小節の2拍の間でのことだ。

<オッケー、じゃぁあと8小節いきますよ>

私も燃焼するのが自分の信じているやり方。
あの8小節間は裕子ちゃんに向かってただ弾いた区間だ。

<裕子ちゃん、そっちに返すよ>

振り返ったら、笑顔がこっちを向いていた。
そしてまた彼女はステージに顔を戻して歌い始めた。

打ち合わせで会った時の痩せた彼女ではなく、
楽屋に訪ねてくれた少年のような彼女でもなく、

綺麗だなと思った。

終わったあと

打ち上げで、きっと疲れ切っているだろうに周りの人達へのねぎらいと感謝の言葉を伝える裕子ちゃんが居た。みんなを前に最後まで相馬裕子は目一杯走り切った。

彼女の口から出る「ありがとう」は本当のありがとうに聞こえる。心に響くありがとうが聞こえる。

今回、いい出会いをたくさんもらった。

途中何度も心を動かされた。

どんなに大変でも髪振り乱して、ということは表には出さない。
女性としても素敵だった。

私は彼女のことがとても好きになった。

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2006年07月03日

今日はまた音源作りの作業なのだ。

昨日までの相馬裕子ちゃんの作業は、アンサンブルで「上物」とよく呼ばれている場所の音を重点的にやっていた。内容は簡単に言えば、弦楽器や鍵盤楽器などのハーモニーの部分を、曲の中でどんな風に組み合わせようかと考える作業だ。

ここの部分は人によって進め方や着地点が違うが、私がこの作業をする時は「織物」みたいに音を組み立てるのがどうも好みのようで、違うアプローチでやってみようとしても最終的にはいつも織物風になる。

なので昨日までは織物をしていた。

今日はヒップホップ系のサウンドで、これはアンサンブルで言えばボトムの部分に時間がかかる。

チキチキチー。
チッチキチー。

ブイーン。
ミューン。

時々ふと「これってどっちでもいいことなんじゃないか」と考える。もう今日はこれでやめておこうと思っても、家に居ればちょっとしたら気になってきてまた続きをしてしまう。自分のことをしつこい性格だなと思ったりもする。

はぁ〜あ。

ゴロンとベッドに横になる。
が、また起き上がる。

夜は更けてゆき・・・・。

顔も老けてゆくのであった。

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2006年07月12日

今日は山口晶くんの京都でのライブ。

お昼にアルファーステーションの番組に二人でゲストに出させてもらう。DJの森夏子嬢は5月に初めてお目にかかって2回目になるが、どこか自分の普段付き合いをしている友人達と空気が似ているのだ。曲が流れている間はマイクのスイッチがオフになっていて、そこでは世間話になることが多いのだが、こういった短い時間のコミュニケーションでどんどん気持ちをほぐされていくのだ。森さんの会話中のジャブは面白い。本当に3人で一緒にランチにでも来ているような気分になったのだ。


2年前に一度、今日みたいに番組のゲストと京都での演奏の機会をもらったが、病気の方がまた顔を出してしまい、東京の自宅のベッドでその日を見送ったことがあった。その日に合わせて最善の治療をしてもらったが、結局自分は体調を戻せなかった。

<今日はこんな風に来れたんだなぁ>と思う。

いやいや、<あまりしみじみと考えるのはよくないぞ>と、思い直したりする。

「いつか、必ずリベンジする」という風には思わなかった。沸き上がってくる悲しさと元からの自分の気の強さは、出来ることと出来ないことについて、もっと把握しないとダメだといった戒めの方向に向いたことを思い出す。

ピアノの置き位置をいつもより前に出したセッティング。いつもと違ったのは、自分の歌を1曲晶くんのギターで始まるアレンジで歌わせてもらったことだ。

自分に出来ることと出来ないこと。

晶くんがくれたバトンを今日は受け取る。

久しぶりにMCをした。

「1曲、今日は歌わせてもらいます」

歌がちゃんと歌えないということに対するひけ目はない。ロングトーンが出せなくても、うまく出ない音程があっても、この姿を見てもらう。自信がないのは昔と同じ、MCがすぐにとっちらかってしまう所だ。

相手が晶くんだから私も思い切り行ける。

彼と一緒に音楽をすることで、「自分もおおらかに音楽が出来たら」と、思うようになった。

”人はまた元気になれる”ことを。

見て感じてもらいたい。

バトンをもらい、バトンを渡し。

いつもと変わらない顔で。

だけど本当は、心の奥で
何度も気持ちを整えた。

とても特別な一日、特別な夜だった。

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2006年07月22日

日比谷の野音に行った。

今日は一緒に音源を作ったグループがイベントに出るので、純粋にライブを観に行くのとはちょっと違って、仕上がった音が野外の大きいスピーカーでどんな風に聴こえるか確認をすることも目的のうちなのだ。

外のステージは気持ちがいい。目をふと遠くにやると、空がうんと向こうに広がっているのがステージ上から見える。ステージに立つ人は「野外は好き」という人が多いが、あれは山の高い所まで登って「ヤッホー」と、向こうの山に向かって叫ぶような開放感がある。日比谷は空とビルが一緒に見えて、それに緑が手前に覆い被さっているので独特の景色だ。

終わるとメンバーに「どうでしたか」と訊かれた。

<今日、どうでしたか>。

それは以前私がよく口にしていた言葉だった。ライブが終わったら、スタッフの人にこう尋ねては今日の反省みたいなもののアドバイスを受けていたのだ。

「とてもよかったよ」

そう答えた。

人にはいろんな判断基準があるだろうが、私はステージに立った時の立ち姿が美しいかどうかが気になるみたいで、彼等はとても大きく見えた。歌いながらふとした拍子に彼等が手を動かすと、指先がピンと伸びて遠い空を指していた。出番前に顔を見に行った時に「昨夜は緊張して眠れなかったんっすよー」と言っていたが、そんな様子は全く見受けられなかった。

今日、どうでしたか。

どこが良かったのか。
どこが良くなかったのか。

自分の顔を鏡に映しても、それは左右が逆の顔で、
自分自身の顔を一番知らないのは自分だったりする。

だから聞きに行く。

私もこうしてたくさんの言葉をもらってきた。

厳しいアドバイスの時ももちろんあった。
でもアドバイスをくれた人達にはみんな愛情があった。

今日は雨が降るかもしれないと言われていた。

でもよかった。
曇り空に少し青空が見えた午後となった。

私も手を遠くの方に伸ばして。

もう一度ここに立ってみたいなと思っていた。

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2006年07月25日

15年前の今日は、アルバムとシングル同時発売でデビューをした日だ。

最初のレコーディングは河口湖にある河口湖スタジオという所で、合宿スタイルでレコーディングが出来る場所だった。

スタジオの窓からは富士山が見えた。

富士山の麓の広い敷地にスタジオ棟と寝室棟があって、環境が素晴らしかった。

15年後のことは考えてもいなかった。

だって子供の頃に読んで悲しくなったノストラダムスの大予言では、もう私達は死んでいたからだ。

氷河期にならなくてよかった。

友人達も元気でやっている。
みんないくつもの分岐点で何かしらの選択をし、そして今日がある。

「出会い」もあれば「再会」もある。

これだけまだ世の中には知らない人がたくさん居ながら、新しい人と出会うのではなく、もう一度出会うという不思議な巡り合わせもあって、そこには神秘さえ感じる。

スタジオに居た犬はどうなっただろう。

あれから随分経って行った時には
そっくりの子供が生まれていた。

時は流れた。

今がある、今日があることが一番の幸せだ。

15年前、何を誓ったかは、もう思い出せなくてもいい。

忘れてもいいようなことだったんだろう。

なんだかんだ言いながらも
人は泣いた数より笑った数の方が多い。

それを忘れないで行くのがいいような気がしている。

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2006年08月02日

西川峰子さんのレコーディングで新宿のスタジオに行った。今回は2曲、楽曲提供とアレンジで携わらせてもらい、今日はそのうちの1曲の”ベーシック録り”という作業の日になる。

ベーシック録りというのはアンサンブルの土台となる楽器の録音で、例えば今日の場合は、ドラム、ベース、ギターとピアノの4リズムでの構成だ。ドラムは波多江健氏、ベースが植田博之氏。二人には去年一緒にレコーディングをして以来、何かあればお願いをしている。プレイと音作りに対するしんしさ共にとても尊敬している二人なので、音出しが始まれば今日も初回の音合わせからもう私からのリクエストはなかった。

ドラムとベースで”ボトム”が終了、ギターは京都時代の先輩で岡崎司氏に弾いてもらった。岡崎さんには一旦忙しいと断られたが、しつこくアタックをして「わかったよ、もう。・・・・やるわ!」と最後に言ってもらったのだ。

「俺、時間かかるよー」

時間がかかるのではなく、時間をかけて絶妙のラインやコードを乗せてくれる。私が思う岡崎さんの音作りの好きな所だ。「ロック!」と「繊細に考えられたライン」の二つがガッシリとタッグを組んでいる。歌やその他の楽器、今後入ってくるであろう楽器のことも、とてもよく考えられていることが作業を横で見ていてわかった。

ギターが終了すると、最後に出来上がったベーシックを元に仮りピアノをやり直し、今日の行程が終わった。

とてもいいベーシックに仕上がった。

残った作業は”上物”と私達が呼んでいる箇所で、ここからはようやく自分も自分なりの判断が出来るパートになり、私もライン選びには時間がかかる方なのでそれは家での宿題だ。

とてもいい録音をしてもらった。
これをいい音に仕上げたい。

思い切って行こう。

西川さんに向かって。
仕上げに向かって。

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2006年08月08日

西川峰子さんのレコーディング。

今日の曲はドラムとベースは打ち込みで、パーカッションに三沢泉ちゃん、ギターを稲葉政裕氏にお願いをしている。二人共演奏とセンスが素晴らしいので、細かいリクエストはなく、短時間で作業が重ねられていく。1曲の間で、「あ、失敗しちゃった」なんてことはまずない。こういう録音をしていると、他人の集中力と瞬時の決断力を見ることとなる。

音楽を録音するということはいさぎのいい行為なのだなぁと思う。1曲4〜5分を簡単なコード譜を追いながら約120小節間、プレイをする。この時は常に次の小節を頭に置いて、他の音を聴きつつ現在の小節を演奏しているが、ここでちょこっとこうしてみようと、その場に合った自分の一番いい手持ちのカードを出して行く。始まったら”どうしようかな・・・”はない。取り合えずいつも前に足を踏み出し、カードを出す。ジョーカーを手に隠したまま終わるという録音はないのだ。

今日は夕方に西川さんと西川さんがデビューの頃から、ずっとバンマスをされているW氏がスタジオに来られ、今までの進行を聴いてもらった。

西川峰子さんはものすごく魅力的な人だ。一度お目にかかったが、超直球で真っ直ぐに生きている女性、同時に人や物に対する愛情もはんぱじゃなく、私もあの一度ですっかり心を吸い寄せられてしまったのだ。

「じゃ、お任せするわね」

本日2曲のベーシックが終了。
歌入れは9月を予定している。

その頃には秋の空に変わり初めているだろうか。

ここからは私が足を前に踏み出して。

オケの仕上げは今年の夏の宿題の一つとなった。

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2006年10月12日

今日は服部祐民子ちゃんとのリハだった。

HP制作ではもう5年お世話になっているが、一緒に音楽をするのは今回が初めてになる。でもいつかそんな機会が持ちたいということは私は以前から思っていたのだ。

祐民子ちゃんのアルバム「ONE」は病室のベッドの上で会社のY氏から貰った。「ライブがまたいいんですよ」と言っていたのが印象的だった。Y氏が帰ったあとにそのアルバムを聴いてみた。音楽はもう自分の生活に必要なものでなくそれを寂しいとも思っていなかったが、曲を聴きながら引かれるようにして歌詞カードを見ていた。

耳の近い所で言葉が入ってくる。

音楽のことを忘れていたのに、音楽をしていた頃の自分が目覚め、辛口のY氏が聞かせてくれたライブの話を思い出しながらいつかライブを観に行きたいとその時に思ったのだった。

祐民子ちゃんのライブを初めて観たのが去年のことだ。

それまで私は女性ボーカルのライブには行けなかった。話し声は出るようになった私だったが歌は歌えず、そのことに自分でフタをしておかないと自分のバランスが取れなかった。一度あるライブに行って、思わぬピアノを弾きながら歌うシンガーソングライターの女性がゲストで登場をした時、自分には一曲を聴くだけの心の持久力は持てなかった。悲しいのフタが開けば心は乱れて、涙がポロポロとこぼれた。

彼女のライブは、そんな気持ちを越えさせてくれるんじゃないか。個人的にはそんな救いも求めて出掛けたライブだった。

ステージ真横で観る歌う姿。照明のピンスポットが左上から彼女を射し、そして彼女の口元からは言葉が真っ直ぐピンスポットの光みたいに前に突き抜けていく。言葉が歌になる。歌が言葉になる。どっちなのかわからないが、迷いなく力強く歌う歌に私は引き込まれていった。自分のかたく閉めていたフタも、そんなことももうどうでもいいことだなとそのライブが私の気持ちを変えてくれた、とても大きな分岐点となるライブだった。

その日からY氏には「服部さんの歌の後ろで弾いてみたいんですよね」と何かあるごとに言っていた。一歩前に進めたらモヤが消え、やりたいことに手を伸ばせる自分がまた一つ戻ってきた。

今回のコラボは、だからとても嬉しい。

自分の曲、「渋谷の午後」も彼女は歌ってくれると返事をくれたので自分のライブの最後の曲はこれにしようと決めている。

あのライブを観て、これはいつか叶えたいなと思っていた。自分の曲は自分で歌いたいという意識が強く、”この人にこの曲を歌ってもらいたい”と思うことは私にはなかったことで、彼女が受けてくれたからよかったものの、断られていたら今回は選曲からハズすと決めていたので、本当はドキドキだったのだ。

初回の一番最初の音出しで歌ってくれたのが「渋谷の午後」。リクエストはなかった。ありがとうという気持ちで胸はいっぱいになった。

祐民子ちゃんの歌にピアノを弾く。リハーサルだけど緊張をした。病室で彼女の歌を聴いた頃のこと、ライブで感じた感覚、一人部屋で彼女の歌を聴いていたこと、ファンの人と同じように自分にも思い出や想い、景色があって、そういうものが暑苦しく出ないように抑えようなどと心の中はいろんなことが浮かんだ。

目の前にすると今日も「祐民子ちゃん」と呼べない。

もういいか。「服部さん」で。
なんか私にはその方がしっくりくる。
フランクな付き合いになることが、彼女と一番したいことなんじゃない。

「服部さん」と音を一緒に出せたことが嬉しかった。

こんな空気で一緒に音楽が出来て、それが自分の”楽しい”なのだと思えた一日だった。

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2006年10月15日

チビくんおはよう。行ってきますね。

クルンと丸まって眠る、チビ太の亡きがらに手を合わせた。

今日はいい天気ですね。
今から出掛けてきます。待っていてね。

代官山でのイベント、”月と星と空と歌”。今日は約7年ぶりに「こんばんは、吉川みきです」とご挨拶をして自分のもらった時間でお客さんをお迎えする日になる。

一緒にステージを演るのは甲斐名都ちゃん、山口晶くん、服部祐民子ちゃん。3人には個人的な想いもありながら、同じシンガーソングライターとしてもそれぞれに惹かれている人達だ。

自分も作り手、送り手として大事にしていることがある。でもそのやり方やお守りにしていることは”絶対”ではなく、しょっちゅうどうなんだろうかと心細くなったりもする。

どうしょう・・・と、足を止めてしまってからまた歩き出す時の自分の努力は「小さな決心」をするということだ。その時には大事なものを一つ選んでそれを握って後の物は思い切って捨てる。私にとって勇気が要ることだ。だがそういう一つ一つの意識が歌詞にする言葉選びにも繋がって、結果自分の仕事を大事にすることになるんじゃないかと思っている。

3人の歌は三者三様。年齢は私が一番上なので、彼等には年上の先輩に見えるかもしれない。だが私からは横を向いたら見える心強い音楽仲間として映っている。そうだね、正しいか間違っているか答えがわからないけれど、私も自分の信じていることを頑張って行きたい。そんな風に作り手としての不安に勇気をもらう。3人は私にとってそういう存在なのだ。

今日は自分の持ち時間をもらった。バトンをもらってバトンを渡すいい時間にしたいなぁと思って、今日になった。

リハーサル。

だがここで思ってもいないことが、自分の身体に起きたのだった。

祐民子ちゃん、晶くんのリハーサルが終わって、自分のリハーサルが始まった直後のこと。一番の歌が終わった辺りから、舌が上手く動かなくなって言葉がもつれてきたのだった。ロレツが回らないという症状はここ最近は出なくなっていた。だから今回は全く不安要素の項目からハズれていた。自分では思い当たるフシがないのに、一曲終わったらしゃべる言葉も発音がしにくくなっていた。

「ラリルレロ」が「ライウレオ」になってしまう。意識をして「ラリルレロ」に近付けて口を動かして近い発音には出来たが、これ以上症状が強くなれば努力も効かず「ラリルレロ」は「アイウエオウ」になるのだ。

結局リハの時間内に治ることはなかった。

どうしよう。

今より症状が強くなれば歌詞もMCも、多分何を言っているのかはわからなくなる。今日から私も自分のステージを再開します、歌を歌いますと言っていたのに、歌も歌えずご挨拶の言葉も言えないとしたら・・・。

その時の策は?
どう自分の持ち時間を楽しんでもらえるものに出来るのか。

どうしていいかわからなくなった。

自分が申し訳なさと不安で一杯になりながら、あの場に居たみんなに緊張感を与えてしまったことは確かだった。

どうしよう、ごめんなさい。
私はここに来てはいけなかったのかもしれない。
本当にごめんなさい。

心の中でそればかりを繰り返していた。
弱い気持ちに覆われる。

前にも私は自分の身体の都合で穴をあけた。
それだけでなく7年前にも同じことをやった。

また私はやってしまうのか。
またなのか。

今後も忘れられないであろう景色。

だがその景色はその不安な出来事ではなくなった。

穴をあけずに済んだのはあの空気のおかげ。

あの時のあの場所に流れていた空気。何とも説明のしようがないが、不安の谷底に落ちながらあの微妙な空間の中で嗅いだ空気。みんなをあたたかい人だと思った。みんなが優しい人達だということがわかった時間になった。

トップバッターはなっちゃんのステージ。
2番手が私の出番だった。

「こんばんは、吉川みきです」

言葉はもつれなかった。お客さんに、共演のみんなに、見守ってくれたスタッフに、今日は360度どこを向いてもありがとうだった。

何の血の繋がりもない人が、私を見て「元気そうでよかった」と笑ってくれた。それで、自分もそういえば周りにいる人が笑っていたり元気そうにしていたら嬉しいと思ってきたことに気が付いた。

私は今までいろんな人に助けてもらって今日があり、今日もいろんな人に助けてもらって今こうしている。

関西のおばちゃん気質は”もろうたまんまやとすごい悪いし、なんかちょっとでも返したい”のだ。

何か返したくてまたステージに上げてもらった。

いろんなことがあっても人はまた笑える。視点をかえたり工夫を加えることで、悲しみの中に居る自分から少しでも早く抜けだせるかもしれない。まだそれに気がついていない人がいるかもしれない。なら少しだけ私の話に耳を貸してもらえませんか。

それが伝えたいことだ。それが今の自分の音楽の使い道だ。

ライブ中は余裕もなくいっぱいいっぱいの精一杯、でも最後の曲は祐民子ちゃんが私の歌を祐民子ちゃんの全身で歌い届けてくれた。

お客さんには楽しんでもらえただろうか。
終わると私はいつも自信をなくす。

「あのライブ、観てたのよ」

未来のどこかでそう笑ってもらえるように。
今日のライブがそんな一日になるように。

ここから続けていきたい。

甲斐名都ちゃん。
彼女を観ていたら、大きなホールに一台ピアノを置いて中央で歌っている姿が想像出来た。なっちゃんの感性と華は袖にも届いてきた。こんな近い距離で観られるのはスペシャルなんじゃないかな。そんな気がしてならなかった。

山口晶くん。
1年半、晶くんとは一緒にライブをしてきた。形はサポートとして参加をしていたが彼がステージで演奏をする場所に時間をかけて自分を連れ戻してくれた。後ろで弾いていた時、いつも晶くんの背中は大きかった。客席に見えない、本音が出る第2の顔が全然ビビらない。そういうヒトだ。

服部祐民子ちゃん。
何のオブリガードもなく歌と楽器がポンと一緒に揃う平野さんとの間合いが好きで、今日はピアノで参加させてもらった。

出番直前にドアの所で彼女の顔を見たら、さっきまで鏡の前に座っていた時の表情と別人だった。かっこよかった。

私は昔、運動会のリレーではいつも2番走者だった。自分もドキドキしたがアンカーの人はもっと重たいものに縛られていたはずだ。

ライブのアンカーも同じ。
通常のライブとは違う種類のプレッシャーがまとわりつく。

出来ればそんな役はしたくない。

祐民子ちゃんの”小さな決心”に感謝をしている。今日のトリを引き受けて、あのキリッとした顔になってステージに立った。かっこいい女性だ。

これが私の見た仲間だ。

今日も私は360度、ありがとうしかなかった。

関西のおばちゃん気質はまた思う。

”みんなにもろうてばかりやし、ほんまにちょっとはなんか返したい。”

昔、私は何かをしてもらった時、突作に出てきた言葉は「ごめんなさい」だった。私には「ありがとう」の方が何故か勇気が要った。

「ごめんなさい」は足がほんの少し後ずさる。
「ありがとう」は足がほんの少し前に出る。

きっとその違いなんだろう。

小さな決心で何か見つけたいいことがあれば、
口にして行きたい。

自分も周りの人もなるべく笑顔で過ごせること。

私も探していきたいと思っている。

Posted by: 吉川みき 2006年10月15日 | | コメント (8) | トラックバック (0)

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2006年11月12日

服部祐民子ちゃんのライブ。

南青山マンダラは私自身もとてもお世話になったライブハウス、前回までは観に行くだけで「また演奏出来たらいいなぁ」というのは漠然とはあったが、現実的な夢としては遠い話だと思っていた。

リハーサルの静かな時間は好きだ。

同じ空間に居ながら、みんなが黙って自分のことをやっている。音をポツポツと出したり、照明の位置を決めたり、楽器のメンテナンスをしたり・・・。

祐民子ちゃんも発声のウォーミングアップをしたり、ギターを試し弾きをして、一人の時間を作り始めていた。

私もピアノの位置を決めたあとは試し弾きをする。

今日の祐民子ちゃんのライブはファン投票から構成される曲のラインナップ。

1曲目に1位だった「杉並」をやるんですか。
2曲目に2位だった「スリークォーター」をやるんですか。

ほんとうに?

大胆な人なのだ。

でもそこが好きだ。ライブでも曲でも何かを作る時に、今回はこんな風にしたいと一つ方向を決めたら、あとは揺れずにそこに向かって走る。祐民子ちゃんの物作りの考え方はシンプルで力強い。

彼女の曲には、私は何度も心を揺さぶられている。

病室のベッドの上で。
一人の部屋で。

彼女の曲は、ポンと心の蓋を開けてしまう。そして痛い気持ちと、癒される気持ちとの両方を体験する。

心の正直な所に効く。

大人は無理をたくさんしている。何かしらの役目を持ち、本当の自分に戻れる場所がどこなのかわからなくなっていても、心細い自分を直視しないようにして過ごし、人にはそれが見えないように、そんな術を身につけていった。理由は探してもこれというハッキリしたものには出会えない。けれど、いつの間にかそうしてしまう積み重ねで収まってしまった。

小さな無理を自分に言って、でもそんな薄紙が本当は重なっている。時々息が詰まる思いをしながら、それもわかっているのにそれでも身についた鎧を置けずにいる。

時々は、自分を正直にしてあげることも自分がしなくちゃいけない”自分を大事にすること”の一つだ。大人もそんなに強いわけじゃない。男も女も本当は決して誰も強いわけじゃない。

私は彼女の歌から感じ、素直に彼女の歌を聴いて泣くことがある。

今日の構成は、1曲目から「では次が最後の曲です」という位置に普段ある曲ばかりが並んだ。

その中に投票にはなかった曲が2曲あった。

1曲は私の曲を、彼女は歌ってくれた。いろいろな想いをこめて感謝の気持ちで一杯だった。

そしてもう1曲は新曲。いずれ形にされるだろう。

”正しいか間違っているのかはわからない。それに自分が歌にすることなのか、確かな自信はないけれど、だけど自分の想いはこうだ。”

鎧を脱いで生身で彼女は歌う。

生身の自分にふと戻してくれる音楽や言葉は、作り手もエネルギーを大変消耗して形にしているということだけは、自分にもわかる。

冬の寒さの日曜日だった。

明日。

月曜日がいつもの朝よりほんの少し力強く始められる。日曜日のライブはそんな後味が残る、そういうライブがいい。

祐民子ちゃんと一緒に音楽が出来て。

私はただの大人として。
そして同じ仕事を選んだ人間として。

たくさんの勇気をもらっている。

Posted by: 吉川みき 2006年11月12日 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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2006年11月26日

9月から一緒の事務所の所属となったDーnaughtのライブのリハーサルに行った。

今年の5月頃から少しずつ、ライブ用の音源制作に数曲携わっていて、やり取りは打ち合わせから始まって、まず私が打ち合わせした内容やリクエストから「こんな感じかな」と思う第一稿の簡単なデモを作ったものを自宅に来てもらって聴いてもらう。それを元にまた打ち合わせをする。その場で更にイメージのすり合わせしたり、持ち帰ってもらうこともあり、大枠がだいたい出来て来ると、次はメンバーが歌とMCを入れたものを彼等が作って、進化形のデモを今度は私が聴かせてもらう。そしてまたそこで打ち合わせをし、更なる進化形を作る作業が私の宿題となり・・・。

こんなキャッチボールで音源を作っているのだった。

D−naughtのメンバーは、カテゴリーで言えばヒップホップグループになる。ボーカルと2名のMCとDJで構成されていて、感性と才能と華の部分が揃っているということをとても強く感じているので、一応私は事務所の先輩ということになっているが、音楽的には非常に勘が鋭いので一緒に音楽をやるにはとても手強く、気が抜けないのだ。

やり取りをしていて驚いたのは、彼等の手直しの量だ。

私は物作りをする上で、出来ればこうなりたいと目標を掲げていることの一つに、「やり直しを恐れない」「これがベストだが、違うのなら別のアプローチにして別のベストを作る」ということがある。これは頭の切り替えも含めてとても難しい課題で、一度自分の中で構成を立てたものというのにはそれ相応の構想があるわけなので、出来たものを捨てて一からやり直すのは大変苦しい作業になる。

彼等は大幅に自分達の歌詞やメロディを変えてくる。この間のでよかったじゃないと思っていても、「一部変更」ということでなくガラっと変えて来ることもある。

そのまま作業を続けていると、時間が経つにつれ、彼等の選択が斬新で正しかったのだということを、私は少し遅れて知ることになる。そういう時に才能というものを思い知るのだった。

今日はいつもなら「宿題」で、その過程に立ち会ったことがない「作っている最中」を垣間見るリハーサルだった。メンバーのこういう場面を見たのは初めてで、だがその場面だけで非常に才能を感じる時間になった。

音楽の場所は年齢は関係ないとよく言われている。

そうだなと思う日もあれば、思わない日もある。

昔自分が若かった頃、自分の音楽論や方法を説教でもするかのように教える人に出会った時、私は自分の意見を話す余地がなかったので黙って聞いていた。その時、だが私は尊敬をして見上げていたのではなかった。聞かれなかったので言わなかっただけ、私は裸の王様として見ていた。

若い才能は脅威でもある。

何を脅威に思う。
それは、自分の方が多くを持っているといった錯覚を持つということだ。

私も彼等から先輩と言ってたててもらうだけでなく、音楽の場所で、自分が思い切り投げた球が少し遅れて説得力に変わる、そういう信頼を作って行ける存在を目指したい。

Posted by: 吉川みき 2006年11月26日 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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2007年03月11日

渋谷DUOにリクオくんのライブを観に行った。

リクオくんのライブを初めて観たのは今から14〜15年位前、その当時もピアノ一本で、それからアコーディオンも弾いていたがそのライブを観て圧倒されたのを覚えている。

水の中を自由に泳ぐ魚みたいだった。

すごい。

すごいというのが、私の印象だった。

だが、今私がリクオくんのライブについて一言で何か言葉を見つけるとしたら、それは「すごい」ではない。

音楽的に圧倒される部分は変わらない。相変わらずピアノも歌も、自在に水の中を泳ぐ魚のように自由だ。それからちょっといやらしい言い方になるが、その技術は同業の厳しい耳で聴いても、ピッチプレイ共に本当に才能を感じる。

でも違う。メインはそこには全くない。そんなにすごい才能の部分が、リクオくんのライブではただのアイテムとなり、とにかく歌の中の言葉に直球で胸にガツンとやられてしまう。今のリクオくんのライブの「すごくいい」と思うところだ。

男女共、平等に揺さぶる気持ちを彼は歌っている。

大人になると、なくしてしまうものが多くなると言われているが、私はむしろその逆だと思う。守らなければいけないもの、責任や捨てられないものが一向に整理出来ないまま増える一方で、多くを抱えて沈みそうになっているのが大人の真実なんじゃないかと思っている。

矛盾や辻褄が合う日なんて、もうやって来ないのだ。整理出来る日も来ない。それを認めて、それらに囲まれながらも、今心をどう解放していこうかと考えて行かなければ、いつまでたっても本当の自分に戻れる時間や場所なんて得られない。

その矛盾をリクオくんはステージの上で、正直に歌っている。勇気を持って言葉に代えていると思う。ある曲では、ずっと大事にしたい女性へ捧げる愛を歌い。そしてまたある曲では、理性で止められることが出来なくなってしまったもう一つの愛も歌う。人生観が伺える曲もある。孤独な時間を歌う歌もある。君が居ないとダメだと弱音を吐いたかと思えば、別の曲では頼りがいのある男性的な一面もまた見える。

それらは作品。だから、リクオくんの私生活とリンクさせる必要は別にない。それぞれのストーリーも繋がらなくていい。だが私にはそれらを通して聴いた時に、一人の人間がそこに歌を通して立っている気がした。一人の人間として繋がっている気がした。明るい感じで進んで行くライブでありながら、私にはドキっとする程リアルだった。

今日はフルサイズのライブ。
だからたっぷりとそれが感じられた。

実体のない大人というカテゴリーに、自分を合わせようとして、そして大人は勝手に自分で息を切らしている。

去年、リクオくんのライブを観て、そして私はもう一度”自由に”歌を歌いたいという夢を持った。自分が次にやりたいと思っていたのは、矛盾や辻褄の合わない中のリアルな大人、女側からの歌だったからだ。だから今は、女性の持つ感情の起伏をもう少し表現出来るだけの声を取り戻したい。そこを見据えて、あれから私は過ごしている。

帰り道、真っ直ぐ帰るのが惜しくなったので、「今日、今からスタジオ空いていますか」と、電話をしていた。

大人は大切なものをなくしたのではない。
大切なものを抱え過ぎているのである。

Posted by: 吉川みき 2007年03月11日 | | コメント (2) | トラックバック (0)

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2007年04月17日

山口晶くん、リハーサル。

今回も「オルガン」を弾くことになったが、「オルガン」は、やっぱり緊張するのだ。

ピアノという楽器は、鍵盤を押して音が出てから「減衰」と言ってだんだん音が消えて行ってくれる。それにタッチの強弱が鍵盤上で反映する。

ところが、オルガンという楽器はタッチの強弱はほとんどない。厳密にはあるのだが、私にとってはほぼないに等しく、そして何より恐ろしいのは一度鍵盤を押したら、指を離すまでずっと「ビーーー」と、音が鳴っているという点なのだ。

鍵盤を押すと同時に、音が「ビー」と鳴る。

驚いて手を離すと、消える。

今更、驚いてどうする。

と、思い、気を取り直して、再度弾いてみる。

「ビーーーー」

”あんたの責任に於いて、後は音を切るところを決めてくださいな”と、まぁ簡単に言えばそういう関係であるのが「オルガン」という楽器なのである。

「ビーーーーーーーーーー」

私の右手人指しゆび、もしくは中ゆびさんが私に尋ねる。

”隊長!いつまで、こうしていればよいのでしょうか”

えっと・・・・。

「ビーーーーーーーーーーーーー」

今まで!です!

”了解!”

「シーーーーーーーーーン」

急に音がなくなるのであった。

”隊長の言った通りにしました”

あぁ・・・。
その通りです。おつかれさまでした。

白黒ハッキリしている楽器なのである。

そして音の輪郭が非常にハッキリしているので、間違えた時には非常にわかりやすいのであった。

オルガンという楽器の演奏方法で、ピアノではない奏法でグリッサンドというのがある。グオォオオグビビビ・・・という、わかりやすく言えば「ヤケクソ」っぽく聞こえる感じのがそうなのだが、これはグォオオオグビビビ・・・の時には、手の平の下部で鍵盤の上をスライドするので、指はおやすみ中なのだ。でもグリッサンドの着地はだいたいがコード弾きになるので、荒れ狂った最後は指でドミソないし、レファラなどを押さえねばならないのだが、私はこれをよくハズすのだった。

荒れ狂ってグォオオオとやって、目測を誤って「バビーーーーー」と、間違えた所を押さえてしまう恐れ、大。

”隊長!道を間違えました”
”隊長!今がタイミングですか”
”隊長!指示を”

”答えてください!”

隊長、責任重大。
隊長、疲れる。

オルガンとピアノは、全く別の楽器。オルガンを弾く人は、みな緊張をしながら「隊長」として頑張っているのである。

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2007年06月06日

自分の曲には、私なりの「出来た」と納得する時があって、それで”出来上がり”になる。それまでは一応形になっていても「出来た」と思えない期間をジメジメと過ごしている。

その期間中はメロディよりも言葉がしっくり歌詞にならない場合がほとんどだ。

以前は曲を先に作ってから歌詞を書いていたが、少し変わったのは歌詞の方に軸を置いてメロディを言葉に合わせるという点だ。そうすると歌詞を書く時に字数にとらわれなくなる。今の私は完全に「曲先」だったのが、「やや詞先」寄りになっている。本来苦手な方法なので、ますます一曲が出来上がるまでが遠い道のりになった。

今までに何十曲かの曲を書いてはいるものの、いまだにコツというのは私にはなく、方法はただ”粘る””あきらめない”の二つ。探すのはひたすら、”そのことをまさに言い当ててくれるその言葉”だ。

あくまでもそれは私の感じ方に於いてだが、私という一人の人間が”どう感じるのか””どう考えるのか”を、何でもない日常の一遍の中での「このアンテナではこう映っています」というのを形に変換出来たら、スーっと一つ、塊みたいなものが整理される感覚がある。

小さな男の子がミニカーを集めるように、私は心の中で感じた何かしらの温度を形にして集めて持っておきたいらしい。それで、私の音楽を好きになって聴いてくれる人は、きっと私と感性が似ていて、更に同じように収拾癖がある人達なのではないかと思う。

私の集めているミニカーのタイプは、「前に乗ったことのある車」や、「街で見掛けてワー!と思った車」、「乗ったことはないけれど、友だちが乗っていてかっこよかった車」だったり、「親切に道を教えてくれた人が乗っていた車」など・・・、想像の世界で描くものでも雑誌で見て憧れた遠い存在のものでもなく、何かしらの機会があって自分の目で見たことがあってそれでなおかつ何か印象に残るエピソードがある車達で括られている。

「出来上がり!」だとある時に思ったら、それを境にピタっと私の言葉探しの旅は終わる。単語が思う箇所に探すことが出来れば完成。ミニカー置き場に置いて、「あぁ、あの子がボクのミニカー好きって言ってたなぁー。新しいミニカー、来たんだよって伝えて、今度遊びに来てもらいたいな!」というようなことを今度は考える。

私と曲の関係はそんな関係ではないだろうか。

新しいミニカーを、あそこのミニカー置き場に入れたくて、曲作りの時の私は言葉に神経質になる。3つ候補がある状態の時はだいたいがその言葉のどれでもない。どこかに1つピッタリだと思える言葉があるのだ。で、もっと細かい時には「@@が」なのか「@@は」なのかについても延々考えていることがある。

どっちでもいいじゃないか。

いいや、どっちでもよくない。

今日はまだあそこには置けない。

言葉を見つけよう。粘ろう。

あともうちょっとだけ粘ろうと思い直したことで、結果「これでよし」にしなくてよかったと思ったことが何度あったことか。

頑張ろうよ。

私の曲作り。

いつもこんな感じなのだ。

Posted by: 吉川みき 2007年06月06日 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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2008年03月06日

代官山、晴れたら空に豆まいてにてライブ。

今日のイベントタイトルは、「a bird sing”la la la”」。

誰がつけたのかわからないが、素敵なタイトル。どこにも春という単語が出て来ないのに、春の柔らかいイメージを思わせるところがいいなと思っていたのだ。

私の実家の庭には、春先になるとウグイスがやってきてはホーホケキョと美しい声で鳴いていた。同じウグイスなのか、毎年つがいでやって来て、ある期間家の庭で春を歌ってくれていたのだ。

東京に住むようになると、もうウグイスは来ないだろうと思っていたが、最初に住んだ中野でもウグイスは居た。その声が聞けたのは嬉しいことだった。

「ホーホケキョ」

ところがある年、ウグイスにも上手く鳴けないのが居ることを知った。

「ホー、ホケ」

「キョ」

「ホー、ホー、ホケ」

「キョ」

一息で鳴けないウグイス。どこで鳴いているのかは知らないが、その声が聞こえて来ると、美声に耳を傾けるのではなく「頑張れ」と応援をしてしまうので、こっちまで妙に疲れたのだ。

後になってから知ったが、まだ若いウグイスくんは、上手に鳴けないのだそうだ。その後、病院に居た頃にも鳴けないウグイスくんがやって来ていた。

いつか、思うように鳴ける日がきっと来るよ。

別名、春告鳥。

春がもうすぐやって来るよ。

リハーサルが終わると、少し涙が出た。どうして思うように歌えないんだろうと、やっぱり悲しくなる瞬間はある。

今日は5羽の鳥達が集まりました。

私が一番目に飛ぶ鳥。

空が見えたら、迷わず飛べばいい。

春がもうすぐやって来ますよと、だからいい春になりますようにと、その気持ちを持って今日はピアノの前に座った。

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2008年04月21日

D−naughtのリハーサル。

今メンバーと一緒に音源を作ったりしているので、リハーサルにも顔を出しているのだが、演奏もせず歌も歌わずにリハーサルを横で見るだけという立場は、他ではやったことがない。彼等が初めてなのだ。

リハーサルは始まって、淡々と進んでそれで終わった。あとでチェックやアイデア出しは少しはするが、それでもメンバーの演奏中はピアノもキーボードもマイクもあるのに、私は椅子に座っているだけ・・・。

ちょびっと自分では違和感がある。
だが彼等には全く違和感はないらしい。

「音楽」は、最初に触れたもう記憶も定かではない幼い子供の時から、何故だか大好きな存在なのかどうかもわからないまま、離れることなく今日まで自分の近くにある。

入院をした2年間は丸々音楽のことを忘れていた。
でもまた私の毎日と音楽は接点を持ち続けている。

自分も続けたいという意志があったので、手放せなかったのだと思う。だが、出会った人達が未知の扉をいろいろとくれたおかげでそれは叶えることが出来ているのだと思う。

何に於いても今はあまり「先の約束」に興味がなくなった。

約束なんてしなくても、大事なものとの関係は、続けるために自分が意志を持ち、相手もその意志を受け取って一歩前に足を踏み出してくれたなら、自分が予測しなかった方法や形となって次へ次へと何かしら続けられるように出来ているんじゃないだろうか。

音楽を続けてきて私が知った一つの法則だ。

形をかえ、関係をかえ、距離をかえ、新しい自分の立場を見つけながら、どんな人も好きなものとは繋がって行ける。

一番初めに抱いた夢は、ピアノの先生になることだった。

あれから何度私の「音楽の夢」は破れただろう。

おかげで今私は、音楽とのいろんな形の関わり方を得ることが出来た。

Posted by: 吉川みき 2008年04月21日 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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