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動物との暮らし アーカイブ


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2007年01月11日

ダンボは道を必ずと言っていい程、間違える。

確認は出来ていないので本当のことはわからないが、多分、間違えているのだと思う。

郵便局からの帰り道、今通って来た小道ではなく、少し広い方の道へ自信を持って歩いて行くのだ。

「そっちじゃないよ」

と、言って引き戻す。

そして小道の方に引っ張ると、最初は少しキョトンとして歩いている。そして小道に入ると、なにごともなかったかのように歩いて、そして家に帰るのだった。

本当のところはどうなんだい。

知らない道が嫌いなはずなので、私は単に間違えたと思っているのだが、もしかしたら「こっちの道がいい!」と、冒険心が沸いているのかい。

小道に入った時、いつも私はダンボの顔を見ている。

けれど、その表情からはわからない。

テケテケ、テケテケ。

短い散歩道。

いつも私が先に綱を引いたけれど、
明日、君があの道を選んだなら。

いいよ。

行ってみようよ。

Posted by: 吉川みき 2007年01月11日 | | コメント (0)

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2007年01月12日

ダンボを連れて、散歩に出た。

君はいつも郵便局の角の道を、来た方の道でない道を歩いて行く。

何のためらいもなく。

知らない道は嫌いなんじゃなかったかな。
どうなんだろう。

今日も帰り道に、ダンボはそっちの道に進むので、
今日はダンボの進む方に行くことにしたのだった。

この道を通っても帰れる。

家の方角としてはあっていて、数十メートル距離が長くなるだけなのだ。

テケテケ、テケテケ。

しかし、T字路まで来た時にダンボの様子は明らかに変わった。

立ち止まり・・・。
尻尾がお尻の下に入り・・・
顔の表情をかたくした。

「なんだ〜〜!?」

ダンボは顔の表情が変わるのが顕著にわかる犬で、頬がこけて目が飛び出てギョロ目になった。

「ここはどこだ!」

立ち止まったまま、私の顔を見上げている。

「何でこんなところに居るのだ!」

知らんがな。
あんたが選んだ道ですよ。

動揺しているのがわかるのでおかしくてたまらない。

「約束が違う!」

何の。

「騙された!」

誰に。

ここは家の近くで、来たこともありこの道も知っているはずなのだが・・・。しょうがないので、「こっち」とだけ教えると、今度はピューっと走り出したのだった。

知らない道でパニックになり、お尻に尻尾を挟んだまま馬車でも引けそうな力と勢いで彼は走って行く。

走れ、走れ、走れ。

「たまにはこういうのもいいわね」

犬に引かれて、楽チン気分で帰ったのであった。

Posted by: 吉川みき 2007年01月12日 | | コメント (0)

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2007年02月02日

外出先から帰って来たら、まず玄関に近いゴンタに挨拶をする。

「ただいま、ゴンちゃん」

シーン。

寝ているんですね、はい結構です。

次に廊下突き当たりのドアを開け、キッチン隣りの自分の部屋を覗く。

「ただいま、ダンボ」

シーン。

寝ているのですね。

犬なので目を覚ましたはずだが、”別にええわ”ということで布団から出て来ないのですね。

いいですよ。別に。

マフラーをはずし、コートを脱ぎ、鞄を置き、そのまま部屋着に着替え・・・。

ヒーターにスイッチを入れたら、ダンボはピョーンと布団から飛び出てくるのだった。

”ずっと、待ってたんだもん。おかえりなさい。大好き〜!”

急に懐くダンボ。

嘘つけ。ヒーターがついたからでしょう。

いえ、

いいですよ。
はいどうぞ、ヒーターをつけました。

ヒーターを消すのは私が寝る時だ。

「おいで」

基本的にはベッドの足元で寝るダンボだが、寒がりなのでこの時期は暖かい所がいいらしい。

布団をめくると、スポっと私のお腹のあたりにやってきて、クルンと丸まって湯たんぽになってくれるので、これは私にとっても都合がいい。ダンボも足元より温度が高いのはここだと知っているので、トコトコとやってくるのだった。

”隣りで寝たい!大好き!”

はいどうも。
ありがとね。

<おやすみなさい>

zZZZ・・・・。

しばらくすると。

”狭い!もっとあっちに行って!”

私が寝返りを打つと、寝ている湯たんぽは両足で私の背中を押して向こうにやろうとする。

ちょっと。
蹴るな。

これ、私のベッド。

いや・・・。
いいですよ、別に。

はいはい、もうちょっとこっちに寄ります。

只今、動物との暮らしの中で、私は「愛とは見返りを求めないこと」の修行を積んでいる最中なのである。

Posted by: 吉川みき 2007年02月02日 | | コメント (0)

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2007年02月05日

夕方、ダンボを連れて川ベリの道を散歩した。

ダンボは、

「ちっちゃい〜。可愛い〜」
と、言ってもらったり

「おっきいですね〜。チワワ?」
と、言ってもらったりする。

ちっちゃいんだって。
おっきいんだって。

面白いね。

普段はあまり川べりの方には行かない。
ダンボが風の音をとても怖がるからだ。

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ヒューと音がするとビックリして一人で猛ダッシュで逃げる。何度か驚いているうちにリードに足を絡ませて一人でギャン!と言って転ぶ。そして一人で転んでおいて私の顔を恨みの目で見るのだ。

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行動が速すぎて、私もどうしていいのかわからない。

散歩嫌いになって欲しくないので、風の音がたくさんする川べりにはあまり行かないようにしていたのだった。

でもね。ダンボ。

もうすぐこの辺りも景色が春に変わるんだよ。せっかく近くに住んでいるのだから、どう変わるか一番寂しい裸の木の時から見ておこうよ。

尻尾をお尻の下に隠したダンボと川べりを行く。

風が「ひゅ〜〜っ」。

”こわい〜〜っ”

枯れ葉が「カサカサ〜〜っ」。

”こわい〜〜っ”

お前のように落ち着きのない犬は見たことがない。

私の目線の少し上には桜の木。雪柳が白い花を咲かせるのは3月、今日は梅のつぼみが膨らんでいた。

「見てごらんよ」

何度も誘ったが、ダンボは見えない敵と戦うことに全てを賭けている様子だった。

もうすぐ4歳になるダンボ。
お花には興味がないかな。

待っていますよ。春を。

緑道に夕方の太陽の光が差し、空には昼間の青空が広がっていた。

立ち止まって、少しあごを上げて景色を見る時は、
私の心が穏やかな時。

街灯と、私と、ダンボと。

もっと遠くまで行きたいね。
今度はあっちの方まで。

指さすように、川ベリの道に3つの影が長く伸びていた。

Posted by: 吉川みき 2007年02月05日 | | コメント (0)

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2007年02月11日

家の近くに立つ電信柱には、「出会いの趣味の会」と書いたチラシが張ってある。

ここはダンボと散歩をする時に通る道。
今日も私はダンボを連れたまま足を止める。

じぃ〜〜〜っ。

「パートナー紹介」

立ち止まりその紙を凝視する。

なんでこんな所に・・・?

前もそうだ。このチラシは前に住んでいた家の近くの電信柱にも張ってあった。足を止める理由は、その紙が張っている場所なのだ。

チラシのすぐ横にはおしっこ。
どこかの犬がマーキングをした跡・・・・。

ここのチラシは目線が「犬」、丁度いい高さでおしっこを引っかける的のように、電信柱の下の方に張ってあるのであった。

確かチラシ張りは違法だったんではないだろうか。

そっとここに張って、犬の散歩に来た人に見てもらおうというのが狙いなんだろうが、電信柱はよその犬がさんざんおしっこを引っかけているので、あまりジッと見るということも私はしないのである。

犬を散歩させている人間は、散歩中手にしているものは糞を入れる為のビニール袋とせいぜいティシュぐらいのもので、メモ帳やペンなんて持ってきてはいない。

剥がすには汚い感じがして気が乗らない位置にある。
だからこうして残っているのだろう。

”あっ、違うんですよ。私は。”

チラシをジッと見ている所を人に見られた。

ダンボもチラシを”読んで”いるのが少々おかしい。

そのうち、電話番号もソラで言えるようになるだろう。それで思い切ってそこの紹介所に電話をしたら、近所の犬の散歩をしている人を紹介されるかもしれん。

まぁ、だが動物を飼うと、「人間の男よりいいわ」と思う瞬間が多々ある。

犬の散歩の人をターゲットにしても、あまり効果はないのである。

Posted by: 吉川みき 2007年02月11日 | | コメント (2)

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2007年02月25日

ただいま。

一日、家を空けていたせいか、めずらしく、いつもは熟睡中のイタチのゴン太が起きてきてくれた。

あらあら、お迎えしてくれるのかい。
いいこだね。嬉しいよ。

というか、

起きれるんじゃん。

奥のドアを開けると、やはり。
犬の糞だらけであった。

ダンボは一日に多い時で、6回もウンチをする。一日一回の決められた量のエサしかあげていないのに、どうしてこんなにお通じがいいのかと思うが、今日も帰ったらトイレ付近に5箇所に糞がしてあって、まずそれを片付ける。

ごめんよ、する場所がもうなかったのか。

ダンボも寂しかったんだろう。よく、帰っても暖房をつけるまで知らんぷりをして布団の中から出て来ないことがあるが、今日はダンボも歓迎してくれた。私はいつも2匹を可愛がっているつもりだが、動物には無視をされる傾向にあるのだ。

2匹共が「おかえり」とやって来てくれた。

今日はダンボの誕生日。
ダンボは4歳になった。

「ダンボちゃん、おたんじょうびおめでとう」

ゴンちゃんにも話してみた。

「今日はダンボのおたんじょうびなんだよ」

2匹共、反応なし。

どうでもいいよね。

CD棚には亡くなったチビ太のお骨。

3匹と暮らすことで、”無防備な心”でいられる時間をたくさんもらった。

心を開け放つと、嬉しいとか悲しいとか寂しいとかが、ものすごく直に肌に来る。

人間の大人同士が、なかなか無防備な関係になれないのは、「悲しい」や「寂しい」がどれだけ悲しいことか、どれだけ寂しいことかを知っているから、だから何かあってもあまり悲しくならないように、あまり寂しくならないようにと、自分に”ガワ”を着せて行ってしまうからなんだろう。

どっちがいいのかな。

嬉しいをたくさん感じられるのと。
悲しいや寂しいを少なくするのと。

ダンボちゃん、おめでとう。

いや、「いつもありがとう」の方がわかりやすいかな。”ありがとう”は、オヤツがもらえる言葉だと、ダンボは思っている。

狭い一角にイタチと犬と私が集まって。

嬉しい時は、とびきり嬉しい。

動物との暮らしは、それを教えてくれた。

Posted by: 吉川みき 2007年02月25日 | | コメント (0)

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2007年04月01日

桜、満開。

とてもいい天気で、花見客が今日はたくさん来ている様子だ。部屋の中に居ても車の往来、クラクションが鳴るのや、警察が車の移動を促すアナウンスが聞こえて来る。

日中は人が多そうだからやめておこう。

せっかく近くに絶好の花見スポットがあるというのに、近所の人間程一番いい時を避けるんだろう。日が高い間は部屋の中から出なかった。

草野球は今日もやっている。

カキーンという音が時々し、遠くで大人の青春球児達の声がする。

夜になってダンボを連れて、川べりの桜を見に行く。夜になっても花見客はまだお花見を楽しんでいて、高円寺が比較的近いせいか、高円寺でよく見かける自由人風の若い人達が多い気がする。

いいな。

犬のお供でなく、人と一緒がよかった。今日はなんだかそんな気分で、一人で来たのが少し寂しくなったのだ。

誰かに電話してみようかなぁ。

やっぱり急過ぎるよなぁ。

だがこんな時、誰かに気さくに「桜が綺麗だし、見に来ない〜?」という電話が出来ない方なのだ。

ダンボを連れて、一人花見をする。

私の花見は、その辺で犬を連れた買い食いなのである。

コンビニに入ってアイスクリームを買い、屋台でたこやきを買ってベンチに座って、遠巻きに花見客が楽しそうにやっているのを眺める。ライトアップされた桜が低く枝を垂れて、人々の座る上に桜の屋根が続いていた。

”早く帰ろうよ”

”ねぇ、もう帰ろうよ”

”まだ?”

たこやきはクシが入っていなかった。もう一度屋台に取りに行くにはちょっと遠い。アイスを食べたけれど、今日は私もあまり長く居たくなくなった。

満開の桜は一人で見てもつまらないもの。

いつもいろんな花を一人で楽しんでいるのにね。
誰かと一緒に見たいと、別に思わないのにね。

不思議だね。

帰ろうか、ダンボ。

桜の花はそうなんだ。

咲きかけたら誰かに教えたくなり、
咲いたら誰かと一緒に楽しみたい。

今日が満開。

反省は携帯を持って出たのに、小さな遠慮が重なって結局誰にも「お誘い」が出来なかったことだ。

あぁーあ。

たこやきの袋をぶらさげて帰る道。

でも季節を一周した。

ここに引っ越してきて初めての4月。

桜がこんなに綺麗な川沿いの道が、いつもの散歩コースだったことを、私は知ったのだった。

Posted by: 吉川みき 2007年04月01日 | | コメント (0)

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2007年05月20日

ダンボは時々拗ねる。

ベッドの下に入ったまま、呼んでも出てこなかったり、隣の部屋の椅子に乗ったまま動こうとしなかったり、布団にもぐっていじけていたりする。

どうしたの?

あきらかに目は恨みの目つき。

一緒に暮らす犬はこれで4匹目なのだが、こんな顔をする犬ははじめてなのだ。

構ってあげなかったからなのだろうか。いいや、そんなことはない。構ってくれないのは犬の方で、私は結構相手にしてもらっていないのだ。

お前の気持ちがわからない。

おいでよ。

無視。

私がベッドで横になると、起きてきて無理矢理私の背中のほんの少しだけ空いている隙間にギューっと入ってきた。

狭い。

「退いて!」といくら言っても、今度はそこから動こうとせず、顔をクッションの間に埋めて今度は明らかに拗ね態勢に入っているのだった。

いくら押してもそのまま拗ねポーズ。

「オレが一体何をしたのよ」

「言わなきゃわかんないよ」

「なぁ・・・」

「オレ、お前のことがもうわかんないよ」

「一体何考えてんのかさっぱりわからん」

ダンボは彼女、私はオレ。

時々私は彼氏になる。

「なぁ・・・もう機嫌直してくれ」

ダンボは時々重たい。
だって大事にしているってば。
何で伝わらないのかい。

「彼女」ってつくづくわからない生き物なのである。

Posted by: 吉川みき 2007年05月20日 | | コメント (2)

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2007年06月30日

動物を飼っている家では、ワンちゃんネコちゃん用の出入り口を特別に作っている所があるが、ウチはイタチも犬も教えてもいないのにスライド式の扉を開ける技を身につけた。

覚えなくていいものを。

犬のたくらみ。

私が留守にすると、その間にスライド式のドアを開けてイタチエリアに行ってイタチの餌を全部食べてしまう。

「あれ、どうして扉が開いているんだろう」

犬は知らぬ顔でベッドでスヤスヤと眠っているのだが、イタチエリアを見に行くと、餌箱が空っぽになり、その空になった餌箱におしっこをひっかけてその場を後にしているのを発見する。

かなしい。

私が”お留守番、寂しいかな”と少し後ろ髪引かれる思いで出て行くのに対し、犬の方は私が居なくなるのを本心は待っているのだ。「アイツが、出ていったら・・・」と、しっかり計算をして行動に移しているだなんて。

イタチ。

あんな小さい体でありながら、洗面所のドアを開けて入って行く。その奥の風呂場のドアは頭突きで開けるので私が風呂に入っている時など、急にドアが開くことがある。頭を洗っている時には「誰が来たのか」と、ドキっとするのだ。

風呂から上がると、犬が扉を開けてイタチの餌を平らげているのをまた知る。

最初出来なかったことをマスターしたおかげで、二匹は家の中オールフリーの自由を得るようになった。

”私が”動物が暮しやすい環境を作ってあげたかった。彼等は思っているよりも自分で自分の夢を叶えることが出来る。

今や私の役目はうんこ拾いと餌補充のみ。

動物達は更に進化をし・・・

「餌袋も自分で開けられるようになったし」

「トイレの流し方も、覚えただろ」

「もうアイツ、いらないか」

「おう、そうかもな」

そのうちに食われる気がしてきたのだった。

Posted by: 吉川みき 2007年06月30日 | | コメント (0)

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2007年07月27日

ブタねこちゃん。

この辺を縄張りにしている白い猫のことだ。

赤い首輪をしているのでメスなのだろうが、その顔はとても「女の子」には見えない。いかつくてごっつい顔をしているので可愛いという感じはなく、ボスの風格があるのだ。夜中に「フギャー」と叫びながら、同じくここを徘徊しているキジネコと派手に戦っていて、相当気が強いのではないかと思う。

隣家の屋根で寝そべっていたり、路地でくつろいでいたり・・・・、塀の上を歩いていたり、前はバス停のところで見かけたこともある。

私とはいくらかの距離をおいた間柄。近所のおじさんと息子さんは触っているが、ブタねこちゃんは私とは仲良くなる気持ちはないらしい。私も彼女の縄張りに触れないように、今は目が合っても知らん顔をするようになったのだった。

時々、じーっとこっちを見ていることがある。

私はこの先住者に一番気を使っている。引っ越して1年が過ぎたが、まだこのブタねこちゃんとの関係には緊張感を伴うのだ。

最近は私の家の窓のすぐ外、敷地内でくつろぐことが多くなった。去年はなかったことだ。バイクの横にデンと横になり、無防備に寝ていたりする。

今日もカーテン越しに昼寝をしている姿が見える。

ブタねこちゃん、少しは警戒心がほどけたのかい。

そこが気に入ったのなら、好きなだけお昼寝をしていきなさいよ。

奥の部屋にはダンボが、足元にはゴン太が、そして右に目をやればブタねこちゃんが気持ちよさそうに眠っている。

それぞれは私と取りたい距離があってそれは全く違うものだが、共通して言えるのは動物達はみんなお節介が嫌いということだ。

犬、イタチ、ねこ。
3匹3様。

3匹の眠っている姿が同時に見えるこの位置に立った時、今日は自分が3匹の動物達と暮らしているような気持ちになったのであった。

Posted by: 吉川みき 2007年07月27日 | | コメント (0)

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2007年08月06日

先週からダンボの調子がちょっと変だった。左足を上げてケンケンで歩いたり、いつものように走り回るということがなくなった。

陣地にしているベッドの前で、自分では上がらずに「上げて」とねだったり、ちょっとした段のところでも「上げてよ」と座って待っている。時々甘えてそうすることがあったので、また甘えているんだろうと思っていたが、どうもそれが理由ではないらしい。ここ数日ははしゃがなくなりおとなしくなっていて、もしかしたらと思うところがあったので、今日は病院に連れて行くことにしたのだった。

先生が口にした言葉は膝蓋骨脱臼。それは”もしかしたら”と心配をしていたことだ。

チワワなどの小型犬に多く見られる病気で先天性のものと後天性のものがあり、6月に診てもらった時には問題はなかったので恐らく後天性でしょうという話だった。膝蓋骨脱臼は症状がひどくなると手術しか方法がないらしい。1週間家から離れて病院で安静にするのは、ダンボの性格からすればかなりのストレスになると先生は言う。

いつも部屋の中で飛び跳ねたりしているのを、私は結構自由にさせていた。ある程度のことは、動物の感覚で大丈夫かそうでないかを身につけて欲しいという思いもあって、日常の暮らしの中では”これはあまり私が先回りしてフォローをしないでおこう””これは自分がちゃんとしないといけないな”ということの線引きはしていたのだ。

「もう治らないんでしょうか」

悪化は防げてももう治ることはないらしく、体重を落とすように、それから高い所には上がらないようもしくは階段を作ってあげて下さいと言われ、しょんぼりしながら家に帰ってきたのだった。

私は普段、高齢になったゴン太のことばかりを心配していた。気持ちよく眠っているか、起きたら変わりなく動いているか、ご飯はちゃんと食べているか・・・。ゴンちゃんの様子を見ている私を開いた隙間から羨ましそうにダンボは見ていて、その度に怖い顔で「ゴン太にいじわるしないでね」と言っていた。

いつの間にか、ダンボは元気であるのが当たり前だと思うようになっていたのだ。

病院から帰ってきても、おとなしく床に座ってはしゃがなくなったダンボ。まだ4歳半で老犬にもなっていないのにと思ったら、申し訳ないことをしたという気持ちになってきたのだった。

ごめんね、ダンボ。

ダンボはやっぱりチワワだった。
ダンボは小さいワンコちゃんだったのだ。

目が合えば尻尾を振ってこっちを見ているダンボ。だがベッドに上ってきて私の背中に飛びつくことや、おもちゃを持って来て遊びを誘うこともなく、居たことのない床の一角を選んでそこにジっと座っている。

<痛いの?>
<痛くはないの?>

それさえ、私にはわからない。

今日、ダンボがとても小さく見えた。

いつか一緒に思い切り走ろうねと言っていた。

もう叶わない夢になっちゃったのかな。

ごめんね。

寂しくなるぐらい、家の中が静かなままだった。

Posted by: 吉川みき 2007年08月06日 | | コメント (2)

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2007年08月26日

ダンボちゃん。

もうすぐ一週間程お留守番になるんだけど・・・・。

大丈夫かな。

部屋で私と一緒に居る時のダンボは、くつろいでいる。イタズラもしないし、いつまでもおとなしく近くで毛づくろいをしたり、眠っていたりゴロンと横になっているのだった。

チワワというのはそういう犬種らしい。大好きな人が一人居て、1対1で過ごしたい犬なのだそうだ。

それでなのか、ゴン太が起きてゴソゴソとすれば、急にライバルに対してダンボは闘志を燃やす。インターフォンが鳴れば私の頭を踏んででも、威嚇に行ってしまう。
だが、普段はとても静かにしている。飽きないのかと尋ねても、穏やかな顔をしてその場にジっとしている。

だから私の留守中がちょっと不憫だ。

イタチのゴン太はシンプルな性格で、多分「喜」と「怒」と「楽」しかない。先住のチビ太は同じイタチでも「哀」があったはずなのだが、ゴン太はその辺りがさっぱりしているので、こんな時は気持ち的にちょっと罪悪感が少なくなる。

「ボク、捨てられちゃったのかな」

こう思いそうなのは、ダンボだ。

こんな時に、上手に人間の暮らしのしくみを動物達に伝えられたらなぁと思う。留守番をしている間、いつも一緒に居る人は、怒って出て行ったのでもなく、嫌いになったわけでもなく、長い時間外で用事があるから居ないただそれだけなのだと。それで寂しさが減ることはないかもしれないが、それでもそういうことを伝えられるのとそうでないのとは、やっぱり何かしらの違いが出ると思うのだ。

今までに、数日家を空けたことがあったが、何度か私の布団の上にダンボは吐いている。いずれもペットシッターさんに頼んで報告がなかったので、最終日ペットシッターさんが帰ったあと私が戻るまでの間にやったのだ。布団の上でこういうことをするのは決まって留守中なので、犬には犬の何か理由があるのだと思う。

やっぱり、”寂しいストレス”かなぁ・・・。

「待て!」
「よし!」
「伏せ!」
「拾って!」
「お手!」

しつけには、ムラがあってはいけないのだそう。

急に自分を置いて居なくなる飼い主を、どんな目で見ているのだろう。

これもムラになるんだろうな・・。

なんにも、悪くないよ。

もうすぐダンボは寂しくなる。

お前との関係においては私は「お手」よりも「お前は悪くない」と、教えられた方がよかったと思うのだった。

Posted by: 吉川みき 2007年08月26日 | | コメント (0)

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2007年09月11日

ホテルのチェックアウトを済ませてから、祐民子ちゃん達には京都で待ってもらって実家の父に会いに行ってきた。

本当は今日はみんなと京都で別れて、私は大阪に一泊して一日ズレて帰るつもりだったが、ゴン太のことがあったので予定を変更してみんなと一緒に帰ることにしたのだった。

一人で帰るのが心細かった。
一緒に帰りたかった。

数日間の旅でいろんなことを共有したような気がする。それは出掛ける前に想像していたよりも、ずっと中身も濃く大きいものだった。

写真もたくさん撮ったが、脳裏に記憶された一瞬の枚数達もとても多い旅になったんじゃないだろうか。一日前のことがもっと前の出来事のようにも思えて、多分年月が経てば経つほど、いい旅だったとかみしめるような気がする。

大津のサービスエリアは薄曇りの晴れ。

休憩時間、ベンチに座って祐民子ちゃんは琵琶湖を眺めていた。今日は「琵琶湖ってこうして見ると海みたいですね」と景色に感動している旅のヒトの顔だった。

高速は特に渋滞もなく、途中何度か休憩をはさみながら、東京には夜の10時頃に到着をした。

一番近い祐民子ちゃんの家の前に車が着くと、「ニャー」と声がした。2匹居るうちの、外に出たがる方のネコちゃんだった。

ニャー。

少し離れた場所まで近付いてきていて、「おかえり」と挨拶をしていて、”あぁ、このネコちゃんなんだ”ということがわかった。金沢に出発をした日、東京はその夜台風で暴風雨にひどく荒れていた。祐民子ちゃんはこの外が好きなネコのことを”大丈夫かなぁ”と心配していた。留守の間このネコを家に閉じ込めないで自由にさせてあげたいと思って外に出したものの、やっぱり自分の選択が正しかったんだろうかと振り返った瞬間はあっただろう。

はじめまして。
元気にしてたんだね。

「ニャー」とだけしか言わないが、そこに座っているネコちゃんを見たら嬉しくなった。

自分は帰ったら亡くなったゴン太の姿を見るのだろう。だがこの悲しみを祐民子ちゃんは、台風の日に疑似体験をしていたのだ。だから、ニャーと鳴く姿を見ると本当に嬉しかった。よかったよ、キミはそんなことも知らないだろうけど。はじめましてのネコちゃん。

お疲れ様でした。

一緒に旅をして本当にいい時間を過ごせた。
音楽の旅、出来たね。
いろいろあって、いろいろあったけれど楽しかった。

祐民子ちゃんと別れて、私も家に送ってもらう。

「ただいま」

ゴン太は最近気に入って寝ていた方のかごの中、タオルに包まれて眠っていた。

ゴン太の体があったかいような気がした。
抱くと動いたような気がした。

そんなはずはもうないのに。

眠っているような顔で、だけど目と口がギュっと閉じていて、それは眠った顔のゴン太ではなくチビ太が亡くなった時と同じ閉じ方をしている。ゴン太が亡くなったことをそれで現実のこととして確認したのだった。

ダンボがいつものように飛びついて来る。

ただいま、ダンボ。

チビ太が死んだ時と同じように、椅子にゴン太を寝かせて自分のベッドの横に置いた。頂いたお花がたくさんあって、それをゴン太の周りに添える。チビ太が亡くなった時も頂いたお花がたくさんあって、それも一年前と同じだ。

ごめんね。ゴンちゃん。

小さな頭だ。

年を取ってきてからは、あまり触れなかった。撫でたり、抱っこをしたりすると人間の手の重みが負荷になるかもしれないという風に思うようになっていて、昔のようにムンズと掴んだり、軽く触るということが出来なくなっていた。

ゴン太の頭。やっと気にせず撫でられる。
自分の触りたい気持ちで撫でられる。

今日は本当は私にとっての夏休みだった。一日、全部のことを置いて好きに過ごせる日として、めずらしく「この日は休みにします」と伝えていた日だった。

この姿のゴン太と過ごせる最後。

だから今日はもう何もしなくても大丈夫。
一緒に居させてね。

キツネみたいな顔になったゴン太だった。

星になったの。
何になったの。

私が居ない間にゴンちゃんは楽しい姿だけを思い出に、苦しいとも痛いともその姿を私に見せることもなく、もう二度と目を開けてはくれないゴンちゃんになった。

Posted by: 吉川みき 2007年09月11日 | | コメント (0)

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2007年09月12日

今日の午後は、一年前にチビ太が亡くなった時にお願いをした移動火葬車に来てもらう予定になっている。

花に囲まれたゴン太。家に居たら、こんなに華やかにお花を飾ってあげられなかった。

何を話そうか。
まだ、いろんなことが整理出来ない。

ごめんねばかり言っている。

チビ太にはこんな風じゃなかった。

「ごめんなさい」と「ありがとう」。

同じ5文字なのに、こんなに気持ちが違うものなんだ。普段の生活の中では時々、”ありがとう”の意味で”ごめんなさい”と言葉が出ることもあるが、今はあきらかに”ありがとう”の真反対にある”ごめんなさい”。

いつまでごめんって言っているんだろう。

ダンボは悲しそうにしていない。何かいつもとちょっと様子が違うなといったぐらいで、ゴン太に近寄ってクンクンと鳴くわけでもなく、ウロウロするのに飽きたら自分の陣地でくつろぎ毛づくろいをして過ごしている。

動物はシンプルだ。

ゴン太もそうだった。あんなに大好きだった先住のチビ太が亡くなると、寂しくて後を追うようにして逝ってしまうのではないかと思ったが、ゴン太はすぐにチビ太を忘れた。一匹の暮らしを特に楽しむでも悲しむでもなく、眠りたくなったら眠り、食べたくなったら食べ、起きて何かしたくなったら行きたい場所に行ってみたりと、目の前にある興味のあることに常に迷うことなく手を伸ばしていた。

3歩歩いたら、全部忘れちゃうゴン太。

私のように感受性が強い人間は、シンプルにあこがれる。毎日を幸せに送りたいのなら、その人の細胞がシンプルであるかどうかは一つの条件としておおいにあると思う。

ゴン太は幸せなフェレットだった。
見ていてそれを感じられた。

ご飯を食べている時に触ったら怒ったのはゴン太だけ。ケージの扉を怒って開けたのもゴン太だけ。

自由が大好き。
だから私もいろいろ考えた。

大事にしていたんだよ。
とっても。

足りないことはたくさんあったし、こんな風に今はごめんねしか言えないでいるけれど。

目の前にある小さな夢が叶うよう考えることが、私のゴン太への愛情だった。ちょこちょこと歩くゴン太の後ろについて、行き止まりになった場所のドアを開けて自由の続きを自分が作れたら嬉しかった。はたから見れば滑稽な関係だったかもしれないが、ゴン太が起きている間のそれは私にとって一緒に過ごせる幸せな時間だった。

多分、ゴン太はもう怒っていないだろう。
それより私をもう忘れてしまっただろう。

忘れていいよ。
ゴン太は。

火葬車の中に消えて行った時、後悔とざんげ、感謝と愛情、悲しさと寂しさ、いろんな感情があふれてしょうがなかった。

いつももう二度とこんな無邪気な性格の仔には会えないと思っていた。

さようならは寂しい。

アホのゴンちゃん。
間抜けなゴンちゃん。

歯が出ていて、目と目が離れていた。
ブサイクだと誰かに笑われると、私も一緒に笑った。

バイバイ。

ごめんね、バイバイ。
私にとって自慢のゴン太だった。

骨を拾い、部屋に戻ると本棚のチビ太の骨つぼの横に置く。

左がチビ太、右がゴン太。

「ありがとう」と「ごめんなさい」が並ぶ。

どれだけ大事に想っても、大切な存在との別れはそのどちらかしかない。

並んだ二つの骨つぼを見て思った。

これが動物との暮らしなのだと。

Posted by: 吉川みき 2007年09月12日 | | コメント (0)

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2007年10月18日

ね〜こはこ〜たつでま〜るくなる〜。

が、ウチの犬もヒーターの前でまるくなる。

チワワという犬種はメキシコからやってきた。日本の夏の暑さにはあまりバテないみたいなのだが、寒さには弱いらしく、獣医さんには”寒くなったら洋服を着せてあげるのもいいでしょう”と言われたことがあって私も驚いたが、あの「洋服を着せる」のはお洒落のためだけじゃないらしい。

今位の時期になると、ダンボは部屋の中の温暖地方を求めて、一日の中でなかなか上手い具合いに移動をしている。

この時間帯は窓からお日様が入って来る。

そこにカーテンを開けて座る。

お日様が移動をすると、もうその場所には座らない。
今度は布団の中にもぐりこむ。

「パチ」

どんなにソ〜っとヒーターのスイッチを入れても、聞き逃すことなく、スイッチを入れたら点火とほぼ同時位に飛び出てきてヒーターの前を陣取る。

真ん前って相当熱いのだ。

ボーっとヒーターの熱風がお尻に当たって、触るとかなりお尻が熱くなっているのだが、本人はそれでいいらしい。

私が出掛けることになってヒーターを消すと、元の布団が楽園となる。

だが、こだわりも持っている。

ある時ペットショップで「犬用手袋」を見つけて、試しに買ってみたが、非常に悲しい顔をしてしばらく手袋をした自分に甘んじているようであった。

寒くても手袋はしない主義らしい。

そうですか。失礼致しました。

そして最後は、私がダンボにとって丁度いい湯たんぽになる。

「寝るよ」
「おいで」

可愛く丸まって、私にぴったりくっついて寝る。

さっきまで「ダンボ」と呼んでも、知らん顔をしてヒーターの前に座っていた犬が、である。

まるで、私に懐いているみたい。

自分の陣地が狭い時、4本の足で私を”邪魔”だと本気で押してくる犬だが、寒い時期だけは必需品になるので、理由は何であれ一見仲のいい状態でいることには私は満足している。

部屋には何がどこに置いてあるのか、知っているのは私。

部屋のどこが今一番暖かいのかを、知っているのはダンボ。

違う地図を持って、一緒に暮らしているのである。

Posted by: 吉川みき 2007年10月18日 | | コメント (0)

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2007年12月06日

2階の部屋のワンコちゃんは、住人が留守の間に吠え続けることが、週のうち何日かあるのだ。

ミニチュアピンシャーという小型犬なので、それほど声は響かないが、何が気になるのか一度吠え始めたら、このワンコちゃんは1時間ぐらいずーっと鳴きやむことなく、敵に向かって激しく吠えてているのだった。

よく疲れないなぁと感心したり、もうそろそろ黙ってよとうんざりしたり、しかし犬の声帯って頑丈に出来ている。

このワンコ、飼い主が家に居る時にはこんな風に吠えたりすることはないので、家人はまさか自分の留守中に延々吠え続けているだなんて、考えもしないんだろう。もしも、「実はお宅のワンちゃんが・・・」と言ったとしても「まさか、そんなことはないはずです」と、信じてもらえないんじゃないだろうか。

みんな「ウチの子」のことを案外知らないものなのだ。

ダンボはと言えば、2階のワンコちゃんが吠え続けている時には一緒に吠えるわけでもなく、まるで犬の鳴き声なんて聞こえていないかのようにおとなしく毛づくろいをしていたりする。

<ウチの子は、割と静かなのよねぇ>

私はダンボをおりこうさんに思う。

だが、私もまた自分の留守の間のウチの犬のことを知らないのだ。

自分の居ない間は、布団にもぐってフテ寝していると思っていたが、ゴミ箱をあさっていたり、机に置いたまま片付けるのを忘れた食べ物を食べていたり、勝手にドアを開けて出入りしていたじゃないか。

やっぱり、自分の知らない面があるのだ。

ダンボ、お前は何をしているんだい。

テレビをつけて、ニュースを見る。
ネットで検索をする。
本棚を開けて探し物をする。
窓を開けて外に出て、また戻って窓を閉める。

やれないことはない。

九官鳥だって、人間の言葉をあれだけ上手に真似出来る。

おもちゃのチャチャチャのおもちゃも、夜中になったらみんな飛び出てきて遊んでいた。

普段、人間の行動をあれだけ見ているのである。

飼い主の留守中、動物達はテレビを見たり、パソコンの前に座って調べ物をしていたりする。

あの肉球で。

知らぬは人間だけ。

彼等に出来ない理由はどこにもないのである。

Posted by: 吉川みき 2007年12月06日 | | コメント (0)

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2008年01月03日

家の南側と東側の塀は、この辺りを縄張りにしている数匹の猫の通り道のようで、日中度々猫が通って行くのを見掛ける。

猫達が通っても、7割気づかずノン気に毛づくろいをしている我が家のダンボだが、今日はベッドの上に居る時にたまたますぐそばを歩く猫を見つけたのだった。

「ガウ、ガウガウッ!」

東側の塀は、部屋の窓から50センチ程の至近距離。窓の外に向かって、ダンボは部屋の中から猛然と吠えかかる。大きさは、ダンボの方が猫より一周り小さいのだが、ダンボは過去に近所の猫を追い払ったことで、猫に対して自信があるらしいのだ。

片や猫の方は全くビビる様子もなく、目一杯頑張っているダンボを塀の上で冷静にジーっと見ていた。

「もういいじゃない、やめなさいよ」

もし窓がなかったらダンボは猫パンチで一撃で殺られている。今のを男と男の決闘だと思っているのは、ダンボだけだよ。

「ガウ!ガウ!ガウ!」

ダンボの興奮が収まらないので、猫の方がしばらくしてこの場を去るという形で一応の収拾がついた。

数分後。

さっきの猫がまた塀にやって来た。

今度は明らかに家の中を覗いているではないか。そして、それだけでなく私と目が合うとジっと見つめるのだった。

<アイツ、どこ行った?>

え?”やっぱりムカつくし、もう一回来た”ってやつですか?

私にダンボは居るかと尋ねているのだ。

ダンボはまた毛づくろいをしていて、もう外に猫が居ることに気がついていない。

猫が私に訴える。

<呼んできて>

あんまりジっと見つめるので、「ダンボ!猫が来てるよ」と何度か教えたが、その日本語はダンボには通じず、ダンボは毛づくろいに夢中で動く様子はなかった。

<呼んでくれた?>

猫はしばらく塀の上で部屋の中を見ながら待っていた。

<まだ?>

呼んだけど、来ないんだもの。

猫はあきらめて帰るまで、割と待っていた。

まるで小学生の息子の居る家のようだった。

猫は私をダンボのオカンとして見ていた。

厳密にはオカンではないのだが・・・・。

しょうがないので、オカンは最後に、「さっきはおったんやけど、なんやしらんけど、今はおらへんわ」と答えたのであった。

「せやし、もうアンタもおうち、帰り!」

やんちゃなんはええけど、どこのオカンもしょーもないケンカは嫌いなのである。

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2008年01月17日

動物と暮らしている人と一致する話があって、それは一緒に住んでいる動物が、たまに誰も居ない部屋の一点に向かって吠えたり、ジっと見つめていることがあるということなのだ。

まるで人間には見えない何かが、動物には見えているようで、ウチでもたまにそういうことがある。何に反応しているのかと想像が膨らんでしまうので、私も気持ちが悪い。

今日も夜、シンと静かになった頃に突然ダンボがすごい形相である一点を見て吠え出した。私が座っている場所から1メートル程離れた窓に向かって吠えていて、最初は猫なのかなと思ったがそうではないらしい。

「ダンボ、どうしたの」

声を掛けるが、ここが犬と人間のコミュニケーションの取れない所。私にわかる説明がない。

「ガウ、ガウガガウ、ワン、ギャン」

私の斜め前に来て、私を見たりそっちを見たりして激しく吠えるのだが、私にはやはり何で吠えているのかはわからない。ただ、犬の様子に吹き出しをつけるとするなら、私を見ている時は「コイツ誰なんだ」「変なヤツがすぐそばに居るぞ」と警告されている感じがする。そして、問題の箇所を見て吠えている時は、「出ていけ」「侵入者め」という威嚇をしている様子。ダンボの顔が、怒りでかなり人相が悪くなっているので、ちょっと妖怪チックなのがより怖いのだった。

「誰が居るの」

「何が居るの」

もうどうやっても制止がきかない。

「ガウグガウ!ギャオギャオギャン」

「ワオオオオン」

ピタッ。

しばらくすると急にダンボは吠えるのをやめた。

結局何だったのかはわからず、

だが

”居なくなったんだわ”

と、私もなんとなく納得した。

シンとなった部屋で。

ダンボは「ご主人さまを守ったぞ」といった感じで落ち着いてくつろいでいる。キミはスッキリしたようですね。

で、ダンボが追い払った「悪者」って誰なのだ。

余計怖いじゃん。

見えない私は、ダンボの安心をよそに静寂の中より恐怖でいっぱいになったのであった。

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2008年01月22日

「ワン、ワワワワン!」

番犬として頑張ろうと思っているのかどうなのか、勢いよく吠えるのだが、犬のダンボの視線の先を見ると、それはどう見ても泥棒ではない。

裏の家の塀に立てかけてあるスキー板なのだ。

「ダンボ、あれは違うよ。スキー板だよ。」

スキー板を説明するのは難しい。雪山に行ってスイーっと滑る、あのスキーをやる時に履くやつだよ。

「ワワワワワン、ガウ」

スキーと言ってもわからない・・・か。

私もスキーはやらない。だから家にスキー板もなければ、スキーグッズもなく、スキー友だちが居るわけでもない。急に「スキー」って言われたって、そりゃぁ理解なんて出来ないだろう。

スキー板が怪しいものでも何でもない説明って、どうすればいいのだ。

私の目線で見たスキー板はこんな感じで、

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ダンボから見たスキー板はこんな感じ。

RIMG0002.JPG

しかし、何でもパチパチと写真に撮っているが、これをもしそこのお家の人に見られたらどうするのだ。

あらいやだ、ご近所さん。
こんにちは。

寒いですね。

えっと、はい。
お宅の写真を確かに撮りましたが・・・。

いえいえ、家の中を盗み撮りしようだなんて、とんでもございません。

わたくしはただ、スキー板を・・・。

犬が吠えるので・・・。

検証用に・・・・。

えっと、ウチにはスキー板がないので・・・・

うーん。

ごめんなさい。

・・・・。

説明は難しい。

これでは挙動不審女になってしまうではないか。

とにかく私はダンボに対して、「スキー板は泥棒ではないんだよ」と言う。

そうして私は裏のお家の夕飯時に、「裏の人は盗撮魔かもしれないわ」と話題にのぼり、気持ち悪がられるのである。

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2008年02月02日

明日は節分。

ワンちゃんが鬼のカツラを被っている写真を見つけたが、ウチでは有り得ないのだ。

ダンボは服も脱いでしまうし、首輪も好きじゃない。ダンボが私の目から見ても「今、落ち込んでいる」もしくは「暗い気持ち」なんだとわかるのは、何かを着せられたりつけられたりしている時で、前に犬用の手袋というのをペットショップで見つけて買って帰ったら、手袋をはめられたダンボはみるみる暗い気分になっていったのだ。

イヤなのは十分にわかった。

お風呂に入れた時の暗い顔と同じ顔をするので、多分「被りもの」はお風呂と同じぐらい嫌いなんだろう。

ワンちゃんが鬼のカツラを被っていた写真は、ワンちゃんグッズの紹介だった。節分に合わせてどうぞということなんだろうが、カツラを被ったワンちゃんがよくおとなしくしているなぁというところに目が行く。訓練されたにせよ、随分おとなしいワンちゃんというか大人なワンちゃんだ。

しかし、その鬼のカツラを被ったとしても、明日の節分にワンちゃんが鬼役になることはない。

「鬼は〜外。福は〜内」とやって、足元にはチビ鬼が一緒について回り、部屋に撒いた豆をそのチビ犬が食べるのである。

部屋ん中にずっといる鬼。

キャンキャン鳴く鬼。

飼い主に抱っこされて可愛いがられる鬼。

部屋ん中でプリっとうんちをして、それを拾ってもらえる鬼。

豆をぶつけられない鬼である。

昔、節分の日には一家の「お父さん」は鬼の面を被り鬼役だった。

私の家もそうで、私は父に思い切り豆をぶつけると、なぜかすごく楽しい気分になった。

2008年、明日は節分。

日本の行事もだいぶ変わってきたのである。

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2008年02月05日

ダンボちゃん。

ダンボちゃんは、お耳が大きいからダンボという名前になりました。

一日、何回ぐらい私はキミの名前を呼んでいるかな。

キミは、自分の名前が「ダンボ」であることを、覚えましたね。その証拠に「リチャード」と呼ばれても振り向かないし、「バンビ」と呼んでも反応がありません。

ボクの名はダンボ。

そう、よろしい。
とっても素晴らしいです。

時々、ダンボは私の目をジーっと見ていることがある。

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そんな時は、この犬は何を考えているんだろうと思っていたのだが、そのうちの一つにやっと気付くことが出来た。

”この人は何て名前なんだろう”

私は犬に自分の名前を教えていなかった。

いやぁ〜ね。ダンボちゃんったら。
ジっと見つめちゃって。
うふふっ。
そんなにアタシのこと、好き?

いいや。犬は実際はもっと別の理由でこっちを見ているものなのである。

そのうちの何回かは、「何て、名前なんだろう」。

多分、当たっているだろう。

そして、目をそらした時には「ま、別にいっか」。

動物達は、人間が思っているほど決して飼い主のことがそこまで大好きなわけではないのである。

Posted by: 吉川みき 2008年02月05日 | | コメント (0)

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2008年02月07日

動物の”すごいな”と思うところの一つは、「好きなものの順番がハッキリしている」という点だ。

我が家の3匹はみんな「好きなもの」から順に食べた。あげるものの種類をかえても、選択肢のパターンをかえてもそれは変わらず、数種類の餌やオヤツが入った餌であったとしても、しっかり選り分けをして順番通りに食べるのだった。

たまたま口に入ったものはそのまま食べるのかと思ったら、それは床に丁寧に除けて、やはり好きなものから食べる。逆に几帳面に見える位なのだ。

動物にも知恵がある。こちらが思っているよりも緻密に駆け引きもするし、考えて得策を選んでいることは彼等にもたくさんある。

でも、食べ物は好きな順というのが動物の法則らしい。

人間だとそんな法則はない。その人の自由となっている部分で、人の数だけ考えがあるということになる。人間ならではの豊かさがここに出ているという風にも考えられるが、最近の私はこの動物側の絶対の法則の方に何か人間が学ぶ大事なヒントが潜んでいる気がしてならないのだ。

それは単に食べ物は好きな順に食べる方がいいだけでは終わらない、別のことに通ずるもの・・・。

一日はその人の選択によって作られる。そして人の一生はその日々の積み重ねで作られる。

ダンボは今日も好きな順に餌を食べた。

何か大きな教えがあるのではないかと、横で私は仁王立ちで凝視する。

犬はその心、知らず。

ダンボは私に餌を取られまいとして、必死で早食いをするのであった。

Posted by: 吉川みき 2008年02月07日 | | コメント (4)

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2008年02月25日

ダンボは、今日で5歳になった。

ダンボは生後半年で私の元にやってきたので、ダンボとは4年半一緒に暮らしている。

最初は同居人が他に2人、フェレットが2匹いる家だった。それから引っ越しをしてフェレット2匹との暮らしになり、チビ太が亡くなって、そしてゴン太も亡くなってとうとう1人と1匹になった。

だがダンボはそれがいいらしい。
今はオールエリアがダンボの物になった。

本当のお母さんはどこに居るんだろうね。

ダンボの物を買いに行き、品を選んでいる時の私はいつもちょっぴり嬉しい。

これ、喜ぶかな。
これはきっと食べないな。
これ、似合いそう。

冷静に考えて、他に可愛い犬がたくさんいるのはわかっているけれど、私には世の中で一番可愛い犬だ。

お誕生日おめでとうと言ったら、きょとんとしていた。
お耳が大きいからダンボにしたんだよ。

尻尾をフリフリ。

オヤツをもらえてよかったね。

喜んだり、怖がったり、エラそうにしたり、
お前はとってもわかりやすい。

今日が何の日か、何月なのか、何曜日なのか、何も知らないけれど。

少し前に植えたピンク色のデイジーが、いつの間にか花を沢山咲かせた。

春になったらもう少し遠くまで探検に行こうよ。

新しい一年、キミが元気で過ごせますように。

私がニコニコしていたら、自分が何かいいことをしたと思っている。

私のひだまりくん。

ダンボ、お誕生日おめでとう。

Posted by: 吉川みき 2008年02月25日 | | コメント (4)

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2008年03月05日

「これは・・・何て種類の犬?」

今日、ダンボはまた何の犬かと尋ねられた。

ダンボちゃんは、おじいさんかひいおじいさんがチャンピオン犬の純血のチワワなのだが、血統書が偽物なのではないかと思う程、私もダンボはチワワには見えないと思っている。

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チワワとジャックラッセルテリアとミニブタのMIX犬だと答えるのが、一番納得度が高いのではないかと思うのだが、ずっと前に「柴犬」に似ていると言われた時は、さすがにどう返事をしたらいいかわからなかった。

おじいちゃんかひいおじいちゃんは、チャンピオン犬だったのにねぇ。

チワワには規定というのがあるらしく、体重は2、7キロまで。ダンボは体重、体長、体高全て規定の最大値の更に1、5倍なので、チワワ規定によるとダンボではチワワの枠に於いて失格となり、チワワではなくなることになる。

そんな・・・。

どう頑張っても私が22センチの靴が履けないのと同じで、どう頑張ってもダンボの体の長さをそこまで短くすることは出来ないのだ。

チワワじゃないんだって。

どうする?
いいよね、それでも。

私も引っ越しの時に、ダンボの血統書をなくしたようで、チビ太とゴン太の血統書は今もお骨の前に飾ってあるのに、犬のだけがない状態なのだ。

証明するものは、何もなくなり。

本人も自分で名乗るわけでもなく。

何の犬か、誰もわからない。

「ダンボはチワワです」

「え、そうなんですか」

こんな会話を何度となくして来たが・・・。

”本当なのかな・・・”

ダンボちゃん、私心細い。

唯一の血統書もなくなった今、私も自信がなくなり、ふと自分が狂言を言っているような気がしてならないのであった。

Posted by: 吉川みき 2008年03月05日 | | コメント (0)

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2008年03月18日

犬のダンボは、一緒に暮らしている中で動物として大丈夫なのかなと思うぐらい鈍くさい時がある。

最初に驚いたのが子犬の頃。彼はベッドの上で飛び跳ねていた。一人ベッドの足元と枕元を往復するという遊びに夢中だったのだが、ある回に足元から枕元に向かってピョーンと飛んで、そのままベッドの柵を越えて床に落ちて行った。

子ブタみたいな物がピョーンと目の前を飛んで行き、そのまま私の視界から消えた時、一瞬信じられなかったぐらいだ。

それ以降は、はしゃいでいてそのまま足をすべらせて転んだり、叱られて逃げて行く途中にベッドで頭をぶつけることをたまにしている。

こういった「読み」を間違えるのは、動物としては良くないのではないだろうか。

頭がいいところもある。私が居なくなるのを待ってゴミ箱をあさったり、机の上から盗んで行った物を「落ちたのを拾ったんだよ!」と嘘をついて持って来たり、あとはオヤツの空中でのキャッチは、かなり成功率が高い。今まで覚えた芸は15分あればマスターしているので、賢い面もあるにはある。

のだが。

今日は夕方の散歩の時・・・。

近頃のダンボは少し気が大きくなったみたいで、散歩に出ても少しの距離なら威張るようになった。

自分よりうんと大きな犬に向かって行ったり、人にも威張って吠える。やめなさいよ、そういう態度は。彼には「友好的」という部分がなく、強気に出るか弱気になるかの二つに一つしかないので、散歩の時はダンボが人様に何かしやしないかと緊張するようになったのだ。

今日も家に帰って来た時に、近所のご婦人を見掛けてワンワンと吠えに行ったダンボ。

もうやめなさい!

リードを引っ張って家に入ろうとしたら、ダンボは最後にもう一度ご婦人の方を振り返って「ワン!」と言った。

通訳すれば「今日はこの辺にしといたろ!」だった。

そうして、私がまだ窓を開けていないというのに、開いていると勘違いをして思いきり部屋に向かって飛び、窓ガラスにぶつかって転げたのだった。

よく私も小さい頃、調子に乗って悪さをすると、その直後に怪我をしたり痛い目に合って、母親に「ほら、バチが当たった」と言われたものだ。

ダンボもバチが当たりやすい。

ダンボが威張った後で窓ガラスに当たって転げたのは、今日で3度目。

痛いのに痛くない顔をするところが人間の子供に似ている。

いや、尼崎の悪ガキだった頃の私にそっくりだなと思うのであった。

Posted by: 吉川みき 2008年03月18日 | | コメント (0)

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2008年04月17日

夕方のニュースで、「メタボ犬」の特集をやっていた。

こういう特集の編集は、その犬と飼い主がいかにダメな生活を送っているかの部分がクローズアップされるのだ。今日もワンちゃんが太り過ぎてお腹が床についている姿や散歩をしていてもすぐに息が切れる様子、飼い主さんが人間の食事を与えていたことなどが流れていたのだった。

幸いその特集では、その後飼い主さんが反省をして今はワンちゃんの生活管理をしっかりしてあげるようになったということで締められていたのでよかったのだ。やはりペットがメタボ犬になるのはペット側に非はなく、飼い主の問題なので、「ダメ犬」的特集物を見る時は、まず飼い主に眉をひそめる以前に「すいません」という気持ちが先に来るのだ。

ダンボちゃんも、メタボ犬なんだよね。

過去最高では4、7kgの体重となったことがある。「体重は0、5kg〜2、7kgまでをチワワとする」という規定で言うとダンボは2匹分の体重になる。

その頃からダイエットを心がけてきたが、去年も4、3kgだった。獣医さんから3、6kgを目標にして下さいと言われたのだ。

骨格自体がデカいので、確か家にやってきた子犬の時がギリギリチワワの規定内に居た頃だった。

ダンボちゃん、ダイエット頑張ろうね。
私も頑張ろうと思ってるんだよ、ダイエット。

そうだ、久しぶりに体重を計ろう。
そうして二人でもっとダイエットを頑張ろう。

ダンボを抱っこして洗面所に体重を計りに行く。まずダンボを抱いたまま総計の体重を計り、次にダンボを置いて私の体重を計り引き算をすればダンボの体重が出る。

合計某kg。

ダンボちゃんは、何kgでしょう。

引き算をすると、ダンボは3、7kg。成犬になってから初の3kg台へと体重が落ちていた。そして私の方がイタチ2匹分重たくなっており、メタボは私の方の問題と鋒先が変わったのであった。

ダンボちゃんはダイエットの効果が出てきている。

少し複雑な気分だけど・・・。
ダンボちゃん、よかったね・・・・。

何か視線を感じるなと思っていたら、冷めた目で”お前が頑張れよ”と、ダンボが私を見上げていたのであった。

Posted by: 吉川みき 2008年04月17日 | | コメント (0)

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2008年04月23日

ダンボちゃん、いいですか。

今日は番犬テストをいたします。

私が外からコンコンと窓を叩いたら、吠えてごらん。

では。
行きますよ。

<コンコン>

外から窓をノックすると同時にベッドの部屋から飛んで来て、ダンボはものすごい勢いで吠え出した。

素早い反応。

「すごい!」
「おりこうさん」

番犬テスト、合格。

「よし」

と、ここで終わりにしたかったがダンボは威嚇吠えをやめない。

「もういいよ」

「私だよ」

私だとわからないの。

「ダンボ!」

ダンボは私の目を見て私だと理解した上で、怖い顔で威嚇し更に興奮をして吠えながら、窓ガラスに何度も体ごとぶつかって来るのだった。

「ダンボちゃん・・・」

ちょっと悲しい。

さっきまで私に甘えていた赤ちゃんサイズのワンコが、今は憎しみいっぱいの顔で私に吠えかかっている。

わからないよ。
私はお前のことが・・・。

急に自信がなくなり、やっぱり犬の言葉がわかる「バウリンガル」というグッズを買って首につけた方がいいのかなぁなどと思ったりする。

番犬テストをしようとしたが、結局は飼い主テストになってしまった。

ダンボが私に向かって激しく吠えている。

「飼い主テストは不合格!」

日本語に訳すとこう言っているのかもしれないのだった。

Posted by: 吉川みき 2008年04月23日 | | コメント (0)

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2008年05月04日

ダンボと散歩から帰って来ると、家の前の路地の所にご近所さんが立ち話をしていた。

「こんにちは」

挨拶をして家に入ろうとしたら、視界にピュンピュンと元気に動くものが入った。

子猫だ。しかも2匹。

ダンボがものすごく大きな動物に見えるぐらいのチビ猫ちゃん。斜め前の家の息子さんが2匹を貰ったそうで、前にこの辺りでよく昼寝をしていた白い猫も、男性の家の猫だったのだそうだ。

私は猫に嫌われることが多い。それらが累積していくらかは傷ついているので、もう最近はあまり自分からは近寄りに行かなくなったのだが、チビ猫ちゃん達は人懐こく早速近寄って来る。

バイクの下に潜ったり、雑草の匂いを嗅いだり。
いろんなことが楽しい様子。

いつもここに居た白いブタ猫ちゃんは、半年ぐらい前から見なくなっていた。どうしたのかなとは思っていたが、その猫が亡くなってそれでこの2匹がやってきたのだそうだ。

飼い主が居る猫と居ない猫、猫の方が圧倒的に犬よりもノラが多いだろう。外で生活をする猫は車にはねられたり、餌が定期的に得られるわけではないので、飼い猫に比べると寿命がうんと短いらしい。私は犬猫は愛情を注いでもらえる環境にあるのが幸せだと思うので、2匹の子猫が無邪気に遊ぶ姿を見てよかったなと思った。

「またね。ばいばい」

誰が自分のご主人さんなのかは知っているみたいで、最後はぴょんぴょん跳ねながら家の中に男性と入って行った。

ダンボもそう。散歩から帰って来ると迷わず自分の家に入って行く。ここが自分の家だと知っている。それが誰かの家で飼われている動物なのだ。

家の中に入るとダンボがえらくでっかく見えた。

「まだ生まれて1ヶ月なんだって」

名前もつかず犬舎で過ごした半年は、ダンボにとって自由の少ない我慢の日々だったんじゃないだろうか。

子猫ちゃん達、何て名前だったか聞くの忘れちゃったな。

「ダンボ」

名前と呼ぶと、りんごのような頭の形のダンボはもうこっちを見て嬉しそうに尻尾を振っていた。

Posted by: 吉川みき 2008年05月04日 | | コメント (0)

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2008年05月22日

ただいま。

ただいま!

ただいま〜

おーい。

<シーーーン>

おかしいな。
私は犬と暮らしているはずなのだが。

今日もちょびっと侘しい気持ちになる。

私は今まで3匹の犬と一緒に暮らしたことがあり、ダンボは4匹目のワンコになるが、家人が外から帰って来ても完全無視をする犬はダンボが初めてなのである。

犬って、誰かが帰って来たら尻尾を振って喜んで迎えてくれるのではなかったか。

もちろん私が帰って来たことは気付いているはずなのだ。だっていつも一緒に居る時には、ほんのささいな音にも反応をして真っ先に吠えながら飛んで行く。だが、ダンボは私が家に帰って来た時には、布団から出て来てくれもしない。私が家に帰って来たことに対して、全くリアクションがないのであった。

最初の頃は、ダンボの具合いが悪くなったかもしかして死んでしまったのかもしれないと思って、必死にダンボの名前を呼んで探した。あちこち探した後で布団をめくると、漬物石のようにデンとある犬の姿が目に入る。目だけこっちにやるが、寝ていたのに邪魔をされたといういかにも欝しい顔でそのまま動かないダンボが居たのだった。

だが、ヒーターのスイッチを入れると0秒で布団からいきなり飛んで来る。

「うれしい!帰って来てくれたんだー」と、飛び跳ねて私にジャレて来る。

「オヤツ」という言葉を口にしても、0秒で布団からピョーンと飛んで来る。

だが、「私が家に帰って来た」ということは、ダンボにとっては価値がないらしく、まず布団から出て来ない。そうして10分位何のリアクションもなく、その後ようやく足元にやってきて、急に「嬉しい。帰ってきたんだー」と軽い挨拶をしに来るのであった。

ダンボ。

ただいま。

帰ったよー。

ダンボちゃん。

しーーーーん。

この頃はヒーターのスイッチを入れなくなったので、コンスタントにもうワンコのお迎えはない状態となった。

なんでダンボは無視をするんだろう。
犬のしつけの本にも載っていないケース。

私は基本的に用なし。か・・・・。

真冬よりも寒い、帰宅時の我が家の風景なのであった。

Posted by: 吉川みき 2008年05月22日 | | コメント (0)

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2008年06月02日

犬のしつけでよく言われることは、「犬が悪いことをした時というのはその場で叱りましょう。」時間が経ってからだと、犬は何故叱られているのかがわからず、混乱するからなのだそうだ。

それは、ほんとなのですか。

犬は自分が悪いことをしても、ケロっと忘れちゃうってことなのだろうか。

嘘だ、そんなことはない。ウチのダンボに限っては「覚えている」と私は確信をしているのだ。

だって・・・。

私が外出から帰って来た時、その日のダンボに後ろめたいことが何もない場合、彼は私の帰宅に対して完全無視をしたまま布団の中でタヌキ寝入りをしているのだが、何か食べ物をゲットしたりした日には、「ただいま〜」と部屋に足を踏み入れた瞬間に布団から慌てて出てベッドの下に逃げ込むのである。

その行動をした時には、腹いせマーキングがどこかにしてあるか、私の食べ物をどうにかしてゲットして完食しているかのいずれかで、時間が結構経っていても自分が何かしたかどうかをこの犬はちゃんと覚えているのだと私は思うようになったのだ。

で、ゴミ箱を漁って何も手に入れることが出来なかった時だけは、ゴミを散らかしたという悪事を忘れて私に布団をめくられて叱られているのだった。

最近はどのようにして盗んだのかが今一つわからないが、どうにかして私の机の上に置いた食べ物を盗る技を修得したようで、クロワッサンがなくなっていたり、チョコレートがなくなっていたりする。

どうやって?
いつの間に?

クロワッサンはパン屋さんで一個売りをしている高い方のクロワッサンだった。キミに味の違いなんて言われたくもないし、だいたい数時間経つと人間の食べ物が体に合わないダンボはそれらを吐くので、ダンボに盗まれた食べ物はただただもったいない終わり方しかしないのだ。

ダンボが逃げることで、「何か盗られた」のだと思う。

でも時々、私は何を盗られたのかがわからない時がある。クロワッサンもチョコレートも、自分が食べてなくなったつもりに一瞬なっているのだ。

数時間前の悪事を、犬は覚えている。

ダンボは時々天才になる。
ダンボは時々、愚かな天才になるのである。

Posted by: 吉川みき 2008年06月02日 | | コメント (0)

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2008年06月14日

ダンボちゃん。

今日はお前を病院に連れて行く日です。
頑張ろうね。

予防接種とフィラリアの薬をもらいに、今日こそダンボを連れて行かなければならない。午前の診察時間に間に合うようにと家を出たが、ダンボは既に怯えた様子だった。

病院はそりゃぁ私も嫌いなのだ。

でもダンボちゃん。今日行ってお注射をしてもらったら病気にならなくて済むんだよ。わかっておくれ。

ダンボは病院に連れて行くと、現在のところ100%の割合でウンチをちびって・・・というか噴射している。垂れる、もらす、といった風ではなく発射するように人に向けてウンチをするのだ。前に動物園のトラの檻の前でトラを見ていたら、いきなりトラがこっちに向かってやってきておしっこをひっかけられたことがあったが、あれはトラの攻撃だったと思う。だからダンボも彼なりの攻撃だと思っていて、本当にイヤなんだなということだけはわかるのだ。

ダンボちゃん、我慢してね。

診察台に乗せると大暴れしていたが

「チクっ。」

お注射は、無事終了。

でもダンボが嫌がるのはこの後の「爪切り」なのだ。どれだけなだめてもダメ。この世の終わりぐらいのものすごい表情をし息を切らしていた。

先生には笑われ、私も爪切りぐらいでこんなに大袈裟になっているダンボがおかしかったが、あまりの形相にこの犬は本当に爪切りが恐怖でショック死するかもしれないとだんだん心配になってきたぐらいであった。

ダンボちゃん、でもよく頑張りました。
おしまい。さ、家に帰りましょう。

犬にしてみれば、ベッドでくつろいでいたら突然外に連れ出されて拷門を受けたという印象になるのだろう。何も悪いことをした覚えもないのに、ひどい仕打ちをされたと私に対して恐怖心を抱いたとしても、気持ちはわからないでもない。

家に着いた途端、冷たい空気が流れる。

去勢をした時も数日間、私はダンボに嫌われた。怯えた目で私を見、決して近寄って来なかったが、今日もほぼ恨みの目つきで私のことを見ている。

本日もダンボはウンチをもらした。今朝はお腹を壊していて出がけに全部出しきっていたはずだったが、噴射するだけのモノが残っていなかったにもかかわらず振り絞って出していた。

ねぇ、もう機嫌を直してよ。

爪切りはダンボにとって拷門。100%ウンチをちびるので、腸内洗浄も兼ねる爪切りなのである。

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2008年06月16日

少し前に、「納豆は犬にも良い」ということを聞いて早速調べたら、”我が家の@@も今ではすっかり納豆犬です””ウチの@@は納豆を毎日食べています”などの情報がたくさん出てきた。

へぇ・・・。
納豆って犬の健康にも貢献するんだ。

私は納豆を食べない。一度だけ「騙されたと思って食べてみて下さいよー」と宴席で勧められて納豆オムレツを食べたが、あの臭いと同じ味がしたのだ。私にはあれは食べ物ではなかった。なのでウチの冷蔵庫に入ることはなかったのだが、試しにと小さいパックの納豆を買ってダンボにあげてみたら、あの強烈な臭いをものともせず喜んで食べたのだった。

納豆大好き。

「ほんとなの?」

ダンボはその日から納豆を食べるようになった。「なっとう」という単語を覚え、「納豆、たべる?」と聞くと、ぼよよんと寝転んでいたのが急に取れたての魚のようにピチピチとはね、”食べる。食べる”と意思表示をする。

そうか、これでお前も納豆犬の仲間入り。

でも私はちょっぴり嬉しかった。というのも、今まではスーパーに行くと自分の食べるものしか買わなかったのが、”自分は食べないんだけど、ウチのヒトが食べるから”とカゴに品物を入れる行為がなんとも新鮮に思えたのだった。

素通りしていた納豆売り場の前で足を止める。

これがいいかしら。
こっちにしようかしら。

ウチのヒトが好きだから・・・・。

「ウチのヒト」と言ってもただの犬なのだが。

そして。

あれからちょっと日は流れた。

冷蔵庫を開けると・・・
今日も納豆がある。

昨日も2パック。
一昨日も2パックあった。

<パタン>

開け閉めするだけじゃぁ、そりゃなくならないだろう。
先日動物病院に連れて行った時、ダンボはお腹を壊しており、納豆をあげたと答えたら先生から犬用餌だけにした方がいいと言われたのであった。

納豆を食べるヒトがいなくなっちゃった。

いつまで冷蔵庫に置いておこう。

さすがに犬なので、ダンボは「俺の納豆は?」とは聞いて来ない。納豆犬ブームはアッという間に終わり、また私はスーパーに行っても納豆売り場の前を素通りするようになったのであった。

ダンボはもうすっかり「納豆」という単語を忘れちゃったみたい。

そうして、また彼はマイペースに自分の世界を生きているのである。

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2008年06月20日

駅前のスーパーにダンボの餌を買いに行くと、必ず目をやってしまうコーナーがあった。

それは小動物の餌のコーナー。

ここに引っ越して来た時、店頭になかったフェレットフードを、これからこちらで買いますから店に常備してもらえませんかとお願いをして、それでフェレットの餌を2匹共亡くなった去年の秋まで買っていたのだ。

去年の9月にゴン太が亡くなって、店の人には事情を話した。店員さんは上の人に伝えますと言ってくれたが、それ以降も品は棚に置かれたままだった。多分誰も買わないであろうそのフードは、その後もずっとウサギの餌の隣りに並んで置かれていたのだった。

行く度にあの棚をチェックしてしまう。

<まだ、ある>

商品が並んでいると胸が痛かった。やっぱりあの餌を買っていたのは私だけだった。

でも家にも3箱残ったまま。
もう食べるフェレットが居ない。

<ごめんなさい>

いつも気持ちがうつむいた。

それが・・・。
今月になって品がようやくそこからなくなった。

よかった。

なんだか肩の荷が下りた。

でも・・・・。

餌が置いてあったウサギの餌の隣りは何もないガランとしたスチールの棚の空いた所でしかなくなり、ホっとした後にやはりちょっぴり寂しくなった。

死んで居なくなったら、もうちょっと日常に追われて忘れたりするのかと思った。

全然忘れられないものだなぁ。

チビ太とゴン太とダンボと。
暮らした日々があった。

彼等の餌を買う時に、多分私は一緒に暮らしている幸せを意識せずに感じていたのだと思う。

今は犬の餌だけを持ってレジに並ぶ。

<あ、お宅はネコちゃんなんですね>

<ウチも小型犬なんです>

たまにレジで動物の餌を抱えている人に会うと親しみを抱く。

動物との暮らし。

抱きしめているのは、餌のようで餌ではなく。それはきっと一緒に暮らしている動物達なのだと思う。

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2008年08月14日

夕方、ダンボと散歩に出掛けたら、時々挨拶をする白い犬を連れたおじいさんと公園で会った。

「こんにちは」

おじいさんは明るい人だが、私のことは覚えていない。いつも初めて会う人のようにされるのだが、前回会った時は挨拶をした直後に、蝉の脱皮直前のあの気味の悪いキャラメルコーンみたいなものを、いきなり「ほれ!」と目の前に差し出されてビックリしたのだ。

今まで抜けがらしか見たことがなかったが、「ソレ」にはちゃんと目がついていて手足もモゾモゾと動いていた。もうすぐ蝉になるよとおじいさんは言っていたのだ。

多分その時の会話を忘れているだろうが、あの後あのキャラメルコーンがどうなったのか尋ねてみよう。

「前に見せてもらった蝉の幼虫は、蝉になったんですか」

そう尋ねた瞬間、おじいさんはその質問には答えずにまたもや・・・・・、

「ほれ!」

と左手に持っているものを目の前に出したのだった。

「ギャーーーーーーーーーッ!」

いきなり数匹の蝉。

手の中にはおじいさんは蝉を3匹持っていた。散歩中におじいさんが素手で捕まえたらしく、「これはメス。鳴かないからな」「これもメス」「これはオスだ」と見せてくれるのだが、その最中にも蝉がバタバタと暴れていて私は恐怖心でいっぱいだったのだ。

おじいさんは怖がっている私が可笑しいらしい。

「ほれ!」

ダンボにも見せる。

<ダンボ、食べちゃだめ>

ダンボが蝉をおやつだと思って食べるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたのだ。

「さっきも子供にやろうと思って見せたけど、逃げて行ったよ。」

おじいさんはこの辺りで育った人らしく、自分の子供の頃を重ねて残念そうに言うのだった。

いや・・・見せ方が、いきなり過ぎるからだと私は思うのですが・・・・。

「じゃ、帰るか」

おじいさんと私は公園をあとにして歩きはじめた。

「だんだん暗くなってきましたねぇ」

おじいさんの方を振り返ると

「ほれ!」
「お前達、飛んでけ!」

と言っていきなり3匹一斉に蝉を放ち・・・

蝉達も驚いてバタバタとやみくもに飛び出した。

「ギャーーーーーーーーッ!」

こっちに来ないで。

私も4匹目の蝉となり、逃げまどう。

フラフラと蝉達は空に舞い上がって、やがて公園の方に飛んで行った。

ゆうやけこやけで日が暮れて〜。

空を見上げて日が短くなって来たなぁと思った。

いつからかつくつくぼうしが鳴くようになった。

蝉達にも私達にも、夏はもう残り少ないよとどこからともなく残暑の声が聞こえてきたのだった。

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2008年09月10日

イタチのゴン太が亡くなって、今日で一年になる。

私はその時、京都に居た。

いろいろな気持ちがそのあとも整理が出来なくて、私の過去の悲しい出来事のうちで、蓋をしないと自分の心が潰れてしまいそうになる少ない出来事の一つとなったことは確かだった。

ごんちゃん、ごめんね。

一年経った今日も手を合わせる。

フェレットという動物は、一緒に暮らしてみると賢くまた感情も豊かで、実際私自身思っていたよりもうんとコミュニケーションの取れる本当に愛らしい生き物だった。

あのフェレット独特の臭いニオイは、もう私の家から消えた。

それなのにペットショップに行くと、今でもフェレットコーナーを探し、買っても仕方がないフェレットフードを眺めていたりする。

リードもケージもまだ家にある。

いつでもフェレットとまた暮らせる環境を保ちながら、かと言って新しいフェレットを飼うわけでもない。

全くややこしい自分が居る。

ごんちゃん、許してね!

明るく心の中で呟いてみる。

大好きな季節、秋。昔からそう言ってきたのに、自分が大切に想う存在がいつからか秋に居なくなってしまうことが増えてきた。だからここ数年は秋の始めは「大事な誰かが居なくなってしまうんじゃないか」と心細い気持ちになることがあるのだ。

秋は好きだけど少し寂しい時があるよ。

ごんちゃん。

忘れないよ。
忘れる必要もない。

あぁ、そうだね。

同じ温度の風が、またこの街にも吹くようになった。

振り返ると嬉しそうに尻尾を目一杯振るダンボが居て、私は思わずギュっとダンボを抱き締めた。

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2008年09月13日

近くの八幡さんで秋のお祭りをやっているので、夜ダンボを連れて行ってきた。

「お散歩、行く?」

最近、ダンボは散歩が好きになった。

前の家の時は一歩外に出た時から、尻尾をキューっとお尻の下に入れて家に帰るまで、ちっとも楽しそうではなかったが、テレビやしつけ本などであれこれトライをして、ようやく散歩が好きなワンちゃんになったのだ。

しかし、今日は少し遠い。

「ダンボ、今日はちょっと遠いよ。でも行く?」

ダンボは無邪気に「行く!行く!」と飛びはねていた。ちょっと騙している感じもしないではなかったが、「祭り」「屋台」「買い食い」にどうしても行きたかったので、出掛けることにしたのだった。

川沿いの道を歩く。

この道をずっと行くと大宮八幡宮という大きな八幡さんがある。日中は散歩やサイクリング、ジョギングをしている人が居てのどかな場所だが日が暮れると、やっぱりちょっと歩くにはドキドキする。

月が浮かんでいた。

小さい頃、ウサギが中でもちつきをしているように見えるか何度も目を凝らして見たけれど、私にはそんな風に見えなかったなぁ。

森のような暗い道をダンボと歩きながら、昔読んだ「モチモチの木」の本を思い出した。

静かな川沿いの道を突き当たったら、「秋の大祭」と書かれたお祭りで今度は急に人が増え、参道にはわんさか人が集まって来ていた。

すごい人だわ。

犬連れって入れるのかなぁ。

人の流れに乗って歩き出したら、そのあとは一気に人が増えた。私も人にぶつかりそうだが、ダンボは歩いている人達の視界に入らないので、もしかしたら踏まれてもおかしくはない人の混みようになっていた。

ダンボを見たら、尻尾がお尻の下にキューっと入っていた。

ダンボの目線だと丁度目の前には人の足、足、足。動く竹やぶの中で竹に当たらないように逃げるようなものだったかもしれない。

「ダンボ、ごめんね」

久しぶりにダンボの楽しくない顔を見た。

「お祭りに一緒に行けたら楽しいかも」は、私だけの気持ちでしかなく、せっかく散歩が好きになったダンボに可哀想なことをしてしまったと後悔をした。

人混みから外れて、川沿いの道に降りて

さぁ、帰ろう。

月が外灯より明るい晩。

テクテク、テクテクと二つの影が歩く。

お祭りよりも楽しいことが身近にあったね。

私が散歩を楽しいと思うのは、ダンボが一緒に歩いてくれるから。

今は尻尾を振って歩くダンボが居て、私は楽しくなれるんだと思った。

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2008年09月21日

明日からしばらく家を空けるので、今晩からダンボをY氏の息子さんに預かってもらった。

ダンボが家に居ないと、ちょっぴり部屋の温度が低く感じる。

髪にしていたヘアピンが”カラン”と床に落ちた。

シーーーン。

いつもなら、何かが床に落ちる音がすればダンボはどこに居ても飛んで来る。落ちたものを拾って私に渡すと、おやつがもらえるからだ。

シンと静かな床からヘアピンを拾いながら、<ダンボ、居ないんだなぁ>と、ちょっぴり寂しくなった。

子豚のダンボ。
今頃どうしているかしら。

車で連れて行ってもらう時に見送りに出たら、怯えた顔でブルブル震えていたよなぁ。

私に捨てられたと思って悲しんでいるかもしれない。

ごめんね。

明日からの準備をしながらダンボのことをあれこれ考えていると、ダンボの様子を書いたメールがY氏から届いた。

ダンボはY氏の家に着くなり息子さんのベッドでうんちをし、その後ベッドの上を陣取ってすっかり我が家のようにくつろいでいるということだった。

ありゃま。
寂しがって心を閉ざしているんじゃないかと心配していたら。

犬ってこんなに切り替えが早かったっけ。

まぁ、いっか。

私のことを忘れるぐらいあっさりしていてくれる方が、家を空ける私としても少しは気が楽になる。

ダンボちゃん、元気で待っていてね。

ダンボが居ない夜はちょっと寂しい。

胸、キュン。

それにしても。

現在「彼氏に会えなくて寂しい」といったフレーズが、自分から消えている気がする。パートナーは飼っているワンコに移行したんだなということを再確認したのであった。

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2008年09月25日

預かってもらっていたダンボが家に帰ってきた。

犬というのは、ご主人さまを見つけると尻尾を振って走って来るのだと思っていたが、ダンボはちょっと違う。「こんにちは〜」といった感じで、友達ん家にでもやって来たような様子で家に入って来るのだった。

「ダンボ!」

<あ、どうも〜>

尻尾を振ってフレンドリーな感じではあるが、私との再会には特に盛り上がっている風でもなく・・・。ものすごく普通。

キミは随分自立をした犬ですね。

散歩の時もそうだ。ノソノソしているからとちょっと置いて先に行ったりしてみるのだが、そんな時のダンボは一瞬「あれ!置いて行っちゃうの?」といった顔でこっちを見るのだが、私の方に走っては来ない。「それなら。ま、いっか」と単独行動に切り替えてそのまま自分の好きにしているのだ。

<は〜、どっこいしょ。>

デンを座ったら早速くつろいで。

枕が変わると眠れないという人が居るが、私はヒトん家でもどこでもグッスリ眠れる。

キミもたくましくなりましたね。

初めて私のもとにやって来た頃のダンボとは、性格が変わってきたように思う。

ナイーブだった少年時代は遠い昔のこと。

犬も人間と同じ。
今やダンボも立派なおっちゃんに成長をした。

そう言えば、息や足も臭くなってきたと感じる今日この頃のダンボなのである。

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2008年09月27日

6時頃、買い物から帰って来たら小学生ぐらいの女の子3人が家のそばに居た。

「おうちに帰れるよね」

女の子達が話し掛けていたのは塀の上に居るねこちゃん、あれは近所の人なつっこいねこちゃんじゃないか。

今日飼い主の男の人が心配そうにねこを探している様子だったのを、部屋の中から見掛けていたから私も気になっていたのだ。この子達がどう関係していたのかは知らないが、小さい自転車が2台、ローラースルーゴーゴーみたいなものが1台乗り捨ててあった。

どこの子達なのかな。動物が好きみたいでダンボが部屋の中から吠えると今度は「チワワだ」と興味津々だった。

「どうぶつ、好きなの?」

「うん」

「ワンワン吠えてごめんね」

せっかく可愛いと言ってもらったのに、ダンボはぶさいくな顔で小さい女の子を相手に吠えまくっていた。

一旦荷物を台所に置きに行ってすぐに戻って来たが、もう女の子達は居なくなっていた。

かわりに飼い主の男の人が、丁度仕事から帰って来てねこちゃんを見つけたみたいでぎゅっと抱き締めている所だった。

「こんばんは」

男性はねこを地面に下ろすと、

「コイツ、3日程居なくなっちゃってたんですよ」

割と無口な人なのだが、めずらしくそう教えてくれた。

男性は今ここに居た女の子達には会わなかったようだった。あの子達がきっとねこちゃんのことを知っていたと思うのだが・・・・。

でも、まぁ元気にここに居るからよかった。

「コイツ、誰にでもついて行っちゃうんですよね」

「バカだから」

バカだからの言葉から、何故かしら男性が本当にねこちゃんのことを大事にしてことが伝わってきた。

心配していたんだろうなぁ・・・。

3日間、ねこちゃん、どこへ行っていたんでしょうね。

フェレットが脱走をして半日居場所がわからなくなっただけで、顔がハニワになるぐらい泣いた自分には、とてもじゃないがねこは飼えないなと思った。

ねこちゃん、ここのおうちがいちばん幸せだよ。

冒険はほどほどに。

それから知らない人にはついて行っちゃいけないよ。

まぁ、何はともあれよかった。

この家から洩れて来る灯りが今日はあったかく見えたのだった。

Posted by: 吉川みき 2008年09月27日 | | コメント (0)

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