2006年01月01日 |
目覚めたら非常に具合いが悪かった。
ゲロゲロ、ゲー。
前にやった胃腸炎と同じ症状だなと思い、前回の経過を思い出しとりあえず4時間頑張ってみたが、熱と更に胃の差し込みが加わり、胃痛がどんどん強くなっていくので病院の世話になることになった。
O病院にて。
持病も話し、受け入れてくれるということで連れて行ってもらったが、先生はなんで行きつけの病院に行かないのかとそればかりを言っている。目の前に患者が居るのに行きつけの病院が一番いいと言っているのが聞こえるが、君は今ここに居る患者を診てくれないのか。主治医に電話をするのも何故かしらしぶっていて、この先生は「K病院へ行って下さい」という診察で終わり、最後だけ先生っぽく「お大事に」だった。
優先順位がよくわからない仕事ぶりであった。
上司でないので、私が去るしかなかったのだ。
結局その後、呻きながらK病院へ連れて行ってもらい、ここでは持病の専門医が居なかったが、ここで処置をしてもらって家に帰った。
正月に病院を訪ね呻いている患者は多かった。インフルエンザと胃腸炎を伴う風邪が蔓延している様で、みなグッタリしていた。
昨日はまさか今日がこんな具合いになるとは思ってもいなかったのだ。いつ、どこで、どうやって風邪菌が自分の体をつけ狙ったのだろう、全然気がつかなかったのだ。
「お正月に風邪で寝込む人」は自分のことではないと、何故か疑いもせず迎えた正月。
うぅううう。
ううううぅう。
ポカリスエットをちょびっとだけ飲む。
食欲が全くない。
ちょっと前、おせち料理は嫌いだ、酸っぱいものを年明け早々食べたくないと言っていたが・・・。
今年、酸っぱいものを出して
私の2006年は始まったのであった。
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2006年01月02日 |
一年の始まりが、今年は具合いが悪い所からのスタートになった。
胃腸がかなり弱っているらしく、今日も食欲がない。しかし吐き気は収まった。胃痛も顔をしかめる程度までの差し込みになりだいぶ柔らいだ。世の中が休みでよかったのだ。少なくともお仕事には迷惑をかけずに済む。今回は良くなるまで体を休ませよう。
しかし最近の風邪は強力だ。昨日病院に連れて行ってくれた同居人が、私のウイルスがうつったのかほぼ似た症状の風邪で寝込んでしまった。
私はちょっと痩せた程度だったが、こちらは顔の輪郭が変わり、一日で骸骨の様になっていたのだった。
「ポカリスエット、譲ってもらえますか」
「あげない」
骸骨に向かって返事をした。
可哀想だったがその辺は自分が可愛い。余分があれば渡したが、これは私が飲むヤツなのだ。先生は、しばらくは水でなくポカリスエットを飲む方がよいでしょうと話してくれた。だからポカリスエットはピークは過ぎたと言えども、まだ私には必要なのだ。数年に及ぶこの館での共同生活で、私は私で動物として身を守らないと自分が殺られると学んだので、残った1本のポカリスエットはいくら昨夜同居人が買いに行ってくれたものであろうとも、そこはシビアに対応をする。私はライオンに喰われる逃げ遅れたガゼルの中でも、結果セーフだった組に居たい。
しんどい時、人は戦わない。
骸骨は二階へ消えて行った。
私はこの人と比べたら、自分はちょっとだけ逃げ足の速いガゼルだろうと常日頃から思っていたが、今日もそのことを感じたのであった。
もう一人の同居人は今朝帰って来て、大掃除や片付けを一人でやっている。この館の空気が重く会話もなく二人が寝ている中買い物に行き、そして一人正月を謳歌しているのだった。ちょっとだけ私達のことを心配していたが、寝ている私の横でみかんやらせんべいやらプリンやら、「ジュジュジュー」と何か料理を作りそれを食し、二階の部屋でテレビをつけ大声で笑っていた。
「食べないのー?」
「い、・・いらない・・・」
この人は食べれないことを知っていて聞いてい来る。
死んだガゼルの肉を食べているハイエナに見えた。
今日の体調は少し復帰。自覚症状としては、昨日はなかった内蔵の筋肉痛みたいなものがあった。
「わははははー」
二階からは笑い声。
この人は一日何個みかんを食べるのだろう。
関係だけは変わらないこの館の正月なのであった。
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2006年01月03日 |
新年明けて3日目。
胃痛はほとんどなくなった。かさぶたでも筋肉痛でも良くなるまでには数日かかる。食事をほとんどしていないのでまだ元気はないが、ゆっくりと体が元通りに戻ろうとしているのがわかる。昨日は骸骨になっていた同居人も、今朝は少し頬がこけた部分がマシになっている。中は見えずとも、体というのは素晴らしい機能を持った既にすごい財産なのだなぁとしみじみ思う。
パソコンには正月から迷惑メールが挨拶をくれる。
痴女からのメールもあり・・・
脱力した。
今回の症状の風邪は犬からもうつるらしく、自分は犬からもらったのかもしれない。そしてそれが同居人にうつった。のではないだろうか。
今日は同居人は何度か階下に降りて来ていた。胃をかばいながら歩くので、今日は類人猿風、この人は普段何か浮かないことがあるとすぐに犬かイタチと遊ぼうとする。犬は逃げるのでイタチ達が付き合わされるのだが、こんなひどい風邪がうつったら大変だ。
「動物達に近付かないで!」
イタチを抱き上げようとするのでピシャっと言った。私がイタチの方を優先順位の上に置いていることが、突作の言葉で明確になる。
しんどい時、人は戦わない。
骸骨は二階へ消えて行った。
今日も館の勢力図は変わらなかった。
元気な同居人が、二人が寝たり起きたりしている中、みかんやらせんべいやらプリンやら、「ジュジュジュー」と何か料理を作りそれを食し、二階の部屋でテレビをつけ大声で笑っていた。
例年と同じく、二人宛ての年賀状は今年も届いていないのであった。
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2006年01月04日 |
1月4日。今日から仕事が始まる人も多いのではないだろうか。今日は会社のY氏が見舞いとあと何か困っていることはないかと館を訪ねてくれた。
一つ困っているというか、気になっていることはある。
年末に借りたDVDを返しに行きたいのだ。オンラインレンタルで借りたDVDは結局観ずに年明けに投函をしてもらい無事返却が出来たが、駅前の店のはまだ返せていない。こちらは月額一定制のオンラインレンタルと違い、延滞料金が日増しに加算されるのでオンラインレンタルの時の様に4ヶ月も手元に持つわけにはいかないのだ。
今日は病院に行って以来、久しぶりに外に連れて行ってもらった。
まず外に出て空を見て「おぉ、一月だ」と実感をする。一月の空というのは、なんとなくこんな空というのがある。門松を飾っている家や着物を着た人を見て、ビデオ屋に行く道中に少し遅くなったが正月を味わった。
3日間を体を休めて、今日はようやく食欲が出てきた。食べたいという意欲が沸くのは久しぶり、駅前の店を見たことで刺激を受けたのかもしれないが、病明け最初に「コレが食べたい」と思ったのはたこやきだった。Y氏がお年始にと買ってくれたのでそれを持ち帰る。
久しぶりに食べたくなって食べたたこやきは、
お腹に重かった。
美味しいなと食べていたが少し食べた所で胃が痛くなり、食事は終了。しかし食欲が沸いたということについては嬉しかった。
ビデオ屋に連れて行ってもらった以外は、寝たり起きたりで昨日とあまり変わらない一日だった。Y氏には今回は少し良くなるまで仕事始めを遅くしたいと申し出て、パソコンもまだ酔うのであまり開かなかった。
今日は二人は仕事は仕事始めの様だった。
テレビの音もしない。
動物達も無理矢理の抱っこをされずに
日中は元通りの生活を取り戻していた。
「お!たこやき!」
夜、同居人が帰って来てたこやきをつまんで行った。
正月を謳歌していた方の同居人だ。
しかし可哀想に、骸骨さんの分も余裕であったたこやきは、いつ食べきったのか残らず全部食べられていて、ゴミ箱に空の器が捨てられていた。
ライオンに喰われる寸前でギリギリ逃げ切るガゼル。
逃げる方角を間違えすぐに捕まり喰われるガゼル。
ライオンが食べたあとにやってきてガゼルの肉を喰うハイエナ。
ゆっくりと2006年が動き出した。
そして今年もこの館の勢力図は変わらないのだなぁと思うのであった。
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2006年01月06日 |
東京での暮らしの中ですっかり慣れたことがある。
ゴミの分別だ。
可燃ゴミと不燃ゴミ、ビンとカンと古紙を出す日。使用済み乾電池とペットボトルは近くのスーパーに置いてある回収箱に持っていき、肉や魚の入ったトレーも専用の回収箱に捨てる。まだこれはどれだったかなと、自信のないものもあるが、東京暮らしも10年を越え今はほぼ間違いなく分別を覚えることが出来たのではないかと思う。
最初は面倒臭いなとゴミを捨てる度に思っていたが、慣れてしまうと自分でもスキっとする様になった。病院に居た頃は患者さんはその部分の負担がない様にと、ベッドの脇のゴミ箱への分別はなく、後で清掃管理の方がこれを分別するのも仕事となっていたが、入院に慣れていない御婦人の患者さんで「ゴミ分別の常識」を同部屋患者に強要して困った時もあったぐらいなのだ。
ゴミ袋も決められたゴミ袋で出さなければ、ここら辺では出しても持って行ってはもらえない。なので実家に帰ると、”持って行ってはもらえないゴミ袋”にゴミを捨てることに軽い罪悪感が沸く程になった。だが、東京で暮らしている人は、もうそれが当たり前になっているのだ。
と、思っていた。
昨日同居人が買って来て、ゴミ箱にセットをしたゴミ袋が”持って行ってはもらえないゴミ袋”であることを、私は今朝ゴミを捨てようとして見つけたのだ。
近くに居た同居人に尋ねたら、たいそう驚いた顔でそんなことは初めて聞いたという返事だった。
東京暮らし、この人も10数年。
「へぇ〜〜〜」と、言っているがあきれる。
一体今までどのようにして暮らして来れたのか。
ずっと前にこの人が町田に住んでいた時に、一度訪ねたことがあったが、そう言えば部屋自体がゴミ箱になっていた。あまりに汚いので靴を脱げなかった。そうだ、そこは私が靴を脱がずに上がった唯一の部屋だった。
二階には開かずの部屋が一つ。
迷い込んだハエが<こんな所で死ぬとは・・>と思いながら死んでいくのだろう、そして化石となって数匹転がっているに違いない。
東京都で決まりとなっているゴミ袋を知らない人がいる。
そんな人と暮らしている。
自分の部屋がゴミ捨て場になっているので、そんなことも知らず今日までのほほんと暮らしていたのであった。
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2006年01月07日 |
家から車で5分位の所に、テレビや雑誌でもよく紹介されている洋菓子店がある。駅からは遠いが女子大のすぐそばにあって店内にカフェスペースもあり、他にはパンも美味しい。ここの焼き立てチーズブレッドは、まだ私も2回しか買うことが出来ない程で、店にはいつ行ってもお客さんが数組居る状態の人気店なのだ。
どこかに出る時、洋菓子をお土産にする時、この店は洒落た包装もいいので自分の「おつかいのお店」の一つにしていて、今日のお土産はここにしようと出掛けに立ち寄ったのだった。
今日は大学も休み、特に暦上でケーキが必要な日でもないと思うのだが、店に行くとすごいお客さんが既に店内に溢れていた。どこからこんなに人がやって来たのか、活気のある市場かクリスマス時期かと思う位、狭い店内に人が居たのだった。
ここの店員さんの制服は白と黒のシンプルな物だがお洒落で、ここでバイトをすることにあこがれて、好きで働いているのはわかる。皆丁寧に対応をしてくれるし、イヤイヤ働いている風には見えない。
だが一つだけ私はこの店に不満がある。それは店員さんとスタッフの数が十分な程いつも配置されているのに、対応があくまでお洒落ゆったりモードのままであるということなのだ。
<は、早よして・・・。>
うーむ、不思議。
店の中に入ると、そういうことを言いにくい雰囲気があるのだ。
「これと、こちらと・・それから・・」
店員さんがゆっくり話すのに対し、私は時間短縮をはかる為毎回「ハイ!」と間髪入れずに答えている。しかも店で待たされる予想時間も入れて店に行く気遣いもしているのだが、それでも店を出ると思ったよりも時間をくっている。
「ハイ!」
「ハイ!」
「ハイ!」
「では、少々・・・お待ち下さいませ」
小声でニコっとお洒落おねえさんが微笑むと、
私も膨らんだ鼻の穴を閉じる。
しばらく待っていると・・・。
「あの・・・こちら、中の方なんですが・・・」
箱に入れる入れ方を二種類提案された。
<まだ、箱に入れてないの!?>
こめかみの血管が膨らむ。
が、お洒落レイアウトをお洒落トーンで説明をされると、店内のお洒落ムードにのまれてしまい・・。
「早よして」が言えなかった。
年配のいかにも怖そうなオバちゃんが待たされていた。この人は市場では「ちょっと!いつまで待たせんのよ!」と言っているであろう、そんな怒りジワが顔に刻まれているのだが、この人もおとなしく待ったのだろう。ようやく品を受取り急いで店を出て行った、
「お待たせ致しました」
ニコっ。
やっと出来たかと思うと、
「只今お包み致しておりますので・・・」
「先にお会計の方を・・」
ニコっ。
それから更に待ってようやく品を受け取ったが、
大幅に予想時間を今日は越えた。
レジの外まで店員さんが両手で紙袋を丁寧に持って来て、<ニコっ>。
しかし<ゆっくり歩くな!>ともまた言えなかった。
外に出たら日は完全に沈んでいた。
お洒落な店のお姉さんは怒られない人種。
ある意味、魔界である。
魔界から脱出した私はお姉さんの分まで頑張って欽ちゃん走りで、以降の時間短縮に努めたのであった。
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2006年01月08日 |
今まで過ごしてきた時間の中で、私達には覚えていることと忘れてしまうことがある。
だがそれぞれが、鮮明に思い出す景色を
頭の中に持っている。
自分も起きている間のほとんどを、何かしらを見ていて、それが流れ続けている。
記憶に残っているショットは、その時自分で意識をしてシャッターを押すわけでもないのに、一枚の写真もしくは短いムービーになって脳みその倉庫に保管されている。これを覚えておこうと自分で決めて選抜したわけでもないのに、何がそれをさせるのだろう。鮮やかに残るショットというのはある。
自分は写らないから、その時どんな顔をしていたのかがわからない。「撮りますよ!」と言って撮ったことはない写真達。
焼き増ししてあげたくても焼けない。
一緒に誰かと見ることも出来ない。
が、感度はいい。
フラッシュなしでも撮れる。
一体何枚の写真が倉庫の中にはあるのか。
去年も新しい写真を加え、
今年もまた写真は増える。
ファイルに残るかどうかの答えは数年後。
自分ではない自分の何かがそれを決めている。
その日の風の冷たさや匂い、会話や気持ちを連れて来るのは手に出来る写真達と同じ。
みんなそんな一人写真館を体内に持っている。
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2006年01月09日 |
ポケットの中にはビスケットがひとつ。
ポケットをたたくとビスケットがふたつ。
もひとつたたくとビスケットはみっつ。
こんな歌を幼稚園の頃、覚えた。
歌いながら私は欲張り野心顔になっていた。
頭の中はいっぱいになったビスケットで膨らんでいた。
<ムヒヒヒ・・・>
全体の量について、まだ考えられなかった
小さな私の野望に満ちた頭の中である。
しかし。
花の苗はビスケットと違って本当に増えるのだ。
株分けと呼ばれている。
例えば一鉢だった物を二鉢に分ける。そして植えかえを済ませると、その苗はしばらくすると新しいスペースをもらった分だけ成長をするのだ。
枯れてしまうものもあるが、植え替えをした後の苗はグングン大きくなるのを、私はこの目で何度も見ている。
今日はセントポーリアの株分けをした。
二鉢にしたらさっきまでより、
葉っぱが大きく手を広げた気がした。
<ムヒヒヒ・・・>
野望が膨らむ。
一年4ヶ月経ってまだ一度も花を咲かせたことのないセントポーリアを前に、セントポーリアだらけのセントポーリア屋敷になっている図を、早くも浮かべている私なのであった。
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2006年01月10日 |
一月も二週目。
2006年のカレンダーにも少し馴染んできた。
市販のカレンダーは日曜日がスタートになっているものと月曜日が左はじに来ているものとがあるが、私は日曜日が一番左にあるカレンダーが見やすい。
年によっては、そこを確認せずに買って
あとで「あっ!」と悔やむことがある。
しょうがない。
慣れて行くか・・とあきらめる。
時計のアナログとデジタルをつけかえた時にも同じ不慣れ感覚になるが、そのうちゆっくりと自分が順応していく。
寒中お見舞い申し上げます。
懐かしい人からの文字がポストに入っていた。
新しい生活、新しい出来事がそれぞれの人に訪れる。
だんだん慣れていく。
だんだん馴染んで行く。
だんだん今年も
日が長くなってきている。
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2006年01月12日 |
そろそろ歯医者さんに行かなくちゃいけないのだ。
痛くないのでつい放っておいていたら、とうとう痛くなってきた。
やはり自然治癒はなかった。
<ウィ〜ン>はまぬがれないだろうなぁと想像をする。
前に一度先生の手がすべって<ウィ〜ン>が内頬に当たり血が出て、口の中が血の味でいっぱいになったことがあった。そんなことがあったらどうしようと思ったことはあったが、まさかとも思っていたのでビビった。「ごめんなさい!」とすぐに謝られ反射的に「大丈夫です」とは答えたものの、残ったウィ〜ンを受けるのにもう一回口を開けた時は口がすぼまっていた。
先生の手だってすべることもあるだろう。
納得をしたらかえって怖くなった。
ハァ〜〜・・・。
眼科に行っても歯は治らない。
やっぱり歯医者さんに行くしかないのか。
麻酔の時も<今先生がくしゃみをして、針がボキっと折れたらどうしよう>と思う。両足の親指をグっと曲げて針が折れないお祈りをしている様な、私は小心者なのだ。
物心ついた時から恐怖心を伴ってきた歯医者さん。
どうしてこの長い期間に渡ってみんながウィ〜ンを嫌ているにもかかわらず、別のアイテムに移行しないままなのだろう。
いろいろ世の中も変わったので、そろそろメール添付で読むだけで歯が治っているとか、粘土みたいな物をはみがき粉につけて磨いたら数日で元に戻るとか・・。
新しい治療法に期待をして待っていたが、その前に今回私の歯は力尽きてダメになったのであった。
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2006年01月13日 |
あっ、えっ、うそっ。
時々パソコンに向かって声を出す。
軽快にエンターキーを押した後で、「うんしょ」と反応が重たくなることがある。エンターキーを強く叩き過ぎたのかもしれないと反省をし、すぐに私はお祈りモードに入る。
うんしょ、うんしょ。
私も共同作業に加わる。
お祈りをしながら応援もする。
イメージとしてはおすもうさんがしこを踏んだ姿勢で、自分でも何を持ち上げているのかわかっていないのだが、パソコンを見ながらうんしょ、うんしょと気合いを送る。
戻ってくれる時もある。
はぁ〜〜、よかった。
ヨカッタヨカッタと何度も胸でつぶやき、コレカラハ、モット、ダイジニスルネ!と、仲直りの記念に画面に向かってニコっとする。
しかし、「うんしょ、うんしょ」の後に「虹色のクルクル」が出た時はほぼ復帰はしない。「虹色のクルクル」とは私のマックの「今、やっているからちょっと待っててね」の時に現れるものなのだが、うんしょの後にこれが出てきた時は、1分待っても10分待っても虹色がクルクル回っているだけで、戻ってはきてくれない。
信じられんわ。
まじで!
もう!
そう怒って見せるが、相手はクルクル回るだけ。
虹色のクルクル。
直径1センチ位のクルクル。
クルクルクルクル
あーっ。
うご〜〜っ。
こんなひらべったい丸いアイコンに・・・
私は人間の言葉を失い、
リアクションを含めゴリラになる。
コーヒーを飲み、ため息をつく。
只今ゴリラ休憩中。
今、生活の中でコレに一番翻弄されている。
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2006年01月14日 |
インターネットラジオを月に一本作る様になった。
今日はそれで機械の前に座っている。
毎回が試行錯誤、作業量も私には途方に暮れる量で、どれだけ急いでも数日はみっちり必要になるが、それでもこれを長く続けたいなぁと思っている。
10年、ほとんど途切れることなく
結局ラジオのお仕事をさせてもらった。
国語の授業でもつまらずに文を読むことは
あまり出来なかった。
原稿がスラスラ読めなかったり、ゲストをお迎えするにもあがってしまってあわわわのまま終わってしまったこともあった。リスナーの方からのお叱りを頂いたこともある。お疲れ様でしたと局を出た後で、自信をなくして泣けてくる日もあった。
だが、目の前に実際の人が居ないにもかかわらず、これほど人の存在を感じれる場所があるのかという感動が、私のラジオという場所についての一番の想いになった。
マイクの向こうに、向かって。
スタッフの人達は、よくそう話してくれた。
マイクの向こう?
見えない電波が声を乗せて
遠くまで連れていってくれる。
毎週通う度に、
そのことが私にもわかるようになった。
<ここに居るよ〜>
メッセージという方法で存在を示してくれるリスナーさんからは、その感覚をよりはっきりとした輪郭にしてもらった。
部屋で録音をしながら、今日も
マイクの向こうに視線が行く。
言葉がつまることはあるけれど、
そんな時は言い直して先に進む。
場所が変わっても、たくさんのことを教えてくれたあの空気を思い出す。
<上手に話すことよりも、別の所を大事にして。>
忘れられない人達がそばに居る気がする。
今日は雨、冷たい雨。
一人の部屋で。静かな部屋で。
好きな時に聴ける。
それがインターネットラジオのいい所。
今度は私の方がいつでもそこに居る形。
終りは「さようなら」ではなく「またね」がいい。
それだけは選んで使っている言葉。
自然に笑っている。
そんな風にやっている。
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2006年01月15日 |
もう何年も前の今日、成人式に出席した。
前の年は髪を結うための長さを考えながら、
美容院に通ったっけ。
友達との会話も「これで長さ、いけるかなぁ」という内容が多かった。
私が着たのは朱色の振り袖、髪を結ってもらったり着付けをするので朝の5時頃に隣りの町まで髪と着付けをしてもらいに出た記憶がある。
朝早く起きたらとても寒かった。
辺りは真っ暗でまだ夜のままだった。
成人式の式典には参加せずに、外で久しぶりに会うみんなとの同窓会となり、一旦家に帰ってからみんなとあらためて居酒屋での同窓会をした。その時の写真は実家にあって白いセーターの私が写っているはずだ。
今日だった。
みんなでワハハと笑う、そういう時間が楽しかった。
振り袖はあと大学の卒業式で着ただけで、
実家のどこかのタンスで眠っている。
今日は春の気温だった。
桜でももうすぐ咲きそうな、そんな錯覚がした。
ポツポツと雨が降り出した駅前通り。
いつもと変わらない平日の夜。
振り袖姿が一つもない15日。
カメラを持って写真を撮りに出たけれど。
歩きながら
懐かしい時間や、
まだやってこない春や、
いつしか時間の旅をしていた。
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2006年01月17日 |
日替わり入浴剤を楽しむのが、目下一日の中で一番楽しい時なのだ。カラスの行水だった時期もあったが、今はお風呂タイムが至福の時。
以前は自分作った手作り石鹸を使ったりもしていたし、フローラルウォーターも自家製で瓶に入れていた。風呂に浸かりながらのおもちゃや読書はくつろげなかったが、入浴剤は大好きなアイテムだ。
なので、外出をすると入浴剤のコーナーについ足が向く。
食べ物は新しいメニューにトライする気が全くなく、同じものばかりを注文しているが、入浴剤がズラっと並んでいるのを見ると全部試してみたいという欲がわいた。今日は前回買わなかった「あんかけ」シリーズ、クナイプシリーズは全種類を制覇、あとは以前から好きだった物を選んだ。
だがまだまだ種類はいっぱいある。
制覇したい。
私は戦国時代の武将の顔になる。
今日はもう半月分の入浴剤をカゴん中に入れている。いくらなんでも、入浴剤を試す為に風呂に入るということはないので、今日はこれで帰るつもりだが・・。
入浴剤コーナーにて仁王立ちになり、今後どういう攻略で行こうかという想像を巡らせる。変なオーラを出しているのが伝わったのだろうか、近くに居た女性が私のことを見る目が少し「ハテナ?」の雰囲気を醸し出していた。
制覇しよう。
するのじゃ。
久しぶりにポストカードブックを集めた頃や、不気味ちゃんシール集めにハマった頃の血の気が騒ぐ。
次に攻めたいエリア、検討タイムに入る。
”黒豆ココア”
”いちごみるく”
”抹茶ぜんざい”
趣味的にははずれる。風呂に甘い味系は求めないので、これらの甘味シリーズは、後の方に頑張って買うことにしよう。
”マグマ風呂”
”あじさい湯”
”青竹の湯”
ここら辺のは気に入った。
今日の選抜で最後まで候補に残ったグループだった。
うむ、これらは次回だな。
”お金の儲かる湯”
”長生き出来る湯”
長生きには興味はあるが、お金を儲けるということで、武士が風呂の入浴剤に頼るなんてとんでもない。ワシは入浴剤なしでお金を儲ける。よって、これは少し食指が止まる。
しかし、
ここに来て武将、戸惑う。
”最近、トキメいてる?”
”優雅な気分に浸りたい?”
こんな名前がデーンと書いてあるシリーズがあった。
しかも、何故疑問文。
これはキツい。
レジに持って行って、バイトの女の子に渡すのか。
恥ずかしい。
こういうのは苦手じゃ。
そのエリアは”ちょっぴり疲れたあなたへ”など癒し系の言葉がついているものが並んでいて、種類も割りと多かった。
制覇を阻むものはトゥマッチタイトルの入浴剤。
武将も困るラブリータイトル入浴剤。
う〜〜〜む。コレ下さいと言うのが恥ずかしい。
全部制覇するにはよい案を考えなければ。
ひとまず退散。
武将だった私は開いた股を閉じ、取り合えずいつもの内股歩きで今日の精算をしにレジに向かったのであった。
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2006年01月18日 |
近くの公園に白鳥がやってきている。
首がシュっとしている、真っ白な白鳥の群。
水面に浮かんで優雅に進む様は美しい。
アン・ドゥ・トロワ。
数羽が音も立てずに池の上を行く。
ここの池で私が白鳥を見るのは初めてだ。
白鳥は転校生。テレビで取り上げられて以降、写真に収めようとカメラを持った人達がやって来る様になった。
私も一度だけ、転校生として新しい学校でみんなの前で紹介をされたが、その時はクラスの子達から好奇心でいっぱいの目で見られている感じや、休み時間になると興味深げに声をかけらりたりもしたっけ。
この公園にはいつも、ノラ猫に鴨、鳩にカラスに散歩の犬が居る。それからアヒルや大きな鯉も居て、あとは何種類かの魚が水中で泳いでいる。
池のほとりでは水鳥が身づくろいをしていた。
別の生き物がやってきても、前から居た動物達は気にしていない。
相変わらず鴨が無防備に横切って行く。
猫がいつものベンチで昼寝をして。
恋人達は絵になって。
鯉は団子になって水際でピチピチいっている。
赤のポストだけが華やかな色。
白鳥達はここが気に入ったかな。
ダンボも気に入ればいいのに。
カメラマンのおじさん達は遠くでシャッターを切っていた。
<自分も転校生に話しかけたいけれど・・・>
なんとなく勇気が出ずに輪の外でこっちを見ていた
あの時の男の子みたいだった。
Posted by: 吉川みき 2006年01月18日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年01月19日 |
最近、パソコンの電源と本体を繋ぐ辺りの調子が悪い。画面右上にある充電の表示がプラグを差しているにもかかわらず、反応をしないことがいよいよ頻繁になってきたのだ。
最初の充電器は一年で壊れた。理由は犬がコードを引っかけたまま走ったりしたことによる断線だったが、今度のも同じ理由だ。
MacのG4が家に来てから丁度2年、メールに原稿に写真にアドレス、CDやダウンロードして入れた曲、自分が作った音源も歌詞のストックも今の私の全てがこの中に入っている。メカ嫌いと言いつつ、すっかりパソコンに依存をした生活になっている。
とにかく新しい充電器は早急に必要となった。だが、これが充電器ではなく本体に問題があるという可能性も、ちょびっとだけある。すぐに直ればいいが、しばらく預けることにでもなったら、その期間私は全てのことが不便でたまらなくなるのだろう。朝ご飯を食べ終わったら電源を入れ、寝る直前までいつもそばにいる私の相棒は、もう相棒というよりも私の本体に近いのだ。
どうしよう。
連鎖で楽器もプリンターも使えなくなる。
電子レンジや炊飯ジャーは使えても、
他の普段やっていることはほぼストップする。
パソコンがなくなったら・・・
どうしよう。
どうなる。
家に居てもしょうがない。
他のことをして待っていたらいい。
レットイットビー。
もしパソコンが壊れたらレンタカーを借りる。そして銀座アップルセンターまで行って、預かりの修理になったら、銀座の不二家でランチを食べて、そのままレンタカーで旅行をすればいいのだ。
パソコンが壊れた人は温泉に行くのがよい。
急に気分が明るくなってきた。
「ヤッホーー。」
液晶画面から、こだまが返ってきた。
暗くなることは何もない。
災い転じて温泉になる、のだ。
Posted by: 吉川みき 2006年01月19日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年01月20日 |
服部祐民子ちゃんのライブに行った。
オフステージの彼女は小柄できゃしゃな女の子だ。彼女の場合ステージに上がってもきゃしゃで小柄なイメージは変わらない。
前回ライブに行ったのは夏だった。吉祥寺で打ち合わせをした時に10代の少女の様なか細い声だなぁという印象だった彼女が、真っ直ぐ前を突く様な歌を歌い始めると、空気がピンと張った。見た目はステージ上でも等身大のままに私は映るのに、体感する彼女は凛としていて、目力とオーラは神聖で強い何かが放たれていた。ズシっとしたライブ、とてもいいライブだった。
彼女は歌詞も曲も作る。ギターも弾くし私のHPの制作者でもある。映像も何でもする。DVDの編集まで自分でやってしまうのだが、その一つ一つの作業も丹念さが滲み出ていて素晴らしい才能の持ち主だ。
今日のライブは新しいアルバムの先行発売ライブだった。彼女はまたあの独特のアンバランスさで真っ直ぐに歌を歌う。その振れ幅の大きさに今日もまた私は圧倒をされた。
祐民子ちゃんの歌は好きだ。
普段の彼女は、もしも元気をなくした友達が居たとしたら、元気を出してという言葉を喉元で止めて、別の形で・・・例えばその人が自分で答えを探せる方に、その空気を用意してあげられる人なんじゃないかなぁと思ったりする。
歌を聴くと、切ない歌も悲しい歌も
私にはそんな匂いがする。
ライブでのMCの彼女も真っ直ぐで力強く、ともすれば難しかったりかたくなってしまう自分の音楽への想いを、こんな風に自分もお客さんに向かって話せたらいいなと思った。
明日は雪になるらしい。
今日は晶くんと会社の人と4人でライブを観た。
隣りで晶くんは一緒のライブを観ていた。
どんなことを感じたんだろう。
明日はお迎えをする側だ。
いろいろ、同じ様なことを考えている気がして、
何も話さなかったが、だけどそんな気がした。
雪が降る様には思えなかった。
冷たい冬の空気は変わらなかったが、
体の中にはあたたかい温度を感じていた。
今日は「音楽っていいな」とあらためて思って、帰って来た。
自分達の仕事は夢を売る仕事と言われているが、少しそれでは自分の中でのニュアンスがピッタリ来ない。感情をさらけ出し、裸になって、それで予期せずその空間や空気が動いたり心が動いたりすることがある、そこがこの世界に携わっていられることへの私の光であったり誇りであったりする。
今日はいいライブだった。
”動いた”日だった。
「明日、どうぞよろしく!」
動き出した車に向かって、私も大きく手を振った。
Posted by: 吉川みき 2006年01月20日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年01月21日 |
朝起きたら雪が積もっていた。
ガッカリ。
カーテンを開けるとまぶしかった。雪は数センチ積もっていたが、まだ止む様子もなく降り続けていた。
今日はライブなのだ。
去年に閉店をした店「呑気放亭」。
普段ライブが行われる場所ではなかった。
そして今は営業もされていないという空間。
一日だけの復活DAYで、今日だけ店のシャッターが開けられるのだ。
呑気音礼ライブと名づけられた山口晶くんのライブで、私も一緒に演奏をすることになった。いつもと少し違うのは、いつもは晶くんだけに向かって弾くことに集中するのを、自分も店への音礼の部分が大きくあるということだろうか。今日は、晶くんがお客さんをお迎えするのに、いつもより半歩前に出てこのライブに参加したいと思っている。
「いらしゃいませ!」
いつも笑顔でお客を迎えてくれた店のママが大事に守ってきた空気、一歩前に出てママが人を迎えてきたあの空間を今日は私も晶くんの少し後ろで、気持ちとしては両手を広げて、あの営業時間の空間を少しでも思い出せる場所にしたいなというのが今日の私のテーマだ。
いらっしゃいませ。
いらっしゃいませ。
音でそんなことが出来るのか。
と、考えることもある。
「自分達が楽しんでいたら、お客さんは楽しんでいるはず」と口にするミュージシャンに私は今まで抵抗を感じてきた。豪快にそう言ってみせる人のステージを見に行った時、私は退屈で窮屈な会に付き合っている気分になることの方が多かった。
いつも「いらっしゃいませ」の側に立つ時、
そこの部分が怖くなる。
やるだけのことはやったけれど、
これでよかったんだろうか。
準備したものを振り返り自分に問い掛ける。
それは今日も変わらない。
夕方、行き道のタクシーは雪の上をジャリジャリとゆっくり進んでいった。
シャッターが半分だけ開いた店の外観。
こんな時間にここに来たことはなかった。半分店が閉まった状態を少し眺めて中に入ったが、雪だけでなく人が居ないことで、初めて店内を「寒いな」と感じた。
ここで久しぶりの再会をした人が居た。今日の音響を担当してくれるT氏だ。まだ東京に出て来ることもなかった京都のプータロー時代に、彼も京都で音響の仕事をしていて、ずっと一緒にライブを回ってもらっていた。いつも彼が携わってくれたら安心して演奏が出来た。素晴らしい職人さんだ。今は彼は多忙なエラい人となり、だが私にとっては会えばキャリアに関係なく昔と同じ様に戻れる。T氏の顔を見ると嬉しかった。また会えて本当に嬉しかった。
リハーサルが終わり外に出たら雪はまだ降っていた。
飛行機はギリギリ飛んだ。
新幹線はギリギリ動いた。
店内にはまだ入れない状態で、外で寒そうに待ってくれている姿に会うと、みんな間に合う様に家を出てくれたんだなぁと思い、気が引き締まった。
一日だけのスペシャルデー。
呑気放亭音礼ライブ。
晶くんは事務所の後輩だが、ステージに上がったら私にとってのボスである。ボスが今何を考えているのか、どうしようと思っているのか、一番敏感に汲み取れる様に集中しなくてはいけない。
出て行く前、時間が今日はいつもより短く慌ただしかった。もう少し気持ちを一旦緩める時間が長くあればよかったが、晶くんは定刻に合わせて気合いを込めて、本日のいらっしゃいませをどうしたいのかを熱く話してくれた。
ママのノブさんがいらっしゃいませとお迎えをしたように。
それを晶くんはわかっている。
だから私も付いていくのだ。
今日は特別に私にも音礼タイムももらった。
まだ歌にならない自分の歌。
いらっしゃいませと言えない歌。
でも今日は1曲だけ、初めてお客さんをお迎えして
歌わせてもらった。
音礼。
お礼になったかどうかはわからない。
一日だけの復活営業。
店内の寒さはなかった。
人が居るからあたたかい。
人が居るからあたたかくなるんだ。
それを感じた。感じて、それが何に繋がっていくのかわからないが、今日はこれからの何かに必要なものを自分自身が感じたことは確かだ。
店の灯りは今日で本当に消える。
時は常に休まず流れる。
終わりが来るその時まで。
走ろうと思ったなら目一杯走れ。
一体、今日一日で出来ることは
どれほどたくさんあるのだろう。
目覚めた時、残念に思えた雪景色だった。
雪は忘れられない思い出を
また一つ私にくれた一日となった。
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2006年01月22日 |
寝ても寝ても寝足りない。
今日は何度も寝てしまった。
冬眠かと思ったのだ。
学生の時によく寝る同級生が居た。
「今日、何曜日?」と尋ねるので答えたら
「俺の@曜日を返せー」と言っていた。
丸一日、彼は普通に眠って水曜だったか木曜だったかを通り越してしまったらしかった。
卒業するのに6年かかっていたっけ。
外は雪がまだ積もったまま。
彼の下宿も京都の北のはじにあった。
斜めに傾いた部屋が眠気を誘うのだという噂だった。
今日は休日。
「あれもこれもどれもそれも」したい私もやめて。
眠れるだけ眠ろうか。
お茶を飲んだらまたゴロンと横になる。
眠くなるのは雪のせいだか。
留年しない様にだけ、注意をするのだ。
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2006年01月23日 |
高校生の時、友達の間で手袋を編むのが流行ったことがあった。誰が最初に始めたのか忘れたが、私も毛糸と細い編み棒を買った記憶がある。
誰かにあげる為でなく、みんな自分がはめる用の物を編んでいた。私も”簡単だから”と勧められて確か始めたのだったが・・・・。
簡単じゃなかった。
「ミキ、頑張って!」と励まされ、わからない所を教えてもらいつつ、なんとか手首から指までの単純な所は編むことが出来たものの、その先の段取りが変わる指のところで、完全ヤル気がなくなってしまった。
「む、無理!」
見てるだけがやっぱりいい。
特別器用な女の子はやっぱり居て、そういう女の子は編む手つきが違った。サクサクスイスイと編み棒を使いこなす。自分も編みたいというよりも、私にはスゴい人のスゴい技を見ている方が楽しかった。
出来上がった友人の手袋を見て、またスゴイ!と思った。器用な子の出来上がりは完成度が高かった。店に並んでいそうな可愛い手袋、それを自分で編んで、はめるなんてなんてお洒落なんだろう。
「コレ頂戴〜!」と言いたかった。
スゴク我慢をしたのだ。
手先が器用な人と不器用な人が居る。
多分不器用は「破壊力」が鍵を握る。
叩き割ったり、一方向だけで完結をする行為についてはもしかしたら不器用な人の方が力を発揮するのかもしれない。
チョップ。
パンチ。
ビンタ。
などなど。
鍵盤楽器も返し縫いの様な動きはない。ひたすら鍵盤を上から踏んづけるわけで、自分がギターが弾けないのもここら辺のことがネックになったのではないかと思っている。
「肩もみしましょうか」と、言ってもむと
アイタタタ・・と言われる。
何気なく触ったら壊れてしまったり、
手がすべって落として割ったり・・。
破けたり・・・。
今日は友人の贈り物に手袋を選んだ。
個人的には最近カジュアルなタイプではなく、大人の女性を思わせるシュっとした手袋が好きなのだ。
手袋はもう編まない。
シュっとした手袋が好き。
女性の手っぽい。
しかしあれは手を入れる時に破けそうになる。
私のは不器用な手。
昔、「サイテー!」と彼氏を突き飛ばしたら
路面に吹っ飛んだ黄金の手、なのだ。
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2006年01月24日 |
昨日久しぶりに映画を数本借りた中の一本、「アルフィー」を観た。リメイク版でジュード・ロウが出ている新しい方の「アルフィー」だ。
女ったらしの男が主人公、たくさんの女性に手を出し、映画の中も波乱がたくさん巻き起こる。出て来る女性達は様々なキャラクターの持ち主で、映画であるのにもかかわらず観ているうちに「何でこんな男に!?」と、あまりにいい加減なこの女ったらしに腹が立って来るのだった。
女性には惹かれるタイプというのがあるらしい。その恋がダメになったとしても、次にまたおんなじ様なタイプの人を好きになるのだそうだ。
私はこの手の男性には興味がないのであろう。比較ケースとして、高校も大学も私は競争率の低い学校を受験したことを挙げる。
ジュード・ロウはハンサムな俳優さんだ。何本か出演作は観ていて、感想としてはこの映画の中のジュード・ロウは個人的には優柔不断で頼りなく、なんだか気持ち悪かった。「リプリー」の時はこれまたハンサムな俳優さんだと思ったが、素敵には映らなかった。あと「A.I」も「ロード・トゥ・パティション」も「アビエイター」でも観たはずだったが、これについては記憶に残っていない。
だが彼をなんて素敵なんだろうと思った映画がある。
コールドマウンテンという映画だ。
不器用な男の一途な愛の物語りだった。
ニコール・キッドマンが相手だったからあきらめたが、よっぽど「私にして!」と名乗りを上げようかと思ったのだ。胸がキュゥウウーーーンとしたのだ。
「アルフィー」ではちっともときめかなかったのに。
どれも同じ人、同じ顔の持ち主。なのに、全く惹かれなかったり、うっとりと見つめていたりする。
誰かを好きになる時、それはその人から醸し出される何かに惹かれているのだ。自分は面喰いだという人も、たまたまルックスがそうであっただけで、惹かれた部分はもっと内部、奥の方にあるのだと思う。
映画はいろんな角度で楽しめるのだ。
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2006年01月25日 |
予約を入れていた歯医者さんに行った。
勇気を出してやっと行くことにしたのだ。
ウィーンは覚悟した。
麻酔の注射も覚悟した。
行くのならしっかり治してもらうのだ。
予約時間の定刻、予定通り私は診察台に座っていた。来てしまえばもうあとは治療をしてもらうだけ。しかし小心者の私は窓辺に飾ってあるキティちゃんのぬいぐるみや鴨の置物を見て、先生が来て治療が始まるまでの間、本当は気持ちを落ち着けていたのだった。
麻酔をしてもらう。
チクっと来て・・・・。
いつもならここで「先生がくしゃみをしませんように」と、先生の手元が狂って麻酔の針が折れないことをお祈りするのだが・・・。
あれあれあれ?
今日はチューっと麻酔薬を入れられている間に、体の様子がいつもと違った感じがしたのだった。針が抜かれた瞬間に動機がして一瞬にしてフラっときた。と、思ったら全身が軽いケイレンで今度は震え出したのだった。恐怖で震えるのではなく、薬に対する反応だという自覚はあった。こんなことは今までなく、支えなしで座れなくなっていた。
<このままどうなるんだろう>
手のひらが黒くなっていた。
でも誰も何も話してくれない。
私はどうしちゃったの。
ねぇ、これって大丈夫なの。
ナニカ、イッテ、クダサイ。
3人程人はいるが、先生も黙ったままだった。
不安でいっぱいになってしまった。
そうしているうちにも、体の中がグルングルン回る。
「こんなことは・・・、よく・・あるのですか」
「私・・は・・はじめて・・なん・・・ですけれど」
「このまま・・・居て、平・・気です・・か」
ナニカ、イッテ、クダサーイ。
途切れ途切れに尋ねたが、3人は返事をくれないのだった。
黙られて非常に怖かった。
この人達、患者に安心を与えることよりも、ビビっている感じの方が強かった。「自分たちが何かしたわけではない」バリアが微妙に診察室に漂い、大変心細かったのだ。
「大丈夫ですか」
数分間、君等、黙っていたな。というか、ちょっと見捨てただろう。寂しいじゃないか。だいたい私が大丈夫そうに見えてから声をかけて来るなんて、ひどくはないか。自分が見学をされている水槽の中のスズムシかと思ったのだ。
結局5〜10分その状態があってから体は元の状態にゆっくりと戻っていったが、麻酔でこんな状態になるとは思ってもいなかったので、とっても怖かったのだ。
こんなことはよくあることなんだろうか。
せっかく頑張って歯医者さんに来たが・・・
ウィーンより怖かった。
ウィーンがはずれてほっぺたに当たった時よりも怖かった。
とにかくすんごく怖かった。
これからは歯医者さんに行く度に、歯医者さんに行くと宣言をしてから行こう。
何かあった時に、闇に葬りさられると思っている。
だがその前に、私はもう歯医者さんに行くのがすっかり怖くなっちゃったのだ。今日は、治療よりも同居人の様に歯が完全に腐るまでとことん放置する策の方が、賢明だったかもしれないなと真面目に思ったのであった。
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2006年01月26日 |
起床。
私の朝はいつも同じパターン。
まず、ヒーターのスイッチを入れる。
犬がピョーンと跳んでヒーターの前を陣取る。
カーテンを開ける。
今日飲む分の薬を用意する。
お湯を沸かす。
次は机の上の片付け。
動物達のペットシートを新しくして、
イタチの餌の確認をする。
冷蔵庫を開ける。
コーヒーを沸かし、朝食の準備をする。
歯を磨く。
朝食。
メニューはパンを中心に数品。
三食の中では、一番ボリュームがある。
朝食が済んだらパソコンの電源を入れる。
おはようございます。
心の中で今日も相棒に挨拶をする。
「さぁ、今日も頑張るぞー」
と意気込んだ直後に、
今日も朝からエロメールをいっぱい受信する。
今日のは、淫乱人妻が最低20万円をくれると書いてあった。
<ホントにもらえるのかなぁ>
と、ふと考えてみる。
<じゃ、働かなくていいじゃないか。>
”さぁ、今日も頑張るぞー”の直後に
頑張る気がなくなり・・・・。
<んな、アホな>
と、思い直す。
ここまでが毎日同じ。
<さて、今日はどんな一日になるでしょう>
毎朝同じことを繰り返し・・・。
そして毎日、
ここからが違う一日になっていく。
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2006年01月27日 |
宅急便ですと午前中に荷物が届いた。
小さなダンボール箱を受け取り、誰からだろうと思って差出し人の名前を見たら、病院で知り合ったおばあちゃんの名前があった。
丁度5年前に同じ病室になったのがKさんだ。その時のルームメイト期間は2週間程、100人以上の患者さんと一緒の病室になって見送った中では、本当なら記憶に残らない短いお付き合いで終わる患者さんだった。だが、Kさんとはもうすぐ5年のお付き合いになる。
「お手紙を書くわね」
そう言って寝たきりの私の手を握って、退院をしていったKさんが本当に病室宛てに手紙を送ってくれた所から文通は始まった。数えたことはないが、今で手紙とはがきはお互い出し合ったもので300通は軽く越えた。
箱を開けると清水焼の素敵な湯飲みが出てきた。
ダンボールの中、私はそのあとで手紙を探していた。
手紙はなかった。
きっとおばあちゃんが同居している娘さんに頼み、それでデパートで選んで下さったんだろう。
何かを頂く様な特別な日でもない。
でもおばあちゃんの気持ちは伝わった。
<手紙、なかなか書けなくてごめんなさい>
Kさんはもう88歳だ。元々ご病気があったが、去年の夏位からは随分体が弱って来られた様で、そのことは一緒に暮らすご家族からも伺っていた。
「返事は気にしないで下さいね。」
普段大人の友人達にはその一行が余計かもしれないと思い直して、敢えて書かないことがある一文。だが私はいつからかその文を文章のどこかに入れる様になっていった。
だがそれを先に、ある頃から書く様になったのは
おばあちゃんの方だった。
<貴方は元気になってきたのだから、もう他のお友達とのお付き合いに戻ってくれていいのよ>
80代の人の心の中には、どんな寂しさがあるのか想像もつかない。親しい友達や兄弟がどんどん居なくなっていく、その別れの理由が「亡くなる」ということが、どれだけ寂しいことなのか、考えてみても経験のない自分にはその孤独がわからなかった。
Kさんはもし自分が手紙を書かなくなれば、私が離れていくという風に、そのことを恐れているのかもしれないと少し思っていた。他愛のない手紙でも、とても楽しみにしてくれているとご家族の方が話して下さったことがあって、Kさんは私を友達として好きになってくれたことは自分でもわかっている。
手紙ならもうたくさん、十分すぎる程私は今までもらってきた。私からの手紙では「寂しい」と話したこともある。自分の歩幅が社会の中ではとてもじゃないが届かない、そんな悲しさを打ち明けたこともある。結婚もしないで病気になった親不孝な娘のざんげを聞いてくれたのもそう、自分のことが繰り返し嫌いになり、繰り返し罪悪感に押し潰されそうになっていたのを、Kさんは手紙に託しほどいてくれた。
手紙が届かなくなっても。
私は居なくならない。先に死んだりしない。
どうなったら寂しいか、少しは私もわかっている。
手紙を書くとき。
切手を貼るとき。
ポストに入れるとき。
心の中で話し掛ける。
お礼の電話を掛けて、今日は少し話をした。
<心配しないで。>
言葉足らずでも、居なくならなかったことを、
一つ一つのことで証明をするから。
人に宿る孤独は誰にも消せない。
今の自分自身の孤独も、すぐ近くの誰かに潜む孤独も、若くても、年老いても。
消せない孤独を誰もが持っている。
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2006年01月28日 |
相馬裕子ちゃんのライブに行った。
彼女は今年6月にデビュー15周年を迎え、今月から半年に渡ってデビューアルバムから現在に至るまで、毎月1アルバムを中心にライブをするのだ。
1月はファーストアルバム全曲。
2月は2枚目のアルバム。
そんな風にして相馬裕子の軌跡を辿るライブを行うということで全曲をカバーし、歌わない曲はないと言う。
最初に話を聞いた時、すごいなと思った。
かつて、自分が好きなアーティストのコンサートに通っていた時、「あの曲やってほしかったなぁ」と思って帰って来ることはあった。何回行っても聴きたかったが聴けなかった曲というのもあり、”アルバム曲だからしょうがないか”とか”もしかしてあの曲はあまり好きじゃないのかな”などと勝手に制作の裏側を想像をして、コンサートでは聴けない曲の位置づけについてあれこれ考えたものだった。
まぁいろんな流れがあって選曲はされているのだが、ファンとしては、その人が歌いかけたことで自分が好きになり、思い出までもが染みついていった曲が、歌う本人にとってあまり思い入れがない曲なのかなぁなどとほんの少し深読みをすると、大袈裟に言えばその曲が行き場がなくなった存在にかすかにポコっと浮いた様な気にもなったものだった。
深くは考えない。コンサートってそんなものだ。
そして自分もささやかながら、やがてそちら側の立場に立つ様になった。今の自分には歌えないなぁと考えてはずした曲も確かにあったし、自分が客席で想像をしたあれこれについても、それは正直なところあたっていた部分もあったかもしれなかった。
今日はデビューアルバム全曲をカバーするという1月ライブだった。
「ゆっくりめの曲が多いから、今日は静かな感じになるかな」
裕子ちゃんはステージの上で笑って話す。
でもお客さんは楽しみにしてやって来た顔だった。
それぞれに思い入れがあるのだろう。
聴きに来たぞという意思みたいなものが客席になんとなく漂い、曲を演奏するという場所での気持ちの釣り合いが、始まる前から既に取れている「場」というのは「気」自体がなんだかいいのだ。
「1stアルバム」作品は、多分・・・なのだが、音楽的にはキーが後に把握する「これが自分のキーだな」という感覚がまだ不確定な状態、ほとんどのアーティストが自分キーより少し高めのキーで録音をされていることが多く、私も洩れずに1stアルバムでのキーは自分キーよりも半音ほど高い。もしも裕子ちゃんも同じだったとしたら音楽的にはなかなか見えない所での苦労があるはずなのだ。
でも彼女は。
1stアルバム全曲を柔らかな表情で歌い、その頃の空気を自らが運び、お客さんを包んで私をもその旅に連れていってくれた。
「今日は来て下さって、どうもありがとう」
よく耳にするこのMCがなんだかとても響いた。
今日、私は初めて青山まで一人で出掛け
一人で帰って来た。
私には遠い道のりで体力的にはそこがまずハードルが高かったが・・・。
体力に自信のない私は、
お付き合いで出掛けることはしない。
帰り道。
電車に揺られながら、<あと5回、予定うまく都合がつけられるかなぁ>
彼女の軌跡を自分も全部観たいなと思っていた。
誰が、何がそう思わせたのか。
行きは考えていなかった「キモチ」が、
私の中に芽生えていたのだった。
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2006年01月29日 |
貴方と私、離れ離れになってどれぐらいかしら。
1ヶ月と少し。
多分それぐらいになるわね。
最初はそんなはずないって。
こんな風になるだなんてって。
思っていたけれど。
もう・・・。
このままになるの。
どうなの。
私達。
1ヶ月って大きかった。
貴方は今、何を思っているの。
知りたいけれど。
聞けない。
連絡も取れない。
もう。
忘れた方がいいの。
かな・・・、
貴方のこと。
ううん。
忘れようとしても忘れられない。
貴方が居てくれないと。
だけどそろそろ
受け入れなくちゃいけない?
ねぇ。
どこに居るの。
本当はとっても知りたい。
今でも・・・。
大変重宝をしていたお気に入りのコート。
年末にヒモをなくし、私は今でも尾を引いている。
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2006年01月30日 |
凧を作るという授業があった。
小学生の時の何かの授業だ。
竹ひごと和紙を使って四角い本体を仕上げ、
最後の足をつける所が一番神経を使った。
どの位置に、どんな長さで。
自分がここだと思った場所はどうもベストではなかったようで、完成した凧は上手に飛んではくれなかった。
クルクル回ってすぐに凧は地面に叩きつけられる。
走る速度を変えても、揚げてもらうタイミングを変えても、はたはたと空にはためいてくれることはなかった。
冬の堤防はいつも寒々としていた。晴れていても、枯れた草の色が地面いっぱいに続いて、枯れた茶色と薄い青空と二色のカラーが繋がっているのが印象に残った。
冬の堤防は見晴らしはよかった。
春になるとせいだかあわだちそうや菜の花が伸びてきて緑で地面は覆われ、それらがグングンと背を伸ばしたが冬の間は地面の土がよく見えた。5分刈り頭の様な短髪の様だった。
ダンボールを敷いて堤防の斜面を滑り降りる。
スキーごっこもしたし。小石の三段投げもした。
今も私の通った小学校と中学校の辺りは田んぼが周りを囲む様なのどかなままだ。そしてすぐそばには淀川の堤防が走っている。
授業で凧を作る、なんてことはまだあるんだろうか。
犬と妹と3人で走る女の子を見つけたら、それは私。
ほんの少し視点を変えて考えることが出来ず、
揚がらなかった凧の思い出。
「ダメだったなぁ・・・」
心の中で小さな挫折感を味わったあの日。
思い切り走ったらぜいぜいして、息が切れた。
鼻の奥がツゥ〜ンとした。
上手く揚がらない凧は、
足の位置と長さをもう一度やりなおしてごらんよ。
声をかけてあげたら、きっと別の思い出になった。
「凧、揚がれー」
あれでよかった。
きゅぅんとしながら嗅いだ冬の冷たい澄んだ空気がどんなだか私は今でもハッキリ思い出せる。
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2006年01月31日 |
迷惑メールに対するお付き合いも、我ながら随分大人に成長をしたなぁと思う。
最初に迷惑メールが届き出した頃、私は配信停止の手続きをいちいちしていた。登録をした覚えのない会員案内には、自分が会員ではないという返信まで書いて送っていて、謎のメールにも何かしらの返事をした方がいいと思い込んでいたのだった。
今は莫大な量の身に覚えのないメールを受け取っている。返事も書かないし、配信停止の手続きにも行かない。新しいメールソフトも見方についてくれ、ある程度の迷惑メールは振り分けてくれるし、なので私もほんの少し脱力をするだけで、軽く流せる様になった。
かつては懸賞に当たったというメールを受けて、「本当に本当のメールだったらどうしよう!」と、会社の人に電話をしたりもした。
が、メールはみんな嘘だった。私の心はちょびっとずつ毎回傷つき、そして何も感じなくなっていったのであった。
これが大人。
私もよくスレずに穏やかな境地にまで成長をしたのだ。
今日のメールでまた新しいタイプのものを受け取った。ソフトが振り分けられずに受信メール箱にやってきたメールだ。
「Re[新品]ひらキャミイエロー、落札いただきありがとうございます」
オークションのお取引き風メールは初めてなのだ。私は黄色い新品のキャミソールを落札した、ということなのか。
中を読むと文章が変だった。
<前略>上記4点のお品物を落札させていただきました。<以下略>
え?
私ではなく、あなたが落札をしたのですか。
これは信用のおけない「出品者」。評価には恐らく「非常に悪い」が5ぐらいついているであろう。お取引きはしない方がいいのだ。
私の振り分け機能もだいぶバージョンが上がったのだ。笑いながらメールを読み終え、削除箱に入ってもらった。
夜、またメールが来ていた。
取引きは続いているらしく、振込み先についての内容が記してあった。
即削除。
迷惑メールについては一度目は穏やかだが、
二度目以降はしつこいなと少し腹が立つ。
新品は好きだ。
だがキャミソールは私はあんまり着ないのだ。
Posted by: 吉川みき 2006年01月31日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年02月01日 |
歯医者さんの日。
前回麻酔で思わぬ怖い思いをしたが、もうここに通いたくないと思う理由は別の所にある。
ここの歯科医院は、歯科衛生士の人がエラそうなのだ。エラそうというのは、患者に対して「イタズラをした子供をたしなめる」様な態度で接することについてである。
気を使うべきは先生様。
<先生が働きやすい様にあなたも私の指示通りにしなさいよ。>
おとなしく従う患者さんも居るだろうが、
私はその命令に対しては無視をする。
私にしたら大人の対応なのだ。
意味のない躾はゴメンだ。それよりも個人診療所ならば、逆に先生様がこの子に躾をして下さいよ。と、思う。
ささいなことだが、治療をする場所ではそういう優先順位のつけ方で仕事をしていれば、ただの「失礼」で済まなくなるケースがある。何かの悪条件が一致した時に大きなミスを犯すことになり得る怖さがあるのだ。
先生様。
なんで横でこの横柄な態度を見ていて黙っているのだ。
2回通って感じたことは、院長と呼ばれる先生様はどうも気が弱い感じがするということだった。それに困ったら黙ってしまうところがある。
窓辺のキティちゃんや置物達、子供向けのおもちゃがあり、今日も清潔そうな診療室内だった。
先生は丁寧な口調であることと、手をゴシゴシ洗うことについては、キチっとしている。
が、いくらおもちゃやぬいぐるみを置いても
先生が頼りなかったら患者は恐怖に怯える。
「では今日はコレで結構です」
診療台が起き上がると、キティちゃんが手に持っているハブラシが、ジェイソンのカマに見えたのであった。
Posted by: 吉川みき 2006年02月01日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年02月02日 |
夜、外で人と食事をした。
誰かと食事をすることは私にとってめずらしい。
新鮮なのだ。
いいことなのか悪いことなのか、大抵私は家に居るのだ。近くにはファミリーレストラン以外は店もないので、気晴らしの外食もほとんどしないし、たまに外に出て遅くなった時に食事をして帰ることもあるが、その時も一人で店に入るし、食事だけをしてすぐに帰る様なあっさりした夕食生活を送っている。
別に一人で過ごすのが好きなわけじゃないが、昼に富士そばで立ち食いをするおっちゃんの様な夕食タイムになってはいる。
会話のない夕食生活にこれだけ慣れてしまえば、
どうなるのか。
こんなに自分がおしゃべりだと思わなかった。
人類に慣れない生活を送っていたので、無口で人の目も見られなくなっているかと思いきや、反動で1年分位の量の言葉をベラベラと話していた。
方や食事の相手、この人は毎日人に会っている。
人、人、人。
朝起きて家を出てから人ばっかり見ている。電車に揺られ会社に行き、1000人も社員さんが居るというオフィスで働き、更に商談先の人とも会う。今日は用賀で打ち合わせをしてきたのだそうだ。
休みの日は誰にも合わずに一人時間を持ちたい生活パターン、私とは真逆だろう。
今日も一日お疲れ様です。
特に今日はお疲れ様でした。
「ス、スーツを着てる!」とか。
「人がいっぱい歩いてる!」とか。
「やきにくなんて、ひさしぶり!」とか。
私は確かにかなり奇声もあげたし、きょろきょろもした。
名刺をもらい、いちいち「め、名刺!」と驚いた。
とどめは「焼き肉の焼き方がわからないのでよろしく」と頼み、足をブラブラさせて肉が焼けるのをただ待つ始末・・・。
平日の何てことのない普通の夜に、無人島からやってきた私を引率して、人類がいっぱい居るコウエンジ案内をしてもらった。
無人島暮らしに慣れた私には、全てがめずらしかった夜なのであった。
Posted by: 吉川みき 2006年02月02日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年02月03日 |
節分。
日本の歳時にあまり積極的ではない私だが、
豆撒きは楽しんでやっている。
豆撒きの豆を買ってきたので、
今晩はみんなで豆撒きをしよう。
みんなってイタチ2匹と犬と私だ。
夜、イタチが起きて来るタイミングをを待っていたが、今日は冬眠タイムらしく、深い眠りについておられるので参加者は犬と私だけとなった。
よい。
一匹おればよい。
「鬼はーーー外!」
バラバラバラー。
庭に向かって数回投げたが、腕を上から振り下ろす「投げ」が何とも言えずスッキリする。まず外に向かって3回程豆を撒いてから今度は部屋の中に向かって投げる。
「福はぁ〜内!」
バラバラ。バラバラ。
部屋ん中に撒く豆の量は少ない。一応犬が豆を食べるということが前提となっているので、お腹を壊さない様分量を調節する。
袋入りの豆を全体量の半分撒いた所で
豆撒き前半の部を終わりとした。
「はい、じゃ掃除して」
去年あんなにフンガフンガ言って豆を食べたダンボだったが、一年前に食べたっきりの豆の味を忘れたらしい。超高速スピードで床に散らばった全部の豆のニオイを嗅ぎに回るがそれを口にしようとしなかった。
<え、豆、嫌い?>
掃除部隊が居てくれるから豆撒きをした、というところはある。
食べてもらわないと困る。
カリっ、カリっ。
一つ食べたらお口に合った様だった。
豆の皮が喉にひっかかって「ケっ、ケっ」とムセていたが今日の心配はそっちじゃない。
「ほら、あそこにもあるよ」
指を差し誘導をして、豆喰いタイムが終われば
床はリセット状態となった。
「よくやった!」
犬を味方につけたモモタロウ気分であった。
「では、第2部豆撒き大会は11時頃行います。」
イタチ達は11時になっても起きて来なかった。2匹には私は非常に甘い。躾ももうしないし好きなことを好きなだけさせ叱りもしない。強制的にするのは爪切り位で豆撒きを始める時にスヤスヤ眠っていたので、「おやすみのようですね」と小声で言ったあとそのまま帰ってきた。
「では、第2部豆撒き大会を開催いたします。」
豆の味を覚えたダンボは「鬼はーー外!」と同時に庭にピョーンと飛んで行った。
外に豆を撒いたらすぐにドアを締めるのが手順だと、昨日教えてもらったばかりだったので、私はあせる。
「早く!中に!」
ダンボと風習を天秤にかけ、私は窓を締める方を優先にした。
<なんで・・>
締め出された悲しい顔のダンボを救出する為、私はもう一度だけ軽く窓を開けた。鬼が入って来なかったことを祈るのだ。
「福はぁ〜内!」
バラバラ。バラ。
さっき食べた豆の量を頭に置いて、豆の量を調節する。
「はい、お掃除して頂戴」
フンガフンガ言って豆を食べるダンボ。
しばらくして床を見渡し、
綺麗になっているのを見届け・・・・。
「はい、おりこうさんでした」
イタチ、ずっと熟睡中。
でも、みんなで豆撒きをした。イタチの夢の中で、モモタロウと子豚ワンコは鬼を退治したのだ。
現代人は、掃除のことを考えながら、豆撒きをする様になったのである。
Posted by: 吉川みき 2006年02月03日 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年02月04日 |
友人の家に特大ゴキブリが出現したのだそうだ。
冬なのに!?
見間違いじゃなく!?
本当に?
ゴキブリだったのデスカー?
やっぱり違っていたと、どれぐらい言って欲しかったか。私は本当にゴキブリが大嫌いなのだ。
見ただけで血液中にゴキブリエキスがチューっと入って来た様なしびれ感に襲われる。それがたった数ミリサイズの体長であっても、威力は自分一人がたいそう暗くなる分のダメージを持っている。
君等とはいろいろなことがあったからな。
ブローチみたいに体にくっついていたり、私の上