<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>吉川みき *wasa-b&apos;s Blog*</title>
      <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Wed, 12 Nov 2008 19:24:44 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title></title>
         <description>先日、クリスマスツリーを出した。

去年は出せなかった。一昨年もそう言えば仕舞ってある場所が奥の方で、あきらめたっけ。

新しいのを買ってもよかったが、東京に来て中野の部屋に住んだ時に、おもちゃ問屋で買ったささやかなツリーは、キッチンの窓辺に置いてチカチカと瞬くとちょっぴり豊かな気持ちになれた。外から帰って来ると窓にツリーの灯りがついているだけで、自分の部屋が少し温かく感じた。

その後引っ越しをしても、毎年秋の終わりになると部屋のどこかに飾ってきた。電源を差す時には「今年は灯りがちゃんとつくかなぁ」とドキドキしたものだった。

かなり時間がかかったが、押し入れのものを一つ一つ動かして自分で出すことが出来たツリー。

「つくかな」

一度目はつかなかった。

そうだよなぁ。
もうあれから１０年ぐらい経っているから・・・。

だがあきらめられずもう一度差し直してみると、

チカ・・・チカ・・・。

少し間を置いてから、ツリーが点滅し始めた。

チカ・・・チカ・・・。

赤や青や黄色の電気が瞬いて。

ツリーにとっては、４つ目の家。

久しぶり、ツリーさん。
引っ越しをしたんで、新しい家になったんですよ。

サンタが道を迷わないように、この部屋からも照らして下さいね。

私の家には昔サンタが来てくれて嬉しかった。
だから子供達にはサンタが来て欲しいなと思う。

寒いけれど、あたたかいこの時期が好き。

今年もクリスマスの季節がやってきた。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001321.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001321.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 12 Nov 2008 19:24:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>小室哲哉容疑者、転落人生。

ここしばらく、テレビではこんな言葉がよく出ていた。

犯罪をおかしたことは確かであったとしても、だからと言って、テレビに出ている人が他人の人生を「転落人生」とひとことで言ってしまうのに対しては”どうなんだろう”という風に考える。

事件を伝えるには、他の切り口がいくらでもあるだろうに。

戦争がテーマになると、「世界が平和でありますように」と神妙な顔をし、イジメがテーマになると、「世の中からイジメがなくなって欲しい」と言っている人が、今度は他人の「転落人生」をあきれた表情で紹介が出来ることに違和感を覚え、その後に虚しく残念な思いになるのだ。

言葉には、その言葉自体が持つ力がある。

「転落人生」って、随分ひどい言葉だなと思う。口にしながら、この人達って抵抗もないんだろうか。

事件が起きるとテレビの中の人はよく言っている。

「こんなひどいことがよく出来ますよね」

でもあなた達もコロコロと言動がよく変わる。時々、あなた達だってひどいんじゃないのとテレビを見ながら、腹が立って来ることがある。

例え遠く知らない人であれ、誰かの人生を「転落人生」と言える人を、私は人として信用出来ない。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001320.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001320.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 11 Nov 2008 19:23:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>先日、踏み切りの近くで停まっていたら、降りて来た遮断機に激突してそのまま走り去って行った女の子を見た。

「バーーン！」という音がしたので、相当痛かったはずだ。その女の子はパトロール中という札を自転車のかごに張った２台の自転車で男性と一緒に移動をしていて、前を走っていた。丁度鼻を遮断機に思い切り殴られた位の衝撃を受けながら、女の子はその後鼻に手をあて、自転車の速度を緩めることなく、全速力で駆けて行ったのだった。

その場に居た人達はみんな「大丈夫なのかしら・・・」と、いう顔で彼女を振り返っていた。後ろを付いて走っていた仲間の男性もやはり「大丈夫〜？」と声を掛けていた。しかし女の子は痛みより、早くその場から立ち去りたかったのか、男の人を置いて更にスピードを上げて行き、最後は男性の「おーーい、待ってよ〜」という声だけが残って、そして２人共視界から消えてなくなったのだった。

相当痛かったと思う。

鼻の骨が折れたかもしれない。

少なくとも鼻血は出ていたんじゃないか。

他人ごとながら心配になったが、もう居ない。

２人共パトロール服のオレンジ色のウインドブレーカーを着ていた。何のパトロールだったんだろう。「パトロール中」はどちらかと言えば、速度が少し遅いというイメージがあるが・・・・、

最後は立ち漕ぎになっていた。あんなに必死で自転車を漕ぐ大人を私は久しぶりに見たのであった。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001319.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001319.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 10 Nov 2008 21:50:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>夜、キッチンに物を取りに行ったら視界に動くものを見たような気がした。

「あっ」

コンロの横のシンクの上に、まだ若い青年ゴキブリが居るのを発見したのだった。

んもぉおおおおおおっ。

シューーーー。
シュシュシューーーーー。

なんで。

何故、私はゴキブリをいつも見つけてしまうんだろう。きっと世の中には、気付かずに過ごせる人だって居る。

はぁ〜〜あ・・・・。

私は多分、旦那や彼氏の浮気を見つけてしまうタイプなんだろう。知らないならそれでまぁよし、だと思っているのに、浮気を不意に見つけてしまう・・・・という星の下にどうも在るようなのだ。

世の中には別に真実を知らなくていいことは沢山ある！
と、いうのに何故。

ゴキブリというネーミングに、自分が拒否反応をもうしているのかもしれない。

今日から違う名前をつけましょう。

スズムシでもなく、コオロギでもなく。

「チョコレート虫」

私は貴方をいっそのこと愛したいですよ。

はぁ〜〜あ。

昔は秋って「恋の悩み」とかがあったよなぁ。

なんだか、なつかしいわ。

今は、秋の夜長「なんでゴキブリが出るのか」が、私の頭ん中をほぼ占めるメインテーマとなっているのである。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001318.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001318.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 09 Nov 2008 09:19:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>「Ｈ＆Ｍ」というスウェーデンのファッションブランドがある。リーズナブルな価格でお洒落なラインナップが手に入ると人気のショップで。９月に銀座店が日本初オープンとなったが、今日は原宿店がオープンして、約２０００人のお客さんが並んだのだそうだ。

チョコレートの「Ｍ＆Ｍ’ｓ」と、語感がなんとなく似ているこの「Ｈ＆Ｍ」、価格帯としてはユニクロと同じラインにある。だが、ＩＫＥＡにしてもそう、「スウェーデン」というところがブランドイメージを上げているようで、北欧は日本での人気が高い。

私が「スウェーデン」に最初に触れたのは、ＡＢＢＡ。ピチピチタイツ服を着たサルの様な男の人とお人形さんのような女の人が並んで歌っていた。その姿は私には宇宙人程遠い存在に思えて”この人は何の人達なんだろう”と驚きながらテレビに釘づけになったものだ。

しかしお店がオープンしただけで、２０００人も人が並ぶだなんて・・・・、その店は期間限定の店なのかと思うのだ。

「ソ連館には２０００人の人が並び、太陽の塔にも相当の行列が出来ています」

大阪万博じゃないよね。

「Ｈ＆Ｍ」のオープンで、ほんの少し私は時間旅行をし、最後に１９７０年の日本を思い出したのであった。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001317.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001317.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 08 Nov 2008 17:47:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>高円寺ＪＩＲＯＫＩＣＨＩで、植田くんのバンド「Ｔｏｋｙｏ　Ｓｍｏｏｔｈ」の初ライブに参加をした。

みんな音楽に長けている人達ばかりなので、一緒に居ると独特の緊張感と楽しさがある。普段の私は「自分が音楽好き」なのかどうか、自分でもそういう目で音楽の存在を計れなくなっているのに、こういう空気の中に居ると嬉しくなるので、こんな時にようやく「あぁ、私は音楽が好きなんだ」と実感が出来たりするのだ。

リハーサルを終えて、本番となり・・・。

ずっと前に使っていたメインのシンセサイザーが本番演奏中に壊れたというハプニングがあったが、今日も２度「あれ！」というトラブルが起きたのでヒヤヒヤしたのだ。生ピアノでのライブでは起きないようなことが、シンセサイザーなど電子楽器を使う時には起き得るので、これが演奏以外にドキドキすることだ。

植田くんは、このバンドでモントレージャズフェスティバルに出たいという夢をＭＣで話していて、ステージの上で初めてそれを聞いて「えー！」とお客さんと一緒に驚いたのだ。

ライブが終わってから、またうえだっちは同じ夢を口にした。

きっと長年、心の中であたためてきた夢だったんだろう。モントレーやジャズは同じ音楽でも、私にとっては遠い位置にあったので、本当に本気の夢なんだなぁと思ったら、なんだか「応援するわ！」や「私も行きたい〜！」と言うのが失礼な気がしてきて、「そうかぁ〜」という返事しか出来なかった。

そうかぁ・・・。
そうだったのかぁ。

こんな風にいつか夢を話してくれて、それを叶えた友が何人か居る。

”本当に、叶えたね”

それはすごく嬉しいことだった。

今日は、夢のスタートに一緒に居られたってことかぁ。

それって大きなことだ。

また、一緒にやろうよ、うえだっち。

私はその一回一回を大事にして行くことだ。

夢を持っている人は生き生きと目の前の難題に向かっていく。

「バンド名、ＴｏｋｙｏＳｍｏｏｔｈでいいのかなー」

「東京から発信しているってことをバンド名からでもわかるようにしたい」と言っていた。

その理由だけで、十分いい名前だと思う。

夢は情熱という温度で出来ている。自分と音楽を繋ぐものは、結局それが一番になっている。

私もそういう場所が好き。

夢はあたたかく、力強く、周りの人をも照らすそれだけで素晴らしい存在なのだとあらためて思ったのだった。

</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001316.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001316.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 07 Nov 2008 15:28:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>あっ。

ジョージ。

テレビを見ていたら、不意に最新映画のコマーシャルでジョージ・クルーニーの姿がバーンと映し出された。

ＥＲでファンになって以来、ジョージ・クルーニーに恋をしてきたが、映画にもっと出る為と言ってＥＲを降りた後に出ている映画に個人的にはあまりハっとするものはなく、だいぶ贔屓目で見てきた私も最近はちょっと熱が冷めてきていたのだった。

この間、ＴＳＵＴＡＹＡで姿を見掛けたが、観終わった後でまたガッカリするのはいや・・・と、借りるのをやめたっけ。

ジョージ。

また新しい映画に出たのね。

今度の共演者はレネー・ゼルウィガー。

で、最近はどうなのよ。

あっ。
これっ、人前でキスをするのはやめなさい！

短いＣＭ中にいろんな展開を投げ掛けて来るので、もう冷めつつあると言えども、それでも気を引かれて行ってしまう。

コマーシャルが終わった。

ふぅっ。
ちょっと時間が長く感じちゃった。

だが、同時に私の中のジョージブームも終わったことを悟ったのだった。

なんだろう。

ちっとも切なくない！

”元気そうで、よかったわ”

昔の彼を偶然、街で見掛けた。

なんか、その時の感じに似た後味が残ったのであった。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001315.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001315.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 06 Nov 2008 10:18:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>「ウワフッ、ウワフッ」

またダンボは夢の中で吠えているらしい。

寝ている時の「ワンワン！」は、実際の吠える声とは違って小さな声が出るだけだが、寝ながらでも怒っている様子は伝わってくる。吠えている時、ダンボの体はピチピチと陸に上がった魚みたいに跳ねているのだった。

「ウワフッ、ウワフッ」

小さな声に気付いてダンボの方を見ると、顔は寝た顔のまま。体は横になっていたり伏せになっていたりいろいろだが、寝ている時の姿勢のいずれかで、初めて見た時は具合いでも悪くなったのかと思って心配になったのだ。

犬の夢も日常の景色が描かれているらしい。夢の中で彼はネコを見つけたり、家の前に誰かが通るのを発見して、いつものように吠えに行っているんだなぁと思うと可笑しくなってくる。

放っておいたら割と長い間「ワフワフ」言っているので、たいていは途中で私がダンボに声を掛ける。

「ダンボ！夢だよ」

するとダンボは目が覚めて「あれ、夢だったのか」という顔を一瞬する。

「ダンボ、これは夢。あははは」

納得してくれたかなと思っていると、またウツラウツラし始める。そんな時はまたそこで夢の続きを見るみたいで、しばらくしたら「ウワフッ、ウワフッ」と体をピクピクさせて言い始めるのだった。

「ダンボ！」

一度、ちゃんと起こすとようやく寝言が収まるというのが、ダンボのパターンだ。ダンボは他にイビキもかくが、前に実家に居たジャスは寝ながら吠えることもなかったし寝言自体言っていた記憶がないので、犬にもそれぞれ寝相やら何やらがあるみたいだ。

ダンボは寝相も悪い。

一体キミは夢の中で誰と戦っているんだい。

だけど、寝言で思わず私の心は緩む。
なごむ。ほっこりしている。

「ウワフッ」

怪我をしないようにしなさいよ。

時計の針のように向きを変えながら、ダンボはよく眠りよく夢を見ている。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001314.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001314.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 05 Nov 2008 23:11:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>今日は何日。

４日、偶数の日。

毎日、私は数種類の薬を飲んでいて、そのおかげでこうして日常生活を送ることが出来ている。大事な薬のうちの一つ、ステロイドが今は隔日服用になったので、間違えないように顔を洗ったら「今日は何日？」と口にしながら、カレンダーの前に立っているのだ。

頭でわかっていても、必ずカレンダーの前に立って指を差して日付けと薬の印を確認している。

７月は奇数日だった。

８月は偶数日。

９月、１０月は奇数日が隔日服用薬が増える日。

３０日までの月と３１日まである月とがあるので、こうして月によって偶数日になったり奇数日になったりと変わるので、そこを注意しなくちゃいけない。

２ヶ月間奇数日で続いたが、今月は偶数日。

指差し、オーライ。

朝ご飯の後は、車掌さんのように声を出して確認をしている。

しゅっぱ〜つ。

進行〜。

のどかな田園地帯を電車がトコトコと行く。

時刻通り、各駅に着けるかな。

１１月になってから、うんと寒くなってきたね。

ダンボはヒーターの前で毛づくろい。

私の列車はこんな風に一日をゆっくり走り出している。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001313.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001313.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 04 Nov 2008 15:42:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>駅前のスーパーの中にあるパン屋さんは、店をリニュアルして以来、パンの袋詰めがセルフサービスとなった。これが買い物の負荷になって仕方がないのだ。その上、パンは重たいアクリル板の扉を手前に引き上げてその奥からトングで取り出さねばならない。

誰がなんでこんなに不便にしたの。

おかげでここの店でパンを買うのは、今や一仕事になっているのだ。

「袋詰めはセルフサービスでお願いしています」

レジを打った後で店のお姉さんは言う。だが、例えそれがメロンパン一個であってもわざわざトレーごと押し返して来るのだ。

「今ちょちょいと袋に入れた方が早いやん！」と、言いたいのだが毎度間髪入れずに「セルフサービスのプレゼントです」とちっこい源氏パイを乗せられるので、流れでついそのまま能面でトレーを受け取り、袋詰めをしているのであった。

しかし、「袋詰めをお願いしています」と言ってそのあとで店員さんたちが談笑をしている中、やじろべえみたいに荷物やトレーを持って袋詰めコーナーに移動をする時、やっぱりムカッとくる。源氏パイはいらないから、手が空いているんなら袋詰めをしてよと言いたくなるのだ。

だが一度、私と同じ気持ちの人だったんだろう。お客さんで怒りを店員さんにぶつけた女性が居て、レジで文句を言っているところを見たことがあった。

「もうっ！＠％＆７＃＠％！」

だがこのご婦人、怒りを上手く文章にまとめられなかった。

肝心のクレームが、ちゃんと口から出ずカタコトの日本語のようになって、勢いと怒りの部分だけが前面に出てしまっていたので、逆に店員さんの方がタッグを組み、”なに切れてんのかしら。変なヒト”と顔を見合わせて笑ってそれでおしまいとなったのであった。

惜しい。

敗退。

トレーを持ってご婦人退場。

後ろに並んでいた私がその後、トレーにポロっと置かれた源氏パイを店員さんに投げつけて援護に出れば、もしかしたらセルフサービス制度は廃止に出来たかもしれなかったのに・・・・、私も最大のチャンスを失ってしまったのだ。

レジで私は呪文のようにいつもつぶやいている。

＜源氏パイはいらない＞

家に帰って、おまけでもらった源氏パイを食べる時、言いようのない敗北感に覆われるのであった。

</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001312.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001312.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 03 Nov 2008 14:06:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>友人の千宝美ちゃんの行きつけの喫茶店が閉店することになったそうで、今日はそのお店で千宝美ちゃんのプライベートライブがあった。

Ｓ駅を降りてすぐの角っこにある建物の２階に、その喫茶店はあった。白い壁とこげ茶色の木が印象的な落ち着いた雰囲気の店内。私は行きつけの喫茶店が欲しくて、今の家に住んで２年半探しているが、喫茶店自体がまずウチの近くにはない。店内に入ってまず最初に、もし自分が近所に住んでいたらきっとこのお店に通っていたなぁと思ったのだ。

コーヒーの香りがしてきて、店内の灯りが少し柔らかで・・・。

千宝美ちゃんは大阪から東京に引っ越してきてからずっとこのお店にお世話になってきたのだそうだ。思い出だけでなく、この店でたくさんの曲を書いたと言っていた。

なくなったら、かわりになる場所なんてそう簡単に見つからない。

いや、簡単には見つからないのではなく、同じ存在のものはもう見つからないだろう。

居心地の良さというのは、コレだけが理由ってことはない。きっといくつもの理由が重なっていて、それらが全体でその場所の温度を作っている。その目に見えない温度が、自分の着ている上着を無意識に脱がせてくれるものなのだ。

そうか・・・。

お店、なくなっちゃうのか。

寂しいよね。

ＭＣでお店との思い出話が語られ、自分もその景色を想像して一緒に思い出を振り返ってみると、コーヒーの香りと思い出の匂いが私にも少ししたような気がした。

大事な人と同じぐらい、大事なお店はなくなったら後で尾を引く。

振られたわけでもないのに、苦い別れをしたわけでもないのに、更には辛いと泣き叫ぶこともなく日常が普通に流れて行くのにもかかわらず、でもその中で長い時間小さくぽっかり穴が開いた状態になる。

それでもそんな想い入れのあるお店があるということは素晴らしいことだなと思う。自分が自らの上着を脱ぎたくなるような店なんて、そんなにどこにでもポコポコとあるわけじゃない。行きつけの喫茶店を持っていない自分には、その豊かさを羨ましくさえ思う。

グルリと店内を見回した。

よく話を聞いたらお店はもう先月末で店を閉じたのだそうだ。

私にとっては最初で最後のお店。

だけど、今日私もここに居られてよかった。

何故かしら言葉に出来ないあたたかい気持ちに包まれていた。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001311.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001311.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 02 Nov 2008 16:14:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>今日から１１月。

カレンダーがめくれたと同時に、街からかぼちゃのお化け達が居なくなった。

シンデレラもビックリ。

急に魔法がとけるのは、お話の中だけじゃないんですよ。私の住んでいる町だってほら、もうプププイっと景色が変わってしまったのです。

メリークリスマス！

ハッピークリスマス！

ハロウインのハの字ももうどこにもないのだ。

そう言えば！

私のお財布の中も。

一歩外に出たら、何故かしら中身がなくなってしまう。
あっという間に。

世の中は普通に暮らしていても、不思議がいっぱい。

あるんです。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001310.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001310.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 01 Nov 2008 13:20:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>今日はベースの植田くんのバンドのライブリハーサル。

音が出ていない時のその場の空気は、学校の休み時間のようなくだけたムードなのだが、音が始まると一瞬の集中力も欠けないぐらい緊張してやらないと、あっという間に置いて行かれる。やっぱりみんなすごいのだ。

植田くんのバンドはインスト中心の楽曲で構成されていて、メンバーが曲を書いて持ち寄っているそうだ。ポップスだとなかなか聞かないようなコード進行も結構あって、弾きながらあたらしい発見もあり、そういうことも楽しい。

まだバンド名をつけていないと言っていたけれど、どうなったんだろう。

バンドって大抵どこでも名前をつけるのが、後になるのだ。まずメンバーが揃って、それで「バンド名、どうしよう」ってことになる。「Ｂ＃」も宿題にしようと言って、「ｗｉｓｈ」という名前と「Ｂ＃」の二つを候補に持って行ったんじゃなかっただろうか。

「Ｂ＃」は大好きなハーモニカ奏者のトゥーツシールマンという人のアルバムの裏に発売元Ｂ＃ｃｏｒｐｏｒａｔｉｏｎとあったのから取ったものだ。

一時期、私はバンドサウンドでなく、一人で全部打ち込みで作ることが好きになった頃があった。

今は誰かの音と合わさっていく音楽が好きだ。

「バンドって楽しいなぁ」

だけど、そんなに長い間やっていなかったっけ。

思わず何度か口にしていた、今日は”バンドの日”だった。

</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001309.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001309.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 31 Oct 2008 13:18:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>今日は３０日、「月末の五・十日」で、きっとあちこちの道路が混んでいるのだ。

数年前まで、私は五・十日＜ご・とうび＞を「ごとび」だと思っていた。漢字にしたら「五飛び」だという解釈をしていたのだった。

「五・十日」は５日、１０日、１５日、２０日、２５日、３０日と五か十の日だが、五飛びで数えて行ってもこの日にちにピタっと合うので、耳で聞いていた「ごとび」の響きが「五日ごとの日」となっていたのだ。

しかし、伝言ゲームのように、私が「今日はごとびだから」と言ったのを聞いて、そのまま「ふむふむ」と覚えた人が居たらどうしよう。その人も「五・十日」は知らないということになるのだ。だいたい私が「ごとび」と言ったのだから、それを「ごとうび」と聞き間違えることはほぼないだろう。

あらら・・・。

それにしても「ごとび」と口にしてきて、「それは五・十日」の間違いだと指摘を受けたのはたったの一回。そもそも私も誰かが言っているのを聞いて覚えた単語なので、その人から既に間違っていたということも考えられる。

五・十日を正しく理解しているのは、どれぐらいの割合なのかだんだんわからなくなってきた。

まぁ、究極は・・・・

五・十日を覚えられないならそれはそれでよし。

ただ、

まぁ、だからと言ってそのままでいいというわけでもない。

その分のアタマは、道が混んでいても約束の時間を守れる方法に使えればそれでいい。と、思う。むしろそちらの方が大事なのではないかと思うのであった。
</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001308.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001308.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 30 Oct 2008 15:22:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title></title>
         <description>あんなに暑かった夏を忘れて、今年も長袖の季節となった。もうコートを羽織って出掛けているし、マフラーは必ずと言っていい程首に巻いているのだ。

子供の頃はタートルネックの服が嫌いだった。

母があったかいから着て行きなさいと言うのだが、首の所が窮屈な感じがして、着ているあいだはどうもすっきりしない。ビローンと伸ばしてみたりもしたが、結局は脱ぐまでその気持ちの悪さは消えてくれず、あったかいなという有難みは一度も感じたことはなかったのだ。

それが今では私の冬服の定番はタートルのセーターとなった。大抵のコーディネイトは、タートルに何かを合わせて着ているような気がするし、あんなに嫌いだったのに、今は首元の違和感をもうほとんど感じなくなった。

毛糸のセーターの”チクチク”もあまり気にならない。

これらをあったかく着れるようになった。

少しずつ厚着になってきたこの頃だ。

季節はめぐり。

今年もシチューのＣＭを見て、”あったかそうだなぁ”と思う時期となった。

</description>
         <link>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001307.html</link>
         <guid>http://www.yoshikawamiki.com/blog/archives/001307.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 29 Oct 2008 14:39:51 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>
